内ポケットの中身





「キンモクさん行っちゃったね…はぁ、寂しいな…」




バイクの後ろに跨り、キィーーーーンと遥か上空から鳴る音に乗せて空に描かれる飛行機雲を見上げたアスナはそんな言葉を言い、吹いて来た風を受けて寂しそうに眉を下げてしまっている。
その理由は言葉の通りで、一週間程休暇をもらったキンモクが恩人に会うためにシンオウへと飛び立っていったからだった。

そんなアスナを、同じく空を見上げていたジンはため息をつきながら振り返り、寂しそうにしているその様子に対してジト目を向けて言葉を発する。




「お前な、たった一週間そこらで大袈裟なこと言ってんじゃねぇよ」


「だってキンモクさんがいない毎日なんてさぁ…というかもういるのが当たり前みたいな感じだし」


「まぁお前はあのジジイの乱暴さを知らねぇからな…」


「えぇ?どういう意味それ?どう考えても紳士そのものって人じゃん。パートナーのロゼリアみたいに優雅で穏やかだし、しっかりしてるけど雰囲気はふわふわって周りに花が飛んでそうな…」




たった一週間程のことで大袈裟だと言ったジンに対して本能のままに言葉を返したアスナは我ながらそれぐらいキンモクがいることが自分の当たり前になっているのか…と改めて実感してくすぐったそうに笑ってしまったのだが、そんなアスナの気持ちなど知ったこっちゃないと言わんばかりのジンは少しだけ顔を青ざめ、キンモク乱暴さがどうのと言い出す。

しかしアスナからしてみれば「あの」キンモクが乱暴なところなどまるで想像がつかず、思っている通りのことを言えば、ジンは参ったような表情で片手で軽く頭を抱えて項垂れてしまった。

それはそうだ。だってキンモクは…




「ジン様!!おはようございます!朝でございますっ!」



勝手なダイゴから勝手な許可をもらって作った合鍵を使い、ガチャリと鍵を開け…



「…………」


「ジン様ぁぁー!!朝でございますよっ!!ほら見てくださいこの眩しく気持ちの良い朝日!まるで早起きが得意なアスナ様のようでございましょう!!」



シャァァァ!!!と元気よくジンが眠っているベッドの真横にある大きなカーテンを開け…



「…っぐ………」


「…分かりました。これでも起きないのですね。本日は四天王会議がございますので少々時間が押しております。故に失礼致します」


「………っ……あぁ……?」



あまりの眩しさに布団を頭をまで被ってしまったジンの傍で何やらガサゴソと音を立てると…



「ジン様!!このままでは遅刻してしまいますっ!さぁ起きてくださいませ!朝ですよ!お時間ですよ!ジン様ぁぁー!!!!!」



カーンカーンカーンカーンカーンカーンカーンカーンカーンカーンカンカンカンカンカンカンゴンゴンゴンゴンゴンゴンカンゴンカンゴンカーンカーンカーンゴンゴンゴンゴンゴンゴンッ!!!!!…カァーーーンッ!!



「っっっ…!だぁぁぁぁぁぁあ!!!!!!!!うるせぇえええ!!!!!!」



どんな目覚ましよりも強烈な…「秘技、フライパンとお玉のオーケストラ」を披露してくるのだから。




「……思い出しただけで頭痛がしてくる」


「……あんたキンモクさんに何されてんの」


「あいつに夢見てるお前は知らなくていい」




そんなことを思い出し、その記憶を辿るだけで頭痛がしてきたジンはそれ以上を聞いてくるアスナに「待った」と片手を突き出して拒否をしてしまう。
そんなジンを見て、アスナは想像がつかないながらも相当なことなんだと察してくれたのだろう。
思わずジンの肩をぽん、と叩いて「あたしが悪かった」と軽く謝ると、気晴らしに美味しいものでも食べに行かないかと提案する。

その提案は先程と違って許可したジンは、たまには気分を変えて雰囲気の良いところでも連れて行ってやるかとアスナに言わずに行き先を決めると、自分とアスナにヘルメットを被せて颯爽と愛車を走らせるのだった。




