日頃の感謝



それはある日のことだった。
何だかんだ色々とあったが、半崩壊していた本丸は今では刀剣達のお陰もあってすっかり元通りになり、庭の花も蕾を風に乗せてゆらゆらと揺らせているのを見ながら「平和だなぁ」と掛かってきた電話を端末で操作して受けていた珊瑚は、その通話相手が言った言葉を聞いて思わず聞き返してしまった。




「…え?軽装?」


「そうですよ、ほら。最近になって肥前忠広の軽装のデザインが出来たとかって連絡が政府からあったじゃないですか」


「あー…そういえばそんな連絡あったかも…あ。ということは…?」


「はい〜。買いました。「無駄遣いしやがって」とか言ってましたけど、今では何だかんだ良く着てるから満更でもないっぽいです!あはは、素直じゃないんですよ〜忠広は」




その通話相手というのは以前、ちょっとした演練の大会で偶然顔をあわせた若い審神者の女の子だった。
それから色々あって、今ではこうして偶に連絡を取る仲になったのだが、話を聞けばこちらの本丸とは違って彼女の本丸は現代的な物が多く、こういった連絡手段も端末を利用しているらしい。

そんな端末を何故珊瑚も使用しているのかといえば、それは今こうして肥前忠広の軽装の話…基、ちょっとした惚気話をしている彼女が「演練を受けてくれたお礼」だとプレゼントしてくれたからだ。




「あはは!そうなんだ!…んー…でもそっか、それならやっぱり刀剣男士にとって軽装って嬉しい物なのかな?」


「どうでしょう…そこは刀それぞれ感じ方も違うんでしょうけど…まぁ私達からしたら日頃の感謝を込めてって体で贈るのも有りなんじゃないですかね?」


「なるほど…日頃の感謝…」




そんな…自分よりも若く、それでいて先輩審神者でもある彼女から軽装の話を聞き、そういえば自分は誰かに軽装を贈ったことは無かったな…ということに気づくと、日頃の感謝を込めてという彼女の言葉に素直に納得して頷いてしまった。

確かに軽装はそれぞれその刀剣男士のイメージに合わせて作られる為にそこそこ値は張る品だ。
それ故に、彼女の肥前忠広のように「無駄遣い」と言ってそれを気にする刀も中にはいるだろう。
それを考えれば、どう考えてもうちの近侍である大倶利伽羅…つまりくーくんならば…




「こんな高価な代物…どうせなら俺よりも他の奴に見繕ってやった方が良かったんじゃないか?」



…と、言うのが目に見えている。
申し訳ない等と思われるかもしれないし…何より、実は「大倶利伽羅」の軽装のデザインを見たことがある珊瑚の考えとしては、普段から軽装のような和装ではなくどちらかと言うと洋装の彼の好みを考えると果たして本当に喜ぶのかどうかイマイチ判断がつかない。

かと言って、珊瑚は既に大倶利伽羅から数珠のプレゼントを受け取っているし…恥ずかしい話だが、それからは嬉しさのあまり毎日身につけて眺めている始末だ。
それを考えるとやはり刀剣男士からしても、その…「好き」な相手から何かを受け取ったら嬉しく思ってくれるのかもしれない。




「珊瑚さーん?どうかしました?」


「………え、あ!ごめん!考え事しちゃった…!でもありがと!軽装は見たことあるし認識してたんだけど、ちょっと最近色々忙しくてそこまで頭回ってなかったんだよね、私もちょっと考えてみる!」


「珊瑚さんは凄腕ですからね…私の知らない所で色々あるんでしょうけど…でも、ちょっとでも役に立ったなら良かったです!……あ、そうだ忠広から頼まれてたんだった…!あの…ごめんなさい、今度また機会があったら演練お願いしたくて…!」


「あ、演練?それは勿論!うちで良かったら全然大丈夫だよ!喜んで!」




くーくんは喜んでくれるだろうか…いつの間にかそんな事を考え、通話中だということをすっかり忘れてしまった珊瑚が想い刀の顔を思い浮かべて黙ってしまえば、それを不思議に思った通話相手からの呼び掛けでやっと珊瑚は我に返る。
そんな相手にいけないいけない、と首を横に振って軽く謝った後に話を続ければ、前に一度した演練のお願いを再度されたので快く了承した。
軽装の事はさておき、演練ならば勿論うちの近侍も喜ぶことはそれこそよく分かっているから。




