最後の我儘



母さんの遺書がまた見つかった。
そう言われた珊瑚はすぐにそれが生前に祖母が母に手渡していたものとはまた違うものなのだと気づいた。

そして、つい心配になって長谷部の顔を横目で見てしまえば、その瞳は大きく見開かれてはいるものの…冷静さは失わずに保っている。
長谷部からすればきっと…深く事情を知らない大倶利伽羅に悟られたくないのだろうが、そのお陰もあって冷静にもなれているのだろう。
そんな横顔が見えた珊瑚は何も言わずに視線を母へと戻す。




「なんでか分からないけど、この間急にあんたの部屋を片付けたくなってね…その時にクローゼットの奥から見つけたのよ」


「えっ?!わ、私の部屋から出てきたの?!おばぁちゃんの遺書が?!」


「私だって驚いたわよ、今まで何度かあんたの部屋は片付けてたけど、今の今まで出て来なかったんだから!…っと、それでね、私はお父さんと先に読ませてもらったんだけど…その遺書ってのが、これなの」




遺書が見つかった場所がなんと自分のクローゼットの億だったという事に驚いた珊瑚だったが、その後の母親の話を聞いた時に、まるで出てくるタイミングを見計らっていたような気がして、改めて自分の祖母の凄さを思い知る。
もしかしたら今この時に出てきたのが偶然だとしても、それでもやはり祖母は何処までも遠い。

そんな事を思いながら母から渡された遺書を丁寧に広げた珊瑚は、大倶利伽羅と長谷部に目配せをすると、ゆっくりとその文面を読み上げる。




−…この文をあんたらが読んでいるということは、今現在あのお堅い政府の老害の所為で困っているという事だろう。
どうやら事の発端は私の力を受け継いだ珊瑚の遺伝子が目的のようだね。
あまり言いたくはないし見たくもなかったんだけど、私が死んだ後にあんたらがどんな運命を辿るのかは予知で把握している。
なので、私の予知が正しいものだった場合は今からここに書いてある二つの事をやってみなさい。


一、藤堂には会ったね?なら、あいつに「箱を開けろ」と伝えなさい。

二、長谷部、あんたの部屋に茶箪笥があるね。その三つ目の引き出しの裏を確認するように。


最後に一言。
珊瑚、折れるんじゃないよ。…−





「……っ…おばぁちゃん……全部分かってたんだ…」


「……驚いたな……」


「…うん……」



どこまでもあの人は自分達の未来を知っていたのかという事と、そんな自分達の為にどれだけの策を用意してくれていたのか分かった珊瑚は驚きでしどろもどろになる口元を半ば無理矢理動かして何とか最後まで読み上げた。
その内容を聞いた大倶利伽羅も、珊瑚と同じく目を丸くして驚いており、長谷部に至っては目を伏せて何も言葉を発することが無い。

遺書というよりも手紙と言った方が近いのだろうその紙を噛み締めるように大切に持ったまま、大丈夫だろうか…と長谷部の様子を伺っていた珊瑚だったが、それは珊瑚の母親が立てた何かの音によって一度思考を遮られてしまった。




「…長谷部くん。噛み締めている所悪いんだけど、あんたが本当に噛み締めて欲しいのはこっちなのよ」


「!…は、い…?と、言いますと…?」


「…母さんから少し聞いていたけど、聞いていた通りあんたは1人で色々抱え込んで背負い過ぎる所があるみたいだから、申し訳ないけど今この場で…大倶利伽羅くんと珊瑚がいる前で私が読み上げさせてもらう」


「っ…?」


「その遺書…てかまぁ手紙か。それと一緒の封筒にもう一枚入ってたのよ。…長谷部くん宛に」


「!えっ…?!」




長谷部くん宛に。
そう言って、カサカサと手紙を取り出した珊瑚の母親はそれを丁寧に広げると、まだ状況を上手く飲み込めていない長谷部へと体を向け直すと、ゆっくりはっきりと…まるで一語一句伝え漏らさないようにといった様な話し方でその内容を読み上げた。




−…長谷部へ

珊瑚の元で元気にやっていますか、夜中に時折ふと泣いていたりしませんか。
貴方には沢山の我儘を言って、主の私が死んでからも苦労を掛けてしまっていると思います。
それでも私は貴方がずっと私の事を想って、私の願いを最後まで叶えてくれるということを知っています。
ごめんなさい、そしてありがとう。

