誠意



「くーくん!おはよ!」


「珊瑚か。今日はいつもより遅かったな」


「あはは…ちょっと寝坊しちゃって…くーくんは今日も朝から畑を見に行ってたの?いつもありがと!」


「そうか…俺はただの日課だから気にする必要はない。それよりも今日はやけに機嫌が良いな」


「えへへーちょっとね!色々とね!」


「色々…?」


「なーいしょ!ふふ。…あ、私まだご飯食べてないんだった!食べてくるね!」


「…?あぁ、ゆっくり食べてくるといい。俺は先に部屋に行っている」


「はーい!また後でね!」




陸奥守と肥前に話を聞いてもらった次の日。
潔く大倶利伽羅の軽装を政府に注文した珊瑚は、そのお陰でぐっすりと眠ることが出来、朝食を食べに廊下を歩いていた所だった。
その途中で先に色々と済ませていたらしい大倶利伽羅と鉢合わせになれば、それはもうご機嫌で挨拶と他愛もない話をする。

気に入る気に入らないはこの際…贈る事に意味があるし、一度でも目の前で着てくれたらそれでいいと思いながら笑みを浮かべる珊瑚のそんな思考を全く知らない大倶利伽羅は不思議そうにするものの、機嫌が良いなら特に気にする必要はないだろうと踏んで先に珊瑚の部屋へと歩いていった。




「よし、私も早くご飯食べてこよ!」



そんな大倶利伽羅の背中を見つめてから、自分も早く朝食を食べてしまおうと早足で厨房で朝食を用意した珊瑚がお盆を持ったまま大広間に向かっていれば、その後ろから何とも複雑そうな表情の長谷部に声を掛けられる。




「主、おはようございます…」


「おはよう長谷部!って…どうしたの?珍しく遅いね?」


「あぁいえ、朝の走り込みをし過ぎてしまって…それよりもその……少しお話が…」


「?分かった…それならご飯一緒に食べよ!」


「はい。有り難く御一緒させていただきます。それなら…………あ、」




長谷部から少し話があると言われた珊瑚はその事に首を傾げつつもそれを了承すると、到着した大広間に目を向けた。
すると…珊瑚と同じく長谷部も同時に気づいたのは、そこに1人でつまらなそうに朝食を食べている…髪を高い位置でポニーテールにしている珊瑚の大好きな刀剣男士の姿だった。

そんな後ろ姿に「おーい」と声を掛ければ、その子はパッと振り返って眩しいくらいの笑顔を向けてくれる。




「あ!おはよう主!長谷部さん!」


「あぁ、おはよう」


「おはよう鯰尾くん!1人でどうしたの?骨喰くん達は?」


「えへへ、実は俺だけ寝坊しちゃって…寂しくご飯を食べてたところだったんだよね!だからほらほら、俺の隣!どうぞどうぞ!」


「それなら遠慮なく!…あ、でもごめん…長谷部、何か私に話があったんだよね?」




珊瑚から何故1人で朝食を食べているのか聞かれた鯰尾は、その事に対して照れたように笑いながら素直に寝坊してしまったのだと言う。
そんな鯰尾に呆れたような視線を向けるものの、自分もつい朝の走り込みをやり過ぎたのもあって何も言えなかった長谷部は珊瑚と共に鯰尾がいるテーブルにお盆を置く。

すると、珊瑚から申し訳なさそうに「何か話があったんだよね?」と聞かれた長谷部はチラリと目の前で「まずかった…?」と申し訳なさそうにしてしまった鯰尾に目をやった。




「え?あ…もしかして俺お邪魔?」


「いや、別にお前なら聞かれても問題はない。…寧ろお前の意見も聞くべき案件かもしれないからな」


「あ、そうなの?なら良かった!てことで一緒にお喋りしよう鯰尾くん!」


「そう言われるとなんか照れちゃうね〜?」


「「ね〜?」」



寧ろお前の意見も聞くべきだと長谷部から言われた鯰尾はホッと胸を撫で下ろすと同時に、何だか照れると嬉しそうに隣にいる珊瑚と顔を見合わせて「ね〜?」と仲良く笑い合う。
そんな微笑ましい2人に少し気が休まったのか、ふう…と息を一つ吐いた長谷部はその後に咳払いをすると、その咳払いで視線を向けてきた珊瑚と鯰尾に説明を始める。




