珊瑚石と倶利伽羅龍



あれから長谷部は大倶利伽羅と鯰尾の帰りを待たず、入れ違いかのように修行へと旅立ってしまった。
それを聞いた鯰尾は普通に驚いて「どうせならお土産頼みたかったのに…」等と悔しそうにしていたが、大倶利伽羅の方は何も言わず部屋へと戻り、しかし背中は何処か嬉しそうに見えたのはきっと気の所為ではないのだろう。

そしてそのまま、鯰尾は大倶利伽羅から受け取った報告書を主である珊瑚に渡す為に彼女の部屋を訪れていたところだった。
一応辺りを確認してから軽くノックをして、珊瑚の返事がしたと同時に襖からその顔をひょこっと出す。




「……あーるじ!ただいま!戻ったよー!」


「うん!鯰尾くんおかえり!……ど、どうだった…?!」


「ふふん!俺を誰だと思ってるの?……はい!ちゃんと頼まれていたものは見つけましたよ!誉くれる?」


「!!本当?!本当にっ?!うわ、うわぁよかったぁ…!!ありがとう鯰尾くんっ!!いくらでも誉あげちゃう!」


「えへへ!やったね!」




部屋に入って早々、無傷で帰って来たことに喜びつつも、それなら…と落ち着かない様子で何かを聞いた珊瑚に鯰尾は得意気に胸を張ってみせると、ポケットからとある木箱を取り出して珊瑚へと渡す。
それを確認した珊瑚は心底安心したように、そして心底嬉しそうに鯰尾に誉をあげると、そのぴょこんと跳ねている可愛いアホ毛ごと彼の頭を撫でてみせた。




「あっ、後これも返しますね!主の大切な宝物だから持ってるだけで冷や汗ものだったよ…はい!」


「ん!ありがとう!役に立った?」


「そうそう!正直それが無かったら買わせてもらえなかったと思うよ!だから本当に預かってて良かったよ……あ、そういえば例のあれは予定の時間に届いたの?」


「ふふん!それはもうバッチリよ!ここにあります!」


「それなら後は送り先を呼ぶだけですね!」




頭を撫でられたのが余程嬉しかったのか、鯰尾は目を細めて照れくさそうに笑うと、もう一つ大切な事を思い出したようにポケットからある物を取り出した。
それは珊瑚がいつも大切に身につけている、大倶利伽羅から貰った珊瑚石の数珠で、それを受け取った珊瑚は鯰尾にお礼を言うと、いつもの通りにそれを左手にはめて嬉しそうに微笑んだ。

鯰尾から話を聞けば、どうやらこれを預けたからこそ買えたようなものだったらしいその品が入った木箱を珊瑚は自分の近くに置いていた大きな紙袋に入れながら鯰尾の質問に答えてみせると、それを聞いた鯰尾は笑顔で「それなら後は送り先を呼ぶだけですね!」と言う。




そして、その送り先は誰か、というと…










「…珊瑚、俺に用事があると鯰尾から聞いたが…」


「くーくんこんにちは、おかえりなさい。きょうはおひがらもよくおしごとがはかどりそうなきおんですよね」


「どうした」



勿論、珊瑚が大好きな大倶利伽羅の事だった。
…のだが、いざ本人を目の前にすると、どうにも緊張してしまった珊瑚は全身という全身をカチコチに固まらせて訳の分からないことを言ってしまう。
素直にはい!これ!と紙袋を渡してしまえばいいだけの話なのだが、買う時は渡す事に意味があると思っていたそれも、こうして渡す時が来てしまうと彼の反応に対する期待と不安とが入り交じって上手く言葉が出せなければ行動も出来ない。

そんな珊瑚を不思議に思ったのか、こちらは素直に「どうした」と思わずツッコミを入れた大倶利伽羅が近づいて来たことで、ふいに目が合ってしまった珊瑚はその視線をフッ!と避けてしまった。




「……あの、あのー…その…あれなんだよ、あれ…」


「…「あれ」…?」


「………それがあれで、これがこうで、…えっと、やっぱりあれでね」


「もう早く言え」


「うっ、」



視線を逸らし、あれがあれでこれがそれで…と言葉を詰まらせてしまった珊瑚の視線には、勿論先程の紙袋。
そしてもうここまで来たら分かることだが、その中身というのが随分前に注文した大倶利伽羅の軽装なのだ。

