重なる思い出




ごめんなさい。

そう凛としてハッキリと自分に伝えた彼女はこちらがうん、ということをしないのを分かっているのだろう。
暫く頭を下げた後、自力でその角度を戻してこちらを見る。



「……なんて顔をしてるんですか」


「さぁ?どんな顔をしてるんでしょうね」



諦めたような、何処かスッキリしたような
そんな表情をするマヒナにホークはまた涙を浮かべる。

おかえりなさい
そう言って肩を震わせる夫に、ただいまと返事をするその夫婦は、あの時見た日記の写真と良く似ている。



「ありがとう…あんたのお陰で、ここに帰ってこれたわ」


「僕は何も…」


「いえ。あの時、あの子を傷つけようとした私を止めてくれなかったら、今の私はここにいない。だから…」




ありがとう。




「……!!」



自分に対し、お礼を言うこの女性の後ろでチラついたのは愛しいシアナの笑顔。

あの、心の底からの、一番大好きな笑顔。



「…………」



何も返事をせずにいるダイゴに、何か疑問に思ったのかキョトンとした表情で見つめるマヒナとホークにため息を一つつくと、ダイゴはスッと前を向く。




「…許しは、しませんよ。」


「それは分かってるよダイゴくん…でも、それでも私達2人は、君にお礼を言いたい。止めてくれたこと、あんなに可愛い孫と心から向き合って関われたこと、全て君のお陰なんだよ…」


「……」


「許してもらえるだなんて思ってないわ。そっちがもうシアナと関わるなというなら、それに従う。もう、充分過ぎる程にあの子からの幸せはもらったから。」



だから、これ以上は求めない、安心してくれていいと伝えられたマヒナ達は、今日は遅いから早く帰りなさいと手を叩いて呼んだ使用人に帰りの手配をし出す。


しかし、はい。と返事をして部屋を出ようとする使用人を引き止めるようにダイゴは向かいのソファに座っている2人の前に立ち上がる。



「…ダイゴくん…?」


「…許しはしません、僕個人の気持ちを優先するのなら、シアナと今後も関わって欲しいとは思っていない」


「だからそれは分かって…」


「でも、 それは悪魔で僕の考え。…シアナがそれを望むとは正直、思っていません。彼女、家族には密かに憧れを持っていますから。」



そう、冷たい瞳をいつの間にか溶かし、優しい眼差しで微笑んでいるダイゴを驚いて見つめるマヒナは、思わずぽかんと口を開いてしまう。

そんなマヒナの耳に届いた次の言葉は、懐かしいものだった。




「…だから、それは止めません。…その代わり、と言うのは酷かもしれませんが…」






近い将来、僕が必ずお孫さんを貰います。





そう、ハッキリと聞こえた声は、とてもスッキリとした響きを部屋の中に轟かせた。

なんて、迷いのない澄んだ声なんだろうか。


まるで、数十年前の、あの時を思い出すこの状況に、マヒナとホークは思わず笑い出す。



「っ、は、ははは!君、火山が好きそうだね…っ!そっくりだよ…っ!」


「あははは…っ!お、おかしいわよあんた…!まさかまたそんな事を言われる、なんてね…!」


「…はい?」



どうしたと言うのか、自分が宣言をした後にどっと笑い出すこの夫婦は、頭でも打ったのか。
何も可笑しいことは言っていないのだが、とうとう手を叩いて笑い出す2人に、ダイゴは気に入らないと乱暴にソファに座り直すと足を組み、頬杖をついてそれを眺める。



「あははは!す、すまないねダイゴくん!気を悪くしないで、くれ!…君があまりにも、セイジロウくんに似ていたものだから…っ!」


「…僕が、あの人に?」



セイジロウ、その名前に目を見開いたダイゴが詳しく聞けば、2人は取り敢えず笑いを止めようと深呼吸を繰り返して落ち着きを取り戻す。


「君の先程の真剣な表情が、セイジロウくんにそっくりだったんだよ」


「あいつが、カイリさんは貰いますって言った表情そのままだったわよあんた、…全く親子して似た人を探してきたのね、あの子達。」


全く適わない、とお手上げ状態の2人は、唖然としているダイゴにご飯くらい食べて行きなさいとその後、ホテルしおさいの予約を軽々と取り付け、スッキリとした表情で一度部屋から出ていってしまった。




「…はは、適わないのはどっちだか」



なんて、腹立たしい老夫婦なんだろうか。

そう、苦笑いをして呟いたダイゴの言葉は、誰の耳にも届くことなく静かに消えていった。






























「風が気持ちいいねー…ありがとう、リザードン」



シアナの言葉に気を良くしたリザードンがご機嫌に飛ぶのは星が瞬いている綺麗な夜空だ。

あの後、暫くして帰ってきたシアナに事情を説明すれば、しおさいなんて高いところ二度も泊まれないと断る彼女に、無理矢理な文句を言ってうんと言わせたマヒナは、今頃自分の連絡端末に増えた孫の番号でも眺めて微笑んでいるのだろう。全く素直ではない。

その後、4人で食卓を囲んでから、ホテルしおさいへと向かう間、気持ちよさそうに靡く髪を抑えているシアナは今、とても嬉しそうな顔をしている。



「…シアナ…ごめんね…」


「うん?え、なんで?」



何故謝るのか、そう自分の腕の中から顔だけをこちらに向け、首を傾げるシアナの唇に、ダイゴはそっと自身の唇を重ねる。

そんな突然のことに驚いて頬を染めたシアナがそっぽを向いてしまえば、それを良しとしたダイゴが口付けをする前に言いかけていた続きを繋ぐ。



「…髪。凄く綺麗だったのに…僕がもっと早く着いてれば…ごめん…」


「…なんだ、そんな事?」


ごめん、そうもう一度呟かれる謝罪に、シアナは思わずくすりと笑う。
そんなこと、気にしなくていいのに、と。



「…私はね、そんな優しいダイゴだから、好きになったんだよ…それにこの髪型、気に入ってるから。」


「…シアナ…」


「これね?お母さんが憧れてた髪型なんだって、だからかな?なんだか親近感湧いてきちゃって。」



単純でしょ?と笑うシアナがダイゴを見れば、そこには少し目を潤ませた彼がこちらを微笑んでおり、その表情に胸の奥が締め付けられたことで、つい口をキツく閉じてしまう。




「…シアナ…大好きだよ…絶対、離さないから…」


「…うん…。」



そう、後ろから優しく、しっかりと抱き締めてくれる腕に両手を添えたシアナは目を閉じ、囁かれた言葉に頷けば、彼の幸せそうな吐息が耳元にかかって思わずくすぐったい、と悶えてしまう。


そんな愛らしい行動を平然とする彼女に、ダイゴは片手で短くなった髪を掬い、そっとキスを落とす。


全く、人の気も知らないで。




幸せそうに目を閉じたまま、お互いの暖かさを感じて黙っていた2人にリザードンは合図をすると、徐々に低空飛行を始める。


どれだけそうしていたのだろう。
離れているポニ島から飛んで来たにも関わらず、あっという間に着いてしまったアーカラ島の夜景に少し驚きながらも2人が地面へと降り経てば、リザードンは宙で一回転をしてアローラの空へと帰っていく。




相変わらず豪華なしおさいのフロントでチェックインを済ませ、部屋でシャワーを浴びた2人は疲れた体を癒すように、そっとベッドへと沈んでいった。



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