逃がさない
キンモクがシンオウへと行ってからまだそんなに日が経っていない頃。
リーグ会議が終わった後にその場のノリで「飲みに行くか」となったカゲツとジンは、個室のある居酒屋でビールを片手に向かい合って他愛もない話をしている最中だった。
すると、ジンがふいに次の酒は何を頼むかとメニューに目を通したタイミングで、カゲツは見計らっていましたとばかりにじーーっとジンをジト目で見ながら話しかける。
「なぁ、お前さ……ずっと言おうかと思ってたんだけどよ」
「あ?なんだよ改まって」
「何で俺にアスナと付き合ってるって教えなかったんだよ」
「あー…忘れてた」
「はいぜっっっってぇ嘘」
ジンはカゲツからの問いに真剣に答えるつもりはないのか、話しかけられたときはメニューから視線を外してカゲツの方を見たのだが、それを問われた後また視線をメニューに戻して適当な返事を返す。
しかしジンのその返答に対し、「逃がすか」とばかりにビールを一旦テーブルに置いたカゲツは、両手をジンが持っているメニューに伸ばして無理矢理閉じてしまった。
そんなカゲツの行動に盛大に面倒そうなため息をついたジンはしぶしぶと言った様子で口を開く。
「別に表立って言う必要もねぇだろーが」
「でもお前もアスナも有名人だし、異性からモテるんだから言っといて損はねぇだろ。虫除けにもなるだろうし」
「虫除けったってなぁ……俺はダイゴとは違うぞ」
「あー。あれは度肝を抜かれたなー!流石チャンピオンだったよな!まさかあのティターニアと……ってそうじゃねぇお前の話だお前の話!」
「だぁかぁら、俺は世間様に注目されんのが好きじゃねぇんだよ。……つか、あいつにとっても良くねぇだろうしな」
「え、なんで。アスナからしたら公表してくれんのは嬉しいことじゃねぇの?」
確かに、カゲツの言う事も一理ある。
現にジンはこのホウエンに帰ってくる前、別の地方を旅している時にダイゴのあの報道を見てシアナを知ったわけだし、その関係も知っていたからこそカロスで偶然出会った時に彼女を助けたわけで。
それがなければジンはシアナを放っていたかもしれないし、そもそも今こうしてアスナと恋仲になるどころかホウエンに帰ってくることさえなかっただろう。
そういう理由も含め、ダイゴがああして世間に伝えたのは良い策だったのだろうが……それはあのダイゴとシアナだから良かったことであり、ジンとアスナの場合はまた違う。
「……あいつ、トレーナーとしては俺に劣等感抱いてんだよ。同じ炎タイプの使い手だしな」
「劣等感って…あの子とお前じゃまたベクトルが違うだろ。同じタイプでもそこは十人十色で戦い方も……」
「当たらずとも遠からず。…はぁ、あいつはこのホウエンのジムリーダーで最強を目指してっかんな……ひょいと帰ってきた俺がその当時チャンピオンだったダイゴの推薦で補欠と言えども四天王になったのがあいつの焦りになってたんだよ」
「あぁ……なるほど…いやでも、それとこれが何の関係があるわけ?」
ジンが話したのは、以前アスナがジムリーダー適正テストで赤点を取ってしまった際に判明した彼女の心境のことだった。
今はジョウトでのことも切っ掛けとなって大分それが薄れているとは思うが、完璧にそれが拭えたと言われればそうでもないだろう。
しかし、カゲツからしてみればその話と自分が質問したことに何の関係があるのかイマイチ分からず、納得が言っていない様子で口をへの字にしてしまう。
そんなカゲツを見たジンはもう一度ため息をつくと、煙草を取り出して火をつけてから言葉を続けた。
「まず一つは…」
「!おう。一つは?」
「俺はかなりモテる」
「自分で言うなよ否定しねぇけどっ!!」
まず一つは……そう言って溜めに溜めたジンからのその続きを素直にわくわくとした気持ちで待ってしまったカゲツは、次に放たれたその言葉に思わず盛大にするどいツッコミをすると同時に肯定もするという何とも器用なことをやってのけた。
