日頃の礼



「……え?休暇…ですか?この私に?」


「はい。ここの所そんなに忙しくもないですし、日頃からキンモクさんには僕も四天王の皆もお世話になっていますから」


「い、いやしかし…!そのような贅沢を…!それに私は好きでこの仕事をしている身。お世話も何もありません!休暇と言われましても…」




ホウエンリーグにあるチャンピオンの私室。
そこの主であるダイゴに「話があります」と呼ばれたキンモクは、始めは姿勢を正していたものの…その内容を聞いて感じた戸惑いを隠すことが出来ずに少々あたふたとしてしまっていた。

会話の内容からするにつまりは、最近は業務も落ち着いており、日頃世話になっているからとキンモクに数日の休暇を雇い主でもあるダイゴが提案したということ。

しかし元々そういう仕事を好きでやっているキンモクからすれば、別に迷惑やらお世話やらという事は一切思っておらず…寧ろこんな年齢の自分にまた仕事を用意してくれたことに感謝の気持ちで溢れているわけで…





「いやそれに、特にジンが日頃色々と迷惑をかけてそうだし…」


「全く迷惑ではありませんが日頃色々という部分は否定出来ません」


「どういう意味だよ。…まぁ、でも確かに構わねぇんじゃね?俺なら喜んでどっか旅行でも行くけどな」


「ジン様まで…」


「それにキンモクさん、元は僕に頼まれなかったらあのままシンオウに行くつもりだったらしいじゃないですか。この際ですしそっちの用事を済ませに行くのも有りなんじゃないかなって僕は思うんですけど」


「…確かに…今の状況を報告しにお伺いしたい方は居ますが……本当によろしいので…?」


「…行ってこいよ。世話になったんだろ?波動使いだかなんだかって奴の所」




休暇に対して、申し訳がなさすぎると渋るキンモクに、ダイゴは部屋の真ん中にある大きなソファでかなり楽な体勢で座ってコーヒーを優雅に飲んで話を聞いていたジンの名前を出すが、それに対してキンモクは否定はしなくてもそれでも何処か一歩足りない様子だった。

しかしそれはダイゴとジンの更なる後押しによってとうとうキンモクは未だに申し訳なさそうにしながらも何処かホッとした様子を見せてくれた。
口には細かく出さないが、ジンにとってその波動使いという人は…キンモクが世話になった根本的な原因が自分ということもある為に気兼ねなく訪ねに行って欲しかったのだろう。




「では……数日の間、お言葉に甘えさせて頂きます」


「うん!何かあったら連絡してくださいね、キンモクさん」


「老体なんだから凍え死ぬなよ」


「ほほほ、このキンモク、まだまだ身体は丈夫ですのでご安心を」




そんなジンの不器用な優しさをちゃんと感じたキンモクは、うるうるとし始めた自分の瞳に力を込め、咳払いを一つすると深々と2人に頭を下げてやっと休暇を受け入れてくれた。
その後いつも通りの会話のやり取りを数分した後、同じキンセツヒルズに住んでいるのもあって…揃って帰宅したジンとキンモクは、エントランスにあるエレベーターから出てきた見慣れた赤を見つけて声をかける。




「おう。来てたのか」


「あ!ジンにキンモクさん!全くもう!ポケフォンにかけても通じないし、呼び鈴鳴らしても出ないから帰ろうとしてたんだからね!入れ違いにならなくて良かったけどさ!」


「申し訳ありません…!ダイゴ様からの呼び出しがあったので、念の為に電源を切っていたのを忘れておりました…!」


「え?呼び出し?何かあったの?」


「まぁ話なら俺の家でいいだろ。なんか用事もあったんだろ?取り敢えず上がってけ」


「あ、うん!分かった!」





ジンが声をかけたのは、エントランスのエレベーターから少し不機嫌な様子で出てきたアスナだった。
その手には何やら紙袋を持っているようだが、話の流れでキンモクと共に当初の目的であるジンの家に上がることになった途端にその機嫌は元に戻る。

