土佐の星達



珊瑚と大倶利伽羅が大広間で皆を見守っている一方で。
別室に陸奥守と鯰尾、そして大倶利伽羅を覗いた伊達の刀を集めていた長谷部は今日あったことをありのままその場にいる刀剣男士達に話し終わったところだった。

それを聞き終わった全員が各々その表情を暗くする中、陸奥守だけは下を向いていてその表情がどんな物なのか分からない。
そんな陸奥守をチラリと横目で確認した鶴丸はふぅ…と息を吐くと、腕組みをして心底呆れたように言葉を発した。




「…まぁ何となく察しは着いていたがな。それにしても馬鹿らしい。…伽羅坊は知ってるのか?」


「いや、大倶利伽羅には俺から話すつもりはない」


「…うん。僕も今はそれがいいと思うよ。…それにしても、どうしてこうも僕達の本丸には面倒なことが次々と起こるんだろうね…」


「俺すげぇイライラしてきた」


「右に同じく。……陸奥守さん、大丈夫ですか…?」




鶴丸からの問いに長谷部が答えたそのタイミングで燭台切や太鼓鐘達が思っていることをつい吐き出してしまえば、鯰尾はそれに続きながらもずっと自分の隣で俯いている陸奥守に声を掛ける。




「………」


「……陸奥守さ、………っ?!」




しかし、それでも何も言わない陸奥守を心配した鯰尾が更に心配しておずおずとその顔を覗き込めば、そこにはいつも明るく笑って騒いでいる印象が強いあの陸奥守からは信じられない程の「怒」という感情が剥き出しになった表情があり、思わず鯰尾はその恐怖に身を強ばらせて固く口を閉ざしてしまう。

それぐらい怖ったのだ。
そのままでは血管が切れてしまうのではないかと思うくらいにその瞳は強く見開き…噛み締めているのか、唇からはじわりと血が滲んでいる陸奥守のその表情が。




「っ……すまんな!わしはちっくと散歩に行ってくるき。何かあったら後で教えとーせ!」


「……あぁ、分かった。…変な気は起こすなよ」


「……分かっちょる」



鯰尾の反応を見て、陸奥守がどれだけ怒っているのか他の刀剣男士も察したのだろう。
誰も何も言わずに静かに見守っていれば、陸奥守はふと顔を上げて立ち上がると、いつもの明るい笑顔で「散歩に行ってくる」と襖を開け、手をひらひらと振っていってしまう。

しかし、襖を閉める瞬間に言われた長谷部からの言葉に、一瞬だけ低い声を出した陸奥守はそれから一度も長谷部達の方を振り向くことはなかった。
そんな陸奥守の足音が遠くなっていくのを見計らった長谷部はため息をつく。
すると、それがまるで合図だったかのように一気に雰囲気が暗くなってしまった。
だが、鶴丸はそんな雰囲気をパン!と手を叩いてリセットさせる。




「まぁ何だ。あいつは主の初期刀でもあるし、兄妹のようなもんだからな。伽羅坊のことも良く気にかけてくれているわけだし、そりゃあんな話聞いたら怒るのも無理はない。…取り敢えず今はその藤堂って奴のくれた時間稼ぎとやらに乗る他ないだろう」


「…そうだね…それにしても政府は僕達だけじゃなくて、どうやら審神者の事も駒のように思っているって認識でOKなのかな?」


「政府の全員がそう思っているわけでもないだろう。まぁ大半はそうなんだろうが…少なくとも藤堂さんはそういう人ではない。それは俺が保証する」


「なら、俺達は伽羅の援護でもしてようぜ。伽羅っていつも寡黙で冷静だけど、感情はすげぇ豊かだし」


「伽羅坊は主の事になると好き故に色々考え過ぎる節があるからな。…まぁその分この本丸にいる誰よりも覚悟は出来ている筈だが」


「…なら、後は陸奥守くんの事だね…凄い怒ってたけど大丈夫かな…」




陸奥守がいなくなってしまった部屋で話を続けた面々は、政府の行動に怒りを通り越して呆れた感情を抱いていた。
怒りを通り越したのは自分達全員分といっても過言ではないくらいに陸奥守が怒っていたからなのだが…そのお陰で冷静に会話が出来ていることは今この場で唯一の救いなのだろう。

そんな流れで話題に出た藤堂という人物が信用に足る人物だと言うことも分かったところで、それなら問題は大倶利伽羅と陸奥守か…という雰囲気になったのだが、それは急に笑った鯰尾の行動で遮られた。




「どうした?鯰尾…急に笑って…」


「ふふ。いや、俺もさっきまでそれどころじゃなかったから気づかなかったんですけど……陸奥守さんならきっと大丈夫ですよ。…ね?太鼓鐘さん」


「?……………!あっはは!なるほど!確かに大丈夫そうだな!鯰尾の言う通り、もう心配は要らないようだぜ?」


「「「?」」」



鶴丸が突然笑いだした鯰尾にどうしたのかと聞けば、そんな鯰尾は何故か何も無い筈の天井を見上げてそんなことを口にする。
気づかなかったとは何のことか?そう思った他の刀剣男士達だが、鯰尾から名指しで声を掛けられた太鼓鐘だけは遅れて何やら鯰尾の言っている事が分かったらしく、同じように何故か天井を見上げて高らかに笑う。

