付喪神



いつもの穏やかな本丸とはまるで真逆のガヤガヤと忙しない都会の少し外れた所にある現代の住宅街。
その住宅街の中に紛れるように建っている…見慣れつつも懐かしい家の前で立っている珊瑚は鍵を片手にゆっくりと隣にいる大倶利伽羅に声を掛ける。




「………くーくん」


「……何だ」


「準備はよろしいでしょうか」


「腹は括った」


「頼もしくて惚れ直した」


「馬鹿を言っていないでさっさと開けろ」




準備…つまり、私の親に会う覚悟は出来ていますかというその問いに、腹は括ったと答えた大倶利伽羅の言葉を聞いた珊瑚は素直に彼に惚れ直してしまう。
しかし今はそんな事を言っている場合ではないだろうと呆れたように片手で目を覆って見せた大倶利伽羅のその腕は、いつも腕まくりをしていることで見えている倶利伽羅龍がきっちりと隠れている。
それは燭台切や長船の刀派である刀達が良く着ているスーツスタイルの物を大倶利伽羅が着ているのが理由だが、何故そうなったのかと言えば、それはあの時……前回の、勢い良く襖を開けて現れた鶴丸達の…




「長船の奴らの装いは現代で言うところの正装なんだろう?それを伽羅坊に着せていけば、いくら無愛想で口下手で恥ずかしがり屋で、「珊瑚を俺に寄越せ」とか言えないあいつでも相手からしたら「あら!本気なのね?!」となるに違いない!!」


「あはは!鶴さん、今のそれ伽羅に聞かれたらぶっ飛ばされるぜ!!」




…と、いう策が理由だったのだ。
しかも、わざわざ大倶利伽羅の真似と、知りもしない珊瑚の母親の真似までして。
その調子からして面白半分な気がしないでもないが、確かに大倶利伽羅が無愛想で口下手な以上、第一印象はかなり重要だった。
そして何より元々細身で背も高い方の大倶利伽羅は、あからさまにうんざりとした表情をしつつも難なくそれを着こなしてみせた。

まず、珊瑚からしたら大倶利伽羅に共に来てもらって、尚且つ挨拶までして欲しいとお願いをすること自体が難しいと思っていたのだが、こちらは意外にも二つ返事で「分かった」と返してくれたのだ。
そんな、自分との事を彼なりに真剣に考えてくれているのだろう大倶利伽羅に心の中できゅんとしてしまったのは自分だけの秘密。




「……よし!はい!じゃぁ行きます!!」


「っ…」


「お母さん!ただい、」


「遅いっ!!!さっきから玄関前でぺちゃくちゃぺちゃくちゃ!早く入りなさいよ!!珍しく帰ってくるって言うからお父さんも今日は早く帰ってくるらしくて、お母さんいつもよりも早くご飯の支度とかしてて忙しいんだか……………あら?」




昨日今日で更に惚れ直した、そんな大倶利伽羅に再度声をかけ、半ば勢いで珊瑚が家の鍵を使ってその扉を開ければ、そこには既に待機していたのだろう。
エプロン姿でお玉を持ったままの彼女の母親がイライラした様子でペラペラペラペラとマシンガンのようにお小言をかます。

しかし、話している途中で珊瑚の隣に立っている大倶利伽羅に気づき、咄嗟に口を閉ざしてしまったのを見計らった珊瑚は「あー恥ずかしい」というような表情で軽く頭を抱えながら口を開いた。




「あーもう…帰ってきて早々くーくんに恥ずかしい所見せないでよ…」


「くーくん?えっと…どちら様…あっ、え、くーくんさん?」


「…大倶利伽羅だ」


「あらやだ声までイケメン…」


「…………」




実は珊瑚、母親にただ「帰る」としか言っていなかったのも悪かったのだが、大倶利伽羅が来ると知らなかった珊瑚の母親は突然の事にしどろもどろになりながらぺこりと大倶利伽羅に会釈をする。
そんな母親に対して大倶利伽羅も軽く頭を下げて自分の名を口にすれば、その低くも落ち着く声に心打たれてしまった珊瑚の母親は思わず「やだイケメン」と呟いてしまい、ここに来るまで実はかなり緊張していた大倶利伽羅はその分拍子抜けして珍しく目を点にしてしまったのだった。















