Two extremes



「…ふむ。今回はこれで終いにしよう。皆、わざわざ御苦労だった。今日と明日は各々ゆっくり休むといい。私も今日はもう自室で休むとしよう」


「「はっ」」




ここは雪が降り注ぐアーリグリフ城。
そこでは月に一度の会議が今しがた終わったところだった。
以前は敵国であったシーハーツの動向についての事が主だったが…和平が結ばれた今ではその内容は民間人を脅かす魔物に対してのことに変わっていた。
それに加え、変わっていたことはもう一つある。




「アルベル様、ウォルター様、お疲れ様でした」


「おお、御苦労じゃったな。…それで、どうじゃ?このままお主が引き続き…」


「あぁいえ…!やはり私なんかが疾風を代表としてこうして会議に出るのは…!申し訳ありませんが、荷が重いと言いますか…」


「…ふむ…そうか…それはすまなかったのう…何も無理にとは言わん。また気が変わったならば、その時わしに声を掛けてくれればよい」


「は、はい…!それでは失礼します」




変わったこと。
それは今までヴォックスが仕切っていた疾風の事だった。
団長であったヴォックスがシーハーツとの戦争中に現れたバンデーンの攻撃に巻き込まれて死亡し、副団長であったデメトリオも消息不明な為に…今現在疾風は上に立つ者が誰もいないのだ。

その為、今はウォルターが自分の隊である風雷の面倒を見ると共に疾風の面倒も見ているわけなのだが、どうしたものか…亡きヴォックスの意志が根強くついている疾風団員はほぼ全員今のアーリグリフをよく思っていないらしく、誰も自分が団長になると名乗りを上げない。
オマケにこうしてウォルターが何とか選出した常識的な団員も、結局は自分には荷が重いと断ってしまうのだ。




「…困ったものじゃな…」


「フン、別に今更疾風なんざいなくても何も変わりはしねぇだろうが。戦争は終わったんだ。ただでさえ退屈な魔物退治ばかりの仕事が減るくらいなら、寧ろ解散してくれた方が俺にはいいくらいだぜ」


「お主は相変わらず簡単でいいのお…まぁ、確かにお主の言う通り…今現在我が国でやることと言えば魔物退治くらいで済んでおるから良いものの…」


「…あの、お取り込み中の所失礼致します…」


「ん?」




いくら平和になったとて、アーリグリフの三軍の一つがこうなのはどうなのか。
三軍の一つである風雷の団長であるウォルターはその事に悩み、目の前にいる…同じく三軍の一つである漆黒の団長である筈のアルベルからの彼らしいシンプルで素直な考えに今度は苦笑いを浮かべてしまう。

そんな中で悩んでいても仕方ないとまた候補を考えることにしたウォルターだったのだが…タイミングを見計らってくれたのか、先程会議室から出ていった筈の疾風団員がノックと共に戻ってきて声を掛けてきた。




「どうした?気が変わってくれたか?!」


「んな直ぐに変わるわけねぇだろうが阿呆。どう考えても別の要件だろう」


「は、はい…!別の要件です…!あの、余計なお世話かもしれないのですが…先程城を出たら目の前にロア様をお見掛けしたもので…」


「「は?」」




入ってきた疾風団員が余計なお世話かもしれないがと教えてくれたその言葉に揃って間抜けな声を出してしまったアルベルとウォルターは、その後直ぐに小走りで会議室から出る。

その後ろから何やら疾風団員が詳細を話していた気がするが、それよりも何故カルサアにいる筈のロアがここにいる!としか考えが浮かばない2人にその言葉は届くことはなかった。
それもその筈で、カルサアからここまでは数十分掛かるだけではなく、魔物だって生息している地域を抜けてくる必要があるからだ。
なので、直ぐに用事も済むし、大人しく待っていろと早朝ロア本人に伝えた筈なのだ。




「おいジジイ!何故ロアがここにいる!」


「わしが聞きたいくらいじゃよ!早朝共に止めたじゃろう!」


「引き剥がすのに相当苦労したがな!」


「…あれは面白かったのお」


「お前の孫のことだろうが斬るぞジジイ!!」




小走りで外に向かっている中でそんな話をしているが、それにしてもここはアーリグリフの中でも一番寒い首都の城下町。
そんな雪の振る中で彼女が待っているのだとしたら、引き剥がして漸く置いてきた上での事なので自業自得かもしれないが…どう考えても風邪を引くだろうし、下手をしたら迷子になってしまっても可笑しくはない。

もっと最悪な事を言えば、ウォルターの孫、そしてアルベルの彼女という立場を利用する為に未だに戦争を望んでいる輩に攫われる可能性だってなくもないし、未だに食料に貧困なこの国…しかも首都ならば詐欺や窃盗団だって存在する。
そんな中である意味世間知らずなロアを1人にしているのはどう考えても危ないのだ。


