Bullying
「「じゃんけんぽん!!!」」
「あっち向いてホイッ!!!」
「「じゃんけんぽんッ!!!!」」
「………きゅぅ……」
良く響く暗い空間の中で。
それとは似つかわしくない言葉が飛び交っているその状況を床にぺとん…と座った状態で眺めているハリベルは、その黒くてまんまるとした可愛い瞳を思いっきりジト目にしてしまっていた。
木霊する何度目かのじゃんけんぽん。
木霊する何度目かのあっち向いてホイ。
そんなやり取りをもう何度聞いたのかすら忘れてしまう程に繰り返しているのは、単にお互いの運が良いのか悪いのか…単に実は相性が良いのか。
一向に決着が着きそうにないこの状況をどうしたらいいものか。そもそもなんでこんな訳の分からない事になっているのか。
「「じゃんけんぽんッ!!!!!」」
「あっち向いてホーーイッ!!」
そもそもなんでそんな必死な顔をしてやっているのにやっぱり決着がつかないのか。
しかし、はぁ…と目を伏せてため息をついてしまったハリベルがそれを咎められないのはきちんとした理由が存在する。
それは、いつの間にか到着していたらしい扉を開けた時に飛び出してきた…今ロアとあっち向いてホイの壮絶?な戦いを繰り広げているこのロビンウィンドというおとぎ話に出てきそうなファンシーな格好をした敵がそもそもの原因。
どうやら彼は数ヶ月程前に急に現れた人間に対していじめてやろうかと勝負を仕掛けたらしいのだが、逆に負けてしまって悔しい思いをしていたらしく…そこにこうして迷子になっているロアが現れた為、関係はないが人間に対するリベンジという形で戦闘を仕掛けてきたわけだった。
でもそれをロアは…
「うわぁいきなり何ー?!こっ、この子は今貧血気味で戦えないから駄目!!私もさっき怖いやつを倒したばっかりで精神的になんかきてるから駄目ッ!!」
「そんなの知ったこっちゃないね!君に恨みは無いけど、人間なんかに負けたことで僕のプライドの方がきてるんだ!へへっ、今度こそこてんぱんにいじめてや…」
「…!あ、あ…あぁあ…!!」
「…あ?」
「あっち向いてホイーッ!!!!」
「えっ、え、あ、あぁあっぶな?!っ!ずるいよいきなり!じゃんけんが先だろ?!じゃーんけーん…!」
「「ポンッ!!!」」
……と。咄嗟の判断であっち向いてホイをけしかけた結果、こうなっているという訳である。
先程の魔物と違って、話が通じる相手なのだから説得してみたりだとか、本当ならいくらでもあっち向いてホイ以外の選択だってあるのだろうが…ロアはあんなだし、自分だってなんだかんだ貧血気味でふらふらしていてまだ上手く頭が回らないのだから、もう仕方がない。
ハリベルがキョロキョロと辺りを見渡して見ても見えるのはドラゴンのレリーフがある扉が数個…それからあっち向いてホイを未だに続けている2人の奥にある大きな扉が一つのみで、どう見てもこれは彼と決着をつけてあの大きな扉の先に行くしか道はなさそうだった。
「「あっち向いてぇ…ホイーッ!!!!」」
だからどう見ても、やっぱりあのあっち向いてホイが終わらないと話も状況も進まないわけで。
一向に決着がつきそうにないあの戦いをどうしたもんか…と貧血関係なしにげっそりとしてしまったハリベルは小さな体で大きなため息をついてしまう。
しかしそのため息が切っ掛けか…タイミング良くしびれを切らしたらしい2人が一旦じゃんけんを止めて口論に発展しだした。
そもそも最初からそうしてくれればいいのだが。
「もーっ!!何なの君!というかそうだよ!大体なんであっち向いてホイなの?!流されちゃった僕が悪いけどさ!もう容赦しないからね?!」
