強さと約束



「……おい、あったか?」


「少し待て……っと、……!あった!」


「…?護符、か?」


「そのようだが……うーん、藤堂さんの方も確認しないとこれが何なのかは分からんな…」




あの時、泣き崩れた長谷部が落ち着くまでその場の全員がその背を摩ったり頭を撫でたりとしていたのだが、落ち着いてすぐにいつものシャキッとした姿勢に戻った長谷部は、「すぐに調べます」と直角90度のお辞儀を数回繰り返して珊瑚の母親に挨拶した後、皆で本丸に帰って大倶利伽羅と共に自分の部屋にある茶箪笥を調べている所だった。

かなり大きいその茶箪笥の三段目の引き出しを大倶利伽羅に抜いてもらい、持ち上げてくれている間に隈無く探せば、遺書に書いてあった通りに裏側にテープで貼られた護符のような物を見つける。
その護符を手にした長谷部と大倶利伽羅がどういったものか想像してみるが、書いてある文字もよく分からずに結局判断は藤堂の方で指示されていたものの報告をもらうまで分からず終いとなってしまった。

しかし、愛した人が施したのだろうその護符を大切そうに目を細めて眺める長谷部を見た大倶利伽羅は、少し間を開けてから静かに声をかける。




「……長谷部…」


「?…何だ?」


「…その…今日はもう休んで構わないが…」


「!ははっ、なんだ?俺を心配してくれているのか?大丈夫さ、恥を捨ててお前達の前であんなにも泣きじゃくったんだ。お陰で今は随分と気分が良い」


「…なら、いいが…」




上手く言葉をかけられはしなかったが、大倶利伽羅なりの心配が分かった長谷部は軽く声を漏らすと柔らかい笑顔を見せる。
そんな長谷部の顔を見て安心した大倶利伽羅がホッと胸を撫で下ろせば、長谷部は一度目を伏せ…その後ゆっくりとその瞳を開くと、目の前にいる大倶利伽羅へと向き合ってある質問をした。




「俺達は、仕えるべき人に抱いた想いは同じでも、選んだ方法はまるで真逆のものだ。それをあの場で聞いて…俺とあの人の結末を知って、それでお前は何を思った?」


「……俺は……」


「…………」


「………悪いが、あんたのその行動は…俺には理解出来ない」


「…はぁ、お前はもう少し言葉を…、」


「だが…」


「?」




自分のした事と、その結末をあの場で知ってどう思ったのか。
それを長谷部が大倶利伽羅に問えば、大倶利伽羅は少し悩んだような表情をしながらも素直にそう口にする。
その容赦ない言葉にグサリと刺された気持ちになった長谷部が「せめてもう少し言葉を選べ」と言いかけるが、どうやら大倶利伽羅にとってはまだその言葉に続きがあったらしい。

その言葉が何なのか想像がつかなかった長谷部が思わず首を傾げてしまえば、大倶利伽羅は真剣な表情で真っ直ぐ長谷部の方へと顔を上げ、口を開く。




「それもあんた達にとっては正しい選択なんだと、思う」


「!」


「俺は、嫌だと思った。珊瑚がそう望んでいるからというのもあるが……もし俺があんたのした選択を選ばなければならないのだとしたら……俺は、きっとあんたのようにやれない」


「………大倶利伽羅…」


「あんたのように、己の心を殺して、恋い慕う相手の…人間としての幸せや、後の世の為まで考えて……他の男との子孫まで慕って面倒を見る程の覚悟は、俺にはない。…だから、俺は…」


「……」


「…あんたは「強い」と、思った」




その言葉こそ何よりも強くて、その金色の瞳こそ何よりも強くて。
そんな大倶利伽羅から発せられたことを全て真正面から受け止めた長谷部は目を丸くして言葉を失う。

まさか、あの馴れ合うことを好まない…何を考えているのか分からなかった、あの大倶利伽羅からこんな言葉をもらえるようになっていたとは。

それもこれも、全てそれがこの本丸に来たことと、珊瑚と出会ったからなのだということと…そんな日々を皆と共に過ごしてきた結果なのだろうと…そう思った瞬間。




「っ…あっははは…っ!」


「…何か可笑しいことを言ったか…?」


「いや、言っていない、っ、すまん、はははっ、」


「……」




まるで…檻に掛けられた硬い南京錠が弾けて砕かれたように。
開いた檻から感情がぶわりと広がって押し寄せてきた長谷部はそれに耐えきれずに腹を抱えて笑ってしまう。

そんな長谷部をムスッとした表情で黙って眺めてしまう大倶利伽羅だったが、だからと言ってこれ以上何かを追加で言えるかと言えばそうではなく、彼なりに気を遣って言葉にしたのはもうこれが限界だった。

