抜けた棘




伽羅助が帰ってしまってから少し経ち…鯰尾から「肩慣らしも兼ねて一緒に行きましょう」と半ば無理矢理腕を引っ張られて遠征に誘われた大倶利伽羅は、人気のない森の中で最後の敵を斬った後にピッ、っと刀に付いた血を払って鞘へと収めた。
その隣で同じく刀を仕舞った鯰尾は大層満足した様子で頬についた返り血を気にすることなく大倶利伽羅に拍手を送る。



「いやぁー!!やっぱり大倶利伽羅さんとの二刀開眼はスカッとして好きだなぁ!!」


「何も二刀開眼なら、他の打刀とでも出来るだろう」


「それは勿論!陸奥守さんとの二刀開眼も好きですよ!何だろうなぁ…陸奥守さんとのは楽しくてワクワクするけど、大倶利伽羅さんとのは張り詰めた緊張感があるんですよね」


「いつでも緊張感は持っていろ…」


「へへっ!そういう所も俺は憧れてるんですけどね!父の背中を超える〜とかなんとかってこういう事を言うんですかね?なんちゃって!」


「…はぁ、その辺にしろ…」




大倶利伽羅との二刀開眼はスカッとする!という鯰尾が、口では言わずとも本当は伽羅助が帰ってしまったことで寂しくなっていたのだろうと察した大倶利伽羅はあまり厳しいことは言わず、そんな鯰尾に簡単な言葉だけを返す。
しかし鯰尾にとってはそんな大倶利伽羅のクールな返しすらカッコイイと思っているのだろう。
目を輝かせ、わぁ…!と拍手を一向に止めず、あろう事か父の背中がどうのこうのと言い出したので大倶利伽羅は呆れながらその手を掴んで無理矢理止めさせる。

そんな大倶利伽羅の事を知ってか知らずか。
鯰尾は大倶利伽羅に止められたその手を今度はぽん!と叩くと、突拍子もない事を言ってのけた。




「あ。俺この時代の海が好きなんだった!」


「…だから何だ」


「任務も早く終わったし、ちょっとくらい見に行ってもいいですよね?へへっ!俺ちょっと行ってきます!大倶利伽羅さんも少し1人になりたいでしょ?」


「…まぁ、どっちでも構わないが…あまりもたもたしていると置いていくぞ」


「あはは!りょーかいですっ!また後でー!」




自分はこの時代の海が好きなのだと、森の向こうから見える青を指さして言ってきた鯰尾に、正直時代も何も海なんて全部一緒だろうと思った大倶利伽羅だったが、鯰尾の言った通り1人の時間も欲しかった為にそれを了承する。
すると、その言葉に嬉しそうに笑って海の方へと行ってしまった鯰尾の背中が小さくなっていくのを見送った大倶利伽羅は、木に体を預けると静かに目を閉じた。




「…とか言いつつ、本当は別に海に興味はないんだなぁ。陸奥守さんならともかく…っと。えーっと…燭台切さんから聞いてたのはこの辺りかな…?」




海に行った筈の鯰尾が何処かの屋根の上で言った、その言葉と行動を想像もしないまま。















「…主、その、少々お話があるのですが…」


「ふふ。やっぱり来た。旅道具ならそこに一式用意してあったから、ちゃんと分かってるよ」


「!あいつ…本当に用意していたのか…気が利くのか嫌味なのか…」


「あはは!くーくんなりの日頃のお礼なんじゃない?」




一方、大倶利伽羅と鯰尾が遠征に行っている間。
珊瑚が自室に1人でいるタイミングを見計らって入ってきた長谷部の方へと振り向いて返事をした珊瑚は、長谷部からの話を聞くまでもなく部屋の隅に置いてあった旅道具一式を指さしてみせた。
それを確認した長谷部は困ったように笑ってしまうが、主である珊瑚からそんな風に言われたら、むず痒くなってどうにも何も言えなくなってしまう。

すると、そんな長谷部の表情を見た珊瑚はゆっくりと立ち上がると、長谷部の目の前まで移動して、何処か控えめながらも真剣にその瞳を揺らす。




「?主…ど、どうなされましたか?!も、もしかしていけませんでしたか?!そ、それなら俺は…!」


「ううん、違う…長谷部が行きたいって言うなら、ちょっとの間寂しいけど送り出すし、それはいいんだけど…」


「…それなら、一体…?」


「…長谷部は、それでいいのかなって」


「っ…え…?」



旅道具は一式用意してあったし、行きたいのなら送り出す。
そう言ってくれた珊瑚だが、その言葉とは裏腹にその表情があまり晴れたものではないだと思った長谷部が不安になってしまえば、何故か珊瑚は修行に出ると決意した長谷部にそれを改めて問うてきた。
その問いに思わずどういう事だ…?と長谷部がその眉を八の字にしてしまうと、珊瑚は意を決したように言葉を続ける。


