幸せの形




ガサゴソと、何やらクローゼットの中に上半身を突っ込んでいるこの女性は珊瑚の母親だ。
鼻歌を歌いながらあれとこれとそれと…と沢山出てくる物を一旦クローゼットの外に出し、一度ふう…と一呼吸置いてから再度鼻歌交じりに作業を再開する。




「ふんふーんふ〜ん………あらやだ私ったら…ちょっと音痴になった?歳かしら……あ。これ懐かしい!こんな所に仕舞ってたのね!すっかり忘れて………やだ、やっぱり歳かしら…」




人にとって片付けというものは集中力が切れやすいものなのだろうか。
その途中で懐かしい物を発見すれば、あらやだ懐かしいとその事を忘れてついついそれに手を伸ばし、気づいたら数時間が経過していた…なんてことはよくある話なのかもしれない。
それはこの女性にも言えることで、実は娘の部屋にある物を整理しようとしていたその手はいつの間にか発見した彼女のアルバムを開き始めている。




「うーわ、猿みたいな顔…こんなに小さかったっけねぇ……あ、こっちは幼稚園の時!お遊戯会で歌を歌ってる時の………あぁ、そういえばあの頃から飛び抜けて歌が上手かったわね…」




パラパラとページを捲る度に少しずつ成長していく自分の娘。
初めこそ失礼な事を言ったが、あんな事があった、こんな事があった…と思い出して笑いながら眺めていれば、いつの間にかこんなにも成長していたのか…と改めて実感してそっとアルバムを閉じてしまう。

…てっきり、声楽の道に進んで、誰かと結婚して、自分と同じく母になって…その時もこうやってアルバムを引っ張り出して、「懐かしいね」だなんて事を言いながら笑い合う日が来ると、勝手に思っていた。

しかし…




(あんたの娘である…珊瑚が死ぬ時だけだ。それからの事は、折れてから考える。だが、例え植物に生まれ変わろうが、獣に生まれ変わろうが…また刀に生まれ変わろうが、人間に生まれ変わろうが…その度に必ず珊瑚を見つけて、珊瑚が俺を望む限り隣にいると、約束する)




あんな事を、あんなにも真剣な顔で言われてしまえば、何も言えないじゃないか。
刀剣男士を好きになってしまえば、その時は良くても後にどれだけ苦しくて辛い思いをするのか…それは自分の母親がそうであった為に、それをずっと見てきた自分が良く知っている。

元々男勝りでサバサバとした性格の母だったが、そんな母が歳を取る度に鏡を気にしていた事も、それが日に日に色濃くなって…好きな刀と…へし切長谷部との違いを嫌でも突きつけられて隠れて悔し涙を流していたことも、良く知っている。

そして、そんな母の気持ちを知りながらも「貴女は血族を後世に残すべきだ」と気持ちを押し殺して、事情を話した上で…母が見合いで知り合った父との結婚を自ら勧めた長谷部の気持ちだって、きっと辛かっただろう事も。




「…私が、ちゃんと母さんの霊力を継げれば良かったんだけど…ふふ。笑っちゃうくらいにそっちの力は継げなかったのよね、私。お陰であの子に全部任せちゃって……でもだからってあの子まで母さんと同じことしなくていいのに……ただ、やっぱり刀にも個性はあるのね…大倶利伽羅くんは長谷部くんとは違う」




長谷部は母を愛しつつも後の世の事を考えた。
刀として、審神者としての使命を全うする為に、母の血族を後世に残すべきだと決断した。
それが母の気持ちを踏みにじることでも、母を愛したからこそ、愛し続ける覚悟があったからこそ、人間としての幸せも同時に願った結果でもある。

一方、大倶利伽羅は真っ直ぐに珊瑚を愛している。
珊瑚の願いならば、それがどんなに後の彼女を孤独にしようとも、周りからどう言われようと。
後の世などどうでもいいと思えるくらい真っ直ぐにその気持ちを一番に優先し…決して離れず寄り添うと決めて。

どちらも、どちらも相手を想っての覚悟だ。
そうでなければ自分は今この世にいないし、珊瑚だって生まれてない。
孫が見たくて、娘に幸せな人生を歩んで欲しいと願っていたこの想いだって、自分勝手な物だったのだと気づけた。




「…幸せって、どれが正しいってわけでもないのね…」




人それぞれ、刀それぞれ。
意見もあれば、想いも考えも違うのだな…と。
この間の大倶利伽羅との出来事も相まって、改めてそう感じた珊瑚の母親は困ったように笑う。

娘と、そんな娘があんなにも真剣に愛して、それと同じように娘を真剣に愛してくれている大倶利伽羅が決めたことなら、こちらも応援する他ないだろう。
そう思った珊瑚の母親が、「折角なら今度また大倶利伽羅くんが来た時にこれを見せてあげようか」と思いついてアルバムを持ち上げてリビングに持っていこうと腰を上げたその時だった。

