3歩進んで2歩下がる




「ジン様達は大丈夫でしょうか……」


「ローロー……」




アスナとジンが何やらもどかしい様な状況なのを全く知らず。
まぁ知るはずもないのだが、兎も角無事に相棒のロゼリアと共にシンオウへ着いてから何日か経っていたキンモクは、例の恩人が住んでいる場所へ行くためにミオシティへと向かっている道中だった。

念には念をと北に位置するシンオウのことだからとコートを持ってきたことはやはり正しい選択だったと思うと同時に、如何にホウエンが暖かな地方なのか実感する。
そしてそんな暖かなホウエンにいる彼らは本当にに大丈夫なのだろうか。あの手紙は本当にいたずらか何かなのだろうか。




「邪魔、ありがとう、痛い……並んでいる言葉がなにやら矛盾しておりますし……着いたらゲン様にご相談してみましょうか」


「ロゼロゼ」


「ロゼリアもそう思いますか?ならやはりご相談を……いやしかし、お礼と挨拶に伺うというのに共に厄介事を持っていくのもどうなのでしょうか……そもそもこうして向かってはいますが、まだメールの返事をいただいておりませんし…!……はっ、もしや体調でも崩されているのでは?!それとも私の事など忘れていらっしゃるかもしれません!……いやそれは流石にないでしょうそれならば私は当時何か粗相を……?!」


「ロゼ……」




ただ真っ直ぐ進めばいいだけの、それこそもうそんなに距離も無いはずのミオシティへの道で何故私のパートナーは足を止めて3歩進んで2歩下がるみたいなことを繰り返しているのだろうか。最早そういう系統のダンスに見える。

あぁでもないこうでもないいやしかしいやいやいや……と顎に手を添えてうんうん悩んでいるキンモクを呆れたような表情で見つめていたロゼリアは思わず長い溜息をつく。

確かにジン達の事はロゼリアも少々心配だが、ゲンに至っては洞窟にいて電波が届いていない確率のが高いと思われる……が、残念ながらロゼリアのその考察は目の前で未だにうんうん言っているキンモクには伝わらない。




「……と、おや?!ポケフォンが…………!あ、あぁあゲン様!!…あ、なるほどですね洞窟の中にいらしたのですね?!」




そら見た事か。
どうやらタイミングが良いのか悪いのか…いや、ロゼリアにとってはどう考えても良かったのだが、キンモクが悩んでいるのを止めてくれるかのように返事をくれたゲンは、やはり洞窟の中にいてメールを見ていなかっただけのようだった。
その返事を見たキンモクは安心したかのようにパァァと目を輝かせ、ロゼリアに向かって「もう戻っているから待っています」とのゲンからの返事を読み上げると、先程とは打って変わって急ぎ足でもうすぐそこのミオシティへとロゼリアと共に足を進めるのだった。




心配の元である、あの不気味な手紙をしっかりとコートのポケットにしまいこんで。

















「あ?お前今日休みだったのかよ」


「ん?そうだよ?あれ…言ってなかったっけ?今日はジムがどこも休みの日なんだ!」


「はぁ?ジムリーダーってそんなんあんのかよ……って、まぁ有給があるくらいだしそれもそうか。ったく…リーグもそれくらいやれっつーの」


「あんたはそんなのなくてもほぼ休みみたいなもんでしょーが!」


「補欠だからな」


「ドヤ顔で言わんでいい!」




一方こちらは3歩進んで2歩下がるダンスをキンモクにさせる切っ掛けであった理由の2人。
いつものように特に予定がないジンがゆっくりとした時間に目を覚ませば、そこにはコーヒーを飲みながらジンの愛読書であるバイク雑誌を興味本位で読んでいるアスナがソファでゆっくりとしていた光景があった。

それに疑問が浮かんだジンが聞けば、どうやら今日はアスナも休みの日だったようで、いつもの他愛もない会話をアスナと何度か繰り返したジンはアスナの空のコーヒーカップを勝手に取ると、そのままキッチンへと向かって自分用のコーヒーを用意するついでにアスナのコーヒーのおかわりも入れてくれた。