「!本当ですか?!あー良かったべ〜!忠広も喜ぶだろうなぁ!」


「それくらいいつで…………ん?」


「…………っ?!!あ、あー!!?!私急ぎの用事があったんでしたぁー!!また連絡しますねぇ?!!さよならぁーー!!!」


「え、あ、え?あ、はい…さよなら…?って、切れちゃった…なんだったんだろ?」




演練の申し込みを二つ返事で了承すれば、すぐに通話越しでも分かるくらいの安心した様子を見せた彼女からふと聞こえた聞きなれない語尾に思わず聞き返してしまえば、その途端に彼女は何故か慌てたようにそそくさと通話を切ってしまった。
そのまま真っ暗になってしまった端末の画面を見ながら首を傾げてしまった珊瑚だったのだが、多分聞き間違えか何かだろうと特に深く考えることはせずにゆっくりと立ち上がる。

立ち上がったのは、すっかりもやもやとしてしまったこの悩みを頼みの綱でもある彼に話に行こうと思ったからだった。
そして、こんな時の珊瑚にとっての頼みの綱といえば勿論…









「んあ?軽装かぁ?あー…そういえばそがなもんがあるとは聞いた事あったけんど、それがどうかしたが?まーた悩み事か?」


「うん。あのね、単刀直入に聞くけど…むっちゃんは軽装を貰ったら嬉しい?」


「おお?刀だけに単刀直入ってか!」


「上手い!流石むっちゃ…って!違うー!」




そう。珊瑚の初期刀であり、兄のような存在でもあるこの陸奥守吉行のことだった。
「まーた悩み事か」と聞いてくる辺りでも既に察せるが、やはり珊瑚にとってこういう時の彼はとても頼りになる。
頼りになるというよりも、どちらかと言えばその屈託のない明るさで悩みを吹っ飛ばしてくれると言った方が正しいのだが…

そんな明るさのお陰なのか、単刀直入という言葉に対して上手いことを返してくれた陸奥守に最初は笑って乗りそうになった珊瑚は途中で違う違うそうじゃないと陸奥守の手を掴んでブンブンと振る。




「おーおー何や?珊瑚は相変わらず忙しい奴やき…まぁ軽装なぁ…わしは自分のもんを見たことがないき、欲しいかゆわれても何ともなぁ…」


「あ、そっか…!えっとね…むっちゃんのは……あった!これこれ!」


「うん?………おおお…!!!はーっ!こりゃ凄いのぉ!派手でわし好みじゃぁ!!…って、よぉ考えたらそらそうやな…政府の「せんす」ゆうんも中々やのぉ!」


「やっぱり欲しい?これ貰ったら嬉しい?」


「おお!欲しい!嬉しい!!…どれどれ、他のもんは……おっ、肥前と南海先生のもあるんか!おお!?下駄の鼻緒が三振り揃いのもんじゃ!がっはっは!何だか見ちょるだけで嬉しくなるのぉ!」


「さっきから騒がしいな…ったく何してんだお前ら」


「おお!肥前!!えいところに通りがかったな?!ちっくと見てみぃ!わしとおまんと南海先生の軽装がな!揃いのもんなんじゃ!ほれ、この鼻緒!」


「うーわ、くだらねぇ…」


「連れないのぉー肥前は!」



軽装は欲しいか。
そう聞いた陸奥守の答えが「見たことがないから何とも」だった珊瑚は、それならとポチポチと端末をタップして陸奥守に自分の軽装を見せてみた。
すると、それを見た陸奥守は途端に目をキラキラとさせて無邪気にはしゃぐと、珊瑚の質問に素直に答えてから端末を借りて他の刀剣男士の軽装も調べ始める。

その時に同じ土佐の刀である肥前と南海の軽装も見たのだろう、下駄の鼻緒が色違いでお揃いだったことに気づいて更に目をキラキラとさせて喜び始め、すっかり気分が高揚している陸奥守の声を聞いたらしい肥前が何事かと襖を開けて入ってきた。




「あはは!確かに肥前くんは素直じゃないかもね?」


「あ?何の話だよ…?」


「んー?こっちの話!」


「ほうほう、本当は嬉しいんやな?がっはっは!そうかそうか!確かに素直やないのぉ肥前は!」


「は?!っ…んなわけねぇだろ馬鹿かてめぇ!」




目の前で繰り広げられる、本当は何だかんだ仲良しの土佐の二振りを見て思わず自分の事のように微笑んでしまう珊瑚だったが、その笑みはふいにとある事に気づいた陸奥守の一言によって、きょとんとしたものに変わってしまった。