行こうしていた下の階から、ピンポーン…と呼び鈴が鳴ったことに気づいて、来客の予定はなかった筈だと疑問に思いながらも階段を降りて玄関を開ける。




「はーい。…?えっと、どちら様…?」




ガチャリと鍵を開けて開いたその扉から顔を出したスーツ姿の見知らぬ男性に深く頭を下げられた後。
まるで機械かのように両手で渡された名刺を受け取って確認した珊瑚の母親は、その文字を見た瞬間に嫌な予感がして目を細めてしまうのだった。





















「?!うわぁ今一瞬物凄い寒気がした…!」


「こがにぬくい炬燵ゆうもんに入っちゅーのに?なんや、のうがわるいんなら部屋に運んでやるか?」


「いや?そんな事はないと思うから大丈夫だけど…何かこう、鳥肌がぞわぞわぁ!って…何だったんだろ…変なの…」


「まぁこの本丸は年季が入っちゅーきなぁ…後ろに幽霊が立っちょったりしてな?」


「止めてよ地味に怖いじゃんそういうの!!」




一方、こちらは現代とはまるで真逆の静かな土地にある珊瑚の本丸内。
そんな本丸のとある一室に最近出した炬燵で暖をとっていた珊瑚と陸奥守は呑気に藤籠に入れてある蜜柑を仲良く頬張っていたのだが、大好きな蜜柑を食べている筈なのに、急に寒気が身体中を走った珊瑚は思わず声を上げて寒そうに両腕で自分自身を抱き締めてしまう。

そんな珊瑚に対して、風邪かと心配した陸奥守だったが、それは違うと言われるたので冗談交じりに幽霊の話で珊瑚をからかって遊べば、その反応がそれこそ言葉通りに地味に嫌そうな顔をされたので、心の中でどんな世でも幽霊の類いは怖いもんなんやのぉ…等と当たり前の事を改めて実感してしまうくらいにはとてつもなく暇な時間を過ごしていた。




「んにゃぁ…あまりにも暇でついてがってしもうた。がっはっは!すまざった、許しとーせ!」


「もー全く!まぁでも、気が紛れたから許してあげましょう!…あ、そういえばむっちゃんさ、ちょっと緩い雰囲気ついでに緩く聞いて欲しい話があるんだけど…」


「んー?」


「私無意識でくーくんとの子供が欲しいと思ってるのかもしれない」





……………………………………。





「………すまん、もう一度ゆうてくれるか」


「私無意識でくーくんとの子供が欲しいと思ってるのかもしれない」


「……………」




緩く、ゆるーーーく。
あぁ暖かいな…とほっこりとする現代の技術を噛み締めながら、美味しい蜜柑を食べながら。
言われた通りにぐでーんとしたままテーブルに頬をくっつけた状態でその話を聞いた陸奥守は思わず表情を固めてむくりと顔を上げる。
すると、その目の前には呑気に蜜柑を食べながら口元をもぐもぐとさせている珊瑚がいるのだが、どう考えてもそんな呑気な顔で言うような内容ではない筈だろうと陸奥守はついもう一度聞き返してしまう。

しかし、それでもその言葉は先程と一語一句変わることなく、蜜柑を食べながらなのも変わることなく繰り返されるので、陸奥守は暫く間を置いてから冷静に突っ込んでしまった。




「いやなんぼなんでも無理があるやろう」


「そうなんだよね。いや分かってるんだけどさ、分かってるからこそゆるーく言ったんだよ…別に思い悩んでるとかじゃないし…」


「ほんなら何でいきなりそがな事ゆうが?」


「何かさ…ほら、私この前実家にくーくんを連れていったでしょ?あの日の夜に何故か子供を抱っこしてる夢を見てね…意識でもしてたのかなーと軽く思ってたんだけど、昨日も見たんだよね、その夢」




冷静に突っ込んでしまったが、どうやら話を聞けばただ夢でそんな感じのものを見たというだけらしく、それを聞いた陸奥守は珊瑚が全く思い悩んでる様子でもない為、再度脱力をして今度は顎をテーブルに乗せた緩い状態で話を再開した。




「ほーん…?夢…夢なぁ…そりゃぁ確かにゆるーく考える訳ちや…別に欲しいゆうわけやないんやろう?まぁ出来るわけもないんやけど」


「うん。別に私はくーくんが傍にいてくれて、むっちゃん達とずっと過ごせればそれが一番幸せだしね。まず人間と刀剣男士に子供が出来ましたーなんて話も聞いたことないし有り得ないし…変な夢も見るもんだねぇ」


「まぁ夢ばあ好きに見てもええんやないが?…ちなみにその子供ってどっちに似ちょった?」


「それが面白いくらいどっちにも似てないんだよね〜あっはっは!」


「なんやぁーほんなら何処の子供や!がっはっは!」




話している中で、人間と刀剣男士の間に子供が出来るわけがないと理解している上で本人も全くもって平気そうだし…まぁ夢なら好きに見てもいいだろう、という結論に至った陸奥守が個人的に気になった事を聞けば、珊瑚はあっけらかんと笑って「面白いくらいどっちにも似てない」と答える。
そんな珊瑚に釣られて一緒に笑った陸奥守の声が響き、それは後に長谷部に「うるさい」と怒られるまで暫く平和な談笑が続いたのだった。



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