しかしそれを大倶利伽羅本人が知るはずもなく、しどろもどろになってとうとう手遊びまで始めてしまった珊瑚に対し、とうとう大倶利伽羅は痺れを切らせて「もう早く言え」とその手を掴む。
すると、珊瑚はもうこうなったら当たって砕けろ!とばかりに一度目をぎゅっと瞑ると、勢いで紙袋を手にしてそれを大倶利伽羅へとズイ!!と差し出した。



「…?何だこれは…」


「く、くーくんへの!!私からの贈り物です!!えっと、いつもありがとう!!」


「………贈り物………」


「……あ、あのー…日頃の感謝というか、なんていうか…!あ、あぁ勿論!くーくんが普段和装をしないのは知ってるよ?!知ってるんだけど、えっと、…あーうん!むっちゃんも欲しがってたからね!後で渡すんだけどね!だから二振りお揃いで軽装!ほら!むっちゃんともくーくん仲良しでしょ?!」


「…軽装か…そうか……折角だ。非番の時にはこれを着させてもらう」


「え?!本当…?!あー…良かった…!!」


「…だが、それならこの木箱は何だ?」


「……………それは……あ、開けてみれば分かる、かと思われ…ます…!!」


「……開けてもいいか?」


「もうどうぞお開け下さい出来ればお早く…っ!!」




当たって砕けろとばかりに差し出した…基、どちらかと言えば突き出すような形で紙袋を大倶利伽羅に渡す事に成功した珊瑚だが、その後の大倶利伽羅からの質問に答える間もその目は恥ずかしさで開けることが出来ず、説明をし終わった後はただただ目の前でどんな顔をしているのか分からない大倶利伽羅が木箱を開ける音だけがその耳に入ってくるだけだった。

気に入ってくれるだろうか…特殊な方法の為に自分が直接買えたものではないけれど…そう頭の中ではコトバが出てくるのだが、それを本当に言葉にする事が出来ない珊瑚がとうとう恥ずかしさに耐えきれずに熱くてどうしようもない顔を両手で隠そうとした、その時だった。




「………ありがとう…」


「……………へ、」




優しく手を引かれ、ぽすん…とその大好きな胸板に隠そうとしていた筈の顔を埋められたことに気づいた珊瑚が思わず目を開くと、そこには自分が大倶利伽羅に包むように優しく抱き締められている光景があり、その耳にはこれでもかと低くて優しい、落ち着いた彼からの「ありがとう」という言葉が聞こえてきた。

その言葉が本当に嬉しそうで、思わずその顔が見たくなった珊瑚が顔を上げれば、途端に降ってきた口付けに驚きつつもゆっくりと目を閉じる。
すると、その次に聞こえてきたのは何かの石が耳元で擦れる音で、それに気づいた珊瑚が目を開ければ、そこには優しく目を細めて微笑んでいる大好きな顔があった。




「…あんたの次に、大切にする」


「!っ…うん…!」




自分の頬を優しく撫でてくれる…小さく倶利伽羅龍が掘られた蜜柑色の珊瑚石で出来た数珠が着けられているその手に頬擦りをしながら。
自分の次に大切にすると言ってくれた大倶利伽羅に…大好きなくーくんに微笑んだ珊瑚は、微笑みと共にまたゆっくりと近づいてきたその唇を受け止める為に目を閉じる。




「…その数珠ね、みっちゃんが商人の人から受け取ってくれた時に「二つで揃いの物」だって聞いてたんだって。それをくーくんに伝える前に、くーくんが私を助けに走っていったって…」


「…そうだったのか…」


「それをみっちゃんから聞いた時にね、それならやっぱりお揃いで持ってて欲しくて…それで、ちょっと鯰尾くんに協力してもらったの」


「…ふ、あんたはまた俺に隠し事をしたわけだな」


「…こ…今回だけは許して?」




何度か繰り返した口付けの後に。
実はこういう訳だったのだと大倶利伽羅に抱き締められた状態で事の説明をした珊瑚は、また隠し事をしたのかと飽きれたように大倶利伽羅に言われてしまう。
それに少し笑いながらも許して欲しいとお願いすれば、包まれていた体はゆっくりと彼から離されていき、その代わりに彼の顔がすぐ傍まで近づいて来たことに気づくと、今度は大好きな彼から「お願い」をされてしまった。




「あんたからしてくれたら、今回は許してやる」


「…っ…ずるいなぁ…そういうとこ…」




ずるい。
そう言いながらも、今度は珊瑚の方から触れた唇が、何処か甘酸っぱく感じ、何よりも幸せに感じたのは、きっと…彼に着けられた蜜柑色の珊瑚石と、そんな珊瑚石とまた一緒になれた赤い珊瑚石を着けた彼女の手が絡み合うように繋がった所為なのかもしれない。



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