「……えっ、あ、あり……あ、ありが、と」


「……?今のどこに照れる要素があったよ」


「えあ、いや!べ、別に?!た、ただそのー……!」


「?」




ただ、ただそのー……その、あれ。




「当たり前のようにコーヒーを入れてくれるその行動が同居してる彼氏って感じがして照れちゃった!えへへ!というかそういえばそのセットのコーヒーカップいつ買ったの?あたしの為だよね?ありがとう嬉しい!ジン大好き!!もうこのまま一緒に住んじゃう?!」




……と、心の中でアスナが思って照れているだけで、それをそのまま口に出して言えるかと言われれば言えるわけなんてあるはずがない。
故にジンがその心の中の言葉を一語一句予想できるはずも、勿論あるわけが無い。

しかしアスナが「そのー……」と言ってしまったことで、この場の空気は今、アスナが何かを言わなければならない…というよりも、何かを言うみたいな空気になってしまっているし、ジンもジンでアスナの言葉を角砂糖が入った瓶を持ちながら頭に「?」を浮かべた状態で停止して待っている。




「いっ、一緒……に、!」


「……一緒に?」


「す、住ん……す、す……!」


「…………いやちょっと待てそれは俺から言、」



勘の良いジンのこと。
一緒に住ん……ここまで言われたら「あ」ともなる。
少し離れたリビングのソファでいつのまにか照れ隠しをするかのように三角座りで身を縮こませながら目を泳がせて一向にこっちを見ようとしないアスナのその様子と言葉で、思わず焦ってガバッっと瓶を勢いよく開けてしまったジンは、その事を気にするよりも先にアスナを遮る言葉を口にする。


しかしそれもアスナに遮られ、とうとう…………





「す、すんっスンドゥブチゲ夜に食べたいなって思ったら今からあまりの美味しさを想像して照れちゃったぁあっはははは!!」





スンドゥブチゲだった。





「……あ、あースンドゥブチゲ……なら昼頃買い出しにでも行くか」


「行くーーー!!バイクで行こ!これ!こっ、これ!この雑誌カッコイイバイクいっぱい乗ってるねすごーーいっ!!」


「俺のV-MAXのカッコ良さには勝てるわけねぇよ」




スンドゥブチゲってなんだスンドゥブチゲって。
いやスンドゥブチゲはスンドゥブチゲだろ、海鮮とか豆腐とかキノコとか入れる辛いスープ。美味いやつ。
いや違うだろ俺そんなん知ってんだよ。

そう思って、少し身を乗り出し気味でアスナの言葉を遮ったジンは自分のダサさを痛感して思わず脱力してしまうが、それをアスナに悟られないように平然を装って会話を続けた。

その時に自分の方のコーヒーカップにドバっと大量の角砂糖が雪崩のように入っていくのをその目で見てしまったとしてもだ。
そう、俺のV-MAXはそこに載ってるどのカスタムされたバイクよりもカッコイイ。それを自らカスタムして乗りこなしている俺もカッコイイ。




「それもそうだよねあはははは、は……今なんか変な音しなかっ、」


「気の所為じゃねぇの」




だからそんな俺がこんなことで動揺するわけないし自分の女にその事をバレるわけにもいかない。
何よりこれ以上ダサい自分を見たくない。絶対見たくない。
しかも今ここで思いっきり心と頭は動揺している状態で無理に言おうとしてみろ。




「一緒に住んでるみたいで照れちゃった!もういっその事本当に一緒に住んじゃう?!って言われるかと思ったから焦った。それは俺が言おうとしてたんだよそんなにスンドゥブチゲ好きならこれから毎日俺とスンドゥブチゲする?」




なんて馬鹿なことを言いかねない。
分かれ、理解しろ俺、堪えろ、色んな意味で。
そしてこの絶対に吐くレベルだろう中身は半分以上砂糖ですなコーヒーをどうにかしてこれから平然な顔で飲み干せ頼むから。というかなんだこの茶番。




「……俺きっと疲れてんだわ」


「え、ど、どした?肩でも揉む?」


「…………このコーヒー飲み干したら頼むわ」


「?よく分かんないけど、分かった!あ、コーヒーありがとう!」


「おう」




この時ジンは思った。
3歩進んで2歩下がるなんてフレーズを何処かで聞いた覚えがあるが、これはその1歩すら進むのが難しい状況なのではないか、と。

コトンとテーブルに置いた、この自分のコーヒーカップの中身の正体が…黒く澄んだ色の成分が実は半分以上砂糖なのだという地獄を想像して、余計に。



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