重なる手



結局…珊瑚と長谷部は藤堂のお願いを受け入れ、名前もない子供のことを数日預かることとなった。
元々人懐っこい性格の子なのか、不慣れな珊瑚の腕の中でも大人しく抱かれてくれているこの子は、政府とはまた違う昔ながらの風景が珍しいのか、キョロキョロと忙しなく首を動かしている。

そんな子の様子にくすりも笑いながらも、長谷部と共に玄関を開けていつもの場所へと帰ってきた珊瑚は、どうやら先に帰ってきていたらしい、目の前で出迎えてくれた陸奥守に声を掛けた。




「あ。むっちゃんただいまー」


「なんじゃぁ珊瑚!政府に呼ばれちょったんならわしらがもんてくるのを待っ…」


「あう!」


「…………おう…?」



ガラガラと扉を開けて入ってきた珊瑚に対し、何も自分達が帰ってきてから行けばよかったのにと言いかけた陸奥守だったのだが、それは目の前に広がっていた全く予想もしていなかった光景に遮られ、尚且つその張本人である小さな小さな人物に「あい」と片手を上げて挨拶をされたので、思わず「おう」と返してしまった。

……………いや、思わず返事を返してしまったが、つまりこれはどういう事だ???といくつもの?マークを頭上で浮かべて言葉を出せず、ただただ珊瑚と長谷部を見ることしか出来なかった陸奥守に対して2人は苦笑いをすると、実は…と長谷部が陸奥守に説明をしようとしたのだが…




「おっ!お前さん達、帰ってきたのか!俺達の帰りを待たずに行くとは、余程の用事があ……………こいつは驚いた。御出産おめでとうございます…?」


「えっ主と長谷部さんって隠し子いたの?!」


「いやあの、」


「?!!おまっ、はせっ、珊瑚?!何しゆーが?!そがなこっ、こと!有り得んやろう?!お、おま…!!大倶利伽羅が泣きゆーぞ?!!?!今すぐ隠せ!!!!」





長谷部が説明するのを待たず、なんだなんだと騒ぎを聞きつけた鶴丸や鯰尾が有り得ないと分かっていながらも面白半分で「御出産」だの「隠し子」だの言ってしまえば、その言葉で血迷ってしまった単純な陸奥守は素直にそれを信じて目をカッ!!と見開くと、「いやあの、」と焦って何かを言おうとしている2人よりも遥かに焦って珊瑚から子供を取り上げて何故かその懐に仕舞おうとする。




…………ガシャァァン!!!!




「…………………………」




もうその時点で随分と冷静さを失っていたのだが、そんな陸奥守の必死の行動も虚しく…後ろから突如聞こえたガシャァァン!!という大きな音を聞いてバッ!と後ろを振り返った陸奥守の視線の先に居たのは、これまた騒ぎを聞きつけたらしい大倶利伽羅が戦闘用の装いのまま、自らの刀を床へと落としてしまっていた姿だった。




「…お、……大倶利、伽羅………?」


「……えっと、くーくん?あのね、この子は…」


「…………………珊瑚…」


「?はい?」




無。まさに無だ。
目の前で立ち尽くしている大倶利伽羅のその表情が、ただでさえ普段からあまり色を見せないというのに、今はそれ以上に何の色も見せずに完全に無色になっている。
その光景に、その場にいた数人は大倶利伽羅の名前を呼ぶことくらいしか出来ず、またある数人は口元を抑えてその様子を見守っていた。

すると、暫くして大倶利伽羅はゆっくりと床に両膝をつけて丁寧に腰を下ろすと刀を拾い、唖然としてしまっていた珊瑚に対して「何か」を決心したかのように口を開いた。




「……………………世話になった」


「待って待って待って待って!!??!!!」
















「…と、言う訳でな。数日この子供を預かる事になった。お前達、「くれぐれも」失礼のないように」


「そうだったんだなー!いやぁいい驚きをもらった!」




…その後。
落としてしまった自らの刀を持ち、なんと切腹をしようとした大倶利伽羅を慌てて止めた珊瑚は現在、そんな大倶利伽羅の隣に座って大広間で本丸内の全員に長谷部と事の説明をしている所だ。
その説明というのは出来るだけ簡潔にしたもので、藤堂の私情を含めることはせずに。

子供を連れてきた時の一部始終を見ていなかった他の刀剣男士達は皆「ほう…」という表情でその話を聞いているが、鶴丸と鯰尾の頭の上に大きな大きなたんこぶがあることに全く触れない辺り、何となく「馬鹿をやったのだろうな」ということは分かっているのだろう。



