woman who admits




あれから…ロアにどうしてこうなったのかという事を聞き出したアルベルは、まぁ事情が事情だったのだろうという判断をしてくれたらしく、謝り続けるロアの頭を何度か撫でてやった後。
確認も含めて妙な魔物……ハリベルについてのことも聞いていたのだった。

アルベルからしたら見るからにそこら辺の雑魚とでも言うべき小さな魔物だが、ロアに危害がないのなら別に斬る必要もないし、そもそも何故か人間と魔物が仲良くしているのだから最早ペットに近いのかもしれない。
しかし……確かに飛龍を扱う人間がいるくらいなのだからそこまで不思議に思わなくても良いのか……

そんな事を歩きながら考えていたアルベルだったのだが、それはふと少し後ろを歩いているロアの声で止まった。




「……ねぇアルベル、どこまで行くの?帰るんじゃないの?」


「阿呆。お前とその妙なちんちくりんを連れて、来た道を戻る方が面倒だろうが」




事の経緯を粗方話を聞いてもらい、アルベルにも許してもらい。
その後「帰るぞ」と言われて着いてきているのはいいが、何故か来た道とは逆の方向…つまり、奥へと進んでいることに疑問を持っていたらしいロアが聞けば、アルベルは説明するのが面倒そうな様子で答えてきた。




「ちんちくりんじゃなくて、ハリベル!さっきも言ったじゃん!」


「きゅー!!きゅきゅきゅ!!」


「……」


「あ!無視した!酷い!」


「うるせぇ気が散る」




妙なちんちくりんではなくこの子はハリベルだと何度説明しても頑なに彼はハリベルと呼んでくれず、「無視した」と言えば「うるせぇ気が散る」と返される。

しかしそこでロアが怒らないのは、つまりアルベルが自分達を守る為に注意深く周りを見てくれながら歩いてくれているとその一言で分かったから。

あぁそんなところも世界一カッコイイ……となってしまったロアが1人で頬を染めて脳内を花畑にしている様子を腕の中から見上げたハリベルは静かにため息をつくのだが、静かにため息をつくだけにしてくれたのは幸せそうなロアをそのままにしてあげるハリベルなりの優しさでもある。




「……って、違う違う!だからアルベル、どうして帰るために奥まで行く必要があるの?出口があるの?」


「…ここは一方通行だ。出口なんざねぇ。ここから帰るのが面倒だから、空から帰るんだよ」


「…………もうちょい詳しく」


「知り合いがいる。…まぁ行けば分かる」


「知り合い…?」




知り合い?こんな火山の奥に……?と。
アルベルからの返答に更に疑問を持ったロアだったのだが、アルベルがそれ以上は何も教えてくれなさそうな雰囲気を感じ取り、大人しくそのすぐ後ろをてくてくと着いていく。

そして暫くすると、先程まで暑くて仕方がなかった空気が一気に凍りついたかのような神々しい殺気のようなものを感じたロアは思わずアルベルの腰に巻かれたスリットの一部を握ってしまったのだが、アルベルはそれに対して「心配するな」と一言だけ放つと更に奥へと歩き続け、到着した火山の最奥にその「知り合い」へと声を掛けた。




「クロセル」


「厶……?貴様カ。小サキ弱者ヲ連レテ何用ダ」


「この阿呆がドラゴンに攫われてな。その後逃げきれたが俺が見つけた場所がこの近くだったんでな。ここから帰るのも面倒だからカルサアまで運べ」


「……我二ソノヨウナ戯言ヲ……何故我ガ貴様ダケナラマダシモ、ソノ弱者マデ背二乗セテヤラネバナラナイ?」


「っ……!」




目の前で大好きな人と話している人……いや、自分に対して放って来ているのだろう苛立ちのような冷たい殺気を放つ……クロセルという大きなドラゴンから受けたロアは、あまりの恐怖にアルベルのスリットを握っている手の力を強めてしまう。

道中出くわした魔物達とは遥かに違いすぎるそのあまりの怖さに声も出ず、頭の中では「クロセルって何処かで聞いた名前」「ドラゴンと知り合いってどういうこと」「すごく嫌われてない私?」「殺される?」というようなワードがいくつか存在してはいるが、それを一つ一つ考えて答えを導く余裕なんてロアにあるはずもなかった。

ただただ、目の前のアルベルとクロセルの会話を見届けることしか出来ず、その光景を直視する事すら耐えきれなくなったロアが目をつぶってしまえば、そのすぐ後に状況は一変する。




「確かにこいつは弱者だな。紋章術も上手く制御出来ん、体術も出来ん、体力も筋力もたかが知れてる、戦いどころか家事すら真面に出来ん、常識知らずで怖いもの知らずかと思いきやそこら辺の魔物は怖がるわドラゴンには攫われるわドジでへっぽこだわ変な魔物は懐かせるわ……まぁ出来るとしたらそこそこの治癒術か」


「ハッハッハ!!!笑ワセル!ナラ、何故ソノ存在ヲ我カラ守ルヨウニ立ッテイル?!」




アルベルがしてくれた紹介に、何もそこまでザクザクと刺さなくてよくない?確かに反論は出来ないけどそこまで言わなくても良くない?と。
とうとう情けなさと恥ずかしさと怖さと色々が混じって鼻がつーんと痛み出したロアだったのだが…それは次の瞬間。