そしてその言葉は、長谷部の眉をスッ…と戻してしまうには充分過ぎる言葉だった。




「…本当は長谷部、極になるのはおばぁちゃんだけが良かったんじゃないかなって」


「………」


「…私が審神者になったって聞いて、飛んできてくれた長谷部がどれだけ忠義心が強いのかも知ってる。感謝もしてる。…でも、だからこそくーくんやむっちゃんや鯰尾くんが修行に行っても、行こうとしなかった長谷部を見てたから、てっきりそうだと思ってて…」


「…主……」


「…違った?」




珊瑚がそう言ったのは、その言葉だけでなく事実も混じっている。
そう。実は長谷部は元々は極だったのだ。
しかし…その力は珊瑚の祖母が審神者を引退した時に他の審神者の元へと移動した際にリセットされているし、それはその後珊瑚の元へと異動してきた時も同じだった。

それを長谷部本人から聞かずとも分かっていた珊瑚はずっとそう思っていたし、それでいいとも思っていたらしい。
自分に尽くしてくれるのは嬉しいが、何よりも長谷部の気持ちを最優先したかったのだろう。

そんな珊瑚の言葉を聞いた長谷部は、いつの間にかそのキリッとした瞳に涙を滲ませてしまい、それを誤魔化すかのように目の前の珊瑚へと片膝を付いて自身の胸に手を添えると…ゆっくりと頭を下げた。




「っ…主…俺は…そこまでこの俺の事を考えてくれた貴女に、改めて心から忠義を誓います」


「長谷部…」


「…お恥ずかしい限りですが、貴女の言う通り…確かに俺はあの方の為だけの「極」で居たかった。それは事実です。…しかし、だからと言って貴女を恨んだことも、それこそ貴女と共にいる事が苦痛だと思った事も、俺は一度足りともありはしません」


「……うん」


「ですが、あの方の手紙を読んだ時…俺の部屋で護符を見つけた時…あの方が俺の自分勝手な提案を受け入れ、そしてその後に生まれた貴女をどれだけ心配して、想っていたのか、どう受け止めていたのか。…それを俺なりに理解した時に、ずっと刺さっていた唯一の棘がほろりと抜けた気がしたのです」





ずっと刺さっていた棘。
わざわざ聞かなくてもそれが何を指す物なのか分かっている珊瑚は何も言わない。
ただただ目の前で静かにゆっくりと、それでも凛とした態度で己の心情を話してくれる長谷部の言葉を耳に入れ、心に刷り込むように黙っていれば、長谷部はその瞳に映さなくても珊瑚が泣いているのだろう事を察して、噛み締めるように瞳を閉じた。

そして暫くその暖かな気持ちを噛み締めると、ゆっくりと顔を上げ、やはり泣いている珊瑚に優しく笑うと、改めてそんな珊瑚に心からの願いを告げる。




「俺に…「あいつら」と共に…貴女を守り、傍にいる為の力を取り戻させて下さい」


「っ……う、ん…!分かった…!!ありがとう長谷部…ありがとう…っ!」




ずっとずっと、堪えていたものが。
顔を上げたその表情に長谷部の包み隠さない本心が現れていたことを実感して、「ありがとう」という言葉と共にとうとう嗚咽まで混じらせて声を上げてしまった珊瑚は子供のように泣きじゃくってしまう。

そんな珊瑚に困ったように笑って腰を上げた長谷部だったが、その後に咳払いを一つすると、その機動の速さで直ぐにいつも通りのキリッとした佇まいで一度閉めた筈の言葉を繋げた。



「…と先程言ったものが主な理由ですが…今まで修行に行くことを拒んでいたのは他にも理由があります」


「ぐす、…え?な、なに…?ひっく、」


「俺が居ない間はさぞ好きなことが出来るでしょう。蜜柑食べ放題、サツマイモ食べ放題、調子に乗り放題、地面に穴を開け放題、珍しい食材を買い放題、派手な装飾品を買い放題、酒を飲み放題…」


「あ、…あはは…は、長谷部………?」


「頼みの綱の近侍は普段は仕事熱心で良くも悪くも周りに無関心ですが、蜜柑の事になると思考がズレます。つまり「放題」だらけです。それが分かっていながら俺が笑顔で「いってきます」とでも言うと思いますか?おい聞いているのか後ろにいる野次馬共」


「「「「「いってらっしゃい!!!!」」」」」




ペラペラペラペラと止まらない長谷部のお小言ならぬ、経験済みとでも言っているかのように…いや、実際痛いほど経験済みなのだが、そんな永遠に続きそうな彼の言葉を聞いた珊瑚の瞳と喉は面白いくらいに涙と嗚咽が引っ込み、いつの間にかいたらしい大倶利伽羅と鯰尾以外の「放題」刀剣達は焦ったように揃って「いってらっしゃい」と大声を張り上げた。

そんな大声と共に騒がしく始まったいつも通りの追い掛けっ子の音が響くこの本丸は、色々と問題が起きながらもやっぱり何よりも大切な場所だなと笑う珊瑚と、屋根の上で「もう自分がサポートをする事はほぼほぼないな」と嬉しそうに笑っているこんのすけの姿があったのだった。


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