かえるさんげこげこ




「はい、あーん」


「んあー…」


「…はい!お利口さんだねぇ〜」



藤堂から子供を預かった次の日の朝。
子供と共に同じベッドで眠った珊瑚は現在、大広間で大倶利伽羅と3人で朝食を食べているところだった。
珊瑚と大倶利伽羅はいつも通りの朝食のメニューだが、子供用の物は燭台切が別で用意してくれた卵がゆで、その最後の一口を珊瑚から「あーん」とスプーンで運ばれた子供は良い子にパクリと食べてくれる。

そんな子供の頭をなでなでと優しく撫でている珊瑚を正直微笑ましいと思って見ていた大倶利伽羅だったが、食べ終わったタイミングを見計らってずっと疑問に思っていた事をやっとこの時口にした。




「………珊瑚」


「何?」


「………何故俺の膝の上で飯を食わせたんだ」


「だってこの子くーくんに凄い懐いてるんだもん。ね〜?」


「あぁい」


「………何故だ…」



…そう。
何故かこの子供は、珊瑚に抱かれたまま階段を降りた先で出会った大倶利伽羅を見た途端、笑顔を見せて両手を伸ばし、大倶利伽羅の腕の中へと行きたがったのだ。
すると、そんな可愛らしいアピールに戸惑いつつも大倶利伽羅が珊瑚から子供を渡されれば、途端に満足そうに大人しくなったというわけだった。

初めは気まぐれか何かだと思ったのだが、その後もずっとこの調子だった為に、珊瑚はそれならご飯を食べている時もお願いしようと、大倶利伽羅が朝食を食べ終わったとほぼ同時に胡座をかいて座っている大倶利伽羅の膝の上に座らせ、こうして最後までご機嫌でいてくれた子供にご飯を食べ終わらせることに成功する。




「…昨日はこんな事はなかっただろう…」


「それはあれじゃない?昨日は次郎ちゃん達が見てくれてたし…何だかんだくーくんはあの後1人で蜜柑畑に行っちゃったからこの子と顔を合わせてないし」


「…それも…そうだが……しかし悪いがこの後どうすればいいのか分からない…」


「うーん…いないいないばあとかしてあげたら?」


「…それは俺よりも陸奥守辺りに頼んでくれ」


「やっぱ無理があるか。あはは、ごめんごめん」



ご飯を食べ終え、こてん…と大倶利伽羅に体を預けてきゃっきゃと満足そうに笑っている子供を困ったように見下ろしながら珊瑚とそんな会話をした大倶利伽羅はその表情通りに心底困っているようで、隣にいる珊瑚の提案を素直に断る。

珊瑚も自分で言っておいてなんだが、確かに大倶利伽羅が子供相手に「いないいないばあ」などとしている姿は想像が出来ないし、したとしても笑ってしまうか、或いは惚れ直して胸を抑えて苦しむ自分の末路しか想像が出来ない等と珊瑚が考えている間にも、大倶利伽羅はどうすればいいのか分からない様子で取り敢えず自分の両手を子供に好きに遊ばせているので精一杯のようだった。

そんな大倶利伽羅の様子に珊瑚は少し可愛いと思ってしまうが、いつまでもそのままでは流石に申し訳ないと感じ、大倶利伽羅の手をいじっている子供に向かって何やら両手を前に出すと優しく声をかけた。




「それなら…ほらほら、お姉ちゃんの手を見てごらん?」


「?」


「かえるさーん。げこげこ!」


「あうー!こぉこぉ!」




珊瑚が子供に向かって両手を出すと、その手はみるみるうちに蛙のような姿を作り出し、それは器用にぱくぱくと口を動かす。
そんな珊瑚の手によって作られた蛙が気に入ったのか、子供は大倶利伽羅の膝の上から降りて珊瑚の方へと寄っていき、今度は珊瑚の膝の上へと乗る。




「……上手いもんだな…」


「実は大学…あーっと、歌を学んでる時にね、勉強としてこの位の子供達が集まってる場所で歌を歌ったりした事が何度かあるの。それでちょっとだけ慣れてて」


「そうだったのか…」




珊瑚が子供との遊びに慣れている事に素直に感心した大倶利伽羅がそう言えば、どうやら珊瑚はこの子供…つまり、大体二歳にもいかないくらいの子供達には慣れているらしい。
主に戦国の世を生きた大倶利伽羅に伝わりやすいように言い換えたが、それは詳しく言えば大学の授業中で保育園に何度か顔を出した事があるということ。
手で作る蛙もそこの先生に習ったものだったのだが、まさか珊瑚自身もそれがこんな所で役に立つとは思わなかったようだ。




「くーくんもやってみる?かえるさん」


「…俺は別に…」


「いいからいいから!はい、手を貸して!……えっと、こうやって、ここをこうしてー…」


「……」


「……はい!出来た!やってみれば簡単でしょ?」


「………そうだな…」




自分の膝の上でご機嫌にしている子供の笑顔で当時保育園の先生から習った時のことを思い出した珊瑚は懐かしそうに笑うと、隣で自分の手をじーー…と見ている大倶利伽羅に気づき、一旦蛙の手を止めて少しだけ無理矢理大倶利伽羅の手を取ると、器用に指を交差させて先程と同じ蛙を大倶利伽羅の手で作り上げる。

