混じり合う
「ねぇジンちゃん一体何したの?人って案外思ってないようで実は自分でも気付かない内に誰かを恨んじゃったりするものなんだけど、大抵は何も無いわけ!なのにそれにしたって生霊が憑くって相当だよ?!ちなみに女の人!」
「女ぁ?……あー……」
「何か思い当たる人とかいないの?」
「……思い当たる……思い当たる……あー……えー……」
「いち、にぃ、さん……いや折ってく指多?!てか両手足りてない!最低だよジンちゃん!!人でなし!女たらし!アスナちゃんがいるのに!!」
「流石にあいつより過去の話だ過去の!!」
恐ろしい程の恨みが取り憑いてる。
そう言われたジンは目を丸くしたものの、フヨウに「女の人」とヒントをもらえば出てくるわ出てくるわ身に覚えはあっても名前は覚えていない女性達。
それを指折り数え始めれば、両手分なくなったところで目の前のフヨウが信じらんないとばかりに顔を青くして人でなしやら女たらしやら言ってくる。
いや確かに流石に自分でもどうかとは思うが、こればかりは否定のしようもないしどうしようもない。
しかしいくら過去の話であるにしても、それはこちらにとっては過去という話なだけで、向こうの……まぁ確実に誰なのかは全くもって分からないが、そんな女性にとっては過去の話ではないのかもしれない。
……と、思ってはみるものの……正直心当たりなら1人だけ……それこそ顔も名前も覚えている唯一の女性ならいるわけで。
「まぁ1人だけ可能性が高いやつは居るが……今更連絡取るっつーのもなぁ」
「ちなみにその人にはどんな事したのジンちゃん」
「………………まぁ」
「言えないような事……?!」
思い当たる女の顔を思い出し、性格も思い出し。
尚且つ「何したの」と聞かれた時に更に思い出したあんな事やこんな事。
それが頭の中で映像のように流れたジンは、フヨウから視線を逸らしてしまう事しか出来なかった。
……まぁ、それはそうだろう。
婚約破棄をした後に、向こうの希望だとしても抱くだけ抱いておいて気持ちは何も応えず。向こうの一方的な待ちだったとしても待たせるだけ待たせておいた挙句……最後は好きな女が出来たから縁を切ってくれと言った
……だなんて言えるわけがない。
「……まぁ兎も角!ジンちゃんが最低男だったって事は分かったけど、それなら1回、おくりびやまに居るあたしのおじいちゃんとおばあちゃんに相談した方が良いかもしれないよ?」
「相談ねぇ……」
「それに、ジンちゃんは自業自得だから何ともだけど、もしそのままにしておいて近くにいるアスナちゃんにまで被害があった時が一番まずいでしょ?というか……寧ろアスナちゃんも一緒に行ってみた方がいいよ!おじいちゃん達にはあたしが連絡しておくしさ!」
「……分かった。なら、悪いがちっと頼むわ」
「うん!任せて!やっぱり恨みに関係ない女の子が巻き込まれるのはダメだもん!」
「ヤミラミラァ!」
「いつ出てきたお前」
アスナのことも含め、おくりびやまに居る祖父母に2人で相談しに行った方が良いとのフヨウの提案を受け入れたジンだったのだが、フヨウとの会話の中で何度か大好きな名前が行き交っていたのが原因なのだろう。
ポーンと軽快な音と共にさり気なく会話に紛れ込んだヤミラミが片手をあげてフヨウにお礼の意味を込めたハイタッチをナチュラルに要求していた姿を見たジンは静かに呆れのため息を吐く。
しかしそんなジンを他所に、ゴーストタイプを専門にしているフヨウにとってはそれが嬉しかったのだろう。
「可愛いヤミラミちゃん!」とウキウキでヤミラミとハイタッチをして頬擦りをしている始末で、「主人とは似ても似つかないよね」とわざわざ小声で言っているが残念ながらそれは普通に聞こえている。
「悪かったな似ても似つかなくて」
「だって似なさ過ぎだもん!ねぇねぇヤミラミちゃん、本当にジンちゃんの何処が良かったの?顔?」