「数日預かるのは分かったけど、その子の名前はどうするのさ?ないとあたしもどう呼んでいいか分かんないよ?」


「そうだよねぇ…でも、僕は政府の保護下にあるこの子に勝手に名前をつけるのは気が引けるよ…」


「…それもそうだな…主、どうしますか?」


「うーん………そうだよね…事情があるにせよ、それでも名前がないのはなぁ…ちょっと考えてみるよ」


「…分かりました。それなら取り敢えずその件は保留にしましょう。よし。皆、解散」


「「「はーい」」」



話を聞く中で、それならこの子の名前はどうするのかという次郎太刀の意見に誰もいい案を出せなかった面々は、そのことは少し考えてみるという珊瑚の意見を聞くと、長谷部の「解散」との指示で各々持ち場へと戻ったり好きなことをしたりと散り散りになる。
その後、何故か長谷部と陸奥守が数振りを連れて何処かへと行ったのだが、その顔が神妙だった事もあって珊瑚は特に何も追及すること無くその後ろ姿を見送った。




「ほーら!たかいたかーい!」


「きゃはは!!」


「わぁ…!可愛いですねぇ〜!」


「いつの世も子供と言うものは愛らしいな…」




そして今は、数振りの刀剣男士が腕の中にいた子供に興味を示していた為、珊瑚はそんな刀剣男士達に子供を託し、目の届く所で名前のない子供と遊んでくれている光景を大倶利伽羅と部屋の奥で眺めているところだった。
そんな穏やかな光景に、癒されるなぁ…と思いながらも珊瑚はチラリと黙って隣にいる大倶利伽羅に視線を移す。



「……くーくん、ご、ごめんね?変な勘違いさせて…」


「…っ早く言え……」


「あはは…ごめんごめん…」



ずっと何も言葉を発さない大倶利伽羅に対して未だに罪悪感が消えていなかった珊瑚がそう謝れば、大倶利伽羅は少し複雑そうな表情で頬を微かに染めて悔しそうに言葉を返した。
そんな大倶利伽羅を見た珊瑚は、あの時の陸奥守も相当血迷っていたが、切腹までしようとした大倶利伽羅はそれよりも血迷ったのだろうなぁ…と想像して苦笑いをしてしまう。

しかし、苦笑いをしてしまいながらもどうにも心の奥底で感じていた感情を完全に仕舞うことは出来ず、未だに珊瑚の顔を見てくれない大倶利伽羅に珊瑚はくすりと笑って思っている通りの言葉を声を出してしまった。




「…でも、ちょっと嬉しかったなぁ」


「………どういう意味だ」


「いつも冷静で静かなくーくんが私の事で取り乱してくれた事が」


「………っ、はぁ…突然子供を連れてこられた俺の身にもなれ」


「でも私だって突然「預かってくれ」って言われて正直今でも複雑なんだよ。だから許して?」


「俺は別に怒ってはいない。あの子供が悪いという訳でもないしな」


「そう?ふふ。なら良かった」




不謹慎かもしれないが、いつも冷静なくーくんが取り乱してくれた事が嬉しかったのだと、そう照れたように笑いながら言った珊瑚の表情を見た大倶利伽羅は罰が悪そうに頬を染めたままその視線を逸らしてしまうものの、きちんと彼なりの言葉を珊瑚に返してくれた。

その様子と言葉を聞く限りどうやら怒ってはいないようだと安心した珊瑚はこれ以上何かを言うと照れて何処かに行ってしまうだろうなと分かってはいても、どうしても嬉しさが抜けきれずに少し動かせば届く距離にある大倶利伽羅の手を見て、そっとその上に手を重ねてしまった。

すると、自分の下にある自分よりも大きいその手が一度だけビクリと動きながらも、消して離れてはいかないことを確認した珊瑚はもっと嬉しくなって頬を染めてしまう。




「「…………」」




大倶利伽羅の性格上…目の前の中庭ではしゃぐ子供と刀剣男士がいるこの場では、これ以上は何もないだろう。
それが分かっているからこそ、黙って重ねたままでいてくれている大好きな手の温もりを噛み締めるように目を閉じた珊瑚は、次郎太刀が子供を返しに来るまでずっとそのままでいるのだった。



少し、少しだけ…あの小さな子供の顔を始めて見た時に誰にも言えずに1人で感じていた事を、後で陸奥守に相談しようかと頭の隅で考えながら。


BACK
- ナノ -