遺書



「…………俺にどうしろと…」




伽羅助がこの本丸に来ていくらか経った日の昼下がり。
縁側に胡座をかいて座っている大倶利伽羅は少しばかり寒くなってきたと感じる温度のそよ風を受けながら、自分の足元ですやすやと気持ち良さそうに眠っている伽羅助に戸惑っていた。
どうしてこうなっているのかと言えば、それは少し前まで一緒に庭を眺めていた珊瑚に電話が掛かってきてしまった為。

少しばかり風が強くなってきた気がするが…寒くはないだろうか?それと自分の腹の一部が濡れていて冷たいのだが、これは涎だろうか。
そんな事を考えながら行き場のない両手をどうしようかと悩んだ末、何故かその手で蛙を作ってしまっていたことに気づいた大倶利伽羅は自分自身に呆れたため息を吐いてしまう。


知らぬ内にこれが癖になっていたらどうしたもんかと。




「…珊瑚はまだか…」


「んー……」


「!…起きたか…?」




大倶利伽羅が無意識で自分で作り出した蛙を見て困惑していれば、伽羅助が足元でもぞもぞと身動きをしたことに気づいてふと下を向く。
すると、伽羅助は眉間に皺を寄せてフキゲン極まりないと言った様子でぐずり始めてしまい、それを見た大倶利伽羅は思わずサーーーー…と顔を青くしてしまった。
正直このまま泣かれても自分はどうしてやればいいのか分からないからだ。

しかし、そんな大倶利伽羅の不安も虚しく、案の定泣き始めてしまった伽羅助は大倶利伽羅の足の上でばたばたと駄々を捏ねる。




「っ……どうすれば…」


「…あ。大倶利伽羅さん、何かお困り?って…あらら、伽羅助がぐずっちゃったんですね」


「!鯰尾か……すまないが任せてもいいか」


「お易い御用ですよー。ほら、おいで〜」




すると、偶然通りかかったらしい鯰尾がぐずってしまった伽羅助に大倶利伽羅が困惑している姿を見るや否や声を掛けてそんな大倶利伽羅に助け舟を出してくれ、大倶利伽羅はホッと胸を撫で下ろすように鯰尾に伽羅助を預け、受け取って抱き上げた鯰尾は慣れた手つきで「あぁ、これは多分おしめじゃないですかね」と閃いたように言う。

そしてそのまま部屋の隅に置いてあった袋からおしめを取り出してテキパキと変えていき、あっという間に伽羅助の機嫌が直った様子を見た大倶利伽羅は思わず感心の眼差しを鯰尾に向けてしまった。
すると、それに気づいた鯰尾はドヤァ…といった表情で「えっへん!」と胸を張る。




「伊達に毎日兄ちゃんやってないですよ〜…っと言ってもおしめなんて変えたことなかったんですけどね!あはは!こうなるだろうと思って、昨日主に教わっといて良かった〜。今の時代って本当に便利ですよね!」


「…すまん、助かった」


「いえいえ!…というか、主はどこ行ったんですか?」


「珊瑚なら…」


「……私ならここです……」




確かにおしめなんて変えたことがあるわけないだろうが、普段から粟田口の脇差として短刀達の良き兄である鯰尾は子供の扱いも上手いもので、伽羅助を抱いたまま「ぐるぐる〜!」と一回転して見せると、楽しそうにきゃっきゃとはしゃぐ伽羅助と同じように楽しく笑っている。

そんな鯰尾から珊瑚はどうしたのかと聞かれた大倶利伽羅がその行き先を答えようと口を開くが、それは突然の本人によって遮られる。
そしてその声がした方へと大倶利伽羅と鯰尾が向けば、そこにはげっっそりとした珊瑚と長谷部の姿があった。




「……何があったんだ…」


「………お母さんからの電話だったんだけどね……いやぁ…」


「訳あって大層御立腹でな…今から伺うことになったんだが……出来れば大倶利伽羅も呼べと仰っていてな。…どうする?」


「……分かった、俺も行く」


「それなら伽羅助は俺が面倒見てるんで、ちゃっちゃと用事済ませて来てください。あ、ついでに弟達のお土産もよろしくお願いします!」




何故そんなにもげっそりしているのかと聞けば、理由は分からないが何やらでんわを掛けてきた珊瑚の母親がそれはもう御立腹だったというらしい。
そして尚且つ呼び出しをくらったという事で今から現代に行くという珊瑚と長谷部の誘いに少し間を置いて了承した大倶利伽羅が立ち上がると、それなら自分が見ていると鯰尾が伽羅助の面倒を引き受けてくれた。

