Sting in my heart



「よっし!こんなもんだろ!さっさと報告して飯食いに行こうぜ!」


「お。何を食べに行くんだ?」


「やっぱ体を動かしたあとは肉だろ肉!折角だしロアも誘うか?どうせまた「アルベルに振られたー!」とかって不貞腐れてるだろうし」


「あー…はは、確かに有り得るな…今日のアルベル様は非番だった筈だし」


「だよな?ははは!仕方ねぇ、やっぱ誘ってやるか!そうと決まればカルサア……に……?」




ロアがハリネズミを助けようとして、何故か自分まで危ないことになっている…だなんて知る由もないこの2人は、最近になってロアと親しくなったジェットとロータスだ。

シーハーツとの長かった戦争が終わり…漆黒騎士団と同じく彼らの所属する疾風もわりと暇なのか、割り当てられた簡単な魔物退治を終わらせた2人は折角ならとロアも誘ってくれるつもりらしい。
…まぁそんなロアは今頃空を飛んでいるのだろうが。




そう、まさに今…




「?ジェット?何してんだ?早くロアを誘って飯食いに行くんだろ?」


「……そう、したいんだけどよぉ…」


「?…なんだよ?」





まさに、今。





「………あれ、どうやって誘えばいいんだ…?」


「………は?」





2人の頭上をロアが飛んでいるのだから。





「「………いやいやいや待て待て待て!!」」





そう。
肉を食いに行くぞという平和な話をして、カルサアへと足を進めようとしても相棒が進めないことを可笑しく思ったロータスが、そんな相棒が真顔で眺めている空を一緒に見上げてしまった、その先にロアがいたのだ。

親しくなる前に着ていた服も随分と個性的且つ目立つ服装だとは思っていたが、それはその後にこの星で暮らすようになり、服装が変わったとしても変わらない。
寧ろ変わらないと言うよりも、前よりもはっきりとした色味を基調としているし…何より彼女の腰には蝶を模した織物が巻かれているのだから目立つなという方が可笑しいレベルだ。

そんな蝶が何故か疾風の管理外に置かれたバール山脈のドラゴンに捕まれて空を飛んでいるのだから、やはり間違えようがなく、あまりの現状にいやいやいやと声を揃えて片手をブンブンと振り回してしまった2人は思わずお互いに助けを求めて顔を見合わせてしまった。




「「………」」


「………まずくね?」


「………まずいな?」




…………………………。




「ちょちょちょ、追いか、追いかける?!これ追いかける?!あぁあそうだ今日は飛竜連れてきてねぇ!!」


「待て!落ち着、おっ、落ち着け!!こ、こういう時はこういう時は…!!かかか、観察!情報!」




どうする?どうする。
こんな時に限って、今回は山を登る必要もなければ時間もたっぷりあるからと、鍛錬がてら徒歩で来てしまった為にいつも自分達を乗せてくれる飛竜をつれてきていない。
つまり追いかけようにも空を飛ぶ…というよりも運ばれている彼女を追うのは無理だ。

どうする?どうしよう。
とりあえずそうだ、落ち着こう落ち着け落ち着いてみよう。
とりあえず、とりあえずそう。ほら、ほらあの…なんだ。あれだ。こういう時にこそ冷静になるべきなんだ、とりあえずロアをもう一度確認してみよう。情報は大切だ。




………うん。駄目だ。
どう考えても巣に持ち帰えられているようにしか見えないから情報もクソもない。
こうなればもう自分達の頭と口から漏れ出すのは…





「「あ、あ、あ、アルベル様ーーーッ!!!!」」




我が国アーリグリフ随一の剣士…漆黒騎士団の団長様であり、もうとんでもなく遠く小さくなってしまった彼女の彼氏の名前を叫ぶくらいしか出来ず。
彼がいるかもしれないカルサアへと全速力で走るしか思いつかなかったのだった。














「どうしよう私やっぱりこれ罰が当たったのかもしれない…そうだよ大体プチ家出なんてするからこんな目に…!!…いや、でもそうすると君は今頃あのドラゴンのお腹の中だったかもしれないし…?」


「きゅうう…!!」


「え?…あ、もしかして謝ってる感じ?あはは、大丈夫大丈夫!そこは気にしないで!私が咄嗟に手を伸ばしちゃったんだから!……本当に大丈夫かどうかは……保証出来ないけど」


「…きゅう…」




ジェットとロータスがどうにかこうにか誰かに知らせようと動いてくれていたそんな頃。
肝心のロアはというと、今はもうドラゴンに連れてこられた大きな巣の真ん中でハリネズミを抱き締めているところだった。

