flower on head
「……えっ?!ソフィアちゃん達が来てるの?!」
ある日の昼下がり。
今にも雪が降りそうな灰色の空の下。
その下にある街の屋敷内から聞こえて来たのは、ハリベルを抱き締めながら嬉しそうに声を上げたロアの声だった。
その声があまりにも大きかったのだろう、目の前にいるアルベルは右手の小指を己の片耳に突っ込みながら鬱陶しそうな表情をしながらも嬉しそうなロアに報告の続きを話してくれる。
「……あぁ。今はペター二に居るらしいな」
「ペター二……!…って、何処だっけ?どういう所?」
「ペター二はシランド領域の……こちらのカルサアと同じようなもんだと思えばいい。まぁ、向こうはうちと違って気温も良けりゃ土地も豊かで栄えてるがな」
ペター二とはどんな所だろうか。
世間知らずだったり紋章術の制御が完璧ではない為に行動範囲がアーリグリフ内の、それもアルベル達が把握しやすい場所に限定されているロアにはその場所がどこなのか、どんな所なのかまるで分からなかった。
しかし、アルベルから簡単に説明を受ければ何となくではあってもイメージは着いたのだろう。
きっとそれは緑豊かで活気があって、お店なども沢山ある栄えた街な筈。まさにロアの大好きな風景だ。
そんな想像をして、キラキラとしていた瞳を更に輝かせたロアは期待いっぱいにしてアルベルにお願いをする。
「へぇそうなんだ…!ペター二かぁ…!行ってみたいなぁ…!ねぇアルベル!私ソフィアちゃん達に会いにそこに行きたい!!今日非番だよね?!」
「阿呆。向こうから来るって言ってんだ。なのにわざわざこちらから出向く必要なんざねぇだろうが」
「えー?!アルベルのケチー!」
「ケチで結構だ」
行きたい、行ってみたい。
あわよくばそんな活気のある明るい街でアルベルとデートしたい。
腕組んだりとかしちゃって、何か甘い物を買って「あーん」とかしちゃって。
……なんて夢みたいなことを思ったわけであるが、文字通りそんなロアの妄想は叶う筈などなく、秒でアルベルに断られて夢で終わった。
そんなロアの妄想を何となく予想したのだろうハリベルは「またやってるよ」というような表情でロアを見上げたのだが、ふとロアから言われた言葉で文句どころか舌打ちすらしなかったアルベルの様子が気になってそちらに目をやってみる。
「……」
「……きゅう……?」
すると、そこには何やら複雑そうな…なんというかバツが悪そうにロアから視線を逸らしていたアルベルの姿があり、更にハリベルは疑問を持ってしまう。
だってそうだろう、いつもならば「ケチ」なんて言われたら「うるせぇ阿呆」くらい言い返しても可笑しくないのに。
……と、そんな事を思ったハリベルはその時にそういえばと先日見たアルベルの赤く腫れた頬を思い出してまじまじとその箇所を見つめてしまったのだが、そんな視線に気づいたらしいアルベルはギロリとハリベルを睨んで「教えたらどうなるか分かってんだろうなお前」と言うような……いや、実際に脳内でそう言っているのだろう視線を返してきたし、どうやら頬の赤みももう治まったようだった。
「あ!アルベルったら!ハリベルに睨みなんか利かせて!怖がっちゃうでしょ!」
「……フン」
「ハリベルに嫉妬してるならそう言えばいいのに!ほらおいで!ぎゅーさせてあげる!はい!おいで!」
「んなわけねぇだろ行くかこの阿呆ッ!!大体何故俺が「させてもらう」立場なんだ!それこそ豊かに頭に花でも咲いてやがるのか!!」
「んふっ、!」
アルベルの無言の脅しに縮こまりそうになりながらも、それでも何か隠してるのは絶対なことは分かるハリベルが迷っている時に。
ロアの言葉とアルベルの返しとですっかりそれがぶち壊しになったことにハリベルがため息をつきそうになってしまえば、今まで黙って聞いていたウォルターが2人のやり取りに耐えきれずに吹き出してしまった。
確かに緑豊かな街からの頭に花咲いてやがるのかは面白かったかもしれない。いや今はそこじゃないけど。
