Outside and inside



「ロア、それはローズマリーではなくルッコラじゃよ」


「なるほど!どうりで鶏肉に良い匂いがしなかったわけだ」


「そうか…それは鶏肉だったのか…」


「きっと日焼けしたんじゃないかな」


「丸焦げの間違えじゃの」





………………………………





「だって火加減とか訳わかんないんだもん!それに生焼けだったらアルベルがお腹壊しちゃうじゃん!」


「弱火でじっくり火を通せば肉は焦げることはなく生焼けにもならんのじゃよ」


「それはスープの話じゃないの?!」


「じっこりことこと煮込むのはスープだけではないし、ローストチキンはまず煮込むものではない」


「……料理って奥が深いね…」


「否定はせんが、お主の言っとる意味とはズレておるがの」




はぁぁぁ…と長いため息をつき、可愛い孫とそんな会話を繰り広げたウォルターが近くにあったロッキングチェアにゆっくりと腰を下ろした、そんな昼下がり。

事の始まりは、今日はアルベルが夕飯を食べに来てくれるからと朝から張り切っていたロアの身の安全と厨房の安全を心配したウォルターが様子を見に来たことからだった。

厨房に入った途端に広がってきた焦げ臭い匂いと散乱した小麦粉の白い煙が立ち込めた瞬間に「あぁ…」と色々と察したものの、その部屋の真ん中で「あ、おじいちゃん!」と顔に小麦粉をつけた可愛い笑顔の孫と目が合ってしまえば、ウォルターは怒ることなど出来なかったのだ。




「…うーん、料理って難しいね…」


「今まで本当に無縁の生活をしてきたのじゃな」


「うん。だって栄養をとるだけならカプセルだけで充分ってみんな言ってたんだもん。あるとしたら娯楽のためのケーキとかだったし…」


「…ふむ…わしも初めてそれを聞いた時は驚いたものじゃが…今のこの世界の文明では考えもつかん事ということは分かる」


「あはは、だから私からしたら…この世界の全部が絵本の中の世界みたいな感じなんだよね。憧れてた世界だけど、いざこうやって帰ってきたら、分からない事だらけだし…でもこの世界の人達からしたら当たり前のことで…料理だけじゃなくて、一般常識諸々出来ない私って、他の人から見たらやっぱり恥ずかしい人間に見えるのかな…あはは、こんな孫でごめんねおじいちゃん…」


「…ロア…」




先程まで「だって火加減とか訳わかんないんだもん」等と半八つ当たりのように声を出していたロアだったのだが、ウォルターと話しているうちに、如何に自分がこの世界の一般常識についていけていないのか、常識知らずなのか…ということを改めて実感してしまったのだろう。

しゅん…と眉を八の字に下げ、丸焦げになったローストチキンのはずだったものを悲しそうに見たロアは、心配そうに同じような顔になってしまったウォルターの視線に気づいて慌てて「これどうしようか!」と丸焦げローストチキンを指さして笑って見せた。
そんなロアにどう言葉をかけようかと思わず手を伸ばしたウォルターだったのだが、その手はロアの頭に届く前に突然ガチャン!と響いた音によってぴたりと止まってしまった。




「謝るくらいならとっとと覚えろこの阿呆」


「!アルベル?!」


「お…おお、アルベルや…随分早かったのお…?」


「思ったより魔物共が少なかったんでな。早めに切り上げてきた。お陰で戦い足りねぇが…それよりも、だ」




2人でしゅん…としてしまっていた雰囲気をドアを開けて止ませたのは、予定としては夕刻頃に来るはずだったアルベルだった。
どうやら想定よりも魔物の数が少なかったようで、無理に居座っていても大した成果にはならないと判断したらしく、早めに切り上げてきたらしい。

そんなアルベルは戦い足りなかったとイライラしているようだったが…それよりもと未だに眉を八の字に下げてしまっているロアの近くにズカズカと歩み寄ると、何故かその手にあった丸焦げのローストチキンだったものに手を伸ばす。




