Hedgehog


ザッザッザッ…と。
草も何も生えていない、寂しく鉱山に囲まれた地面を1人で歩いているロアは、いつもニコニコとしているその表情を珍しく荒らげてしまっていた。

例えヒールが地面を抉って汚れてしまおうが、喉が乾いていようが、ここがどこだろうが、誰もいない鉱山の真ん中で普通に独りぼっちだろうがお構い無しに。




「もうっ!アルベルったら!!もう本当にそろそろ知らないんだからっ!!」




どうしてロアがそんな場所を1人で歩いて、尚且つ怒っているのかと言えば、それは先程も言葉にしている通り、彼女にとって大好きで大好きでどうしようもなく大好きなアルベルが原因だった。




「どれだけ戦闘が好きなの!!いや知ってるけど!!それにしたって構ってくれな過ぎて流石にこの私だって自信を無くしてくる!」




そう。
もう何度目になるか記憶に無いくらいの数を断られている「デート」をしてくれなかったのだ。今回の彼の非番も。
ただでさえアルベルはこのアーリグリフの国に属している騎士団の団長で、非番になることさえ珍しい。
…いや、まず仕事があったにしても彼はそんなものそっちのけで鍛錬をしているのであまり意味は無いのかもしれないが、それでもロアはどうせデートするなら彼の仕事が何も無い日にしたくて毎度誘っているのに。




「私会ったことないけどさ!どんな人か知らないけどさ!いっつもいっつもデートしようって誘う度に「その日は先約がある」とか何とか言っちゃってさぁ!どうせ、どうせアルベルは私よりもクロセル侯爵さんのがいいんだ!そうだよどうせ私じゃアルベルの相手は出来ないもん!アルベル強い人好きだし!偉い奴が強いんじゃなくて強い奴が偉いんだもんね!………あれ?でも侯爵ってことは元々偉い人?それでアルベルの相手を出来るくらい強い………?…………え、私本当に負けてるんじゃ…」




はて?と。
ぷりぷり怒りながら独り言を呟き…いや、荒げながら。
自分で呟いていくうちに毎度デートよりも優先される「クロセル侯爵」という人物のステータスがどんなものか理解したロアは乱暴に進めていた足をピタリと止めて徐々にその顔を青ざめていく。

まず第一にそのクロセル侯爵というのは人ではなくこの星に長く生きるそれはそれは偉大なるドラゴンなのだが…そんな彼とアルベル達が対峙している時を当時モニターで見ることが出来ない状況にいたロアが普通にそのクロセル侯爵というドラゴンを人間の男性と信じて疑わないのも無理はない話。




「………え、不貞腐れてプチ家出とかしてる場合じゃなくない…?名前からして多分男性だけど、いやでもそれでもよろしくないよね…?現に私、もう何回目なのか分からないくらいアルベルは私とのデートよりもクロセル侯爵さんとの鍛錬を選んでるわけだし…」




これは、これはもしかしなくてもプチ家出とかしている場合でないのでは?
今すぐにでも帰ってウォルターやジェットやロータス達にお願いして、自分こそ鍛錬に付き合ってもらった方がいいのでは?
いやいやそれともまだ明らかに未習得のこの星の一般常識あれこれをもっと身につけるべきなのでは?

よくよく考えてみれば、自分はアルベルアルベルアルベルと大好きなアルベルに一直線のみで、アルベルが喜んだり褒めてくれたり惚れ直してくれるような事をまだ全然出来ていない。
一般常識だって努力をしているつもりではいるが、こうして毎度デートを断られるということはそんなデートの誘いを受けたくないくらいに自分はアルベルに呆れられているのかもしれない。




「………どうしよう一気に落ち込んできた…泣きそう…」




考えれば考える程に、ロアの頭の中ではマイナスな予測が空気を入れられた風船のようにパンパンに膨らんでいき、後は激しく木っ端微塵に割れるか、それとも指を離してしおしおと萎んでしまうかの二択しかない。

そしてどうやらそれは後者の様だったらしく、ロアはその場にしゃがみ込んで寂しく地面にのの字を書き始める。

こんな所で草も何も生えていない寂しい地面にのの字を書いていたって何一つ良い事なんかないのに。何一つ意味をなさないというのに。
頭の中ではそんな簡単なことが分かっていても、気力という大きな壁が通せん坊をして上手く気持ちを切り替えられなかった。




「………私、何してんだろうなぁ…」




頑張ってるつもりだった。我慢もしてるつもりだった。
一生懸命この星に…この国に適応するために、上手く生きて行くために覚えようとしている料理やら洗濯やら買い物の仕方やら…そんな当たり前の事を当たり前にこなせる様にと、頑張っているつもりだった。

でもやることが多すぎて、覚えることが多すぎて。
ボタンやカプセル一つで済むことだったものが、いざ自分の手でやるとこうも難しいだなんて思わなくて。
でもそれは…本の中でもない、映像の中でもない…元々自分が生きている筈だったこの世界では当たり前のこと。