すると…大倶利伽羅が自分の手で作られた蛙を物珍しそうな様子で眺めているその整った横顔を見た珊瑚がほっこりとした気持ちで微笑んでしまえば、ふと肩を後ろから聞き慣れた声と共にポン!と叩かれて後ろを向く。




「おう!おはよーさん!今日もわしの可愛い妹と弟は朝から仲良しじゃのぉ!それとー…あー…子供さんもおはよーさん!」


「あうあ!」


「あ、むっちゃん!おはよう!」


「……誰が弟だ」


「がっはっは!照れるな照れるな!ところで…なんやその手は?」




朝から眩しい笑顔で挨拶をしてくれる陸奥守に珊瑚も同じくらい明るく笑って挨拶をすれば、その隣にいる大倶利伽羅は呆れたようにため息をつく。
しかし完全にそれを否定をしない辺り、何だかんだ仲良しだよなぁ…と珊瑚が思うと同時に、何やらいつもよりも陸奥守の様子がすこぶる明るく、何処か吹っ切れたような印象を受けた珊瑚はその事を気にしつつも、陸奥守から手のことを聞かれて思わず「げこげこ」と言いながら蛙の口をぱくぱくとさせる。
すると、その隣にいた大倶利伽羅も口では何も言わなかったが、そんな珊瑚に釣られるように同じタイミングで蛙の口を「げこげこ」と動かしてみせた。




「かえるさーん。げこげこ」


「…………」


「………かえるさん…ほお……」




そんな様子を目の前で見せられた陸奥守は初めはきょとん…と間の抜けた表情をしてしまったが、あまりにも予想外の可愛らしい大好きな2人の姿が嬉しかったのか、或いは口を動かす蛙が珍しかったのか。
その目をキラキラと輝かせると、「わしもやりたい!!」と珊瑚の隣にどか!と座って両手を差し出す。



「あはは!はいはい、ここをこうしてーこうやって、こう!はいかえるさーん」


「ほにほに!ははは!器用なもんやのぉ!げこげこ!」


「げこげこー」


「ほれ、大倶利伽羅も一緒に!げこげこ!」


「言わない」



陸奥守が珊瑚に蛙を教わり、皆で楽しく「げこげこ」とかえるの合唱を始めるが、誘われた大倶利伽羅は恥ずかしいのか、蛙の口は動かしてはくれるのだが本人の口ではどうしても「げこげこ」と言ってはくれない。

そんな大倶利伽羅に「くーくんらしい」と笑う珊瑚と、三匹に増えた蛙に嬉しそうにはしゃぐ子供の横で頬を膨らませた陸奥守は、隣にいる子供に向かって声をかけた。



「まっこと大倶利伽羅は恥ずかしがり屋じゃのぉ。なぁ?伽羅助ぇ」


「うー!」


「………………………は?」



突然。本当に突然。
珊瑚の膝の上にいる子供に笑顔を向けて、それはもう自然な流れで「伽羅助」と呼んだ陸奥守と、そんな陸奥守の問いかけに返事をした子供…いや、伽羅助?に思わず心からの「は?」を口にした大倶利伽羅は説明を求めて陸奥守の顔を見る。

すると、そんな大倶利伽羅と目が合った陸奥守は悪戯な笑みを浮かべると、伽羅助と呼んだその子供の頭を撫でながら大倶利伽羅への説明も兼ねて珊瑚にとある事を問いかけた。




「そうや!なんぼなんでもやっぱり名前がないと不便やろう?やき、伽羅助。どうじゃ?ええ案や思わんか?珊瑚」


「伽羅助くんねぇ…確かにそれなら現代に帰っても馴染まない名前だし、誰かが正式な名前をつける時も意識しないだろうし……」


「…おい…」


「くーくんにも懐いてるしね!うん!採用!!」


「お!良かったなぁ!珊瑚の許しが出たぜよ!なら、ここに居る間はおまんの名前は伽羅助や!なぁ伽羅助ぇ〜?」


「あいぃ!」


「…はぁぁぁ……………」




陸奥守の突然過ぎる命名にも関わらず。
少し考えてみればその名前が今の状況でベストな条件が揃っていたことに気づいた珊瑚は二つ返事でその提案を採用してしまった。

そんな…「改めてよろしくね伽羅助」と笑顔で子供…いや、伽羅助の頬を優しくつついている珊瑚と陸奥守を見た大倶利伽羅はそれ以上は拒否することも出来ず、諦めたように言葉を飲み込んだ代わりに行き場のない息を深く吐いたのだった。

ずっとやっていたままな事をすっかり忘れていた、自分の手で作られた蛙の口を思わず「げこげこ」と動かしながら。




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