巻き込んでごめんなさいとでも言うように目を細めて悲しそうな鳴き声をするそのハリネズミを元気づけようと笑顔を作ってみるが…状況が状況だけに本当に大丈夫かという保証をすることは出来なかった。




「…うーん…私ね、一応紋章術は使えるんだけど、制御が全然で…そんな中でこの数を相手にするのは……ちょっと無理があるかなぁって…あはははは……」


「…………」


「ははは……はぁ…笑い事じゃないよね、うん。…はぁ、こんな事なら一番初めに紋章術の制御から取り組むべきだったかも……魔物がいる世界完全に舐めてた…」




本当に大丈夫か保証出来ないのは、ロアも後悔している通り。
今まさにロアとハリネズミを囲むように歩き回っている桃色のドラゴン達が原因だった。
色こそ可愛いものの…結局はきっとこのドラゴン達はハリネズミを食そうとしたあの大きなドラゴンの子供達だろう。
つまり…いくら今は歩き回って様子を伺っているようでも、戦闘になればたまったものではないはず。

その親のドラゴンはロア達を巣に置き去りにして直ぐに何処かへと飛び立って行ったわけだが、仮にロアがラッキーを発動して子供のドラゴン達を倒せたとしても、あの大きな親ドラゴンが帰ってくればひとたまりもないのは目に見えている。





「……これ、アルベルなら物凄くご機嫌になる状況なんだろうな…」


「……きゅう…?」


「…ん?あぁごめん…ついね!私の銀河一カッコよくて銀河一強くて銀河一大好きな人がここにいたら…って考えちゃって……このままアルベルに会えないまま死んだらどうしよう…いやいやいやどうしようじゃなくて死ぬ訳にはいかないんだけど…」




こんな時に彼がいたら…いてくれたらと。
色だけは可愛らしい桃色のドラゴン達に囲まれながら願うように考えてしまったロアは、そのせいで更に落ち込んでしまい…背中の針を柔らかくしてくれているハリネズミを抱き締めている力を込めてしまった。

この腕の中のハリネズミを一時的にでも守れたことは良い。
でも、その後起きているこの状況を打破出来る自信が自分にはどこにもない。



偉い奴が強いんじゃない、強い奴が偉い。



大好きな人がいつもよく言う言葉。
いつもはその台詞を言っている時の彼が何よりもカッコイイと目をハートにしてメロメロになっているだけだったが…今はそのカッコイイなと思っていた言葉がまるで彼が扱う刀か、或いはガントレットの爪のような切れ味で自分の胸へと刺さる気分だ。





「……やっぱり罰が当たったのかもなぁ…アルベルに好きって気持ちだけぶつけ続けて…不貞腐れて……もっと色々頑張ればよかった…ううん、もっと頑張るべきだった……私、全然足りなかったんだなぁ…」


「………きゅう…っ!!」


「…?え、ど、どうしたの急に…?!」


「…ッ!!」


「え、待って待って!!あぶ、危なっ…!!」




頑張ってるつもりでも、きっと全然足りなかった。
もっともっと頑張ってれば、こんな事にはならなかったかもしれない。
もっともっと頑張ってれば、折角帰ってこれたこの世界でもっと皆と楽しく過ごせたのかもしれない。
もっともっと頑張ってれば、皆に迷惑を掛けることはなかったのだろう。

そう思う度に、考える度に…泣いている場合ではないと分かっていても、嫌でも視界がうるうるとぼやけて弱気になってしまうロアのそれを止めたのは、何かを決意したかのように腕の中から抜け出したハリネズミがロアの目の前に背を向けて姿勢を低くした光景だった。

もしかして戦うつもりなのだろうか?
自分よりも何倍も大きなドラゴン達を前にして、可愛い声で…しかしそれでいて強い意志を感じるその声が止めようとするロアの言葉を遮った瞬間。




「……え……嘘…でしょ…?!す……凄…い……!!」




目の前のハリネズミは体をタイヤのように丸めたかと思えば、ギュルギュルと物凄い音と土煙を立てて回転しだし…まるでベーゴマかのように周りにいたドラゴン達を次々と弾いて飛ばしたハリネズミは、一周して戻ってきて直ぐに体を戻してロアを近くにある滝の裏の洞窟へと誘導してくれたのだった。




「…きゅう!!きゅきゅきゅう!!!」


「えっ、あっ、待って!待ってってば!!」




自分の小さな体では、弾き飛ばすのが精一杯だからと…慌てて急いで…それでも力強くロアの前を一生懸命に走って。


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