「何笑ってやがるクソジジイ!!自分の孫だろうが!」
「す、すまぬな…っ!必要とあらば口を挟もうかと思っとったんじゃがの。お主らの漫才が愉快で吹き出してしまったんじゃよ……んふ、」
「あはは!面白かったなら良かった!けど、デートしたいのもぎゅーしたいのも本当だけどね!」
「それはそうじゃろうて。そこの男はロアを放ったらかし過ぎじゃからのぉ。グラオですらそういう事は定期的にしていたと言うに。…アルベルや、お主も買い物の一つでも共に……ほう。その手があったの」
「「……?」」
吹き出してしまったことをアルベルに詫びながらも、それはそれとして可愛い孫のロアのその気持ちは後押ししてやりたいとばかりにアルベルを軽く責めたかと思えば、自分で言った言葉に何やら閃いたらしいウォルターはポンッと軽快な音をその両手で鳴らすと、何をするつもりなんだろうと視線を向けているアルベル達に背を向けて机の引き出しから紙と羽根ペンを取り出してスラスラと何かを書いていく。
そして書き終えたらしいそのメモを笑顔でロアに渡すと、その頭をよしよしと優しく撫でたウォルターはゆっくりと口を開いた。
「丁度それらを補充しなければならないことを思い出したんじゃよ。ロアや、買ってきておくれ」
「んー?えっと、なになに……羽根ペンとインクと紙と…包帯、薬……あらら。結構あるね」
「そうじゃ。結構な荷になるからの。……の。アルベルや」
「…は?」
「いやぁ老いぼれにはちと重労働が過ぎるじゃろ?かと言ってロア1人に任せるわけにもいくまい?それもワシ個人の物でな、部下に頼むのも忍びないじゃろう。フェイトくん達もペター二から来るのであればこちらに着くのは明日の今頃じゃろ。ほっほっほ。……ほれ、何をしておる。ロア1人にこんな大荷物を持たすつもりか?この、大荷物を。ロア、1人に」
「………んのクソジジイ…ッ!」
ウォルターの話を聞いていく内にその目的が分かったアルベルは徐々に額に青筋を浮かべてしまうが、生憎ロアは一生懸命にそのリストに書いてある物を把握しようとしてウォルターの顔を見ていない。
そう、見ていないのだ。
ニヤニヤとしながら「お主もウブよの」とアルベルに言いたげな……いや絶対に脳内で言っているだろう腹立つジジイの表情と視線を。
誰がウブだ。ふざけるな。
一方、そんな事など知らないロアはやっとウォルターの作戦に気づいたのだろう、純粋にその優しさに感謝して嬉しそうに抱き着いたあと、ルンルンでアルベルの元へと行ってその腕に自分の腕を絡めて口を開いた。
「私非力でか弱い乙女だから1人じゃ無理だなー!アルベルが居てくれると助かるなー!」
「非力な女は上級紋章術を暴発したり釜を破壊したりしねぇだろうが」
「てなわけで!アルベルとデー、おつかい行ってくるねおじいちゃん!ハリベルのことよろしくね!」
「言いかけてんじゃねぇ!ったくどいつもこいつも……!はぁっ、仕方ねぇ……とっとと行くぞ」
「やった!!ふふっいってきまーす!」
「気をつけてのぉー」
「きゅきゅー!」
腕を組まれて気持ち引っ張られながら。
やれ非力だのか弱いだのどの口が言うんだと今までその赤い瞳で見てきたロアの暴発した紋章術によって生まれた焦げ跡だの瓦礫だの攫いに行った時のあのよく分からない機械の無惨な姿だのを思い出していたアルベルだったのだが、屋敷を出て直ぐにロアが擽ったそうに照れ笑いして「ありがとうアルベル」と言ったその言葉を耳に入れてしまえば、まぁ別に構いやしねぇかと思ってしまう……なんだかんだ惚れた弱みはあるらしいアルベルなのであった。
(あんたの……あんたらのせいで!あの子は!!)
そう。
その場所がここ、アーリグリフ内なら、別に。
……何事もなくロアをあの時の約束通りに連れ出してやれるんだから。
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