すると、そんな大倶利伽羅の事をきちんと分かっていたのだろう長谷部はいつの間にか自分で落ち着きを取り戻すと、大倶利伽羅に背中を向け、振り返らないままこう告げる。




「…俺とお前の「想い」の強さは同じだろう。この俺が折れなかったんだ、なら…お前も折れるな。己を信じて寄り添い続けろ」


「!」


「…俺からすれば、お前も「強い」…付き合わせて悪かったな。主と陸奥守に話があるんだろう?今頃は一緒だろうからな。時期を見てそれぞれの所へ行ってこい」


「……長谷部、」


「…何だ?」




背を向けたままだから、後ろにいる大倶利伽羅がどんな顔をしているのか…それは長谷部には分からない。
しかし、分からないとしても、どう思っているのかは言葉では言い表せなくとも伝わってきた長谷部が振り返らずに返事をすれば、後ろにいる大倶利伽羅から鳴らされた二つの音がその耳に届く



それは…ゆっくりと擦れる襖の音と、




「用意は、しておく」




まるで…お見通しだとでも言うように告げられた大倶利伽羅なりの礼だった。




「…あぁ」




その用意とは一体何を意味することなのか。
それはきっと、お互い静かに背を向けている長谷部と大倶利伽羅の二振りの刀にしか分からない事で、そして何よりも…その真逆の二振りだからこそ分かっていれば良い事なのだろう。

















「…ねぇねぇむっちゃん。また単刀直入なこと言ってもいい?刀だけに」


「…えいよ。この極の陸奥守吉行ゆう刀に何でも話しとーせ」


「…私、長生きするかもしれないし、しないかもしれない」


「がっはっは!どっちや!」




高い高い、丘の向こうにある桜の木が良く見える屋根の上。
大倶利伽羅と長谷部が話している間、帰ってきて一番に会いに来た珊瑚とそんな屋根の上で話していた陸奥守は、隣にいる珊瑚の言葉を聞いて明るく笑う。

長生きするかもしれないし、しないかもしれない。
そんな当たり前のことをどういう経緯で話しているのか陸奥守が聞けば、珊瑚は吹いた風でふわふわと揺れる髪と共に気持ちよさそうにその風を受けて目を閉じると、空を見上げたままその続きを話し出す。




「おばあちゃんみたいな凄いものじゃないけど…私も予知、出来てるのかもなって」


「…伽羅助のことか?」


「あはは!むっちゃんにはお見通しだったか!…うん。あの時むっちゃんに言ってた夢の話。…実は伽羅助にそっくりなんだよねぇ」


「…ほんで?その次は自分の死ぬ時でも見よったんか?」


「……あやふやーな感じでね!まぁでも確かじゃないよ。ただの夢だし。占い感覚かなぁ」




珊瑚が言ったのは以前2人で炬燵に入っていた時に緩い雰囲気で話していた事だった。
そしてそれは今も同じで、突拍子もない…容赦のない内容のことを言っているのにも関わらず、その雰囲気はとても緩い。

ふわふわとお互いその癖の強い髪を靡かせて、目を合わせることもなく。
占い感覚かぁ…と呟いた陸奥守に珊瑚が返事をすることも無く。
ただただ2人、屋根の上で気持ち良さそうに風を受けて目を閉じる。





「…むっちゃん、あの約束忘れないでね」





どれだけそうしていたか、どれだけ時間が経ったのか。
そんな事も分からないくらい緩い空気の中で…まるで吹いている風と同じように、流すように。
「約束」という言葉を珊瑚が発したと同時に、同じタイミングでゆっくりとお互いが目を合わせれば、陸奥守はいつもの明るい笑顔を向けて頷く。




「わーかっちゅーよ!安心せえ!わしは珊瑚の初期刀やきな!その通りに初めからずっと傍におるろう?…やき、おまんの「終わり」はわしには関係ないことぜよ。…それでええがやろう?」


「…うんっ!」


「まぁほんでも、どぉーーせ「また」会えるやろうしな!がっはっは!!」


「あはは!それは予知関係なしに分かってる事だからね!予知よりも確実な事だよ!」


「おまんの婆さんも形無しじゃのぉ!がっはっは!!……いかん、今寒気がしよった。おー怖…」


「……ぷっ、!あははは!!」




その約束とはどんなことで、何のことを言っているのか。
それもまた大倶利伽羅と長谷部と同じで、今この場にいる2人だけが分かっていればそれで良いのだろう。

高く高く、屋根より高く。
まるで太陽まで飛んで、その先の遠い遠い未来まで届くかのような明るい笑い声が、今日も大好きなこの本丸に響き渡ったのだった。



BACK
- ナノ -