「ヤァ〜ミィィ……」
「あらあら考えただけで幸せそうにくねくねして溶けてる……あはは!乙女だねえ?全く罪な男だジンちゃんは」
「そいつはどーも。……まぁそんな訳で、それなら連絡だけ頼むわ」
「オッケ!なら今連絡しちゃうね……えっとー……あ、もしもしおじいちゃん?実はね……」
一方……ジンがフヨウに頼んでおくりびやまの彼女の祖父母に連絡を取ってもらっている頃。
シンオウのゲンの元を訪れていたキンモクは、ゲンに頼んで波動を通じて出来るだけ分かる事を聞いていた所だった。
「恐ろしい程の恨み……と言っても、これは何とも言い難い不安定さがあって、それでいて混じりあっているような波動を感じるんだ。そしてその行き先が、キンモクさんから僅かに残っている特定の相手に対してで……」
「……と、言いますと……?」
「うーん……何と言ったらいいのかな。全く別の存在からの恨みがそれぞれ二重になっている、ような。それがつまり、その……貴方が仕えている人に向けられている……わけだね」
「……それってつまり……そういうこと、で?」
「……確信を持って頷けばしないが……えっと……そういうこと、になる……かも、しれないね……キンモクさんの話を聞く限りだと」
キンモクが持っていた手紙の上に手を添え、感じるままにそれを伝えたゲンの表情はなんとも……まぁ簡単に言えば苦笑いなのだが、感じ取れる恨みが二重になっている……つまりはそういうことで。
落ち着くはずの紅茶の良い香りが充満する中で、キンモクはそれを詳しく言葉で聞かずとも脳内でつまりそれがどういうことか理解出来たと同時に顔を青くして項垂れてしまう。
それはそうだろう、つまりはキンモクが仕えているジンに対して複数の強い恨みがこの手紙に漂っているというわけだ。
「……ジン様……一体何をなされたので……!……いや、何となく察しはつくのですが……あぁ……あぁ……」
「し、心中お察しするよ……いや、でも」
「?何でしょうか……」
「まだ少し引っ掛かる部分があるんだ……そもそもこの文面なんだけれどね、可笑しいと思わないかな」
「……た、確かに……そうでございますね……「邪魔」と「ありがとう」……意味としては真逆の言葉が……「痛い」に関しては分かりませんが……」
「私もそれに関しては分からないが……うん。それに、可笑しいのはもう一つある。何故この手紙の書き手はキンモクさんにこれを忍ばせたのだろう?考えてご覧。もし本当にこの感じられる恨みがジンさんに向けられているものならば、何故キンモクさんに邪魔、ありがとう、だなんて書いたのか」
「……!つまり、邪魔な私が居なくなったことに対するお礼ということでしょうか?!」
「そうだ。そしてここからが一番の疑問点だ。……しかし何故、ジンさんに恨みを持っている……つまりは女性の方がそもそも「男性」のキンモクさんにこの手紙を忍ばせたのかということがね」
「……そ、それって……!」
分からないことが繋がっていく中で、同じくらいに分からないことも増えていってしまう。
しかしその中でも確実に自分達は何か大きな勘違いをしている可能性がある事が浮上したことにより、キンモクは嫌な予感が全身を這うような不快感を覚え、まるで震え上がるようにしてガタン!と思わず音を立てて立ち上がってしまったのだった。
その衝撃で、テーブルに置かれたティーカップに入っている……すっかり冷めてしまった紅茶の水面がゆらゆらと不安定に揺れる様を、隣で静かに聞いていたロゼリアが不安そうに目にしている中で。
ゆる、さナい
わたし、の、アこ、がれ
かえ、して。かえして。
これ、いじょう、ちかずか、ナいで
だれも、だれも、だれも、ぜんぶ、みんナ、
はナれろ
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