快刀乱麻を断つ
主へ
如何お過ごしでしょうか。
俺は先程まで二度目の安土の地を踏み締めていた所です。
あの方の為に一度手に入れたこの力を、今度は貴女を守る為、歴史を守る為…そして…少々気恥しいのですが、あいつらと共にある為に必ず元の俺に戻って帰ることをお約束致します。
ところで、地面という地面に穴は開いていませんよね?
「鶴さん!ちゃんと落し穴塞いだ?!」
「はっはっは!落し穴は塞いだんだが、自分で罠を張っていた事を忘れていてな!動けないから助けてくれるか?」
「何してんの?!てか何処から用意したの地引き網!!まさか買ったの?!長谷部に怒られるよ?!」
派手な装飾品と珍しい食材を根こそぎ買ったりはしていませんね?
「やっべぇ…!隠さないと…!!みっちゃん!何処か隠せそうな所ないか?!」
「ごめんね貞ちゃん!買った外国の缶詰めで厨房の戸棚が一杯なんだ!」
「ええ?!あーーーえっと、えっと!!あっ!!肥前!!肥前呼んでこようぜ!!全部食べてもらおう!!」
「無茶じゃないかな?!」
サツマイモを干して備蓄するのは構いませんが、調子に乗って作り過ぎたり等もしていませんね?
「主ごめん!干し芋をつい作り過ぎてどうしても置き場所がなくて…」
「ほんで、一旦長谷部の部屋にちっくと置いちょいたら、いつの間にか干し芋に蟻が…」
「何してくれてんの?!!」
まさか酒を飲みすぎて粗相を働いたり等もありませんよね?
「主〜ご、ごめんね…あたし、酔った勢いで長谷部の部屋の障子に穴開けちゃった」
「えええええ?!」
…せめて大倶利伽羅はいつもの通り…
「珊瑚、いくつか蜜柑が収穫出来てな…本当は食べさせてやりたかったんだが、まだそこまで甘くない。その代わり氷砂糖と一緒に瓶に漬けておいた。後で酒で割る等して飲んでみろ」
「え?!本当?!わぁ…!くーくんありがとう!!それなら今度一緒に飲ん………随分透明度の高い氷砂糖としっかりした瓶だね…」
「果実酒を作る時に最適な物らしくてな。不純物が一切入っていないらしい。瓶も値は張ったが、これなら密封具合は充分だろう」
どうせ無理でしょうね。分かっていますが
「わぁ全滅だ。好き放題を我慢してたの私1人だけだぁ」
「?何の話だ」
「ううん、何でもない…そうだ、あの時くーくんは居なかったんだった…」
「?…まぁいいが、それよりもそれは長谷部からの手紙か」
「あ、うん!こんのすけが手紙が届きましたよーって持ってきてくれてね!読みながら本丸内を散歩してたんだけど、どうにも手紙の内容が……ほら」
「………………」
「ね?…あはは、長谷部ってば物凄いお見通しでしょ?今頃何処で何してるのかな…早く帰って来ないかなぁ…」
長谷部からの手紙を読みながら、本丸内を散歩していた珊瑚は面白いくらいにその手紙に書いてある通りの事が本丸内に起きている事に乾いた笑みを浮かべてしまう。
まぁそれだけいつも長谷部が周りを見てあっちこっちと面倒を見てくれている証明にもなっているわけだが。
普段は意識しなくても聞こえてくる長谷部の怒鳴り声やら張り切っている声やら聞こえてこないとどうにも調子が出ないし、大好きな蜜柑もいつもよりも美味しいとは思わない。
