Only for the first time



いつの間にか。
どうとも思わなかった、記憶に残ることすらない夢を見ることを望むようになっていた。
初めは鬱陶しいと思っていたのに、見る度に心地よいと思うようになって、見る度に感情が高ぶるようになったその夢を見るまでは。





「アルベルーッ!!」





あいつが笑っていれば、それで良くて。
あいつを攫うためなら何だって出来て。
長いような、あっという間のような。
星の海を超えたその旅の行く末に届いたその夢は現実となって、実体となった。
そしてそれは今もこうして…現実の元で今日もあいつは俺の隣で笑っている。





「アルベルぅううううー!!おっはよー!!!!」


「ぐっふっ、?!」





そう、これでもかとうるさく幸せそうな笑顔で。
俺の腹に全体重をかけて海水浴よろしくダイブをして。





…………いやふざけるな。





「きゃーっ!!アルベル今日もカッコイイね!朝からカッコイイね!!もうそんなところも大好きっ!!はーっ、朝からアルベルに抱き締めてもらえるなんて、なんて私は幸せなんだろう!!これで今日も一日元気いっぱい!!」


「ごっほっ!!だき、しめてねぇんだよ!!お前が、乗っかってきただけだろうが!!退け!これ以上元気になられたらたまったもんじゃない!」


「えー?…じゃぁおはようのちゅーしてくれたら退く!!」


「するわけねぇだろ大体もう起きてんだろうがこの阿呆!!」


「じゃぁ私からのおはようのちゅー!!」




これ以上キーキーうるさくされたらたまったもんじゃない。
まだ日も登りきらない朝早くのこの時間にこんな起こされ方をすれば、とっくに目なんか覚めているに決まっている。

それでもロアは俺の話をまるで聞かずに脳内に花畑を咲かせる始末で、未だに上に乗ったまま幸せそうに両頬に手を添えてきたかと思えば真っ直ぐにその唇を俺の唇に重ねてくる。




「んむっ、!?…っ、んの…!」


「えへへ…って、う、わぁ?!」


「…朝から随分と掻き回してくれたな…?今大人しくさせてやる」




人の話も聞かない、いきなりキスをしてくる。
俺がどれだけ言っても、どんな態度をとっても「全てが幸せ」だと…望んでいた今あるこの状況を心から謳歌しているロアに朝からしてやられた事が少しだけ悔しい。

そしてその悔しさを体で体現した俺は、体を反転させてロアに馬乗りになってニヤリと笑ってやった。
それがどういうことなのか、この先どうなるのか…もうロアは直ぐに分かったんだろう。
先程までキラキラと眩しく笑っていたその顔を真っ赤に染め上げ、目をぱちくりとしながらしどろもどろに俺を退かせようと両足をバタバタと動かす。




「……へ?いや、ほら!あのね?!大好きが故!故だから!だからそんな!ほ、ほらっ!それにそんな髪も結ってないでしょ?!結おう?!結って?!そんな髪下ろしたままのセクシーでカッコイイ顔で見下ろされたら口から心臓出ちゃうから退いて?!」


「…そうか」


「そうだよ!!」


「なら口を塞げばいいな」


「そうじゃなくてぇええ…!!!」




こんな細い体で何が出来るのか。
足をばたつかせて足掻くその体を体重だけで押さえ込んで、一旦首元に唇を寄せれば途端にロアは大人しくなる。
そしてそのまま…俺の気が済むまで、完全にロアが溶けてしまうまで。

キスの雨を降らせ終わった頃には…窓の向こうの太陽はすっかりと姿を空に現していた。













「今日はね!レモンのハチミツ漬けを作ってきたんだよ!はいどーぞ!」


「…何だそれは」


「だから、レモンのハチミツ漬け!体を動かすならこれがいいっておじいちゃんとフェイトくんが言ってたの!」


「だからってレモンを丸ごとハチミツにぶち込む阿呆が何処にいる」


「えぇ?!これ違うの?!」


「マジで阿呆だな…」




そんな騒がしい…いつもの朝を迎え終わった後。
カルサア修練場の屋上にて刀を振って体を動かしていたアルベルは、一通り終わって後ろにいるロアの方へと振り返った。

そこには朝のことをもう忘れたのか、すっかりいつもの調子の脳天気なロアが袋に詰めた何かを掲げている姿で、その中身を確認したアルベルは途端にジト目でロアに「何だこれは」と問う。


