forbidding to speak
てくてくてく……てくてく。
ころころと目の前から転がってくるタンブルウィードをひょいっと避けながら。
「僕はハリベルです安全です」との印である包帯が巻かれた小さな両手でバスケットを持ったハリベルはカルサアの街を巡っているところだった。
ちなみに今日この包帯を巻いてくれたのはロアなので、所々でろんとなっていたりびろんとなっていたり控えめに言っても不格好なのだが……まぁそこもある意味ロアらしさなので気にしない。しかし機会があった時には普段から慣れていそうなアルベルにも巻いてくれと頼んでみよう。
そんな事を考えていればあっという間に着いたパン屋の前でその足を止めると、ハリベルは店の店主に対して持っているバスケットを突き出して「きゅう」と鳴き声をあげる。
「あらハリベルちゃんいらっしゃい!今日は何を買いに来たの?」
「きゅきゅ!」
「あー!食パンね!サンドウィッチでも作るのかな?ふふ、ならこれはハリベルちゃんにオマケだよ!おやつにでも食べてね!」
「!きゅう〜!!」
「あぁあ可愛いわねぇええーーーーっ!!」
パン屋の店主は突き出されたバスケットの中身を確認してそこに入っていたメモを読むと、慣れた手つきでメモに書かれていた食パンを2斤入れ、そして代わりにがま口財布からその分のお金をもらった。
そして更に追加でパンの耳を小さな袋に詰めて一緒にバスケットに入れてやると、ハリベルはまるで「おやつだー!」と言わんばかりの笑顔でバンザイをしてみせる。
店主はそんなハリベルの愛らしさにすっかりメロメロのようで、それは他の店の人達……いや、街の人達の殆どが同じなよう。
つまりはハリベル、馴染んだのだ。とても。それはもうとても。
初めはロアやウォルターから「大丈夫だろうか」と心配されていたのだが、それは案外杞憂だったようで…元々容姿が魔物には似つかわしくない愛らしい見た目だったのが項を制したらしく、ハリベルは普段のその可愛い仕草も相まって割と直ぐに街の人気者になったのだった。
「きゅっきゅきゅきゅーきゅっきゅ…………きゅ?」
さてさてロアの元へ帰ろう、きっと今頃「また失敗したあー!」と原型を留めていない手料理の前で泣きべそをかいているに違いないし、早くこの食材をウォルターに渡してご飯を作ってもらって、お腹を空かせているだろうロアも一緒に食べなくては。
そう思ったハリベルがルンルンで鼻歌を歌いながら次の店への道を歩いていれば、ふと向こう側から見知った姿が歩いてくるのに気づいたハリベルは咄嗟にそちらの方へと歩み寄って一声鳴いて挨拶をしてみる。
「きゅ!」
「…あ?チッ、何だお前か。何の用だ」
「……きゅ?!きゅう!きゅう!!」
「なっ、!何だ急に!降りろこのクソ虫!!」
「きゅきゅう!!」
「はぁ?!……って、あぁこれか…別に何だっていいだろうが。お前には関係の無いことだ」
「きゅう……?」
見知った人物…それはこの寒い地域ではあまりにも薄着な格好をしている大好きなロアの想い人。
そんな彼…アルベルに挨拶をしたハリベルだったのだが、近づいて見上げた時にふと見えた頬の赤味に気づいて心配でつい頭の上に飛び乗ってその頬をぺちぺちと控えめに叩く。
一体どうしたと言うのか、今日もいつも通り街近くの魔物退治の任だけだった筈だし、アルベルにとってここら辺の魔物などそんなに苦労することもないだろうに。
そんな疑問がハリベルの頭に現れ、再度心配そうにその長い前髪から覗く赤い瞳を見つめるが、アルベルはあまり気にして欲しくないのか「気にするな」と軽く言うと手でしっしとハリベルに退くように指示を出す。
「見るからにお前、買い出しの途中だろう。早く済ませてジジイの屋敷に帰れ」
「きゅきゅ」
「あ?俺はこのまま報告だけ済ませて帰るだけだ。別に屋敷には寄らん。……というか、チッ、そんなに目立っていやがるのか……」
「きゅ?」
「…!何でもねぇ。分かったらとっとと行けちんちくりん。それから、この頬のことはわざわざあいつに言わなくていい……と言ってもどう伝える気なのかは知らんが。……じゃぁな」
