南と北





警備員に証明証を見せ、今日も今日とてリーグにきちんと出勤したジンはそれはもう怠そうに欠伸をしながら廊下を歩く。
本来なら会議でも何でもなければ自分はまず来ないで家で寝ているのだが、最近はそれをしようとするなり何処かの御曹司から




「借金」




……と、一言連絡が入るのでやむを得ずにこうして来るわけだ。
来た所で補欠の自分は部屋に待機するでもなく書類をまとめるだのなんだのというデスクワークなのだから正直心底面倒臭い。
が、しかし来ないともっと面倒なことになりかねない。本当に何故にこんなに仕事とは面倒なのだろうか。大体デスクワークくらいならリモートで充分だろうが。

そんなことを思いつつ、あぁ今日もあの銀髪の角を目の前にしながら書類の選別でもやらされるのかとジンがため息を吐いた時だった。
後ろからそれはもうルンルンとした様子が聞くだけで分かるくらいの明るい声が響く。




「ジンちゃーん!おはよう!最近は毎日ちゃんと来て偉い偉い!」


「はいはいそりゃどーもおはよーさん」




ジンが振り返った先。
そこには、ゆらゆらと体を降らしながらニコニコとしている南国のアローラに居そうな服装の女性。
彼女はフヨウといって、このホウエンリーグの正規の四天王の1人なのだが、いつの間にか「ちゃん」付けで呼ばれるような仲になっていた。
ジンがどう思い出してみても「ジンちゃんって呼んでいいー?」なんて聞かれた記憶が一切ないことから明らかにフヨウの独断と勝手なのだろうが、ジン本人もこれといってあからさまに嫌がってはいないのだから少し意外なところ。

それよりも今のジンにとっては自分とアスナの周りをうろついている怪奇現象のような何か……というよりもゴーストタイプのポケモンが関係しているようだが、取り敢えずその事の方がよっぽど重要なのだ。
今朝アスナを家に送り届けた時だって、まだ涙目で「怖い怖い」と連呼していたのだから、やはり早急にどうにかしなくては。




「……って、何かつかれてるね?」


「あーまぁ訳ありでな……お前には関係のないことだけどな」


「ふーん?訳あり、ねぇ?まぁ確かにあたしはジンちゃんのプライベートな修羅場のあれやそれには関係ないけど……」


「お前俺を何だと思ってんだよ…修羅場なんかねぇっての……って、そうだお前の得意分野じゃねぇか!ちっと時間作れ!ダイゴには適当言うから!」


「えー!?あたしジンちゃんタイプじゃないしそもそも得意分野って何?!アスナちゃんっていう彼女がいるのを知っててあたしがそういう関係になりたがってるとかって思ってる?!え?!ジンちゃん最低!!」


「誤解にも程があんだろ違ぇよ!!!お前ゴースト系が専門だろって話だわ!!」


「あそっちかー!あはははは!!」


「ったく……まぁいい、俺の待機部屋に来て話聞いてくれ。茶ぐらい出す」


「はいはーい!いいよー!」




変な誤解をしたかと思えば、「いいよー!」だなんて片手と片足をきゅぴーん!と上げて二つ返事で軽く了承したり、挙句の果てには「ジンちゃんの待機部屋初めて入る!」だなんてこっちの気も知らないで遠足気分で着いてくるフヨウを見たジンはまたもや本日何度目か分からないため息をつく。

しかし改めて思ったが、何故自分はこうも簡単に頼れる専門の存在を忘れていたのか……余程視野が狭くでもなっていたのか。或いは平和ボケというやつか。
何方にせよ、久しぶりに自分に対して抜けていると感じたのだから癪に障る……とジンが自分のことに多少イラついていれば、あっという間にリーグ内の自分の部屋へと辿り着いてその扉を開けた。




「お邪魔しまーす!……ってなわけで、ここ防音?鍵掛かる?」


「?まぁ防音だし鍵も掛かるが、どういう意味だそりゃ」


「なら安心だね。鍵掛けるよーっと。はい!つかれてるんだから良くないよ。早く座って話聞かせて。手遅れになる前に」


「?俺の疲れとその話と何の関係があんだよ……何か言ってる事がよく分かんねぇんだけど?」




何故防音を気にするのか、何故鍵を掛けたのか。
何故疲れているから話をしてと言ってきたのか。
それは単に心配しているのか?カゲツ程友好関係が濃いわけではないのにか?
それとも同僚だからという彼女の優しさか、はたまた好奇心か……?
と、ジンがフヨウの突然の行動と言動、そして雰囲気に疑問を持ってしまえば、フヨウはさっきまでの笑顔をまるで消し去ったかのように無くして、そして。