「…誰か連れてきたと思ったら、刀剣男士だったのね、そう……はぁぁ…」


「「っ………」」




冒頭からそんな事があり、取り敢えず…とお茶を出された珊瑚と大倶利伽羅は、揃って隣に座ると目の前の母親に対して正座をした状態で向かい合っている。
正直事が事だけに出されたお茶など飲んでいる場合ではないし、飲んだとしても喉を通る自信が無い。

しかし、どういう反応でのため息なのかまるで予想も出来ないために緊張と不安で喉は既に水分を無くして、干からびた湖のようにカラカラだった。
そんな珊瑚と大倶利伽羅の気を知ってか知らずか、ため息をついた後にお茶を飲んだ珊瑚の母親は、ごくりと喉を鳴らして水分をすんなりと通すと、何処か諦めたような表情を珊瑚と大倶利伽羅に向けた。




「……刀剣男士って、生身の人間と子供は作れないのよね?」


「……っ…申し訳ないが…」


「…はぁ、そうよね…まぁ知ってたけど。珊瑚のおばあちゃん…つまり私の母親だけど、それがそうだったからねぇ…でもまさか、だからってあんたまで同じことしなくてもいいのに…」


「そんな事言われたって好きなものは好きなんだから仕方ないでしょ…それに私、くーくん以外の人と形だけだとしても一緒になるつもりないし」




大倶利伽羅との事を知らなかったとはいえ、ずっと珊瑚に「孫が見たい」と言っていた母親は、大倶利伽羅とのことを真っ向から反対しないにしてもやはりその事を気にして聞いてきた。
自分の母親が長谷部とそういう関係だった事を知っていたにしても、そこはどうしても思わず本能で聞いてしまったのだろう。

そしてそれに対して素直に謝罪をした大倶利伽羅が少し気まずそうにしていれば、珊瑚は真剣な表情で大倶利伽羅以外の人とはどうにもなるつもりはないとハッキリ口にする。
すると、それを隣で聞いた大倶利伽羅の表情が少し柔らかいものに変わったことに気づいた珊瑚の母親はゆっくりと目を見開くと、何も言わずにコトン…と持っていた湯呑みをテーブルに置いた。




「…お母さん…?」


「まぁ取り敢えずお母さんはある程度把握したし、今はいいわ。それについてのもっと詳しい話はお父さんが帰ってきてから改めて聞く。それでいい?」


「あ、うん!分かった…!」


「…それと、これは個人的な話なんだけど…」


「「?」」




詳しい話はお父さんが帰ってきてから改めて聞く。
そう言った母親に頷いて了承した珊瑚がそれなら取り敢えず今はゆっくりしようと隣の大倶利伽羅に向かって控えめに微笑んだその時だった。

そそくさとキッチンに向かい、何故かお鍋とお玉を持ってきた母親の珍行動に2人が不思議そうな顔をしてしまえば、珊瑚の母親はじーーー…っと目の前の大倶利伽羅を下から上まで舐め回すように観察すると、その瞬間キラキラとした瞳で娘に向かってお鍋とお玉を突き出して見せた。





「刀剣男士って刀の付喪神なのよね?お母さん、刀剣男士は長谷部くんしか記憶にないんだけど、もしかしなくてもやっぱり刀剣男士って皆イケメンなの?」


「は?あぁ…まぁ、皆それぞれ個性はあるけどイケメンだとは思うよ…何で?………まさかお母さん………」


「ならつまり付喪神って皆イケメンってことよね?!珊瑚!それなら私のこのお鍋とお玉にも付喪神付いてない?!ちょっと霊力与えてみてよ!」


「いる訳ないでしょ馬鹿なの?!」


「いやいやいや!このお鍋とお玉はあんたが小さな頃からずっと大事に使ってきたんだから!いるかもしんないでしょ!やってよ!試しに1回だけでいいから!」


「やんないっ!!!!」





やって、やらない、やって、やらない。
ひっきりなしに…どう考えても近所迷惑なくらい大きな声でそんなやり取りをする親子の様子を目の前で淡々と見せられた大倶利伽羅は、深く深くため息をつくと呆れたようにすっかり冷めてしまったお茶を飲み干すのだった。


親子して騒がしいのだなと心の中で呟きながら



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