「実はですね、今朝方…その…主のお母様から連絡がありまして…」


「え、お母さんから?何で私に直接連絡して来なかったんだろう…」


「「あの子に直接言ってもはぐらかされるから刀剣男士の誰かが出るだろうこの番号に掛けた」と仰っていましたが」


「…………それ、…って、もしかして…………」


「ずっとそのままにしていたお見合いの話ですね」


「あーーー…!そんな事もありましたね。懐かしい……え、主、まさかずっとそのままにしてたの?」


「…………してた」


「わあ」




長谷部から聞いたその話を、鯰尾にずっとそのままにしていたのかと聞かれた珊瑚が視線をそろそろ〜…と逸らしながら肯定すれば、そんな珊瑚を見た鯰尾は固まった笑顔で「わあ」と言ってしまった。
その様子を見た長谷部が深いため息をつけば、珊瑚は二振りからの視線に耐えられなかったのだろう、半ばヤケかのように「いただきます!」と手を合わせると、燭台切お手製の朝食を食べながら言い訳を始める。




「だって!そりゃ、あれだよ?お母さんの気持ちは分かるけどさ!でも私は後悔もしてないし、私の幸せはこれだって心から思ってるんだもん!お見合いなんて必要ありません!私はくーくんとずっとこの関係でいられればそれでいいんだから!」


「それは今の俺も承知していますが…その事をお母様は知らないのでしょう?」


「言えるわけないじゃん…散々「孫が見たい」ってそればっかりなんだから…」


「うわぁ…それは言いづらい」


「まぁ…その…俺達刀剣男士は人の形ではあっても、人の父親にはなれませんからね…」




ペラペラペラペラ…器用にご飯を食べながら母親に今までずっと黙っていた理由を言い訳する珊瑚を見た長谷部と鯰尾はお互い顔を見合わせてどうしたもんか…と何とも言えない表情をしてしまう。
長谷部が言う通り、自分達は人の形をしているとは言っても、誰かの親になれることはないのだ。
これでそういったことも出来れば自分達の主だって母親に対してこんなに罪悪感を抱くことはないのだろうが、正直言って無理なものは無理。

確かにそれで「孫が見たい」なんて言われていれば、大倶利伽羅との関係を素直に言えるのは相当な度胸がいる事なのかもしれない。




「うーん…主はさ、子供が欲しいの?やっぱり」


「子供?…あぁ…まぁ…別に子供は嫌いじゃないし、寧ろ可愛いとも思うけど…考えたことないしなぁ…」


「まぁそこは無理だしね…でも、いつまでもお母さんに黙ってるって訳にもいかないんじゃない?」


「それは俺もそう思いますよ。…もし言いたくても言いづらいというなら…俺が一緒に行きましょうか?主のお母様には彼女が小さな頃ですが、何度かお会いした事があるので…」


「うーーーん……」




鯰尾と長谷部の言うことを聞いて、橋を止めて唸り始めてしまった珊瑚の…本当に悩んでいるのだろうそんな姿を見た二振りは、本日二度目のどうしたものか…と言った様子で同じく唸ってしまう。
まぁ正直、悩んだ所でいつかは言わなければならないのだろうが、それにしたって確かに言いづらい事なのだから躊躇してしまうのも仕方ないといえば仕方ない。

しかも、いくら面識のある長谷部が一緒と言えども、それを素直に言った所で珊瑚の母親が「あらそうなの」と納得してくれるという保証だって全くと言っていい程ないのだから。