しかしそれが本当に事実だと今までの人生で確信を得ているジンはそんなカゲツに礼などは一切言わず、自然にその空気を煙草の煙と共にふーーっと流してもう一つの理由を話した。
「それからあと一つ。あいつはあぁ見えて自分のことにはマイナス思考」
「………あ。俺何となく分かった」
「…言ってみ」
「僕が言おう。……世間に自分がジンと付き合ってるってことを知られたら、根掘り葉掘り聞かれたり一気に色々な意味で注目されたり、下手したら過激な女性から敵視されるかもだし嫉妬凄そうだしそういうその他色々が重なって身構えて緊張してガチガチになって頑張り過ぎて最悪の場合精神的にやられそう」
「はいそういうこった。…ったく何でお前にこんな話しなきゃなんねぇんだよってなんでお前がここにいんだよ!!!」
アスナとの関係をわざわざ世間に公表しない主な2つのその理由。
それを言ったジンの言葉を聞いて、細かな答えまでは上手く言えないものの何となくそれが分かったカゲツを代弁するかのように。
いつの間にか突然現れたとある男がそれこそいつの間に注文までしていたらしい白ワインを片手に優雅にペラペラとカゲツの隣で完璧な答えを言い当てたのだ。
……そう。ジンがよく言う言い表し方をすると……
この何処ぞの御曹司が。
「カゲツにメールでこっそり呼ばれてた」
「てめぇハメやがったなこのハゲ!!」
「だからハゲてねぇよ!!!」
「つかシアナは!!」
「今日はアスナと夕飯を食べる約束があるらしいんだよ。だから僕的にも丁度良くてさ。というかお前はアスナからそういう予定を事前に聞いとかないの?」
「一々相手の予定知る必要ねぇだろ。…つーか……はぁーー……カゲツ…お前マジでやってくれたな」
「すげぇ悪かったって」
「すげぇ顔が笑ってんだよ」
どうやらカゲツはダイゴをこっそり呼んでいたらしい。
それ程までにアスナとのあれそれを聞きたかったという事なのだろうし、素直に事前に付き合っていることさえ教えてくれなかったことが悔しかったのかもしれないが…そもそも誰にも余計な事を話すつもりがなかったジンとしてはそれがカゲツだけでなくダイゴにまで伝わってしまったことに珍しく頭を抱えてしまう。
簡単に言えば要らぬ心配を掛けたくないからなのだが、彼の性格上そんなことは絶対に言わないので「プライドが傷ついた」というような表現をした方が良いのだろう。
……と言うよりも8割方は実際そっちの方が濃厚だろうから。
「あはは!にしてもお前がそこまでアスナのことを考えてるとはね。僕も気になってたんだよ、何で公表してやらないんだろうって」
「うるせぇ」
「お前アスナのこと大好きじゃん。見直した」
「うるせぇっつってんだよ!!はぁっ!ったくどいつもこいつも……今日は奢れよ」
「はいはい。今回だけだよ」
「俺は?」
「カゲツも僕をこの場に呼んでくれたからね。珍しいジンが見れたし、お礼と言うことで」
「かーっ!!さっすが御曹司!美人妻持ち!」
「もっと言って」
「お似合い夫婦!美男美女!愛し愛されラブラブ夫婦!」
「さぁ何でも頼んでくれていいよ!!」
「チョロいなお前」
アスナ本人は疎か、寧ろ誰にも言うつもりは一切なく…いつもの様に自分だけでどうにか上手く事を運ぶかと思っていたジンだったのだが、平和ボケでもしていたんだろうか……或いは最近目立つようになった不穏な件についての事に集中し過ぎていたのか。
まぁどちらにせよ、本人達には絶対に言いはしないが、この2人が余計な事を周りに言いふらすような友人だとは思っていないジンは目の前で盛り上がっているそんな2人を見て……今は静かに表情を緩めてしまったのだった。
(はいお待ちどう!!当店自慢のそれはもう激辛スンドゥブチゲ3人前だよ!!)
(さぁ食おうぜ。きっちり3人前頼んでやったからな)
(あ。俺これから用事があったんだった)
(僕も何か家で1人鍋したくなったから帰っ)
(逃がすかよ)
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