そんな二振りを見て、やはり良く分からないといった様子できょとーん…としてしまった他の刀剣男士達はそれぞれ顔を見合わせて首を傾げてしまったのだった。
















あまりの怒りで長谷部達との話を途中で抜け出し、1人屋根の上でいつの間にか沈み始めていた夕日を眺めていた陸奥守はもう今日で何度目か分からない程強く握り締めていた拳を見つめると、そこに滲んでいた血を見て思わず目を細めてしまう。

それを見つめながら、これが珊瑚にバレたら怒られるだろうと考え、バレた時はこの屋根から足を滑らせたとでも言っておこう…と言い訳を思いつくくらいには冷静になったが、そのお陰で変に気持ちが目の前の夕日のように沈んでいってしまう。




「…………わしは……弱いのぉ……これじゃ、何の為に修行にまで行ったんか…分からんな…」


「…おい、そこのべこのかあ」




いつまでも、いつまでも。
可能な限り珊瑚と大倶利伽羅の少し後ろにいて、支えてやりたいと思って。
そんな気持ちで修行にまで出て強くなって帰ってきた筈なのに…それでもまだ自分には出来ないことがあるのかと陸奥守が自分に対して「馬鹿」だなと思っていれば、ふとその言葉が自分の聞き慣れた言い方で聞こえた陸奥守は驚いて後ろを振り返る。




「!……肥前…南海先生…何で…?」


「勘違いすんじゃねぇぞ。俺は実験用の鼠が欲しいとか何とかで天井裏に入り浸ったまま戻って来ねぇ先生を回収しに行ってただけだからな」


「鼠を探しに行ったんだか鼠になりに行ったんだか分からないよね。本当に面白いよね肥前くんって」


「誰のせいだよ!!?!」




驚いた陸奥守が振り返った先に立っていたのは肥前と南海だった。
そんな二振りのやり取りを聞いた陸奥守は、普段ならその内容に豪快に明るく笑って肥前をからかうのだが、生憎それすらも今は上手く出来なかったのだろう。
困ったように笑うことが精一杯で、そんな陸奥守を見た肥前と南海はそれぞれ陸奥守を挟むようにその隣に腰を下ろす。




「調子狂うから勝手に適当に愚痴れよ」


「なら僕がお酒とつまみを持ってこようか?」


「いやそれそのまま帰って来れねぇだろ。要らねぇよそんなもん」


「酷いよ肥前くん」




自分を挟むように隣に座り、いつもと何も変わらない様子の肥前と南海のやり取りを聞いていた陸奥守は、その雰囲気に安心感を抱くとゆっくりと息を吸って、それを吐き出すように自分の気持ちを言葉にしていった。



「…珊瑚がわしを選んでくれた時にな…それがあまりにも「当たり前」かのように即答で、勝手にそれが昔から決まっちょった運命のような気がしちょったんちや。やき、その時に「どんな事があっても支える」と決めちょった」


「……」


「そがな珊瑚が色々な事を経験して…笑うて、泣いて、強うなっていくのを隣で見よって…それをこれからも見よってやるには、あいつの幸せをちっくとでも長いものにするには、わしも強うならんといけん思うた。やき修行に行って、こうしてもんてきた」


「……」


「けんどな、けんど…それでも助けちゃれない事もある思い知らされた。…政府の言いゆー事は分かる。目先の事よりももっと先の事を見通す事は大事なことやきな。それは龍馬の刀やったわしにとっても教訓のようなものやき。…やけんど、その教訓も全てがそうとは限らんと知った。わしの大好きな珊瑚と大倶利伽羅は先の事よりも、未来の事よりも、自分達の「今」を大切にすると決めたき」


「「……」」


「やき、わしも…そがな2人が決めたことを尊重して、ちっくと後ろに立ってその笑顔を見ちょりたい思うた。その為なら出来ることをしちゃろうって決意した。そればあ大事な奴らなんや。…なのに、それなのに…わしはどうにも…弱い……」




自分がどれだけ2人を大切に思っているか、自分がどれだけその傍にいたいか、自分がどれだけ2人を支えてやりたいのか。
それを言葉にしていく度に、想いと反して自分が弱いこと、何も出来ないこと、それが歯痒くてたまらない事…色々な想いが浮き彫りとなってその言葉を重いものにしていく度に、いつの間にかまた強く拳を握り締めて目を細めてしまった陸奥守だったが、その手は隣から伸びてきた南海の手によってゆるゆると解かれていく。

そんな南海の行動に少し驚いた陸奥守が顔を上げれば、そこには眉を八の字にしながら優しく笑っている南海の姿があった。
そして、弱々しいままの陸奥守の瞳と目が合った南海は、懐から手拭いを引っ張り出すと陸奥守の手と唇に滲んでいた血を拭ってやる。



