Hydrae



「アミー!あの、この間はマジで……!悪かった!この通りっ!!!」


「……あ、……うん……!」


「それ、そ、それで俺!あのっ!やっぱ無理だわお前じゃねェと!!何でお前が俺を振ったのか未だに分かんねぇし!俺って魔界一良い男だろ?!いや魔界一どころか天界も人間界もどこ探したって俺より良い男にいねーし!正直この世でいっっちばんお前のこと分かってるしこの世でいっっっちばんお前を笑わせられんの俺くれーだし?!俺はモテモテだけど俺が好きなのは金と……いやお前!お前だけ!」


「どの口が言うんだか」


「告白下手かよ」


「いや草www」


「黙ってろ外野ァァァ!!!」




弾丸のように浴びせられる言葉と想い。
それを面と向かって言われたアミーは、マモン以外の兄弟達が思わずツッコミをしてしまったその言葉に対し、正直に言わずとも心の中で「うん」と思ってしまうくらいには、やはりマモンのことが素直に好きだ。

しかしそれを改めて自覚すると同時に、昔にRADの生徒達からコソコソと言われていた「あの言葉」を……自分もまさにその通りだと客観的に思ってしまった「その言葉」を思い出して、心の中で今度は首を横に振ってしまう。

それに、自分はもうマモンが「大好き」だと言ってくれた髪色ではない。
ふわふわとした癖は残っているが、マモンと隣に並んだ時に同じようにキラキラと輝くミストホワイトの面影は、嫌味のようにインナーの毛先だけに惨めったらしく残っているのみ。
黒い髪なんて、それこそ本当にマモンの綺麗な銀髪を汚してしまうような……邪魔をしてしまうような色。




「俺、お前が何かに悩んでンなら、ちゃんと聞くから!一緒に考えてやる!だって俺!やっぱりお前が俺を嫌ってるだなんて思えねーんだよ!何かあったのか?嫌なこととか、なんか……!もしかして借金か?!それなら心配ねェよ!俺上手くやってっから!」


「借金に上手いもクソもないだろう」


「だから黙ってろや俺様の真剣やムードを汚すな!!!と、兎に角だ!俺に嫌なとこがあったりとかすんなら、はっきり言ってくれ!俺直すから!だからアミー…!頼むから……!」


「っ…………私……は…」




違う、違う、違う。
マモンに悪いところなんてない……いや、ありはするけど。
別にそれがいやだと思ったことは無いし、無いに越したことはないが、それもある意味マモンらしいなとさえ思う。

素直で純粋なところも、真っ直ぐなところも。
そんなの昔から知ってるし、直して欲しいところなんて一つもない。寧ろ直すのは自分の方。
でもそれが出来ないから、どうすればいいのか分からないから。
だからマモンの負担にならないように、マモンの顔に泥を塗らない為に、不釣り合いな恋は止めようって誓って……嫌われるような振り方や態度を取り続けてきたのに。




「……アミー……頼むよ……頼むって……!俺とまた……!」


「っ…………」




ダメ、だ。だめ、駄目。
ここで想うままに…今目の前で泣きそうになりながらも必死に言葉を放って両手を広げて待ってくれている彼の胸板に飛び込んでしまったら。

また、またマモンを汚してしまう。
またマモンが何処かで悪く言われてしまう。

そんなのは……やっぱり駄目だ。




「ご、め……」


「そんなっ!アミーちゃ……って、ええええ?!」


「「?!」」




ごめん。
アミーがそう言いかけたその言葉はその場にいる全員の願いとは真逆のもの。
しかしその言葉は伊吹が叫んだように突然襲ってきた何かの騒動で途中で止められてしまった。

その何かというのは、誰もが忘れていたある事が切っ掛けで、それに重なるようにある事が上手く噛み合わさって生まれてしまった事件だった。




「「「にやぁぁぁぁーん!!!」」」


「ンだよこれ猫の大群?!なんでだよ可笑しいだろこのタイミングで!!な……んだこの数!」


「そういえば……ここに勢いよく入ってきた時に扉を閉め忘れていたようだね!あっはっはっは!」


「……あ。そういえば俺……数時間前に猫が寄ってくる呪いをかけていたんだった……!はぁあ猫ちゃん!!可愛い……可愛すぎる!!マモンなんかより数億倍価値がある存在だよお前達はぁ〜!いや比べるのも烏滸がましいな!!」


「笑い事じゃねェー!!うるせェエー!!何してくれてんだこの馬鹿野郎どもがぁぁー!!!」




そう……まさかの猫の大群が開けっ放しだった扉から押し寄せてきたのだった。
猫が大好きなサタンが少しでも好かれたいと駆使して研究に研究を重ねたその呪いに引き寄せられるようにゴロゴロと喉を鳴らしたりしながら。

そんな猫だらけの状況を見たアミーはチャンスとばかりにどさくさに紛れて自分も猫に変身し、このまま流れに任せてこの猫達と抜け出そうと計画をする。
猫になったことによって低くなった視界の先には、わらわらにゃんにゃんとしっちゃかめっちゃかになっている嘆きの館のホールの光景。

そしてそんな中でいつの間にか消えていたアミーを必死に探すマモンの表情はとても寂しさに溢れていて、見るに堪えなくなってしまったアミーは思わず視線を逸らしてしまった。
しかしその状況は、そんなマモンに助け舟を出してくれたソロモンと伊吹の言葉で一転する。