「せめて…こう…誠意のような物が伝わればお母様も折れてくれるかもしれませんが…」


「誠意って言ってもなぁ…正直私の我儘みたいな所があるのは否定出来ないし…」


「誠意…………………………………あ」


「「ん?」」




どれだけ珊瑚の意思が強いのか。
それを伝えられる程の誠意のようなものがあれば…と呟いた長谷部の言葉を聞いて、誠意かぁ…と目を細めてしまった珊瑚だったが、そんな2人の話を聞いた鯰尾が急に「あ」と何かを思いついたように手をポン!と叩いた。

そんな鯰尾に2人が目を向ければ、鯰尾はそうですよこれですよ!と言わんばかりに人差し指を立てて目を輝かせる。




「もう大倶利伽羅さんにも直接会わせればいいんですよ!誠意が二倍ってやつです!主だけじゃなくて、相手の大倶利伽羅さんだってどれだけ主を大切に想っているかをお母さんに伝えればいいんですよ!」


「!それだ鯰尾!!確かに…!そうだ、それならもしかしたら納得してくれるかもしれないな!お前がいて良かった!!褒めてやる!!」


「でしょ?!えへへ!誉くれます?」


「俺からならいくらでもやろう!!!」




鯰尾のアイデアに、そうだそれだ!とガタン!と立ち上がって拳を握った長谷部は得意気にしている鯰尾に彼なりの誉を沢山ジャスチャーを使って渡している。
そんな、すっかりといやぁこれで解決だ!と言わんばかりの雰囲気を目の前にした珊瑚は暫くきょとーーん…としてしまっていたものの、その後少ししてから申し訳なさそうに「あのー…」と片手を上げて意見を述べた。




「何でしょうか主?!」


「盛り上がってくれてる所で悪いんだけど…」


「うん?どうしたの?」








「くーくんが「口下手」ってこと忘れてない…?」







「「あ」」






口下手。そう、口下手。
大倶利伽羅がどれだけ口下手で…つまりどれだけ話す事が苦手なのか。
それをすっかり忘れていた長谷部と鯰尾は今までの盛り上がりが嘘かのようにへなへな…と上げていた両手を下げてしまう。
そんな二振りに申し訳ないと苦笑いしつつも、こればかりは彼の性格だからなぁ…となってしまった珊瑚は、やはり他の方法を考えるしかない、或いは1人でどうにか説得をして母を納得しかないか…と腹を括ることにしたようだった。

腹を括れたのは、初期からずっと慕ってくれる目の前のこの二振りがこんなにも真剣に、純粋に自分と大倶利伽羅のことを応援してくれているという事が痛いほど伝わってきたから。
ならもう、こちらもいつまでもこのままではいけない。
本当の意味でこれからのことをきちんとしなければ…となった珊瑚がそれを二振りに伝えようと口を開きかけたのだが、それはいきなりスパァアン!!という襖が大きく開いた音で掻き消されてしまった。




「その話!!!俺達に任せてもらおうか!!!」


「「「わぁぁぁあ?!!?!」」」


「よ!!神出鬼没の伊達組!かっこ伽羅は不在かっこ閉じの俺達だぜ!」


「神出鬼没にも程があるだろう?!!」


「び、ビックリしたぁ…!!」




清々しい程の大きな音と共に、それはもうそれと同じくらいの清々しさを見せて現れたのは、大倶利伽羅を除く伊達組の面々だった。
どうやら途中から話を盗み聞きしていたらしいが、そんなことなどどうでもいい!とばかりに驚いている珊瑚達を見て満足気な鶴丸は満面の笑みでちょいちょい、と燭台切を指差す。

そんな鶴丸の意図が上手く掴めない珊瑚達は揃って首を傾げてしまったのだが、それは事の詳細を聞いた時に思わず「おお…!」と目を輝かやかせてしまう内容だったのだった。



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