そう、当たり前のこと。
機械音痴の自分でも分かるように簡単な操作で済む物を用意してくれたり、カプセルじゃ味気ないとわがままを言っていたら、勉強を頑張ったり褒められるようなことを出来た時に必ず娯楽の為の高級なケーキや紅茶を買ってくれる…兄と姉がもう傍にいないのも、当たり前のこと。




「…寂しいって思うのも、もう我儘…なんだよね…私が自分で選んだんだもん…」




アルベルは「攫いに来た」と言ってくれた。この場所に連れ去ってくれた。
でもそれでも、全力で引き止めてきた兄のルシファーの手を取らずに、またねと別れて…泣きながら優しく背中を押してくれた姉のブレアにもまたねと手を振った。
そしてアルベルの隣りを…祖父のウォルターの隣りを偉んだのは、他でもない自分自身。




「……頭では分かってるんだけどなぁ…はぁ、何で上手くいかないんだろう…今日もおじいちゃんの部屋を掃除したら高そうな絵に穴開けるし…おじいちゃん涙目だったし…というかそんなおじいちゃんに黙って今こうしてプチ家出してる私って最低なんじゃ…」




…………え、帰ろう、今すぐ。
ふと我に返り、いや本当に自分は何をしているのだろうかとやっとのの字を書く手を止めて立ち上がったロアは、すっかりアルベルへの怒り…というよりも八つ当たりのように乱暴に歩いてきた道を戻るために急いで体を後ろへと捻った。

後は急いで帰って、また気持ちを新たに頑張ろう…メイドさんに頭を下げてまた料理を教えてもらおう。それか掃除でもいい。とりあえず何か完璧に覚えよう。

そう決意して足を前へと踏み出したのだが、何故かその足はいつの間にか目の前にいたらしい見覚えのある何かを発見して再度ピタリと止まってしまう。




「……きゅ?」


「……………え」


「………きゅう…?」


「………!あっ!君、この間見かけた子?!」




戻る為の帰り道にぽつんと立っていたそれは、きゅうきゅうと可愛らしく鳴くハリネズミだった。
ハリネズミと思ったのはFD空間にいた時に本で見た写真と瓜二つだったからなのだが、この世界にハリネズミがいるという話は聞いていないし、居るとすれば魔物の類いなので、勿論この子も魔物ではあるのだろう。

そしてロアはその魔物…いや、名前が分かるまではハリネズミでいいのかもしれない。
兎に角そのハリネズミが、以前間違えて馬車の荷台に乗り込んでカルサアから首都のアーリグリフに行ってしまった時に追いかけていた子だとロアは気づいた。
その事を目の前で首を傾げているハリネズミに問えば、そのハリネズミは目を丸くして後退りをしてしまったので、どうやら追いかけたことはこの子を怖がらせてしまっていたことなのだと察したロアは慌ててしゃがみ、両手を合わせて申し訳なさそうに謝罪する。




「ご、ごめんね?!あの時は後ろ姿しか見えなかったし、可愛かったからつい追いかけちゃって…!怖がらせるつもりは無かったんだけど…!」


「……きゅう!」


「!よかった…!許してくれるんだね!…えっと、君、仲間とかはいないの?1人?ハリネズミって群れとかあるのかな…?いや、まずハリネズミじゃなくて魔物なんだろうけど……でもこんな所で独りは危ないんじゃ…」


「…きゅう…?」


「……うーん…可愛いとしても魔物を連れて帰ったらおじいちゃん怒るかな…でもこの子から敵意は感じないし…どうしよう…」




目の前のハリネズミがロアの謝罪に対して、目を細めてこくんと頷いてくれたのは良い。
しかしいくら魔物だとしても、こんな可愛い子がこんな場所で独りぼっちなのは如何なものだろうか?
群れもあるかどうか分からないし、もしかしたら迷子という可能性だってある。
でも連れて帰ったら祖父のウォルターがどう思うか…

そう考えたロアは目の前のハリネズミをどうしようかと悩んでいたのだが、その悩みは結論が出る前に起きてしまったとんでもない事で明後日の方へと吹っ飛んで行ってしまった。




「きゅううううぅ?!!」


「えっ、あ?!嘘でしょそんな事ある?!ちょ、やめ…!この子を離して!!はなっ、ぐううう…離してってばぁあ!!!って、本当に嘘でしょー?!」




悩んでいる間に空から急降下してきた野生のドラゴンに目の前のハリネズミが足で鷲掴みにされ、咄嗟に助けるためにハリネズミを両手で掴んで引っ張ったロアだったのだが、綱引きならぬハリネズミ引きをしたところでドラゴンの力に人間が叶うはずもなく…呆気なくハリネズミと一緒に地面から足をふわりと浮かせてしまったロアの叫び声は、素早く高く飛び上がったドラゴンの翼の音にかき消されてしまったのだった。



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