Anger and relief




小さな頃…かなり古くて貴重だったらしい、とある絵本をルシファーからプレゼントしてもらったその日に。
わくわくしながら開いたその中身に、大きなドラゴンに捕まったお姫様を助けに行った王子様が辿り着いた場所が灼熱の火山の中で…その時はただただカッコイイとか、ファンタジーな世界だとか、そんな印象を素直に受けて暫くはその世界にずっと惹き込まれていたのを良く覚えてる。




「うう…暑い…暑いというか熱い…」


「ぎゅぅぅ…」




でも…実際に体験してみると火山とはこうも辛い場所だったのか…と落胆しながらハリベルを抱えてとぼとぼと歩くロアが思っていれば、ふと向こうの方に人影が見えた。
こんな所に何故人が居るのか?いやそもそも自分も人なのでそれこそ本当に人のことは言えないわけなのだが。

そんな事を思いながら近づいてみたロアとハリベルだったのだが、その人影がまさかの全身炎に包まれてよたよたと歩く魔物だとは思っていなく、汗が吹き出るほど暑いはずの火山の中で顔を真っ青にして思わず近くの岩陰へと隠れてしまった。




「……ななななにあれ信じらんないあんな魔物もいるの…?!」


「きゅ、きゅう…きゅうきゅう」


「火だるまあれ火だるま…!!ねえ待って本当にこの世界…っていうか魔物って概念の生き物ってみんななんかこう、あれなの?!ハリベルが特殊なだけなの?!」


「…きゅ」


「やっぱりそう?!?」




岩陰に隠れた状態のまま、体育座りをして体を縮めたロアは自分の腕の中で同じく丸くなっているハリベルと視線を合わせてそんな事を言う。
ほら見ろハリベルはずっと自分に針が刺さらないようにとこうして針を寝かせてまでしてくれているとっても愛らしくていい子で、本当にハリネズミそのままの容姿でやっぱりこんなにも愛くるしいというのに。

ここに来てからというもの、出会うのは大きなドラゴンか小さなドラゴンか、斧を持った顔が骸骨の魔物か、火だるまな魔物か…そして言葉は通じるけども話が通じそうになかったやんちゃすぎる魔物かで、ろくな者に出会った試しがない。





「はぁ…大体さ、絵本で見た時はさぁ…王子様が愛しのお姫様を助けに火山に来て、敵を倒しながら進んでいくのがカッコよくて、最後はお姫様を攫ったドラゴンをマグマの中に落としててさ…無事にお姫様を救うんだけど、それがロマンチックでロマンチックで…」


「…?!きゅ、きゅう!きゅう!」


「絵本の中でさ、剣を振りかざす王子様の背景にあった火山の炎が凄いカッコよくてさぁ…」


「きゅきゅきゅ!きゅうきゅう!!」


「ちょっと待ってハリベル、今私当時の思い出に浸ってるんだから。それでさあ…ドラゴンがマグマに落ちる時に、人質として掴んでいたお姫様を離しちゃうんだけど、王子様はそれをちゃんとキャッチするんだよ…もうカッコよくてカッコよくて…まぁ私にとってはアルベルのが何倍も何倍もカッコイイし、私の王子様はアルベルだけなんだけどね、えへへえ…」


「きゅうううううう!!!!!!」




あの絵本のタイトルってなんだったっけ?
思い出そうとしてみても、出てくるのは内容とイラストのみで肝心のそれが出てこない。
そして何より、カッコよかったのは事実だが、やはり自分にとっての1番はアルベルで、大好きなアルベルで、アルベルこそ私のたった1人の王子様なんだと。

自分の腕の中できゅうきゅうともがきながら何かを訴えようとしてくれているハリベルに気づきながらもついつい両頬に手を添えて「えへへ」等と照れてしまっていたロアだったのだが…そんなロアに痺れを切らせたハリベルは彼女を現実へと戻すためにその頭に向かって小さな足で蹴りを一発食らわせてみせた。


すると…………





「って、いったあ?!?あーもう!!だからさっきから何な、……の……?」


「アアア、ア、アァ…?」




………………………………




「ぴぎゃぁぁぁぁぁあああぁああぁぁあ?!?」


「きゅきゅきゅきゅきゅうー!!!」





ハリベルに蹴られたことで漸くアルベル大好き私の王子様というお花畑から帰ってきたロアが素直にハリベルが示した方向を見れば、なんとそこには今自分達が岩陰に隠れている原因とも言える火だるまが間近におり、あまりの出来事にロアは飛び跳ねて大声を張り上げてしまう。

それはそうだろう…ただでさえ火を全身に纏っていることがもうとんでもなく恐怖なのに、よたよたと覚束無い動きでこちらに向かって首を傾げながらこちらの顔を凝視されているのだから、魔物にほとんど体制のないロアからしたら咄嗟に飛び跳ねて距離を取るくらいしか出来るわけがない。
しかし飛び跳ねて距離を取っても、相手は魔物。
そりゃ勿論襲いかかってくるわけで…いくらよたよたと覚束無い動きでスピードがゆっくりだとしてもじわじわとその距離を詰めてくる。




「アァ…ア…」


「…ひっ、……!」




え、これはどうするべき?戦う?逃げる?また何処かに隠れる?何処に?戦う?どうやって?火を纏っている魔物に対してファイアボルトを当てたところでそもそも効果はある?レイなら効果はあるかもしれないけど、この状況で冷静に呼吸を整えて術を放てる自信なんてある訳がないし、また暴発してファイアボルトが出る可能性だって高すぎるくらいの確率。

