Canis Majoris




「大体さ?天使の頃から付き合ってたマモンを振ったのだって、結構無理矢理な感じだったでしょ?あの時本当に酷かったんだからね〜?マモンったら僕の部屋でデモナスを飲みまくってそれはもうずーーーっと泣き崩れてたんだから…今思い出しただけでも当時の僕の可哀想な光景を思い出してため息が出ちゃう」


「それは壮絶だっただろうね……でも、どうして君はマモンを振ったりなんかしたのかな?これは俺の考察に過ぎないけど、別に君だってマモンを嫌いな訳ではないんだろう?それなのにあんな風に必死に逃げたりして」


「……それ、は……えっと……」


「大丈夫。今ここには僕とソロモンしかいないから。ゆっくりでいいから話してみなよ!スッキリするかも!」


「……全部は、言えない……けど」


「あぁ。勿論それで構わないよ」




言えるところだけでいいからと。
そう優しく背中を押すように微笑んでくれた2人に安心したのか、アミーがぽつりぽつりとソロモン達に話せたのは、本当に全てではなかったけれど、それは確かにアミーが自ら「思っていること」と、「思い出」だった。

正直……自分は何の価値もないと思っていること。
マモンとリリスの味方となった事は後悔していないが、後に堕天してしまったことに関しては...…可愛がってくれていた自分の父に顔向けが出来ないということ。



そして……



「私が、堕天したこと、と.......この髪のことで、うじうじしている間……アスモ達は、もう七大君主になって、たでしょ」


「えぇ?そりゃぁ自分の気に入ってる髪の色が変わっちゃったり、愛する家族と離れ離れ……というか、そんな関係になっちゃったら辛くない?僕の場合はルシファー達が傍にいたからそこら辺は気にしてないだけだったよ?」


「家族と離れ離れになったら、立場が変わったら。それは確かに受け入れる為の時間も必要だろう?それに、ディアボロから聞いたことがあるけど、君だって初めのうちはRADに通っていたんだろう?」


「それは……そう、だとしても。……こんな私に、マモンは……勿体ないらしい、し。……私も否定出来なかった、から」


「「……え?」」




アミーの話を聞いているうちに、どんどんと疑問が増えていくアスモとソロモンがプレッシャーを与えないように……急かさないようにと徐々に質問を繰り返していけば、それでアミーも話しやすくなったのだろう。

本当にゆっくりだが、幾つかある内のマモンとの関係を絶とうと思った理由の一つを話したのだった。
それは、まだアミーが自分が堕天した事と、友達のリリスを亡くしたことのショックを受け入れられずにいながらも、何とかRADに通えていた頃のこと。










「ねぇ、あの子でしょ?マモン様の彼女って」


「間違いない。しかし天使の頃はそれはもう美しいミストホワイトの髪をしていたらしいな」


「ええ?ほぼ見る影もないじゃない。でも、堕天したからって……翼なら黒くなるのは分かるけど、髪まで黒くなるなんて聞いたことないわよ?」


「天使の頃からよっぽど暗い性格でもしてたんじゃないか?」


「何それウケるー!」




クスクス……クスクスと。
こちらに聞こえないように小声で言っているのか、それともわざとらしく意識をそちらに向けさせる為にそういう話し方をしているのか。

教室ではまだ頻度が少なかったが、アミーが1人の時を見計らったかのように聞こえていたその会話。

アミーもそういう類いには反応しない性格だし、何よりコミュニケーションが得意ではない為に相手にしていなかったのだが、それが悪かったのか…他のRAD生徒達の行動や言動は次第にエスカレートしていった。

そして、とうとうある事を言われてしまったのだ。

あんな無愛想で真っ黒な子、釣り合わないどころか……






「足を引っ張ってるんじゃない?」






特に何も考えてはいないんだろう、いつものように暇潰しや遊びの一環として放った言葉だったんだろう。
でも、それでもその時のアミーにとって、それは何よりも堪えたのだ。

そして、その言葉をそのまま受け取り、素直に「魔界の七大君主であるマモンにとって邪魔だ」と客観的に自分を見れてしまったのだろう。




「……っ、ちょっと!それどこのどの悪魔?!」


「知らない。顔とか覚えてない……言葉しか聞いてない」


「何で言い返さないの!」


「……いや、事実だと、思ったから……?」


「事実……そっか。君にとってその言葉は、事実だと思ったんだね?そしてその言葉で、自分がそういう立場の悪魔なんだと感じて、ある意味それまでの葛藤がスッキリしてしまった訳だ」