そんな鯰尾にお礼を言いつつお土産の事を二つ返事で了承すると、珊瑚達は重い足取りで現代に向かうのだった。













そして今現在。
急ぎだった事もあって今回は燭台切に長船の装いを借りずに現代でも違和感のないようにいつもの格好を簡単にした風貌でいる大倶利伽羅と長谷部は、もぐもぐと長谷部が用意していた手土産を口に入れている珊瑚の母親の前で正座をしてその話を聞いていた所だった。

そしてその話と言うのが政府についてのことだったのだが、珊瑚の母親はてっきり大倶利伽羅に珊瑚達が伝えているものとして「血族」云々の話をさぞ当たり前かのように自然な流れで話してしまったのだ。
途中でそれに気づいた珊瑚と長谷部が一度止めようとしたのだが、元々怒りが治まっていなかった珊瑚の母親の口は止まることはなく、話を聞いた大倶利伽羅は「話が見えない」と困惑してしまう。




「…話が見えないんだが」


「は?え、何よあんた達、大倶利伽羅くんに話してなかったの?!」


「…落ち着いた時に話そうと思ってた」




珊瑚の母親の話だと、どうやら政府は一度ではなく二度三度と珊瑚へ見合いの話を持ってきているらしい。
そしてその度に怒鳴り散らして追い返していたらしいのだが、ついにこの間見合い写真まで持ってきたことで等々怒りが頂点に達して今に至るのだと言う。

つまりだからってどうして珊瑚達が呼び出されたかと言えば…




「憂さ晴らし」も含めての理由だった。




「はぁっ、全く可哀想に…!変な気を遣うんじゃないわよ、この子強いんだから。それにしても長谷部くんも苦労人ねぇ〜…何十年経っても外見が変わらないのは女として羨ましいけどね」


「…っ…すみません…真面にご挨拶も出来ませんで…」


「あぁいいのよ、私もあんた達が来てすぐに愚痴を淡々と吐いちゃったわけだから。…というか話を戻すけど、そこで唖然としてる大倶利伽羅くんに変な気を遣う必要はないからね。それは私と主人が保証する」





政府が珊瑚の血族を欲しがっている…つまり、あの本丸強襲事件の末にすっかり霊力が高まった珊瑚の遺伝子を次の代にも残したいと考えている政府の企みを丸々そのまま大倶利伽羅のいる場で話してしまった珊瑚の母親と、唖然としてしまっている大倶利伽羅を前にした珊瑚と長谷部は何とも言えずに気まずい雰囲気を漂わせてしまっていたわけだが…

そんな2人を見た珊瑚の母親は「何がまずいんだ」と思いっきり顔に書いた様子で呑気に長谷部からのお土産を再度頬張ると、改めた長谷部への挨拶もそこそこに大倶利伽羅に対して絶大な信頼を見せ、それを気にした珊瑚が首を傾げて母親に事情を聞き出した。



「えっ…と、お母さん、それってどういうこと?」


「そんなのあんたが後で本人に聞きなさいよ。大倶利伽羅くんも、恥ずかしがってないであの時の事をその内この子に話してやってね。泣いて喜ぶだろうから」


「……っ…………承知した……」


「「?」」


「長谷部くんも色々気を回して心配し過ぎなのよ。だからいつまで経っても苦労が耐えないの。…ってなわけで、その話はここまで。本題に入るわよ」




自分達の分からない事で大倶利伽羅と母親が何の話をしているのか全く分からない珊瑚と長谷部だったが、そんなのは本人にから聞けと母親に一蹴されてしまうし、母親に「話せ」と言われた大倶利伽羅も罰が悪そうな顔をしながらも頷いた事から珊瑚と長谷部がそれ以上の追求をする事は出来なかった。

そしてその話を一旦保留にさせた珊瑚の母親は一度キッチンに戻って全員分のお茶を新しく用意すると、すとん…と珊瑚の隣に座り、途端に真剣な表情を見せる。
そんな母親の雰囲気に思わず唾を飲み込んで身構えてしまった全員は、次の瞬間大きく目を見開く事になる。





「どういうタイミングか…母さんの遺書がまた見つかった」




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