風車といつかの約束





あれから暫くして、無事に藤堂から「諸々解決出来た」と聞いた珊瑚と大倶利伽羅は現在、伽羅助を藤堂に返す為に現代の実家に来ている所だ。
しかしこうなる少し前に、実はとても微笑ましい光景があって…



「伽羅助、いい子に育つんだよ…遊んでくれてありがとうな!…はい、これは俺からの贈り物」


「んー!あいあー!」


「あはは!どういたしまして!…元気でな!」



そんな事があり、こうして現代へと来る前に本丸で見送りをしてくれた鯰尾から貰った風車を大切そうにずっと握っている伽羅助を毎度の事ながら膝の上に乗せた大倶利伽羅から挨拶をされた藤堂は「意外だ…」といった表情で驚いていたのは、まだ記憶に新しい。




「すみませんね藤堂さん…まさか母さんが預けた秘密箱っていうのがそんな難解な物だと思ってなくて…」


「あぁいえいえ!それだけ中身も重要な物でしたので、お気になさらず。…それにしても…はぁ、全て丸く収まって本当に良かったです…改めて思いましたが、何処までも凄いお方でした…」




どうやら祖母が遺書で藤堂に開けさせたその秘密箱というものは物凄く開けるのに苦労するものだったらしい。
しかし珊瑚達から連絡を受けた藤堂はそれを必死に解読して開けることに成功。
そこに入っていた手紙の通りに事を進めてみたところ、なんと政府は珊瑚の事をすんなりと諦めたのだと言う。



「えっと、藤堂さん、その手紙の内容なんですけど…どんなものだったんですか?何か政府の人が私の本丸に来て、長谷部の持っていた護符を見た途端に頭を下げて帰っていったんですけど…」


「あぁ、あれはですね…手紙の内容を読めば分かるかと思います。少々お待ちくださいね…」




どうして伽羅助を使ってまで、母を説得しようとしてまでして自分の血族を欲しがっていたあの政府が諦めたのかも気になるが、珊瑚がそれと同じくらい気になっていたのは、実は藤堂から連絡が来たと長谷部に言われた後に政府が本丸へと来ていた事だった。

突然来るなり、「護符はありますか」と聞かれた珊瑚が何のことかと思っていれば、早足で現れた長谷部がそれを見せ、それを確認した政府は頭を下げてさっさと帰ってしまったのだ。
長谷部に聞いても「藤堂さんから聞いて下さい」と言われ、結局珊瑚はその事がずっと引っかかっていたまま今に至る。

その事を珊瑚が藤堂に伝えれば、藤堂は鞄から手紙を取り出して珊瑚へと渡してくれた。
それをお礼を言って受け取り、隣にいた大倶利伽羅と共にそれを読んだ珊瑚と大倶利伽羅は驚いて目を丸くしてしまい、珊瑚本人はそれを藤堂に問う。




「え?!私の霊力って遺伝じゃなかったんですか?!」


「「手紙」にはそう書いてありますよね」




手紙を読み終わり、何故珊瑚と大倶利伽羅が驚いたのか。それは勿論その内容に理由がある。
その内容というのは…



−…珊瑚の力は私からの隔世遺伝ではなく、私が本丸内に術を印した護符を置き、幼い頃の珊瑚を遊びに来させて徐々に時間を掛けて受け渡したものです。
そうした理由は私の娘が霊力を持たなかった事が主な理由です。
どうやら私の力は特殊で膨大故、遺伝として残すことは不可能で、こうして誰かに力を譲渡する事も私本人でなければ出来ない事も分かりました。
お世話になっていながら、世代を超えてのお力添えが孫の珊瑚以降出来ないこと、心からお詫び申し上げます。…−



…という内容だったからだ。
つまりこの内容からすると、珊瑚の力は祖母からの遺伝ではなく、祖母の力を直接受け取った物だと言うことが分かる。
そしてその手紙に書いてある通り、本丸に護符もあったことからこの手紙の内容が真実なのだと政府が認めて諦めざるを得なかったのだろうことも、分かる。

しかしそれにしたって情報がいきなり過ぎて正直着いていけない珊瑚が再度藤堂を見れば、何故か彼はどこか楽しそうに笑って意味深な事を言っただけだった。
その事に首を傾げて言葉を失ってしまえば、それを同じく面白そうに笑って見ていた母親がやっと珊瑚達に助け舟を出す。




「そんなの母さんの大嘘よ、大嘘。あんたは正真正銘、母さんからの隔世遺伝よ。当時本人もそう言ってたから間違いない」


「え、え?!でも手紙には違うって…」


「…すまないが、説明を頼めるか…?」


「簡単なお話です。…政府が知らない、あの方の凄い所といえば、何でしょう?」


「……まさか………」




母親からの情報と、藤堂のヒント。
それを聞いた珊瑚と大倶利伽羅は揃ってもう何度目か分からないその瞳をまた丸くさせ、何かに気づいたようにはっ、と息を飲む。

その答えはつまり、祖母は遥か昔から予知を使ってこの事を知り、その時からこの事を解決させる為に準備をしていてくれたという事。
政府を騙す為に、本当は何の意味もない護符まで用意して、だ。
そこまでして自分と長谷部の選択とは真逆の選択をした珊瑚と大倶利伽羅を助けくれたのだ。
状況だけではなく、その「想い」までも、彼女は認めて守ってくれた。




