Cassiopeiae






(アミー、全く何してるのよ。私の分も幸せになってって言ったじゃない!忘れたの?)


(アミーはどんな姿でも可愛いんだから、もっと自信持って!)



「…………?」



何処からか響いてくるこの声は……昔から大好きな声。
ソファで眠っている筈なのに、その声を聞く度に不思議と意識がしっかりとしてくるのはどうしてだろう。
夢を見ているにしてはあまりにも現実味があるような感覚がある。

でもどうしてだか、そこまで意識はしっかりとし始めているのに、どうしても目を開くことだけは出来なかった。




(その髪色だってとても似合っているじゃない。少なくとも私は、その色は私の味方をしてくれた貴女の優しさから生まれた新しい色だと思うの。だからとっても素敵よ)


(辛い思いさせて、寂しい思いをさせて、ごめんねアミー……ずっと貴女が心配だったの)


(私のせいで、こうなってしまった……謝っても謝りきれない。それなのにこんな事を言うのは、烏滸がましいしわがままかもしれないけど……)




お願い、お願いよアミー……ベルフェを、お兄ちゃん達を……あの子の……




……力になってあげて……!!




「っ、……リリス!!?」




そして最後の言葉が今までよりも一番はっきりと耳に通り、感じる筈のない感覚が頬にぽたりと落ちた時。
弾かれるように上半身を起こすことができたアミーの前には、何も無かった。

いや、正確には何も無かったのは姿だけで、確実にその証拠は存在していたのだ。
咄嗟に頬に添えた手から滑り落ちた、暖かな友達の涙の粒が。




「……どういう、こと……?」




その手を見つめ、状況を中々理解出来ずにきょとん……としてしまったアミーだったのだが、その答えは彼女の中で正解に辿り着く前に、今度は契約者であるソロモンのこの声が脳内に響き渡った。


闇に潜むもの。
闇より出でしもの。
闇を産みたまいしもの。
我が力のもと、我が望むままに従いたまえ。
ソロモンの名において、求めしものを呼び寄せたまえ


すると次の瞬間、アミーは身体全体がふわりと宙に浮くような感覚を覚え、それが前にも体験したことがあったお陰で直ぐにソロモンが何か用事があって自分を召喚したのだろうことを理解したのだが、移動している間の意識の中で信じられない光景を目にしたアミーは目を見開いてその地に降りると、珍しく素直に出た感情を表情に表してキッと物凄い殺気を目の前の男に向けた。




「……何してるの、ベルフェ」


「!……アミー……何?どういうつもり?そこを退いてよ。僕は今からその間抜けな人間を殺すんだから。……それとも何?人間なんかの味方をするの?リリスを失った原因なんだよ?」


「退かない。この子は、私の……私の、友達」


「……アミー……!あ、ありがとう…!」


「友達?人間と友達だって?あっははは!何?どうしちゃったのアミー?堕天してから頭でもおかしくなったの?寝言は寝て言いなよ……ッ!人間の……人間のせいで僕の妹のリリスが!君の友達だったリリスが!死んだんだよ?!リリスを裏切るのかアミー!!」




突然召喚されたかと思えば、その召喚した本人は何故かその場におらず……しかしそんな事よりも今アミーの目の前で起こっている状況が殺伐とし過ぎていてアミーはそんな事に疑問を持つよりも先に、ベルフェゴール……マモン達の末っ子の弟であり、違う世界へと留学したと聞いていた筈の彼から友達である伊吹を守るように目の前に立って睨みをきかせていた。

正直、アミーは占星術や猫に変身出来る力はあれど、七大君主ともなる力の強いマモン達のような強靭な力はない。
つまり……普通に考えて、無理なのだ。
理由がまるで分からないが、ベルフェに殺されそうになっている伊吹を守るなんてことは。
でも、それでも……「友達」だと言ってくれた伊吹を失うなんてこと、アミーには耐えられなかった。
状況がどうなってこうなっているのかさえ分かっていないが、アミーは兎にも角にも肉壁にでもなって伊吹を守ることに集中した。
人間だろうがなんだろうが、種族なんて関係なく……アミーにとっても伊吹は「友達」なのだから。




「?!アミー?お前……っ!何でここに……?!つか!マジで何がどうなってんだよ?!な、なん……なんで伊吹が2人?!しかもさっきの伊吹は消えちまったし!いきなりアミーは現れるし!留学してる筈のベルフェがいたと思ったら伊吹を殺そうとしてるし!おい!誰か教えろ!なんだこれ!!っ……!だぁぁあよく分かんねェけど……アミーまで殺すつもりなら……俺も容赦しねぇぞ、ベルフェ」


「マモン……」


「アミーに振られた癖にまだ未練たらたらなわけ?あんた本当にバカだな……マモンだけじゃないよ、皆も……!どうしてこんな人間なんかを庇うんだよ?!人間だぞ?!リリスがどうして居なくなったのか忘れたって言うの?!人間なんて愚かな存在、消してしまえばいいじゃないか!現にこいつは僕の言葉を信じてこんなにも上手く騙されてくれたよ!?それが何より人間が愚かだっていう証拠だろう?!」