「……あ、うん。そう、なるんだと思う」


「自分のことなのにそんな客観的に話さないでよー!!もーっ!僕が着いていけない!」




アミーから話を聞いて、まるで当時のアミーの代わりかのように怒ってくれたアスモだったのだが…あまりにもアミーが辛そうというよりは本当にその時の事と自分のことを客観的に話すので、アスモは軽く頭を抱えて項垂れてしまった。

そんな中で……アミーは自分の感じていることを上手く言葉にするのが苦手なのだと、まだ浅い付き合いではあるが察してくれたソロモンによって更にその事実が分かりやすいものになり、状況を理解しやすくなった。

どうりで容赦なく極端にマモンを振って
どうりで容赦なく極端にマモンを突き放して
どうりで容赦なく極端にマモンを避けるわけだ。




「だから、マモンと距離を絶った。でも……なんか、上手くいかなくて……さっきもそれで、慌てて飛び乗った」


「……なるほどね……じゃぁもう単刀直入に聞くけどさ、アミーはマモンのクズさに嫌気がさしたとか、お金使うのが大好きな強欲なところに嫌気がさしたとか、借金地獄に嫌気がさしたとか、魔女に良いように使われてるのに嫌気がさしたとか、俺様世界一カッコイイ悪魔みたいなあの謎にウザイ自信に嫌気がさしたとか、モデルやってる俺様スゲェっていうあのドヤ顔に嫌気がさしたとか、わりとどっちもなのにお互いがお互いを一番こいつが兄弟の中でクズってレビィと思いあってるのに嫌気がさしたとか、ルシファーの物を盗んでは換金してお仕置受けて縛り上げられて泣いてる姿に嫌気がさしたとか、怖いものが苦手な癖して平気な振りしてるけどすっごいバレバレな悲鳴あげるところに嫌気がさしたとか、しつこい程のアミー好き好き大好きってのに嫌気がさしたとか、独占欲凄くてまるで駄々こねてる子供にしか見えないあのウザイところに嫌気がさしたとか、そういうわけじゃなかったの?」


「それは昔から慣れてるから……」


「その慣れって怖すぎない……?……って、違う。えっと…それなら君は、まだ普通にマモンのことが好きなままということかい?」


「好きじゃない全然好きじゃない違う」


「あー!もー!!何でそこで意地になるの!」


「意地じゃない全然意地じゃない違う」


「あー!もー!!分かった分かった繰り返さないの!!」




兎にも角にも。
誰にも心の内を話したがらなかったアミーが、下手ではあるがここまで話をしてくれたのは…どうやらマモンと何かしらがやはりあって、感情が爆発しそうになっていた余韻のお陰と……ソロモンと契約したことで警戒心というものが薄れているからかもしれない。

でもそれでも、アミーが少しでも自分というものを見せてくれて、尚且つ毎度馬鹿にはしているけれど、普通にクズだとはいつも思っているけど、それでも大切な兄には変わらないマモンのことを本当はまだ好き……なのだろう、多分。

つまり、こうしてその答えを意地になって答えるくらいに「自分はマモンの足枷になるから離れないといけない」と言い聞かせている……ということがわかったアスモは、嬉しくもあれど心配もあり、つい隣に座っているソロモンに助けを求めて視線を送る。




「……うん。分かった。なら君はその意地を保っていればいい。その方が楽なんだろう?今はね」


「……?どういう、意味?」


「ふふ。さてね?……まぁ兎に角!契約している俺の身としては、君が少しでも過ごしやすくいてもらいたいという気持ちだよ。話してくれてありがとうアミー」


「……えっと……?私、こそ……ありがとう…?」




助けを求めて視線を送った筈なのに、「ならそれを保てばいい」という……何故かこの明らかに良くない状況に対して背中を押すようなことを言ったソロモンは、その後すぐに用事があるからとアスモとアミーを置いて先に帰ってしまい、取り残された2人はドアベルのカランコロンという綺麗な音を奏でながら消えていったその背中を見つめ、ついつい揃って首を傾げてしまうのだった。




「こういうのは段取りが必要だけど……その手間はなさそうだからね、ふふ。時間の問題かな?」




人混みに紛れ、誰かに通話を繋ぎながらそう呟いたソロモンの言葉の意味を知れるのは……もうすぐだろう。



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