「………っ、おばぁちゃん、凄いね……!やっぱ、敵わないなぁ…っ!」


「……そうだな…頭が上がらない」


「…それは、私もですよ、大倶利伽羅くん」


「?…どういう…」




あんたの選択は間違っていない、だからあんたはあんたが思う通りに、あんたらしく生きて人生を全うしなさいと…祖母が天国でそう言ってくれている気がして。
ぽろぽろと嬉し涙が止まらない珊瑚の背中を擦りながら同じような感情を抱いて優しい表情をした大倶利伽羅の言葉を聞いた藤堂はそれは自分も同じだと言った。

その言葉の続きが気になった2人が藤堂へと顔を向ければ、そこには笑って大倶利伽羅の膝に乗っていた伽羅助へと手を伸ばして優しく抱き上げた藤堂の姿があり、そんな藤堂はきょとんとしてしまっている珊瑚と大倶利伽羅に深く深く頭を下げると、どこか吹っ切れたようなスッキリとした表情でその言葉の続きを言った。




「この子をこれ以上政府の思い通りにはさせません。今まで子宝に恵まれず、こんな歳になってしまいましたが…この子は…私が妻と共に大切に育てます。出来るだけこの世界には関わらせずに」


「…藤堂さん…!」


「あはは!それがいいわね!困った事があったら私に言いなさいな藤堂さん!こんな頑固娘を育てた私はさぞかし頼りになるでしょうよ!」


「が、頑固娘?!もうちょっと言い方ないの?!」


「…ふ、…確かに頑固ではあるな」


「くーくんまで?!!もう!!」




それから。
藤堂の優しく心強い決意と共に、からかいも混じって明るく楽しい笑い声に包まれたその空間は暫く続き…珊瑚の父親が帰ってきてから他愛も無い会話をしたり、食事をご馳走になったりした珊瑚と大倶利伽羅は、「皆が待っているから」と藤堂よりも先に席を立った。



「…じゃぁ…皆が待ってるし、私達は先に帰るよ。また顔を出しに来るから!」


「今日は世話になった」


「あれ?もう帰るの?はいはい分かったわよ。それなら他の刀剣男士にもお土産持っていきなさい。ご飯作りすぎちゃったから」


「あ!それ皆喜ぶと思う!ありがとうお母さん!」


「大倶利伽羅くん、またいつでもおいで。僕は君の話も、伊達政宗公の話ももっと聞きたいからね!」


「…あぁ」



時間が経ってしまったというのもあるが…楽しい時間というのはあっという間で、それこそいつまでもこの場にいれば、それだけ伽羅助…いや、きっと藤堂によって願いのこもった素敵な名前を貰うのだろう、子供との別れが辛くなってしまうから。

だから、いつの間にか眠ってしまっていた子供が起きない内に…各々挨拶をして、母が料理を包んでくれている間にさっさと支度をしてスムーズに帰ろうとしていたのに…




「…ん、…うう、…やぁ、だ!」


「……あらら、起きちゃったか…」


「……」




物音で起きてしまったのか、或いは何かを感じて起きてしまったのか。
帰ろうとしている珊瑚と大倶利伽羅の後ろ姿を見て、藤堂の腕の中から必死にそちらへと風車を持っていない方の手を伸ばして涙を溜めている顔を見てしまった珊瑚と大倶利伽羅は後ろ髪を引かれる思いで目を細めてしまう。

そんな2人の様子を見てか、気を利かせてくれた母親が急いで料理を包んで珊瑚に渡してくれたので、2人は少し無理矢理な気持ちで背中を向けてリビングの扉を開ける。

すると………




「…くうー!」


「っ…」



聞こえてしまった…小さな子が必死に大好きな人を呼び止めるその声を聞いた途端。
その声に思わず隣にいた大倶利伽羅へと視線を向けた珊瑚はその後驚いたように目を見開くと、やがてそれをゆっくりと細めて優しく笑ってしまう。

そんな大倶利伽羅をその場にいる全員が黙って見守っていれば、大倶利伽羅は何も言わずに子供の方へと1人歩いて目の前に立つと、ゆっくりとしゃがんで子供が持っている風車にそっと息を吹き掛けた。




「…風車は、こうやって使うんだ」


「んー?……わぁー!」




大倶利伽羅が息を吹き掛けた事で、くるくると回り始める風車を見た子供が涙を止めてキラキラとそれを眺める様子を安心したように優しい目で見つめた大倶利伽羅は、回る風車に夢中になっている子供の頭にそっと手を置いてやる。

すると、大倶利伽羅のその行動が嬉しかったのだろう子供が嬉しそうに風車から大倶利伽羅の方へと視線を移せば、大倶利伽羅はその視線を金色の瞳で真っ直ぐ受け止めると、ゆっくり…はっきりと声を紡いだ。




「…お前は…強く生きろ……しっかりと未来を繋げろ」


「んー?」


「……俺との約束だ。…出来るか?」


「あいー!」


「…いい子だ」




まだほぼ何も分からない、小さな小さなその子が、言葉の意味を理解出来たとは思えない。
でも、でもそれでも、その言葉は確かにその子の耳に入って、繋がった。
まるで…回る風車のように、巡り巡って、それはいつか必ずその子の力になるのだろう。

そしてそれはきっと、その場にいた全員が…何よりその後笑顔で手を振って見送ってくれた子供が…「伽羅助」の心の中で、胸の中で響いて、証明してくれる。





(いいなぁー…私も最後に名前呼ばれたかったなぁ〜)


(それは残念だったな)


(…あ。今笑った)


(別に笑っていない)


(くーくん実は子供好きでしょ?)


(………好きかどうかは知らないが…)


(うん?)


(…悪くは無いな)


(ふふっ、素直じゃないなぁ)





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