「けんど…こりゃ高そうやの…?」


「?…あーっと…一振分で小判5万だっけな…?」


「はぁぁ…こんなもんにそんな金かかんのかよ…これこそまさに無駄遣いだな…戦に役立つ訳でもねぇし」


「5万?!はぁ…どの時代でも、えいもんはそんだけ値も張るんやな……大倶利伽羅の反応が予測出来んぜよ」


「あはは…やっぱりむっちゃんにはお見通しですか」


「ん?がっはっは!そらそうやろう?わしと珊瑚の仲やき、大体の想像はすぐにつくぜよ!…にしても、急にどいたが?まさか大倶利伽羅が「欲しい」ゆうちょったってことはないやろうし…?」




やはり…珊瑚の想像していた通り、陸奥守も初めははしゃぎことすれ、その値段に対して不安そうにしているし、先程の通話で聞いていたのと全く同じ反応をした肥前の事も見た珊瑚はやっぱりそこを気にするよなぁ…と眉を八の字にしてしまう。
そして更に予想通りに自分がどうして軽装に対して悩みを抱いていたのかとっくに見据えていた陸奥守に対して流石だと思いながらも、珊瑚はそんな彼からの質問に降参だと両手を上げてから事の詳細を二振りに伝えたのだった。




「んー。なるほど。日頃の感謝、その数珠の礼か」


「そう。でもねぇ…ほら、くーくんって基本はどちらかと言うと洋装でしょ?だから贈ったとしても本人的にどうなんだろうって思って…」


「あー…そういえばそうやな。ほんで、値段の事も地味に気にしそうな真面目な性格やしなぁ…んー…肥前はどう思う?」


「あ?あー…まぁ俺は斬れればなんでも構わねぇし興味ねぇけど…それしても無駄だとは思うけどな。つか、色恋沙汰なんて俺には全く分かんねぇよ。俺はどっかの肥前忠広じゃねぇし」


「「でしょうね」」



珊瑚から事の詳細を聞いた二振りは、片方はそこそこ大倶利伽羅と長い付き合いなのもあって想像しながら腕を組み、もう片方は全くもって分からないとほぼ初めから白旗を挙げている始末だった。
しかし珊瑚からしてみれば、陸奥守は大倶利伽羅と付き合いが長いのも意見の参考になると思っているのだが、陸奥守よりかは考え方やスタンスが似ている気がする肥前の意見にも頷いてしまう。




「やっぱりそう思うよね…でも何かしらお返しはずっとしたいと思ってて…かと言って何をあげれば良いのか分からなかった所に他の審神者さんから軽装の話を聞いたもんだからさ…」


「ほにほに。ほんで相談したわけか。…けんど、好きな女子から貰えるんなら、男としては色々気にはしても嬉しいとは思うんやないがか?」


「……え、本当?本当にそう思う?!」


「おう!少なくてもわしはそう思うぜよ!」


「なら肥前くんは?!」


「はぁ?んで俺に聞くんだよ……あー…けどまぁ、貰って悪い気はしねぇんじゃねぇの?」


「そっか…そうだよね…!取り敢えず悪い気はしないよね…!うん、分かった!なら潔く注文する!!ありがとう2人共!…あっ、そうだ…2人はどう?軽装欲しい?」


「え?!えいの?!わしは欲し、」


「俺は要らねぇ」


「なんでや肥前!!揃いの装いも悪くないろう?!」


「悪いわ!!別に興味ねぇよ!!」




男としては好きな女から貰えるのは嬉しいだろうし、少なくても悪い気はしないだろう。
目の前の土佐の二振りの意見を混ぜてそう判断した珊瑚は、その装弾結果にまるで背中を押されるような感覚を覚えると、それならもう勢いだと端末を操作して潔く政府へと注文の連絡をタップした。
その時に相談のお礼も兼ねて陸奥守と肥前にも軽装が欲しいかどうか聞いてはみたが、それが発端で最終的に軽いじゃれ合いになってしまったその光景を、珊瑚はいつの間にか消えていたもやもやをすっかり忘れて微笑みながら眺めるのだった。




「素直やないのぉ肥前は!」


「素直に断ってんだよ!」


「はっ!分かった!南海先生も一緒やないと嫌なんやな?!まっこと可愛い奴ぜよ!」


「そうじゃねぇよほんっと都合の良い頭してんなてめぇ!」




色々な事があった中で、すっかり賑やかになって前よりも楽しそうにしている大好きな自分の初期刀の…そんな姿を見て。


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