何だかんだ言いながらも、彼なりに感謝もしているキンモクが良い旅であるようにと少しだけ思いながら。














「ふう…少しばかり長旅になりますよロゼリア。ボールに戻っていた方が…」


「リー、リーリー!」


「ほっほっほ、そうですかそうですか…そうですね…こうして貴女とゆっくり旅をするのは久しぶりです。それならばこの時間も堪能させてもらいましょう」




一方その頃。
あの時も、そして今も…いつも明るい笑顔で自分を温めてくれるアスナと、素直ではないが何だかんだ自分に優しいジンが…自分を空港から出たあとも実は遥か下から見送ってくれていたことを知らないキンモクは、飛行機の中で隣に座ってうきうきとしている相棒のロゼリアとそんな微笑ましい会話をしていたところだった。

あれからダイゴに許可をもらって、ジンの家でアスナにもシンオウに行くと伝えたキンモクはすぐに自分に波動を教えてくれた恩人であるゲンという人物に連絡を取ったのだが、有難いことに「待っているよ」と彼は二つ返事で了承してくれていた。




「…彼のお陰で、私はまたこうして今を幸せに生きているのです。私なりに少しでも恩を返さねば…」


「リア!リーリー!」


「ほほほ、そうですねロゼリア…まずは私と貴女のとっておきであるロズレイティーをご馳走しますか。その後は…そうですね…」




彼のお陰で自分はきちんと「真実」を明らかに出来て、ずっと引っかかって…棘が刺さったままだったジンのことも前へと背中を押すことが出来た。
心の底から穏やかな気持ちでサキの墓参りにも行けたし、自分に勇気をくれたアスナとも変わらず良好な関係でいられている。

名残惜しくも、そろそろ引退だと昔から好きだった誰かの世話をすることも辞めようとしたのに、それすらもダイゴに拾ってもらって…あぁ、自分は何処までも幸せ者だと胸に手を置いてその事全てに感謝をし、その切っ掛けを与えてくれた恩人に再度感謝を込めて目を閉じながらロゼリアとそんな会話をしたキンモクは、タイミング良く通ってくれた機内販売のキャビンアテンダントに声をかける。




「よろしいでしょうか?コーヒーを1つと、それからこの子用のマフィンをいただきたいのですが……と、おや?」


「?どうかなさいました?」


「…え?あ、あぁいや…失礼致しました。何でもございません」


「そうですか…?もし体調などが優れない場合はすぐに仰ってくださいね。…それではこちらを」


「ええ。ありがとうございます」




キャビンアテンダントの女性に向かってスッ…と片手を控えめに上げて自分用のコーヒーとロゼリア用にマフィンを頼んだキンモクだったのだが、その手を上げた時に何かが内ポケットでカサリと擦れるような感覚を覚えたキンモクは「おや?」と首を傾げてしまう。

そんなキンモクに具合でも悪いのかと心配してくれたキャビンアテンダントに謝罪とお礼をし、キンモクは買ったものを受け取ると前の椅子に取り付けられている簡易テーブルにそれを置いてから自分の内ポケットの中を確認した。




「……これは…手紙、でしょうか?いつの間に…?」


「ロゼ…?」


「…ふむ。やはり覚えのないものですね…このジャケットは昨日洗濯してアイロンもばっちりとかけましたし…気づかない筈が…」




疑問に思いながら手を入れて掴んだそれは、キンモク自身も身に覚えのない黒い手紙だった。
お気に入りのジャケットなのもそうだが、普段から身なりに気を遣っているキンモクがこれに気づかないことは流石におかしく、尚且つもらった記憶もないのに何故そんな物がここに入っているのだろう。

内ポケットなんて忍ばせても中々入れられるものではないき、そもそももし仮に忍ばせられたとしても一体誰が何のために?

そう思って眉間に皺を寄せてしまったキンモクが恐る恐る手紙を開くと、そこには。





『アりがとうね、邪魔だねえ嬉しいねえアりがとうねえアりがとうね、痛いねえ痛い』





そんな…
不気味且つ訳の分からないことが赤い文字で記されていたのだった。





『……ふふ、ふふ……1人、いナく、ナァったスてキねえスてキ』





ナァった、ナった、いナく、ナァった
うううう、うぅれしいナ、たァアァアのし、のしいナ
アと、ァァァァと、ひと、ひぃ…



ひとり



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