「止めないかベルフェ!!」


「あっはははは!そうだ!そうだよルシファー!僕はあんたのその顔が見たかったんだ!!」




まるで話が見えない中でも決して伊吹の前から退こうとしないアミーを守ろうと、今度はマモンが怒りを込めた真剣な表情で前に立ってくれたその言葉と姿にアミーは心臓がぎゅっと締め付けられるような痛みを感じたのだが、それよりも……怒りに任せて発せられたベルフェの言葉の一つ一つを上手く拾い、何となくだがどうして今こうなっているのかという謎を、まるでパズルのピースを嵌めていくように整理する。




恐らく……前に伊吹が言っていた「助けたい」存在がベルフェだったのだろう。
どういうわけでそうなったのかまでは分からないが、きっと伊吹がマモン達全員と契約しようとしたのも、それが理由。

つまりベルフェは伊吹の優しさを利用して、どうにかして復讐をする機会を今まで伺っていたというわけだ。
そしてそれが今で、一度殺した筈の伊吹が何故かもう1人現れて再度殺そうとした時に、ソロモンが状況を少しでも変えようと自分をこの場に指定して召喚したというわけなのだろう。

その本人が一体何処にいるのかと思うのだが、先程までしなかった気配がかなり近くにある為、きっと彼はもうすぐそこにいる。
その事実が安心の材料となってくれている為か、アミーは「もう大丈夫そうだ」と心の中で結論を出し、ベルフェへの警戒を解くと、しゃがんで伊吹の傍に寄り添ってその背を優しくさすってみせた。




「っ、待って!待って皆……!違う……違うの!リリスは……リリスは!!」


「伊吹……?」


「リリスは幸せに生きたの!!「人間」として!」




兄弟の全員が全員…ベルフェを止めようと焦る空間の中で。
その場に居るものが震えながらも大きな声を上げた伊吹のその言葉に驚きを隠せずに己の耳を疑う。
それはアミーも同じで、まるで意味がわからないと伊吹の手を咄嗟に取って説明をしてもらおうとしたのだが、それを代わりに詳しく説明してくれる存在が嘆きの館のドアを思いっきり開けて登場する。

その存在というのはこの魔界で権力を持っているディアボロ殿下と、そのお付きの執事であるバルバトス……そしてアミーを自分より先にこの場所へ召喚したソロモンだった。
彼らはルシファーでさえも驚きを隠せていない状況の中で凛とした態度でさり気なく伊吹とアミーを守る為に立ち塞がっていたマモンとベルフェの間に立つと、ベルフェの舌打ちを聞き流して声をあげる。




「伊吹の言っていることは本当だよ」


「……は……?お、おいどういう事だよ?!アミー!お前何か知ってんのか?!占いで知ってたのか?!つーか友達っていつから?!」


「……私が知ってたのは、伊吹が愛される存在であるのと同時に、破滅や絶望を生む存在だってこと。……でも、伊吹に危険がないって、分かってからは……友達……になった、というか、なって、くれた。だから守った」


「……?……???悪ィ全く意味が分かんねェ。何かもう全部マジで意味が分かんねェ……!」


「てか、今それあんまり……関係ないから。伊吹と、殿下の話、聞こう」


「!お、おう……!」


「ちなみに、先程消えてしまった伊吹さんも本物ですが、そちらにいらっしゃる伊吹さんも正真正銘本物です。ちなみにこちらも禁忌に近い私の力ですので……どうかご内密に。」


「そういうことだ。だから伊吹の心配は要らないよ」


「……なら、よかった……」


「うん。ありがとうアミーちゃん……それに私、バルバトスのお陰で色々知ったし、思い出したの。だから、アミーちゃんもしっかり聞いて」


「……わかった」




どんどんと波のように押し寄せてくるような事実の連続に、訳が分からないと頭を抱え始めたマモンを落ち着かせたアミーは、身の安全を確認できた伊吹に優しく言われたのもそうだが、自分も早く真相が知りたいとディアボロ殿下の方へ視線を向ける。

そう、早く知りたいのだ。
どうして知りもしない筈の伊吹がリリスのことを「幸せに生きた」と言ったのか……どうして「人間として」だなんて訳の分からないことを言ったのか。




「リリスは、彼女は……あの時生まれ変わって人間に転生したのだ。そして伊吹はそのリリスの子孫。このバルバトスに調べてもらったから間違いはない。……だからきっと、彼女はリリスの記憶がフラッシュバックしたことが何度かある為に「幸せに生きた」と言ったのだろう」


「……人間に、転生……?!え、どういうこと?ルシファー!だってルシファーはあの時、僕達に「リリスは死んだ」って、そう言ったじゃん?!」




そう、アスモが言った通り……リリスは死んだ筈だった。
始めは人間も人間界も大好きだったベルフェによく着いて行って、その度に人間界の魅力に惹かれていって……そしてある時、1人の男性に恋をした。