ロアに会っていかないのか、その頬を治療してはもらわないのか。
そう言いたかったハリベルの気持ちが伝わりはしたようだが、どうやらアルベルの言葉からするにロアに心配を掛けたくないのかもしれない。
確かにほんの少し赤くなっていたくらいだし、特に酷いものというわけではなかったが……
まだ少しだけ心配が残るものの、今はアルベルの言う通りに黙っていようと思ったハリベルは一度だけ遠くなっていくアルベルの背中を見ると、てくてくと次の店に向かって歩き出したのだった。
「んー!おじいちゃんのサンドウィッチ美味しい!ハリベルおつかいありがとう!」
「きゅうー!」
「ほっほ。しかしロア、お主も今回は随分と頑張ったのお。食べたワシの腹が痛くないのがその証拠じゃ」
「美味しかったとは言わないんだねおじいちゃん」
「食べられはしたぞ?あのカレー」
「あれシチューだよおじいちゃん」
そんなこんなで、今は無事にウォルターの屋敷へと帰ってきたハリベルが買ってきた食材でウォルターが作ってくれたサンドウィッチを皆でソファに座って食している最中だ。
そのソファの前にあるテーブルの上にカレーが置いてあると思っていたハリベルだったのだが、目の前の2人の会話でそれがシチューだった真実を聞き、思わず手の力が緩んでポロリとサンドウィッチに挟まっていた卵が落ちてしまった。
どうしたらシチューが茶色くなるのだろう。
「……あ。ところでおじいちゃん、今日ってアルベル来ないのかな?今日の仕事って良くある魔物退治だよね?」
「そういえばそうじゃったの。はて…彼奴にとっては準備運動のようなものじゃろうし……顔を見せるならもう来ていも可笑しくはないとは思うが……」
零れてしまった卵を拾おうとハリベルが手を伸ばした矢先に聞こえてきたロアの言葉、そしてそれに対して返したウォルターの言葉。
それを聞いた途端にハリベルの手はピタリと止まってしまった。
まずい、まずい。
幸い2人は会話に夢中で今こっちを見てはいないが、これで「ハリベルなんか知ってる?」とか、「アルベルのこと街で見なかった?」なんて聞かれたりしたらどうしよう。
まぁそんな都合よく聞かれたりなんかしないと思うが
「ハリベル、お主何か知らぬか?」
「街でアルベル見かけたりしなかった?」
「うっきゅ、」
「「うっきゅ……?」」
思うが……思っただけで普通に聞かれてしまった。
やめてくれそんな、僕はハリベルですただの小さな魔物ですそんな、とても頭が良い子みたいにさも当然のように人間のように聞いてこないで下さい何もありませんでしたそんな、入口近くで会いました頬が赤くなってましたなんて言えない、別に脅されているわけとかではないけど言ったらなんか斬られる気がする。
「……ハーリーベールー?」
でもこれは怪しまれたらそれもそれでくすぐりの刑みたいなことされそうでそれも嫌だ。それかどうしようこれ目の前のカレー……じゃなかった、シチューを食べろの刑とかだったらどうしよう嫌だ。
そう頭の中でぐるぐると考えを巡らせていたハリベルは、2人の視線がずっとこちらに向き続けていることに耐えられず、意を決して喉元をトントンと叩いて演技をしてやり過ごそう作戦を決行する。
「って、あぁ喉に詰まっちゃってたんだ!?待ってねお水持ってくるから!」
「全くハリベルや……お主はロアにどこか似ておるのお。おーよしよし」
すると、どうやら作戦は成功したらしい。
背中を摩ってくれるウォルターとロアが持ってきてくれた水を飲んだハリベルは、もうこれ以上余計なことがないようにと眠くなった振りをしてソファに置いてあるクッションの上で寝そべって目を閉じる。
暗くなった視界の中で、ロアの「きっとアルベルったらまたクロセル公爵に会いに行ってるなー?」という寂しそうで悔しそうな声をその小さな耳に入れながら。
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