「……珊瑚、最後まで読んだのか?」
「ん?ううん、まだだよ?何で?」
大倶利伽羅が手紙を読んでいる間、その隣でただただ空を眺めながら長谷部が居ないと調子が出ない等と思いにふけっていた珊瑚だったのだが、いつの間にか手紙を読み終わったらしい大倶利伽羅から声がかかったので、珊瑚は素直に視線を空から大倶利伽羅に向け直す。
すると、そんな大倶利伽羅が何やら少し罰が悪そうな顔で手紙の最後の一行を指でトントンと示して見せたことを不思議に思いつつも、珊瑚は示されたその一行を声に出して読んでしまった。
「………帰りの道中にこれを書いていますので、貴女がこれを読んでいる頃には…………………え、」
「……「俺はきっと本丸の直ぐ目の前でしょう」と書いてあるが………」
…………………………。
「…………皆!!!!皆ー!!!!!長谷部が帰ってくるってー!!!!」
読み上げた後に少しだけ間を置いて。
「え?」と疑問符を口にしながら顔をサーーーー!!!と真っ青に染めた珊瑚に追い打ちを掛けるかのように大倶利伽羅は珊瑚が最後まで読めなかった文字を口にする。
その途端に珊瑚は心の底からヤバいと焦って一瞬にして後ろを振り向くと、本丸中に届くように大きな声を張り上げた。
するとそこかしこでドッタンバッタンドンガラガッシャァァン!!という…その場で見なくても分かる皆の慌てた末に立てた騒音が聞こえた珊瑚と大倶利伽羅は思わず揃って頭を抱えてしまい、暫くすると全員は片付ける事を諦めたのか、ぞろぞろと玄関前に集まって来る始末。
「なんぼなんでもそがな事を急にゆわれても無理ちや!!!」
「肥前くん!この缶詰め全部食べてよ今すぐ!!」
「いくら何でもこの量は無理があり過ぎんだろうが!俺を内蔵破裂で折る気かてめぇ!!」
「うーんこうなったら素直に怒られましょ!鶴丸さん、たんこぶの準備出来てます?」
「はっはっは!刀とはいえ今は俺も男だ。腹を括るさ!」
もう皆で怒られよう。
集まってきた皆がそう決意したのがひしひしと伝わってきた珊瑚は、今回ばかりは自分は怒られない事にホッとしつつも、帰って来て早々怒鳴る羽目になるのだろう長谷部を想像して思わず笑顔を浮かべてしまう。
思わず笑ってしまったのはそんな心情が、やはり「長谷部がいてこそ」のこの場所なのだと言ってくれているような気がしたからだ。
「あはは!帰ってきて早々怒鳴ることになるんだろうね!でも今回ばかりは私は関係ないから、皆ちゃーんと怒られるように!」
きっと、もうすぐ帰ってくる。
怒ると怖いけど、面倒見が良くて、縁の下の力持ちで、お父さんみたいな長谷部が、また帰ってくる。
そしたら怒られた後で、皆で宴会でもして、またそこで騒いで怒られて…いつの間にかそんな日々が当たり前になっていた。
そしてそれはこれからも、生きている限り続くのだ。
珊瑚がそんな事を思って玄関へと真っ直ぐ目を向けると、その場にいた刀剣達も全員それに続いて長谷部の姿が現れるのを待つ。
すると、見慣れたその姿は太陽に照らされて影を作り、凛とした佇まいでその扉をガラガラと開けた…その時。
ドシャァァァアアァン!!!