「?!あっち向いてホイで勝てもしないのにいじめようとしてくるとか最低!!」
「負けもしてないじゃないかっ!!!!だからそもそもあっち向いてホイで勝負する意味が分からないんだからね!?この…っ、サンダーストラ…」
「あぁーっ!!やめて本当にやめてやだやだもう戦いはしたくないちょっと時間を置いて欲しい流石に1日に何度もは嫌だ!!あ待ってせめてハリベルをもうちょっと遠くに…!!」
「させないよ!問答無用ってやつだもんね!!」
しかし…あっち向いてホイをやめて口論になった瞬間にロビンウィンドはそもそもそれがおかしい事に気づいてしまったようで、それこそ本当に彼が得意とする紋章術の詠唱をロア目掛けて唱え始める。
それに焦ったロアが顔を真っ青にしつつも口と体を急いで動かしてハリベルの元へと駆け寄ると、その小さな体を抱き抱えて守るように抱き締めた。
そんなロアを見て…いくらちょっと頭が緩くても、いくらお馬鹿でも、いくら阿呆でも、いくら……いや、兎に角。
貧血気味で頭がふらふらしようとも、こうしてピンチの状況でも駆け寄って守ろうとしてくれるロアの優しさに触れたハリベルは頑張って自分の体を奮い立たたせて得意の回転攻撃をしようと空気を沢山吸い込んだ。
…の、だが。
「いっくよー!痺れちゃえ!サンダーストラッ…」
「いやーっ!!家出してごめんなさい我儘言ってごめんなさいだからうわぁぁあんアルベル助けてぇーっ!!!」
「…………………いまなんて?」
「…ぐす……え?……家出してごめんなさい…?」
「そこはどうでもいい、ちがう、そこじゃなくて」
「……アルベル助けて……?」
「……あるべ、る…………あるべるって、……」
「?…アルベル・ノックス…だけど?」
……………………………………。
「通りなよ!ほら早く!いいよ通りなよここ通りたかったんでしょ?!どうぞ!ほらほらどうぞ!!!」
「え何で?!?!」
「いやなんかもうほら!いっぱい遊んでもらったし?!満足したんだー!!だからほら!どうぞどうぞ!気をつけてね!!」
「え?いや…え?何いきなり…?ちょっと怪し、」
「早く行きなって言ってるでしょーーー!!!?!」
「?!は、は、はい!!!?」
ロアが咄嗟に思うがままに叫んだのが原因か。
急に手のひらをくるっと軽快に返してきたロビンウィンドは真っ青な顔に笑顔を一生懸命に貼り付け、その帽子に着いた羽根でふわふわと飛びながら必死にロアの背中を押し始めた。
それはもうグイグイと。早く行けとばかりにそれはもうグイグイと。
そんなロビンウィンドの行動に怪しみつつも、物凄い必死な顔で「早く行けよ」と言われたロアは思わず素直に言うことを聞いて赤い光が漏れている扉の向こう…灼熱の世界へとハリベルと共に足を踏み入れたのだった。
「…ん?お前は…」
「ななななんで来るのなんでいるの?!僕お前嫌い!!!怖いやつ!!嫌い!!!」
「ほぉ…?今俺はイライラしてるんでな、弱いものいじめは趣味じゃねぇが…あの時散々引っ掻き回してくれた礼をしてやらんでもない」
「ぎゃーーー!ごめんなさいーーーっ!!!!!ああもうあの女!どうせこうなるなら通してやるんじゃなかったー!!!」
「…あの女…?…っ、おい、死にたくないなら今すぐ話せっ!!」
「ふえ……?」
数分前に潜ったその扉の向こう側で、駆けつけてくれていた…それこそ本当に助けに来てくれていた大好きな彼がそんなやり取りをしているとは全くもって思いもせずに。
(うわ…ここ暑い…暑いっていうか火山の中…?ハリベル大丈夫?)
(…ぎゅう…)
(うわダメそう)
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