…なんて素直に言うと思ったか、この堅物が。
もう私は死んでいる筈だからこの際ずっと言いたかった事を言わせてもらうけどね、私の心を鷲掴みにした癖に、他の誰かと子供を作れだの人間としての幸せな人生を全うしろだの自分勝手な事を叩きつけたんだ。
その分の報いはそれこそあんたもしっかりと全うするんだね。

でもね、そんなお陰で私は娘も孫も出来て、随分と人間としての些細ながらも確かな幸せをもらったんだ。
それはあんたが私への気持ちを押し殺して隠れて泣きながら無理矢理願ったんだということも、ちゃんと分かってる。
あんたは確かに堅物で、忠義心が強過ぎて真面目過ぎる。
でも私はそんなあんたが近侍でいてくれたから、愛してくれたから人間としての幸せも、審神者としての幸せも、「刀」を好きになった幸せも…これ以上ないくらいの全部の幸せをもらった。

だから勘違いするんじゃないよ、あんたは何も間違っていない。
あの時のあんたの選択も、今のあんたの選択も、何一つ間違ってやしないんだ。それは私が保証してやる。
目の前で自分と全く違う選択をした珊瑚と大倶利伽羅に対して思う所があるんだろう、でも私からすればそれだって間違ってやしないんだよ。
絶対に誰もが頷く正しい幸せなんてどこにもありゃしないんだ。
本当に正しいのは、本人達が望んだ、本人達だけの幸せなんだよ。

…私も素直じゃないからね。
本当は死ぬ前に…審神者を引退した時に追い出す形であんたを他の本丸に送る前に、直接言えれば良かったんだけど。
それからあんたに一度も会わず、死んでからこんな形で伝える不器用な私をどうか許しな。

それと、本当にこれが私からの最後の我儘だ。…−






「………次に会った時こそ、絶対に私と結婚しろ」






確かに、聞こえた。
いつも凛として、体に一本の刀が入っているかのように姿勢を正して、真っ直ぐ前を向いて。
縁の下の力持ちという風にどんな時でも力になってくれて、支えてくれて。
父のように皆を怒鳴ったり褒めたりする長谷部の方から…





「う…………ふっ、…ぁ…あぁ…っ!!」





弱々しく、震え、掠れ、必死に口元を抑えている指の隙間から漏れる小さな小さな声が、確かに聞こえた。
自分宛ではないけれど、それでもその想いが痛い程伝わってきて、ぽろぽろと何度も零れ落ちる涙のせいで全く目の前が見えないけれど。

それでもそのゆらゆらと歪んだ視界の先にいる長谷部が顔を真っ赤にして涙を流している事は分かって、また涙がとめどなく溢れて止まらない。

自分の祖母とそういう関係だった事は知っていた。
それが辛かったのだろうということは分かっていたつもりだった。
だからこそ、今自分の隣にいるくーくんとの事を最初に猛反対した事も、分かってるつもりだった。

でもそれは結局「つもり」だけで、完璧に分かってあげることなんて不可能で。
どれだけ袋に想いを詰め込んでいたのかも、どれだけパンパンに膨れて破ける寸前だったのかも、自分は傍にいてもらいながらも分かってあげられていなかった。





「っ………ぐ、………ぅ、…………!ぁぁ、あ…!」





震える、震える。
視界も、唇も、指先もカタカタと震えて止まらない。
それを少しでも抑えたくて、目の前の長谷部の震えも抑えてやりたくて。
咄嗟に隣にあった大倶利伽羅の手を掴んだ時に感じたその感覚が同じ「震え」だった事に気づいた珊瑚はその手を力の入らない手でぎゅっと握る。
すると、それよりも強くはあれど、やはり震えたままの大倶利伽羅の手もまたそんな珊瑚をぎゅっと握り返したと同時に…その手と同じくらいに震えた2人の声が、日が沈んで暗くなり始めた静かなリビングに灯りを灯す。




「「っ…いつも…ありがとう、長谷部…」」


「おれ、も………っ、ありが、とう……ございます…っ!」




受け取った自分宛の手紙を抱き締めて。
その震えた体を抱き締めて。
その震えた肩に手を置いて。

弱々しくも、確かに繋がって伝わった気持ちは、どんな灯りよりも淡く強く…不確かながらも確実に光を灯した。




必要としてくれて、幸せにしてくれて。
想ってくれて、ありがとう。



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