「「「「「……………」」」」」
…開けたのだが、その影は何故か一瞬にして姿を消してしまった。
見えるのは開いた玄関の向こうの景色のみで、肝心の長谷部の姿は何処にも見当たらない。
何故だ、修行の末に目に見えないくらいにまで彼の機動が速くなったとでもいうのか、いや流石に元々機動の速い長谷部でもそんなわけはないだろう…と思った面々だったのだが、先程の「音」を思い出して、その消えた原因はもしかして…………と全員は一斉に鶴丸を見た。
「………こいつは驚いた。玄関前にも掘っていたのを忘れていた。いやぁうっかりうっかり!」
「「「「「………………」」」」」
「………つーーーーるーーーーまーーーーるーーーくーーにーーなーーーがぁーーー…っ!!!」
突然長谷部が目の前から消えた原因を作った…いや、掘っていたその張本人は自分でもすっかり忘れていたと顔を青ざめながら高らかに笑っている。
しかしその笑いも、玄関前の穴の下で心底拳を握って怒っているのだろう、長谷部に名前を呼ばれたことで一瞬にしてその笑顔を氷のように固めてしまった。
そんな鶴丸に冷ややかな視線やら呆れやらの視線を送っている面々は何も言えず、素直にその穴から長谷部が顔を出すのを待てば、その穴からガシッ!と青筋を浮かべた彼の手が出てきたその後に、まるで般若のお面でも被っているんですかと思わず聞いてしまいたくなるほどの長谷部が顔を出す。
「お前達…っ!!俺が居ないからと…!!随分楽しそうだなぁ…?」
「やべ!!俺一抜けた!!逃げる!!」
「待ってよ貞ちゃん!!僕も一緒に逃げる!!」
「ふざけんな俺も逃げ…いや俺何も悪くねぇよな?!」
「逃げるが勝ちってな!!」
「鶴丸さんのせいじゃないですか!俺も逃げますけど!!」
「待て貴様らぁぁあ!!!!」
穴から長谷部の顔が見えた瞬間に、ヤバいと口々に逃げていった「好き放題」達を帰ってきて早々追いかけようとした長谷部だが、思っているよりも穴が深いのだろう、中々出て来れないことにやきもきしていれば、ふと目の前に細くて綺麗な白い手と、それよりも大きい褐色の二つの手が現れた長谷部は思わず上を向く。
「あはは!長谷部大丈夫ー?帰ってきて早々災難だったね?ふふ、おかえり!」
「…掴まれ」
「………」
「「…長谷部?」」
見上げた先にいた、その2人が。
いつも通りの2人で、いつも通りに幸せそうで。
それを見た長谷部は少し…本当に少しだけその瞳を緩ませて、喉のすぐ側まで来ていた言葉をしまってしまう。
もう少し、もう少しだけ目の前の2人を静かに見ていたかったのだ。
そしてその顔を見る度に、あぁ、帰って来たのだなと感じて、「戻って」きたのだと実感出来るから。
「おーおー長谷部、どいたが?ぼーっとしちょって…掴まらんのか?どれ、わしも手伝うちゃろう!」
「!陸奥守…」
戻ってきたのだと実感して、その手を掴もうとすれば、その途端に元気な声と共に更にもう一つの手が加わる。
暖かさを感じさせるその太陽のような手が、まるで2人の傍に寄り添うように現れて見えた長谷部は、その瞬間にくすりと笑うと、そんな長谷部にお互い顔を見合わせて首を傾げてしまった珊瑚と大倶利伽羅と陸奥守に聞こえるか聞こえないかの音量で、呟くようにこう口にした。
「快刀乱麻を断つ、か…」
「え?何やって?すまん、良く聞こえんが」
「長谷部がくーくんよりも声が小さいってどういうこと」
「それこそどういう意味だ」
その赤色と蜜柑色の…珊瑚石に倶利伽羅龍が施された揃いの数珠も。
沢山の難題があったにも関わらず、それはこれからもあり続けるのにも関わらず、それを一切感じさせずに…まるで「平和」そのものだと言っているようなその二振り専用の軽装姿も。
全部が全部、これからもこの本丸はこのままであり続けて、何一つ折れはしないのだと、そう言っているようで。
「いや、何でもありません…「いつもの事」を言っただけです」
そして何よりも、差し出されたその三つの手が、「お前もその一員」だと言ってもらえている事を噛み締めた長谷部はやっとその手をしっかりと握ったのだった。
快刀乱麻を断つ。
それは…良く切れる「刀」で、もつれた麻を切る。
もつれた事柄を、もののみごとに処理してしまうことの例えだ。
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