そんなアスナの表情を今度は一緒に乗って上がっていくエレベーターの中で見たキンモクは微笑ましいですねと心の中でほっこりとすると、流れるような動作で自然にボタンの操作をしてジンとアスナを先にエレベーターから降ろしてくれた。




「ありがとうキンモクさん!」


「いえいえ、これくらい当然のこ、」


「キンモク、アスナと先に上がって茶でも用意してやってくれ。これ鍵」


「?ジン様…?いかがなさいました?」


「ミクリから電話」


「…そうですか…、かしこまりました。ではお借り致します」




エレベーターから少し歩いたところあるジンの部屋に向かって先に行ってしまったアスナがもう一度振り向く前に。
何故か自分の背中を押しながら素早く鍵を渡してきたジンの行動に疑問を抱きつつも、言われた通りに鍵を受け取ったキンモクはアスナを追いかけるように気持ち早歩きで先に進んでいった。

その背中が完全に自分の部屋に入っていったことを確認したジンは、耳から離した「真っ暗」な画面のポケフォンをポケットに仕舞うと、とある箇所を眉間に皺を寄せながら凝視する。




「……何もなきゃいいんだがな」




そして暫くして…アスナは兎も角キンモクに余計な心配をかける前にとその場を後にしたジンのその後ろの壁にあったのは…真っ赤に、真っ赤に



『痛い』



そう書かれた…まるで血文字のようなそれが、小さく書かれていたのだった。

















「…えっ!キンモクさん旅行に行くんですか?!」


「ほほほ、有難いことに休暇を頂くことになりまして。それならばと以前お世話になった方に挨拶をしに行こうかと」


「へぇー!良かったじゃないですか!それってもしかしてシンオウ地方にいる波動使いさんですよね?あたしも気になってたんで、本当に良かった!へへっ、良い報告が出来ますもんね!」


「ええ、お陰様で!その節は本当に有難うございました。…あ、そうです!後で伺うことを連絡しておかねばですね…!あ!お土産も…!何がよろしいでしょうか…明日にでもミナモのデパートに行かなくては」




それから暫くして。
キンモクが淹れてくれた紅茶に舌鼓を打ちながら、キンモクの休暇の内容を聞いたアスナはまるで自分のことのように喜んでわくわくといった様子だった。

そんな2人のはしゃいだ様子の会話を煙草を吸いながらベランダで聞いていたジンは、呆れたように軽く笑いながら煙を夕日に向かってゆっくりと吐き出す。




「ヤミィ!ヤミラァ」


「ん?なんだこれ…手紙?」




そして吸い終わった煙草の吸殻をベランダ用に置いてある灰皿に入れたジンが中へと戻ろうとしたのだが、ふといつの間にか勝手にボールから出ていたのだろうヤミラミを足元に見つけ、その手に持っていた赤い封筒を受け取る。

その色を見た時に先程の血文字のようなものを思い出し、心の中で危機感を覚えたジンは、2人が未だに持っていくお土産の話で盛り上がってこちらに気づいていないことを確認すると、ゆっくりとその封筒から手紙を取り出して内容を読んだ。


すると、そこには…赤い字で書かれた…




『日頃の「礼」だ。有難く受け取れ。お前の大好きな…』









「……甘い甘いモモンの実をふんだんに……使った…………マカロン、じゃ……ざまぁみろ…………」


「あれ?ヤミラミ?もしかして紙袋弄った?この間ジンから借りたスウェットを入れてただけだったんだけど、他に何か入って……あ。そういえばじっちゃんに渡されたやつも一緒に入れたんだった」


「まっっぎらわしいんだわあのクソジジイ…ッ!!!!!!!!」


「何事でございましょう?!ヤミラミ!ジン様に何を渡したのですか?!」


「ミィ?」





まさかのムラからの日頃の「礼」だった、というのは。
怖いことが大の苦手なアスナにとっても…小さくだが、確実にまだ分からぬ何かに危機感を覚えたジンにとっても。
ある意味救われたことだったのかもしれない。



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