ハリベルに無理はさせられないし、まずほぼ炎の塊みたいな相手に突っ込んだら大火傷を負うに決まってる。
どうしたらいい、どうしたらいい?
あぁ、考えなきゃいけないのに、逃げなきゃいけないのに。
出てくるのは最善の答えなんかじゃなくて情けないほどに瞳から出てくる涙だけ。

何か、何かしなくちゃ、どうにかしなきゃ。
そう頭では分かってるのに…変に色々と考え過ぎて上手く考えがまとまらず、こうなったら一度目の前の魔物を視界から外してみようとロアが思いっきり目を閉じたその時だった。




「……きゅ…?」


「…っ…え?な、なに…?」





真っ暗な視界の先で、消え入るような…か細い魔物の声が耳に聞こえたと思ったロアはゆっくりと目を開ける。
すると、そんなロアの涙でぐずぐずになった瞳に映ったのは、黒と金と、深い紫色。

それは…モノクロの世界に初めて鮮やかな色を感じた、あの時からずっとずっと大好きな…大好きな色だった。




「っんの…………!!」


「……へ?」


「この阿呆ッ!!!こんな奥まで進んで来やがって…!術の制御も満足に出来んお前が何してやがるっ!!」


「え、あ…っ、ご、ごめんな、さ…!」


「大体!勝手にふらふら1人で街の外をうろついた挙句にドラゴンに捕まって連れ去られるだと?!腑抜けなのも大概にしやがれ!あの阿呆2人が偶然お前を見掛けていなかったら今頃お前はとっくにこの魔物に殺られてたんだぞ?!こんな雑魚相手に怖気づいていた癖に、よくここまで進もうとなんて思ったな?!身の程を知れこのクソ虫ッ!!」


「っ…!!」




大好きな色だった…のだが。
そんな彼はいつの間にか斬ってくれていたらしい先程の魔物の残骸を荒々しく踏み潰してみせると、刀を鞘にしまって直ぐにロアの方へと歩いてくる。

しかしその歩みは苛立ちを隠すこともなく早足で、それと同じくその口からはロアを叱る言葉がボロボロと容赦なく発せられる。

魔物が怖かったことと、彼がこんな場所まで自分を助けに来てくれたことへの嬉しさと、そして当たり前だがやはり怒らせてしまった罪悪感とでぐちゃぐちゃになった感情で更に涙が溢れているせいで、ロアはアルベルの表情が今どんな物なのかは見れていないのだが、どう考えてもきっと彼の表情だって怒りに満ちたものなのだろう。




「ご、ごめんなさ…アルベル、ごめっ、」




怒らせてしまったのも無理はない。
アルベルに相手にしてもらえないからという理由で不貞腐れて街の外に出て、いくらハリベルを助ける為とはいえドラゴンに連れ去られて沢山の人に迷惑をかけ…挙句の果てにはアルベルが間に合わなければ自分は今頃焼け死んでいた可能性が高かったのだから。

よくよく考えれば、出会ってから今まで…アルベルには迷惑をかけっぱなしで甘えっぱなし。
その癖こうしてこの世界に帰ってきても相変わらず進歩も見せずにこのザマ…だなんて、もういくら自分が恋人だとしても嫌われても何ら不思議ではないくらいな気がする。

どうしよう…どうしよう…どうしたら許してもらえるだろう。
せめて、挽回するチャンスをどうしたらもらえるだろう。
「ごめんなさい」という言葉と、そんな考えが浮かぶ中でもアルベルの歩みは勿論一向に止まることなく、その足音が近づいてくる度に思わず閉じてしまっていた瞼に力が入ってしまえば、直ぐ近くで音が止まったと同時に腕の中にいたハリベルもそこから抜け出して自分から離れてしまった。




あぁ…嫌われる。
ひょっとしたらこのまま「お前とはもう付き合ってられん」とさよならを言い渡されるかもしれない。
それならそれで受け入れて、また好きになってもらえるように、見直してもらえるように頑張るしかない。
全部が全部、力不足で弱い自分の自業自得だ…と。

そう思ったロアはこのまま大好きなアルベルの意思に従おうと意を決して瞳を開け…顔を上げたのだが…そんなロアを待っていたのは意外にも自分を包む暖かな感触だった。




「……え…?」


「どれだけ俺の肝を冷やせば気が済むんだ、この阿呆が」


「っ……!」


「……どこも怪我はしていないな」


「っ、ん…うん…!ごめ、ごめんなさ…っアルベル、ごめっなさ…!ぐす、う、うわぁあん…!だいすきっ…大好きアルベル…!あり、がと…!ごめ、ごめんなさぁい!!」




怒っていたと思ったのに。
心配してくれて、怪我まで確認してくれて。
何も無いと分かった途端に安心したように息を吐いてくれたのが本当に嬉しくて。
先程とはまるで違う意味で涙がポロポロとこぼれ落ちたロアはアルベルを抱き締め返して子供のようにわんわんと泣きじゃくってしまう。

そんなロアの頭を不器用ながらもため息混じりに「阿呆」とだけ言って撫でるアルベルを見たハリベルは、満足そうな様子で暫くその光景を見守ってくれたのだった。




(…ところでお前、何だこいつは…)


(ぐす…ハリベル)


(きゅ)


(ハリベ…?は?)


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