すると…




「え、え?!何してるの?!」


「…何って、食ってんだろうが」


「丸焦げだよそれ?!ちょ、いいよ大丈夫だよ!体に悪いよ!!何か凄い音してるし…!!」


「焦げてるのは外側だけだ。中はそうでもない。こうやって削ぎ落とせば普通に食える」


「…!ほ、本当だ…!中は焦げてなかったんだ…」




なんとアルベルはガリボリガリボリと食べ物とは思えない物凄い音を己の歯で立てながらもぐもぐとロアの手にあった丸焦げのローストチキンを頬張ってみせ、そんなアルベルの行動に驚いたロアとウォルターはあたふたと慌ててしまう。

しかし当の本人は平気そうにそれをごくりと飲み込むと、おもむろに近くにあった包丁を手に取ってそのローストチキンを削ぎ落として中身をロアとウォルターに見せる。

するとそこには外側の真っ黒な色とは正反対の綺麗な肉が顔を出し、それを目にしたロアの表情も、そのローストチキンと同じように先程の真っ暗な雰囲気から安堵の表情へと変わり、それを確認したアルベルは静かにロアの名前を呼ぶ。




「…ロア、」


「…ん?」


「俺は中身が良けりゃ今はそれでいい」


「…え?」


「話はそれだけだ。俺は体を動かし足りないんでな。そこら辺の魔物を追加で片付けてくる。その間にお前は夕飯の品数でも増やしておけ」




名前を呼び、そう言葉を口にしたアルベルはそれに対してロアが何か言うよりも先にスタスタと厨房を出て外へと出ていってしまった。

そんなアルベルの後ろ姿が見えなくなるまで唖然としてしまったロアだったのだが、それは突然近くから聞こえた優しい笑い声ではっと我に返り、その方向を向いたロアの視界にはいつの間にか目の前に移動してきていたウォルターの暖かい表情が現れる。




「…ほっほっほ、全く…彼奴も言葉足らずじゃな…もっとはっきり伝えてやれば良いものを」


「おじいちゃん…?」


「ロア。彼奴が言いたかったことはな…つまりは他人の目など気にしなくても良いということじゃよ」


「…え…?」


「この丸焦げのローストチキンは、確かに外側は真っ黒で失敗作のように見えるが、中身は綺麗に火が通っておった。それと同じように、彼奴にとっては、周りから見えるお主よりも自分が知っておるお主の中身が良ければそれでいいと言うことなんじゃろうよ」


「!!」


「だから…安心せいロア。お主がまだまだこの世界にとっての常識に追いつけていなくとも、沢山の失敗をしようとも。わしやアルベルはそれを「恥ずかしい」とは思わん。わし達はお主がいつでも一生懸命に頑張っているのを知っておる。…そんなお主に毎日を楽しく生きていて欲しいとも思っておるんじゃよ」


「…っ、おじいちゃん…!!」


「そう焦らずとも良い。折角この世界に帰ってこれたんじゃ。ずっとやりたかったこと、感じたかったことを大切にしなさい。わしもアルベルも、お主が世間一般から見て的外れなことをしたとしても呆れたりはせんし、その度に何度でも教えてやれば良いだけの話じゃ」


「うん…うんっ!私、全力で頑張る!全力で楽しむ!折角帰ってきたんだもん、落ち込むよりも楽しんだ方がいいよね!」


「そうそう、その気持ちが何よりも大切なんじゃよ。ほっほっほ」




アルベルがどうしてあんな行動をとったのか、あの言葉の本当の意味は何だったのか。
目の前でそのやり取りを見ていたウォルターから教えてもらい、尚且つ優しく暖かな言葉をもらったロアはじんわりと滲む涙を指で払ってしまうと、パッと花が咲くような明るい笑顔で強く頷く。

そんなロアの頭を優しく撫でたウォルターは、今頃何処かの泉で口を潤しているかもしれない、素直ではなく…それでいて想い人の前ではカッコイイ自分でいたいのだろうアルベルを想像してくすりと密かに笑みを浮かべてしまうのだった。

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