しかし男性は不運なことに病に倒れてしまい……それを嘆いたリリスは、禁忌だと分かっていたとしても、どうしても彼を助けたくて手を出してしまった。
彼の寿命を伸ばすという……とんでもない禁忌を。

それに激怒した天界の王……つまりリリスやルシファー達の父がリリスを戒めの為に消そうと試み、妹のリリスを守ろうとした兄弟達やアミーの両者が戦争まで発展した結果、兄弟達は戦争に敗れ……リリスまで翼を撃ち抜かれて魔界へと堕ち、そして……絶望と共に戦争に敗れた者たちは全員堕天して、今に至る。




「……ルシファー、もう良いんじゃないか?この子達に話しても」


「っ……そう……だな……」




当時のことを思い出しながら、リリスのあの……禁忌を犯して懺悔する時の謝罪と涙を思い出しながら。
淡々と話されるその事実をディアボロ殿下と伊吹から聞かされたアミーは、ふらふらと立ち上がろうとした伊吹に肩を貸しつつ自分も立ち上がると、その隣に移動してきたマモンやアスモ、ソロモン達と一緒にことの詳細をルシファーから更に聞かされた。




「俺はあの時……戦争に敗れて魔界に堕ちた時の……すぐ側で死ぬゆくリリスを助ける力が無かった……その時に現れたディアボロが、「人間に転生」させるという方法でリリスを救ってくれた。だから俺はディアボロに忠誠を誓ったんた」


「そしてどんな運命か……人間界からの留学生に選ばれたのが、そんなリリスの子孫である君……伊吹だったわけだ」


「ふふ。そうみたいですね」


「……だから俺は、ベルフェを屋根裏部屋に閉じ込めた。リリスを失ってからのお前は……あれだけ好きだった人間を兄弟の誰よりも憎んでいたからな……それにディアボロが人間界や天界との交流の企画を出した時に猛反対しただろう。それでお前が後にくる伊吹に手を出せば、ディアボロの顔に泥を塗ることになる。……まぁ、それは泥を塗りかけたわけだがな」


「っ……信じない……!そんな、僕は……っ!!」


「……来るのが遅くなってごめんね……ベルフェ……皆も、アミーちゃんも」




今まで絡まりに絡まった……きつく結ばれてしまった誤解の糸がほろりほろりと……涙ぐんでいる兄弟全員と、アミーに順番に抱きついてそう言った伊吹の姿は、まさに皆が大好きなリリスの姿と重なって見えた。

彼女はリリス本人ではない、でも。
彼女の中に流れる血は確かにリリスのものを受け継いでおり……それは確かに「全員から愛される存在」だった。




「そっか……だから、愛される存在であり、破滅と絶望を生み出す存在……なんて、結果が出たんだね。あれはリリスのことそのものだったって、ことか。……どうりでリリスと重なる時が、多々あったわけ……」


「君の占星術とリリスとの友情は本物だね。伊吹との友情も美しい。……ね?俺と契約してよかったでしょ?色々と」


「……それはそれ。これは、これ。よくもあんな危ない場面にいきなり召喚してくれたね」


「それは申し訳なかったけど、そのお陰で君が時間稼ぎをしてくれて、俺達が間に合ったんだから良しとしてくれないかな?」


「あぁ言えばこう言う……」


「あっはっは!話には聞いていたが、アミー。どうやらこの事は君にとっても良い結果になりそうで私は嬉しいよ」


「殿下……?」




真相を知って、ベルフェも泣きながら謝ってきて……
わーわーと騒がしく、それでいて愛おしそうに空いてしまった時間を埋めるように。
兄弟全員で抱きしめあって泣き崩れていた光景を離れて た場所で見ていたアミーとソロモン達は、各々スッキリとした表情で立ってそんな話をしていたのだが。
ディアボロ殿下が言ったその言葉の意味がよく分からなかったアミーがそれを聞くよりも先に兄弟の輪の中から抜け出してきた伊吹がこっそりとアミーに近づいてきた。




「私今、凄い幸せなんだよアミーちゃん。だから次は……」


「……え?」


「言ったでしょ、リリスが。私の分も幸せになってって。それなら今度は私が……伊吹が言うね。「私の次は貴女の番」!」


「……いや、私は……」


「アミーちゃんが占い師さんなら、私は預言師にでもなろっかなー?「貴女は意地を捨てて幸せになるでしょう」はい預言した!ってことで……マモーン!!!」


「ちょ……っ?!」




幸せそうにそう言った友達の笑顔があまりにも眩しく、それと同じくらいあまりにも押しが強すぎて。
あわあわとして猫になって逃げるよりも先に大きな声でマモンを呼んでその背中をぐいぐいと押した伊吹は、固まってしまったアミーと顔を真っ赤にしているマモンの2人が向き合ったことを確認すると、そそくさとルシファー達の元に戻ってしまう。

そんな状況に思わず助けを求めてソロモンやディアボロ殿下達の方へと視線を向けたアミーだったのだが、あろう事かその連中はにっこりとこちらに手を振っているのだからアミーにはもう腹を括るしか道はなさそうということに気づき、恐る恐るマモンからの言葉を待つ他なかった。



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