「血が滲んでいるじゃないか。これじゃぁ手入れ部屋行きだよ、陸奥守くん。…おやおや、唇も血が滲んで…この口であんなに喋っていたのかい?全く…」


「んぐ…」


「…つか、一つ聞くがよ…」




唇に滲んだ血を南海に拭ってもらいながら。
もう片側から聞こえた方向を向いた陸奥守の目に映ったのは、だるそうに頬杖をついたまま…決して陸奥守と目を合わせずに夕日を眺めている肥前の姿があった。
そしてそのまま次の言葉を待っていれば、彼はそれでも夕日を眺めているまま口だけを動かす。
しかしその言葉は、彼の気だるげな態度とは裏腹に鋭い刃のようだった。




「あいつらがお前にそれを望んだのかよ」


「……え…?」


「「助けてくれ」「支えてくれ」って、そう言ったのかって聞いてんだよ」


「……それは…それは…ゆうちょらん…けど…!やけんどわしは…っ、」


「なら結局それはお前の自己満足に過ぎねぇじゃねぇか。自己満足なんて言葉…そう簡単に出来ねぇからあるようなもんだ」


「…自己、満足…」




自己満足。
肥前からそう言われてしまった陸奥守はそうではないと心の中では思っていても、それを上手く言葉にして否定する事は出来なかった。
かと言ってそれが嫌な気持ちになったのかと言えばそうではなく、寧ろ少し心の隅に刺さっていた棘が抜けたような感覚になり、思わず自分の胸を抑えてしまう。

すると、隣にいた南海は「肥前くんは容赦ないね」と軽く笑うと、肥前の説明足らずな言葉を掩護するかのように口を開いた。




「陸奥守くん、僕達は「刀」だよ、政府の企みをどうにか出来るような地位があるわけじゃない。でも、「刀」だからこそ出来ることは沢山あるよ。…それをやればいいんじゃないかな?」


「1人で何でも出来たら苦労しねぇよ。そんな奴がいたら、それこそとっくに時間遡行軍との戦いなんて終わってんだよ。終わってねぇからそういう問題になってんだろ、俺らの今の主は」


「………肥前……南海、先生……」


「…僕からも聞かせてもらうよ、陸奥守くん。主と大倶利伽羅くんが君に言ったのは「助けてくれ」「支えてくれ」じゃない。なら、本当に君に言ってくれたことは、何なのかな?」


「…ほん…とう…に、言うちょった…こと…」






(私がこうして笑ってられるのはむっちゃんのお陰だよ。真正面から褒めてくれたり怒ってくれたり……なんかね、私一人っ子だけど、お兄ちゃんがいたらこんな感じなんだろうなって、むっちゃんと居るといつも思う!)


(むっちゃんが、くーくんが、長谷部が。…皆が私と一緒にいてくれれば、私は何の悔いもなくその時を迎えられるの。)


(…あんたはあんたで、自分の心配でもしているんだな)





本当に言っていたこと、それはどんな事だ。
何を求めて、何をして欲しいと望んでいるのか。
それを南海に問われた瞬間、陸奥守はまるで走馬灯かのように今までの思い出がぶわりと脳内に駆け巡った。

思い出す中で言っていた珊瑚と大倶利伽羅の言葉には笑ってしまう程の温度差があるが、それでも確実にその言葉はどれも優しさと暖かさに溢れていて…言葉は違いながらもその意味は全く同じなんだと陸奥守は気付かされる。





傍にいて欲しい





「…っ…………」


「ったく、勝手にややこしくしてんじゃねぇよ、そんな簡単な事」


「それだけ2人が大好きな証拠だね。ふふ。少し妬けてしまうなぁ」




それに気づいた瞬間…見開かれていた陸奥守の瞳からぽろりと一筋だけ零れ落ちた物を拭った南海は、陸奥守を挟んだ反対側でいつの間にか屋根に仰向けで寝転がっている肥前の言葉に笑いながらそう言うと、同じように仰向けに寝転がる。

そんな二振りに挟まれて、やがて吹っ切れたように吹き出してしまった陸奥守は同じように寝転がると、いつの間にか自分達の上で輝き始めていた星に気づいて再度笑う。

そのまま、両隣にある自分よりも小さな手と大きな手をしっかりと握ると、まるで遥か頭上にある星に向かって叫ぶように大きな声を上げた。




「がっはっは!!わしはおまんらの事も大っ好きぜよ!!」


「ふふ。それは嬉しいなぁ…成程、これが「心が暖かくなる」という感覚か…うんうん、面白いね」


「伊達の刀みてぇなことしてんじゃねぇようるせえな。つか離せよこの手」


「いーや!離さんっ!!がっはっは!!はー…星が綺麗やなぁ…!土佐にいた時となぁんも変わらん!」




きらきらと輝く、星達のように。
眩しく輝かせている陸奥守のその瞳は、すっかりといつもの輝きを取り戻していた。



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