「違うよジンちゃん。あたしは最初から……」







「憑かれてる」って言ってるの
















「やぁ。待っていたよ!久しいねキンモクさん。寒かっただろう?中へどうぞ」


「ゲン様!いやはやお久しぶりでございます……!お邪魔致します」




一方、ジンが同僚のフヨウと話を始めた同時刻。
こちらでは結局宿で一晩過ごした後にやっと連絡が届いたゲンの元へとキンモクが会いに来た所だった。
どうやら連絡が中々来なかったのは、彼が洞窟内に居た為に電波が届いていなかったのが原因だったよう。

遠い所からわざわざ足を運んでくれていたのに、遅れて申し訳なかったと返信にあったが、失礼かもしれないが正直少しそんな予感がしていたキンモクはその文を見た時に「お変わりがないようで」と微笑んでしまったのはここだけの話。

募る話もあるのだろう、挨拶もそこそこに家の中へと招かれたキンモクは、促されたソファへと腰を降ろして目の前に座っているゲンと向き合って、もう気付いているのだろつ彼と同じように柔らかい笑みを浮かべる。




「……うん。良い波動だ。あの時期の貴方とは雰囲気が違う。上手く事が運んだようで安心したよ」


「ほほほ。その節は本当に……本当にお世話になりました。何とお礼を言えばいいのか分かりません。私はゲン様のお陰で真実を見つけることが出来ました」


「……それは、本当に良かった。私も気掛かりだったからね」


「元はと言えば私があの時……いえ、この話はもうしない事と決めました。……あっ、急にお伺いすると言い出したのにも関わらずとんだ失礼を!!こちらフエン煎餅でございます」


「ははは!相変わらずだねキンモクさんは。これはご丁寧に……なら、折角だからこれでお茶でも……ん?」




あんなことがあった、こんなことがあった。
数年共に暮らした2人には絆も思い出もあり、お互いに分かれた後に起きた話したいことが沢山ある。

キンモクは真実を見つける為に、時間の花に波動を送れるようにと半ば押し掛けの形で弟子となってしまったにも関わらず。
嫌な顔一つせずに教えてくれたゲンのお陰もあってキンモクは今こうして笑っていられる。
全てはこの方が居てこそ今がある。

ゲンは始めはご老人が今にも死んでしまうそうな表情で訪ねて来たことに心底驚いたものの、軽く事情を聞いてからは放っておけなくて指導をした。
1人が当たり前で、何不自由なくいたはずなのに、いつの間にか指導の礼だと住み込みで身の回りの世話をキンモクがしてくれるようになって、家の暖かさとはこういうものだったなと思い出させてくれた。

そうお互いに思い出して、感謝を全身に感じて。
ゲンと揃って思わずため息が漏れてしまうくらいに深く深く深呼吸をしたキンモクだったのだが、ハッと我に返って手土産のフエン煎餅をゲンへと差し出した。

それを受け取ったゲンは初めこそ笑っていたものの、瞬時に表情が曇ったことを見逃さなかったキンモクは、初めはフエン煎餅ではいけなかったのかと不安になりつつも、直ぐにそれが杞憂だと気付いてゲンに直接それを問う。




「?ゲン様、如何なさいました?」


「……いや、今鞄からそれを出した時に……キンモクさん、失礼を承知だが、鞄の中身は他に何が?」


「中身……でございますか?そうですね…貴重品、衣類、それからロゼリア用のポケモンフーズと、いつも持ち歩いております紅茶の茶葉と………あ。」


「……うん。それだ」




ゲンに何故か鞄の中身を聞かれたキンモクは、疑問に思いつつもその通りに自らも確認する為に一つ一つ鞄の中身を手に取って説明していく。
……すると、無くさないようにと鞄の内ポケットにしまっていたそれがカサリと音を立ててその存在を知らせた。

赤い文字で書かれた、不気味なその手紙が。
そしてそれは、同時刻に南と北の大地に冷たい空気が刃のように鋭く張り詰める瞬間だった。





「キンモクさん、それには……」


「ジンちゃん、君には……」






「「恐ろしい程の強い恨みが取り憑いてる」」





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