落ちる音



ミナモシティにあるミナモデパート内にあるカフェにて。
粗方ショッピングを終えたアスナとシアナの2人はお互い複数のショッピングバッグを自分の隣に置いて優雅に紅茶を飲みながら話をしているところだ。

そしてやはり、女性が2人揃うとなれば勿論自然に話題はお互いの意中の相手……つまりは恋バナに発展するわけで、アスナが今朝方疑問に思った事を話せば、その答えはダイゴの妻であるシアナが知っていたようだった。




「あー……なるほど…それで珍しく朝早くにちゃんと出勤してたわけか」


「うん。そういうことだね。ダイゴが鼻高々に言ってたし」


「あははは!めっちゃ想像つくわ!」




アスナの今朝方感じた疑問というのは、キンモクがシンオウへと行ってしまったはずなのにも関わらず、ジンが「おはよう」というメールに対して数分もせずに「おう」という返信が返してきたことが始まり。
その事に驚いたアスナがその後電話を掛ければ、なんとジンは「今から出勤すんだよ」と言ってきたのだから、アスナからすれば明日は槍でも降るのかと更に驚いたことだろう。

そして…そのことをシアナに話したわけだが、どうやらジンはジンなりにきちんとダイゴに対して感謝はしているのだろう、ということがわかった。
それはそうだ。いくら事情があったにせよ、借りているのだとしても、結局はあんなとんでもない額を肩代わりしてくれたのだから。




「ふふ。ジンくんも流石に少しはダイゴに頭が上がらなくなったのかな?」


「そりゃ額が額だからね…って言っても、まぁ基本はあの2人、結局はいつも通りな気がするなぁ」


「あの人達も私達みたいに付き合いが長いらしいもんね!うーん…男の友情ってよく分からないけど…見ていると、いいなぁって思う時あるよ」


「まぁその気持ちは分からなくもない。けど、そうだなぁ……あの3人は素直じゃないあたし達みたいな感じなのかな?……あ、でもミクリさんは素直か」


「ふふ。ダイゴとジンくんが喧嘩して、ミクリさんが上手く纏めてるような印象ある」


「あ。それ分かる!たまーにあの2人、ハブネークとザングースみたいに見える時ない?!」


「あ!それちょっと分かる!!ミクリさんがトレーナーでしょ?!」


「そうそうそれそれ!完璧!!あっははは!!」




どうしてジンがダイゴから借りることにしたのか、その本当の意味を彼女達は知らないからこそなのだろうが…いつの間にか、彼らを分かっている人から見たら「まさにそれだ」という例え話で大盛り上がりし、話も弾めば甘いケーキを口に運ぶその手も嬉しそうに小躍りしているように見える。

女性からしてみれば、自分達とは異性の友情というものがどういったものかというのは中々理解するのは難しいが、こうして笑いながら話せるくらい…あの3人組がとても仲が良いということは彼女達も胸を張って自信を持って言えること。




「はー、可笑しい!いやぁでも、こうやってお互いの休みが一緒の時は、やっぱりシアナとこうして一緒に買い物したりお茶したりっていうのが、あたしにはご褒美だなー!」


「それは私もだよ!昔からアスナといると、私はいつでも楽しいし元気をもらえるもん!ふふ、いつもありがとうアスナ!」


「それはこちらこそだよ!これからも変わらずよろしくっ!」


「ふふ!勿論よろこんで!」




あぁ、楽しいな。
充実した時間、充実した毎日、大好きな人が隣にいて、大好きな親友が隣にいて、大好きなポケモン達がいつでも一緒にいてくれる。
それが当たり前として存在してくれているこの有難みを、それこそ当たり前にしないように、日々噛み締めてこれからも過ごしていきたい。

そう……わざわざ言葉にせずとも、心の中でそんな事を思って幸せそうにケーキを頬張っていた仲良しの2人だったのだが、そのキラキラの笑顔が不安そうな表情に変わってしまう出来事が、「ぽたり」という音と共に突然起きた。




「えっ……な、何これ……?」


「?どうしたのシアナ………え…?水……?何で上から…?」


「雨漏りでもしてるのかな…?」


「いやここデパート!デパートの中のカフェで何で雨漏りすんのよ?」


「あ。それも、そっか……?え…何だろう?」




ぽたり、ぽたり。
ぽた、ぽた。

ひとつ、ふたり、みっつ、よっつ。

ゆっくりと、ゆっくりと。
上から降ってくるそれは、シアナのすぐ近くへと数滴落ち続け、上を見上げてみても特にこれと言って天井に染みのようなものも見当たらなかった2人は揃って首を傾げるのだが、何も無いのに水が垂れてくることが段々怖くなったのだろう。
アスナは徐々に顔を青く染め、テーブルを挟んで向かいに座り、少し呑気に「なんで?」と未だにきょとーん…と上を見上げたままのシアナに縋るようにその手を握る。

すると、アスナがこの現象を怖がっているのだと察してくれたシアナはゆっくりとその手を握り返し、テキパキとテーブルの端に置いてある紙ナプキンで落ちてきた水滴を拭き、片手に荷物と伝票、もう片手はアスナの手を握ったままの状態でスムーズにその席を立ってくれたのだった。




「大丈夫大丈夫。もう、昔からアスナは怖がりなところあるよね?」


「だ、だって何も無いのに水が……!」


「やっぱりきっと雨漏りしてたんだよ。ほら、ミナモデパートって私達が物心つく頃にはもうあったでしょ?それなりの年数経ってるんだから、そういう時もあるよ〜大丈夫大丈夫!」


「っ……ほ、ほんと…に?本当に雨漏りかなんか?」


「雨漏りじゃなかったとしても、ほら、あれかもよ?清掃業者の人が大掃除した時に吹ききれなかった水がたまたま落ちてきただけとか!」


「そ、それは……有り得るかも、だけど…!」


「でしょ?だから気にしない気にしない!それともまだ怖いならジンくんに電話とかしてみたら?仕事中かもだけどきっとアスナからなら出てくれるでしょ?」


「い、いい!いいです!出てくれる……だろうけどっ!!も、もー!!シアナったらそうやって茶化さない!!」


「あはは!ごめんごめん!」




ミナモデパートを出て、そのままアスナの手を引いてその近くにあるベンチに一緒に座ったシアナから「大丈夫」と背中をさすってもらいながら、最後にちょっと茶化されながら。
徐々に感じてしまった恐怖心を拭いたくて仕方がなかったアスナのそれを温めて溶かすように緩やかにしてくれたシアナは、アスナがジンの事で頬を赤く染めたのを見て内心胸を撫で下ろすのだった。

そして、一瞬。本当に一瞬だけ。




「ずるい、なァ」




そう……自分の上から。
普通に考えたら有り得ない位置から。
そんな言葉が聞こえたような気がしたことに対して、色々考えながらも、取り敢えずアスナに聞こえなかったことだけは救いだったなと思うのだった。




ぽたり、ぽたり。
ぽた、ぽた。




落ちる度に、落ちる度に。
まるで……その度にその言葉が大きく聞こえたような、そんな気がしながらも。




「ずるい、ずるいぃい、ずるいなァ、ずるい」





ずるい

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