レモンのハチミツ漬けというのは分かる。
それが効果的だということも、まぁ分かる。
だが問題はそうではなく、そのレモンが輪切りにされるどころか収穫されたままの…ありのままの姿でドボン、とハチミツの中にぶち込まれていることだ。




…どう食べろと




「…お前、この星に帰って早々に俺の嫁になりたいだとかなんとか言っていたな」


「将来の夢はアルベルのお嫁さんです」


「その前にまず一般常識と日常生活の「当たり前」を身につけろと俺は言ったな」


「言いました」


「…………………」





フェイト達との旅が終わってからというもの、ロアは祖父であるウォルターの屋敷に住み、「花嫁修業」だなんだと色々やっているのも分かる。
分かるが、それにしたって。

空回りしているというか、一歩ズレているというか。
努力しているのは百歩譲って理解しているアルベルだが、それにしたってロアのそれは最早「奇行」に近いものの数々で、それを思い出したアルベルは思わずガントレットをしていない右手で自らの眉間を抑えながらその数々を口に出してしまう。




「米を洗えと言ったら洗剤で洗ったらしいな」


「だって洗えって言うから…」


「暖炉に火をつけろと言ったら暖炉をファイアボルトで破壊したそうだな」


「着火用のエレメントって物があるなんて知らなかったんだもん!」


「肉を焼けと言ったら石の上に置いてそれもファイアボルトで消し炭にしたらしいな」


「フライパンって存在をその時に知ったんだもん!!それも着火用のエレメントがあるなんて知らなかったんだもん!!」


「…………」


「この星の文明って分かんないことだらけなんだもん!全部が初めてなんだもん!!」


「俺は逆にお前がいたあのFD空間とやらの文明が知りたいがな」




一体どんな生活をしてきたらこんな事も分からないのか…と、アルベルはもう今日だけで何度目か分からないため息をつく。
一応小さな頃はこの星に存在していたロアなのだが、それよりも遥かにブレアやルシファーと共に過ごしたFD空間の生活の方が濃いのだろうが。

余程文明レベルの高い生活をしていたのはこの騒動をめそめそと泣きながら話してきたウォルターから聞いた時に理解したが、それにしたってやる事が全てぶっ飛んでいる。
それも先程言った事が全てではない程…他にもロアの奇行な行動は存在するのだ。

別にそれに対して思うのは、本人も言っていたように「初めての体験」なのだろうし、別にだからと言って呆れるだとか嫌いになるだとか、そんな事はない。

そんな事はないのだが…一生懸命故に空回りして、屋敷のあちこちを破壊するわウォルターの気に入っている壺を割るわ…挙げ句の果てには可愛い孫の作った料理だからと紫色の煙を吹く何かの食材であったのだろうその物体を無理して食べたウォルターが一週間寝込んだ等の話を聞けば、ため息が出てしまうくらいは許して欲しい。





「食事はカプセルだった。あったのは娯楽の為のケーキとか紅茶くらい。あとは火を使うことがまずなかった」


「お前らは何を楽しみに生活していたんだ」


「私は専ら絵本とかだけど…他の人はジェミティ市って場所で遊んでたんじゃないかな?闘技場とかあったし」


「……そういえばあったな。あれは俺が唯一気に入った場所だった」


「……また行きたい?」


「…もう行けるわけがねぇだろう、阿呆」


「あはは!そりゃそうだよね!言ってみただけ!」




話の流れでついしてしまった、そんな話。
それにアルベルが気づいた時には、その隣にいるロアは丸ごとレモンのハチミツ漬けが入った袋を未だに持ったまま笑っている状態だった。

笑っている、笑っているが、それが朝とは違う笑顔なのは…もう分かる。

明らかに強がりで、明らかに寂しいというその感情を隠そうとしているのも、もう分かる。




「…え、あ!!」


「……まぁ、食えないこともない」




そして。
やってしまった…とアルベルが考えるよりも先に、ロアのその手にある袋を奪い取って中身をそのまま丸かじりしたのは、きっと。

その偽りの笑顔を見るのが「初めて」ではないことと、少しでも「いつも」の笑顔をロアに与えてやりたいと本能のままに行動した故なのだろう。





(やだ…アルベル…!!カッコイイ!!今日も世界一…いや!銀河一カッコイイね?!どうしようもう好きが止まらない!!私幸せ!!!!今日はこのままアルベルにずっとくっついてようかな?!)


(食うんじゃなかった)

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