ゼンマイ






「なるほど……そういう事情が……」


「はい。騒ぎを起こしてしまってすみません」


「あぁいえ。この事を知っているのは私と一部の上司のみに留めていますので、お気になさらず。こちらこそ配慮が欠けていて申し訳ありません」


「配慮って……何であんたが気にすんだよ」


「先程の彼は私が面接をしていたものでして。前科がある事も、その被害者が誰だったのかも、事前に目を通した書類に記載しておりましたから」


「……時の政府様は審神者のどんな事でもお見通しってか」


「申し訳ない」


「ちょっと、忠広?」




あれからすぐに政府にある手入れ部屋を借りた紬は、肥前の手入れを素早く済ませた後に用意された部屋で所謂事情聴取のようなものを受けていた。
と言ってもその内容は根掘り葉掘り聞くような物ではなく、ある程度把握された状態なのもあって再確認のようなレベルだったのだが……紬を想う肥前からしたら気に触ったのだろう、優しい雰囲気が一目見ただけでも伝わってくる目の前の男性に対して嫌味を言えば、紬がそれを控えめに窘めた。

それに対して肥前が軽く舌打ちをして不機嫌そうに視線を逸らせば、それを「話を続けろ」という風に解釈したらしい男性はまた再度口を開く。




「……今回起こした問題も考慮してですが、それ以前に彼は霊力の量も合格ラインギリギリでしてね」


「それじゃぁあの人は……」


「はい。不合格ということになりますので、後日ご実家の方に通知が届くかと。……それに」


「それに?」


「「俺に絶対服従の隊を作ってみせます」だなんてふんぞり返った回答をするような方、私は審神者になって欲しくありませんのでね」


「やっぱあいつ根っからのカスじゃねぇか」


「あー、あはは……」




先程の問題もそうだが、彼そのものに原因があるというような事を言った男性のその言葉を聞いた肥前は頬杖をついたまま眉間に皺を寄せつつ目を伏せて秒で「やっぱりカス」と言い放ち、そんな肥前の様子を見た紬は失笑してしまう。

そんな中で唯一癒しを与えてくれるのは男性の腕の中ですやすやと眠っている小さな男の子。
その寝顔を見て癒されつつも、そもそも何故こんな所にこんなちいさな子がいるのだろうと疑問に思った紬が聞けば、彼はへら……と幸せそうに笑って答えてくれた。




「この子は私の息子の伽羅助と申します。見ての通りまだ小さいのですが、とある事が切っ掛けで刀剣男士達が大好きでしてね……こうして時たま連れてきているのです。そちらの肥前をはじめ、ここには政府権限の刀剣男士もおりますから。……あっ、面接中は部下に預けておりましたよ!ええ!まぁ特にこの子は大倶利伽羅が好きでしてね……なので会議でもない限りその男士には中々会えないのですが……あっ、名付け親はとある本丸の陸奥守なのですよ!」


「あんた、急によく喋るじゃねぇか」


「あぁすみません私としたことが!!と、兎に角、門前の問題は私の方で処理しておきますので!あっ申し遅れました私藤堂と申します!また何かあればいつでも頼ってくださって構いませんので!」


「あっ!はい!ありがとうございます……っ!」




確かに申し遅れていたが、ちいさな男の子は伽羅助。そしてこの男性はどうやら藤堂という人らしい。
長々と話してくれたそんな彼から名刺を受け取ってからぺこりと頭を下げた紬は心の中で可愛い親子だなと思って癒されながらも、隣で無愛想な肥前が頭を下げていないことに気づくと半ば強引にその頭に自身の手を置いて共に下げさせる。

するとそんな2人を見て面白かったのだろう伽羅助がキャッキャと笑ってくれたことで場の雰囲気は更に柔らかなものとなり、そのお陰で紬達は藤堂が手配してくれた転送装置によってすんなりと本丸に帰ることが出来たのだった。
















そして……今はその転送装置から本丸に続く石造りの道を歩いている最中。
辺りはすっかり暗くなっており、足元にはぼんやりと明るい行燈が名も知らぬ草花を照らしている。

そんな空間の中に響くのは乱暴に歩く肥前の靴の音と、その隣を歩く紬のヒールの音。

そのコツコツという音がもう何回鳴ったか分からないくらい歩いた時、ふと紬は肥前の服の裾を掴んでから足を止める。




「……どうした?」


「いや、そこにゼンマイを見つけて。ほら、あれ」


「ゼンマイって……あぁ山菜のやつな。採ってくってか?」


「折角だし採ってこうよ!」


「お前な、もう暗いし更に飯が遅くな、」


「これ天ぷらにしたら美味しいんだよねえ」


「かんぴょう入れた袋あんだろ。あれに詰めるぞ」




ゼンマイ。
それは葉がぐるぐると巻かれた名前通りの見た目をした山菜のこと。
それを行燈の柔らかい明かりに照らされていたのを発見した紬が指をさして肥前に教えるものの、彼は予想通り夕飯の唐揚げが遅くなることが嫌であからさまに面倒くさそうな顔をする。

しかし紬に「美味しい」と教われば数秒前の事が嘘かのように彼の足は道を外れて見つかる限りのゼンマイを袋に入れていくのだから紬は心の中で素直に可愛い奴めと思ってしまうのだ。
そんな事を本人に言ったら絶対に機嫌を損ねてしまうのだろうが。




「ゼンマイってさ、今の忠広に似てない?」


「………はぁ?」


「ぐるぐるぐるぐる巻いちゃってさ?俺があの時あぁしてたらとか俺があの時こうしてたらとか、どうせそんなことぐるぐる考えて自分を責めて……だからそうやって不機嫌になってるんでしょ?藤堂さんと話してる時からいつもの忠広と違うもん」


「……」


「ほーらね?全く。本当に冷たそうに見えて優しいんだから……あの時偶然会ったのは仕方ない事だし、それにあの時の言葉と行動。私は全部全部嬉しかったし惚れ直しもしました!まぁ脚を刺したのは無理し過ぎって怒ろうとしたけどね?でもそれもきっと忠広の中で私との今後を優先してくれたからだろうなって分かってるから何も言わない」




そう、紬はずっと思っていた。
手入れ部屋を借りて、戻ってきてからどうも肥前の様子が何処か素っ気なくて機嫌が悪かったこと。
藤堂と話している時も心の隅でその理由をかんがえていたのだが、その理由はふと見つけたゼンマイのぐるぐると巻いてある葉を見てカチリと思いついたことだった。
そしてそれを言い当てた紬によって、案の定図星だったらしい肥前はピタリとゼンマイを採る手を止めて紬に背を向けたまま言葉を投げかけた。




「……なら、その……」


「うん?」


「……平気か」


「……うん。平気。忠広がいるから」


「……そうかよ」




気まずくて、小っ恥ずかしくて、照れくさいと感じるそんな中でも。
彼の背中から出てきた唯一の言葉が自分の精神面を案じるものだった時。
紬は一粒だけ涙を零してその背中に抱き着くと、いつもよりも熱く感じるその温もりを暫く噛み締めるのだった。


例え今この時、他に誰も居ないやんわりとした行燈に照らされる……決して明るくはない世界の中で。
薄暗い影を重ねた2人の想い描く未来を誰かに「夢想家」だと笑われたって。
この安心と幸せは……本人達以外、他の誰にも分かりはしないのだから。




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