「それでもこいつは俺が認めた女だからだ。それ以外に理由はない。分かったらとっとと乗せろこの阿呆」




数秒間を置いてクロセルへと真っ直ぐに放たれたアルベルのこの言葉が、ずっと注がれていた凍りつくような殺気を意図も簡単に溶かしてくれて。

じんわりと心が暖かくなったロアがパッと顔を上げれば、そこにはぶっきらぼうな表情ながらもクロセルから目を離さないアルベルと、表情は良く分からないが…少なくとも自分に放っていた殺気を緩めてくれたような気がするクロセルがお互い目を逸らさずにいる光景。

そんな2人の沈黙が数秒続いたからと思えば、急にクロセルがロアへと声を掛けた事でその沈黙は破られた。




「……娘、貴様ノ名ハ何ト言ウ」


「!え……あ…!ロア……です……っ!」


「ナラ、ソノ惨メニ縮コマッテイル毛玉ハ」


「、は、ハリベル…!です!と、とも…!私のっ、えっと…!友達、で!まも、魔物だけど!とっても、いい子で……その……!」


「…………」




突然話しかけられ、ガチガチに固まってしどろもどろになりながらもどうにかクロセルが求めているのかもしれないことを答えられたロアは、その後口を閉じて黙ってしまったクロセルが何と言うか怖くて怖くて思わず唇を強く結んでしまう。

そしてそんなロアの体の震えを感じ取り、恐怖で縮こまってしまっていた自分が情けないとゆるゆる丸めていた体を元に戻したハリベルが顔を出せば、クロセルは一度だけその大きな翼を動かすと、凛としたまま立っているアルベルを見て口を開く。




「……アルベル」


「何だ」


「……ソノ頼ミ、承知シタ。但シ、二度目ハ無イト思エ」


「…フン。初めからそうしろ」


「えっ、あ…!あり、ありがとうございます……!!」


「きゅう……!」




二度目は無いと思えという言葉もあったが、それでもどうやら今回は助けてもらえるということになったらしい。
それに心の底から安心したロアがつい全身の力が抜けてへなへなと座り込んでしまえば、それを心配したハリベルがちょんちょんとその背中を優しく叩いてくれた。

そしてそんなロアとハリベルを見たアルベルは、少しだけ満足そうな表情をしてから組んでいた両腕を解いてロアをハリベルごと横抱きにして、そのままクロセルの元へと運ぼうとしてくれたのだが、またしてもクロセルがその状況を止める言葉を放ってしまった。




「トコロデ、アルベル貴様…少シバカリ久シイト思ッテイタガ……」


「?久しい……?え、アルベル……クロセル……さんって、そうだ。え、もしかして……いやでも……?知り合い、なんだよね?何の?」


「……別に何だって構わんだろうが」


「待って、なに。何隠してるの?ねぇ何か私に隠してるよね?ねぇアルベル私に何か隠してるよね?アルベルがそうやって目を逸らす時って何か隠す時だよね?もしくは照れてる時だよね?!」


「っ!うるせぇ黙……!」


「高貴ナ存在デアル我ヲ知リ合イ等ト称スカ……我ハコノ世界二長ク存在スル者ゾ……貴様ラノヨウナ小サキ者ハ我ヲ侯爵ト呼ンデイルノデハナカッタノカ」





…………………………。





クロセルの言葉で流れる沈黙。
それは先程のような殺気からでも何でもなく、「……え?」という視線が今度はアルベルへと注がれてしまっていることで生まれたものだった。

そしてその沈黙の間に、クロセルという名前を聞いた時に浮かびそうで浮かばなかった「答え」が浮かんだロアは横抱きにしてくれているアルベルの頬へと両手を伸ばしてグッと自分に引き寄せると、それでも目を逸らし続けるアルベルを見て、慌てたように彼へと言葉を捲し立てる。




「……侯爵……侯……え、まっ……え?!クロセル侯爵……あーーーっ?!アルベルが私とのデートをほったからしていっっつも会いに行ってる人!!いや人じゃない!?え!どういうことアルベル!!久しいって何?!つまりそれ会いに行ってないんじゃん!!私に嘘ついてたの?!浮気?!うわ……浮気っ?!」


「あぁ?!んなことする訳ねぇだろうがこの阿呆!!っ……!チッ……!おい!いいから運べ!今すぐ運べ!……黙って運びやがれっ!!」


「………………」


「運べと言っている!!!」




先程までの緊迫感は一体何だったのか。
わーわーぎゃーぎゃーとお姫様抱っこをしたままの状態で繰り広げられる夫婦喧嘩のようなものを見せられ続けているクロセルは「余計ナ事ヲ言ッタカ」と内心アルベルに少しばかり申し訳ないような気持ちになりながらもそれを止めようとはせず。
またハリベルといえば何も言わずに呆れたようにそれをロアのお腹の上に乗ったままの状態でそれを眺め……




「アルベルの馬鹿!阿呆!嘘つき!!私てっきりクロセル侯爵にアルベルを取られちゃうかもしれないとかほかにも色々考えて考えて不安になって大変だったのに!」


「それはお前の被害妄想だろうが!俺のせいにするんじゃねぇ!」


「じゃぁ嘘ついてるのは悪くないっていうの?!何隠してるの私に!!やましい事でもあるの?!あるから嘘ついてクロセル侯爵と鍛錬するとか言ってどっか行ってたんじゃないの?!いつも何してるの?!」


「っ…!!黙らねぇとその口塞ぐぞこの阿呆!!!」


「ぴ、」




そしてそれは。
アルベルが無理矢理に口を唇で塞いだことで、怒っていたはずなのにすっかりメロメロに溶けてしまったロアが大人しくなったことで漸く収まるのだった。


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