「マモン、アミーはまだ居なくなっていないよ。よく探してごらん」


「はぁ?!何処にいんだよ?!壺の中とか?!」


「ねぇ馬鹿なの?!違うよ!口止めされてるから詳しくは言わないけど!いる!いるから!!ほら!探し当てて!男でしょ!!」


「はぁ?!何処にいるっつーんだよ!!こんな猫だらけ…………猫……猫だらけ……の、ホール、……いや、猫……?……!そうか……っ!!」




どうして余計なことを言ってしまうのか。
どうして想いを殺してまで離れようと…離そうとしているのにそれを許してくれないのか。
人間とは皆そんな生き物なのか……!と、猫の大群に混ざって丸まって寝たふりをしながら過ごしていたアミーは、自分の耳が何倍にも鋭くなったことでその状況が手に取るように分かってしまったのが嫌味に感じられ、段々とゆっくり近づいてくる気配に怯えながらも「分かるはずがない」と静かに息を殺していた。

でも、でもどうしてなんだろう。

心の中では「見つけて欲しい」という思いがその足音が近づく度に、気配が近くなる度に。
その距離が縮まっていく度に強くなってしまって。




「…………アミー」


「…………」


「お前が、何だって……どんな姿だって。どう変わったって、俺は……「お前」ならどんなお前でも変わらず好きだ」


「……」


「お前がいくら変わろうが、それならその分……俺だってお前に対する気持ちは何も変わらねぇよ。言っただろ。話すことが苦手なら、俺がその分話してやるって。……そういう関係と変わんねェよ。お前が出来ないことは俺がその倍やってやる。お前が変わったなら、俺はその倍何も変わらねェ」




この猫の大群の中で……どの猫にも触らず、真っ直ぐに……真っ直ぐに、迷わず一番に。
優しい声色でいくつかの言葉を紡いでいくと……丸まっている私の前足の下にゆっくり手を入れて、抱き上げたマモンは真剣な眼差しをきょとん……としてしまっているアミーに対して向けると、スーーーッと長く息を吸って、吐き出すように腹から大きな声を出した。






「だからお前は俺と!縒り戻せぇえええーーッ!!!」






あぁ……馬鹿だな……本当に。
そんな大きな声を出さなくても、とても良く聞こえるのに。





「……ひとが、どれ……だけ……っ!きも、ち……おしころっして、……たのか……っ、なんでっ……わかんない……かな……」


「あっははは!変なこと考えてねェで、お前はそうやって昔も今も大好きな俺に抱きついてりゃいいんだっつーの!お前が何だって、俺はすぐこうやって見つけてやっから。ったく世話のかかる!……世話、世話の……っかか……ぐすっ、うう……おいほら何してんだよォ……!!……ぐす、ひっく……早…くっ返事、返せってぇ……!」




自然と変身が解けて、大好きな大好きな……何百年も何千年も前から、ずっとずっと大好きだったその悪魔に強欲に抱き着いて。
ただでさえ話すことが得意ではないのに、想いが強すぎて言葉よりも体と心が思うままに動いてしまったアミーは、ぽろぽろと大粒の涙をその瞳から零し、それと同じくらい素直に「思っていた」ことを押し殺すのをやめ、同じくらい強欲に強く抱き締めて肩を震わせているマモンに返事を返した。




「だい、すき……です……みとめ、ます……っ!ほんと、は……ずっと、ずっと……かわらず、だいっ、すきな、ままでした……!」


「ほら見ろやっぱそうじゃねェかぁあ……!うわぁぁあんふざけんなお前ぇえ……ぐす、も、もう……もう……っ!ぜっっってぇ離さねぇかんなこの馬鹿猫ぉお……!!」


「ごめ、な……さ……ぐす、ごめんな……さい……!だいすき、マモン……!」


「うわぁあん俺も大好きだよ愛してるっつーのぉお!!!あーもう止まんねぇ無理!!」


「ちょ、……えっ、ま……まって、まっ!……んん」


「うわぁぁ……片方はバカだけど、やっぱり美男美女のキスシーンってロマンティック〜!やーん僕ゾクゾクしてきちゃった!」


「美男美女の美男がマモンっていうのがあれだけど、まぁ乙!よかったじゃん!」


「お前らぁ!!雰囲気を返せぇえええー!!!!!」


「私は、帰して……!」









それからはあっという間に色々な出来事があった。
ソロモンからの提案があり、アミーの占星術を見込んだディアボロ殿下が、彼女を自分直属の占い師に昇格させてくれたこと。

そしてディアボロ殿下の直属の……言わば配下のようなものだからと、いつ何があってもいいように、魔王城の部屋を一つ譲ってもらい、そこに住むようになったこと。

そして……あとは……





「おいアミー!今日の試験は俺様とペアだかんな!」


「何言ってんの!アミーちゃんは私とペアだもん!昨日約束したもんねー?」


「うん。した。ごめんマモン」


「にゃんだとぉー?!!!アミーと組まなきゃ俺は誰と組むんだよ?!補習なんて勘弁だからな俺は!!」


「「頑張れ」」


「悪魔かお前らぁあー!!!」




またこうして……今度は一緒に。
行きも帰りも、大好きな人とRADに通うようになったこと。

変わったこともあれば、元に戻ることもある。
きっとこの先なにかがあって、どんなことがあっても。
変わらないままでいいものと、そうじゃないものがあったとしても。

私はありのまま……想うままに過ごしていける。

この幸せをこれから何百、何千年……変わらずにこの胸に抱いていけるのだから。


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