何事もなければそれでいい。どう考えても絶対に説教はするだろうが、それでも何もなければ。


そう考えながら2人が城を出た、その時だった。




「何それ本当に?!ねぇもっと聞かせて!!もっともっと!!やだもうアルベルそんな事になってたの?!私めっちゃ幸せ者だよね?!」


「あっはははは!あの時のアルベル様はそりゃもう真剣そのもの!殺気も仲間の中で一番で、男の俺から見てもカッコよく見えたぜ!」


「2人共飲みすぎだぞ…?まぁ気持ちは分からなくもないけど…ほら、もうすぐ御二人が会議から戻ってくる頃合………あ。」




ロアのそれはもう楽しそうな幸せそうな笑い声が酒場のテラスから聞こえ、鼻高々にふんぞり返って酒を飲んでいるジェットと、その隣で呆れたようにため息をついていたロータスが「あ。」とアルベルとウォルターに気づいたのは。

そう、雪の中で軽く息を切らしながら。
そう、雪の中で頭を抱えながら。
そう、雪の中で怒りの拳を握りしめながら。

……その状態でこっちを見ているアルベルとウォルターにロータスが気づいたのは。今だ。




「何してやがるこの阿呆!!!」


「?!あ!アルベル!!おじいちゃん!!良かったー!会えたー!!」


「良かったじゃねぇだろうが!大人しく待ってろと言って引き剥がして置いてきたのに何故ここにいる!?」


「怒んないでよー!いやぁそれが…かくかくしかじかで…」




かくかくしかじかで。
そう、アルベルに抱き着きながらロアが説明したのは何とも阿呆な理由だった。

それはかれこれ数時間前。
ウォルターにもついて行くのは駄目だと言われ、アルベルにも引き剥がされて…仕方なく2人が帰ってくるまでカルサアを探検しようと考えたロアは、ふと目の前を通った動物のような可愛らしい何かに目を奪われ、それを追い掛けてそのまま馬車の後ろに乗ってしまったらしい。

しかしその途端に馬車は運悪く走り出し、追い掛けたその動物も瞬時に逃げてしまい…運転しているだろう人に声を掛けてもガタガタと揺れる馬車の音で届かず、馬車の速度も速いしで諦めて止まるまで待っていれば、そこが何とこのアーリグリフの首都で…困っていた所に今度は運良くジェットとロータスに鉢合わせた為に、2人が城を出てくるまで3人で待っていたのだそう。




「お前は何故そんなに阿呆なんだ…」


「可愛い動物を追い掛けるロアはさぞ可愛かっただろう…何にせよ、無事で何よりじゃが…もうこんな危ないことはこれっきりにしといて欲しいものじゃな…」


「うん!もうしない!ごめんねおじいちゃん、心配かけて…アルベルも心配してくれてありがとう!ごめんね?」


「はぁ……もういい、疲れた。さっさと帰るぞ」


「あ!それなら俺らがカルサアまで送って行きますよ!」


「おおそうか。それは助かる」




呑気な本人と、叱るどころかほぼ孫馬鹿を発揮しているウォルターを見たアルベルは大層疲れたようにため息をつくと、抱き着いたままのロアを引き剥がす気力さえも無くして早く帰りたいと呟く。

すると、そんなアルベルの日々の色々な苦労を感じたジェット達はそそくさとテーブルに金を置いて自分達が送って行くと言ってくれたので、ウォルター達は礼を言ってそれに甘えることになった。




「…そういえばお前、こいつらといつ知り合ったんだ」


「ちょっと前にね、2人がおじいちゃんに用事があったみたいで家に来た事があって…その時にちょっと世間話をしたら意気投合してね!歳も同じだし、仲良くなったの!」


「ほほほ、ロアに同い年の友人が出来たようで、わしも安心していたところだったのじゃよ」


「…そうだったのか」



ジェットとロータスの好意に甘えて、そうしてカルサアまでの道中を快適な飛龍に乗って帰ることが出来た面々はウォルターの屋敷の前に降り立つと、軽い世間話を始める。

そんな中でアルベルがふと気になったことをロアに問えば、どうやらロアにも無事に友人が出来ていたことが発覚し、アルベルは内心ホッと胸を撫で下ろす感覚になる。
それが男性だということに全く嫉妬も何もないのは、どう考えてもロアの自分に向ける感情がいつもカンストしているからなのだろう。


しかしカンストしているのはどうやらロアのアルベル大好きという感情や態度だけでなく…




「それにほら、私…FD空間でアルベルを見てた事が多かったから、2人がアルベルを慕ってることも知ってたからさ!」


「あ?いつ俺がこいつらと一緒にいた」


「…え?シェルビーだっけ…ほら、あの人がフェイトくん達を罠に嵌めようとした日だよ?!アルベルのことをカルサア修練場まで送ってたじゃん?!」


「…………あぁ……あれはお前らだったのか」


「「嘘でしょアルベル様?!」」


「…アルベル、もしかして…あの…名前…2人の名前は分かる…?」


「……ジャ……?…ルー……?…いや、知らん」


「「ジェットとロータスです!!!」」




アルベルの他人に対する興味の無さもカンストしている、というのは…
お前の息子はどうしてこうも極端なんだと空の上で大笑いしているのだろうグラオに心の中で言い…ため息をついたウォルターが改めてそれを実感したのだろう。

どちらにせよ、ウォルターにとってのこの可愛い孫2人はどちらも極端なのだということは、確実だ。

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