甘いのは、ケーキか親友か(2018.2/14)



「もう!折角驚かせようと思ったのに…」


「あはは、ごめんごめん。君があまりにも可愛い笑顔で鼻歌なんて歌ってるからつい…」


「…え?私そんなことしてた?」


「してたけど…え、あれ無意識だったの?」


それはバレバレでしたね?と面白そうにシアナに対して首を傾げながら笑うダイゴはかなりご機嫌だ。

一方シアナはそんなダイゴに対して初めは少し怒っていたのだが、大好きな人のこんな表情を見たらそんな感情も消え去ってしまった。



「ところで、これはあとどれ位混ぜたらいい?」


「角が立つくらいに混ぜてくれれば大丈夫だよ。」


「ん。了解しました。」



先程の会話の間にもカシャカシャと手を動かしていたダイゴは確認の為に隣で何やら小麦粉を軽量しているシアナに問いかける。

何故デボンコーポレーションの御曹司であるダイゴがこんな似合わないことをしているのかと言えば、それは今日が彼にとって待ち遠しかったバレンタインだから。


ダイゴを驚かせようと密かに計画をしていたシアナに「仕事に行ってくる」と嘘をついて家を出たダイゴが帰ってきたのはなんと僅かその20分後。
思いっきりキッチンでバレンタインの準備をしていたシアナが驚いて悲鳴を上げていたのは言うまでもないだろう。



「ふふ。ケーキ作りも、やってみれば案外楽しいものだね。」


「まさかダイゴが新しいエプロンまで用意してたとは思わなかった…」


「だってシアナ、男性のこういった格好が好みでしょう?」


「?!…な、なんっ…なんで、知ってるの…?!」


「それは企業秘密です。」



今現在、自分の隣で卵白を混ぜている彼はワイシャツ姿に黒の腰エプロンという格好。

つまり、いつか見てみたいな、なんて思っていたシアナにとっては赤面物以外の何物でもない。
おまけに内緒。と微かに微笑んで自分の口元に指を添えているのだからもう正直見ていられない。
こんな事を親友のアスナに言えばきっと彼女は「砂を吐きそう」だと答えるのだろう。






……いけない。
今は頭の中で呑気に惚気けている場合ではなかった。
ついそんなことを考えながらふと見た計量器の数字を見てあーあーと慌てて傾けていた小麦粉の袋を水平に戻したシアナは落ち着け落ち着けと深呼吸をする。
……うん、もう大丈夫。




「で、でもまさかダイゴが一緒に作りたいなんて言うとは思わなかったな…?」


「ん?うーん…最初はシアナが僕の為に作ってくれるのが嬉しくて、今日がとても待ち遠しかったんだけど…」


「…だけど?」


「僕の為にあんなに真剣になって、楽しそうにしているシアナを見たら…ね?凄い嬉しくなってさ。僕もシアナの為に作りたいなと思って。」



だから、ご一緒させてもらいました。
自分にとって効果抜群の微笑みでそんなことを言われたら、何も言えなくなってしまうではないか。
もし自分がハッサムだとしたらきっと彼は炎タイプなのだろう。
だからどんなに耐えようとしても耐えられるわけが無い。
予定の数字よりも多くボールに入ってしまったバターを見て、再度やってしまったと項垂れて下を向いているシアナの顔も再度真っ赤になっていたのは言うまでもない。



















「……はぁ、やっと一段落ついた…」


「ふふ。お疲れ様。はい、シアナの好きなシナモンアップルティーです」


「え?ご、ごめんね…!言ってくれれば私が用意したのに…!」



先程まで、誰かさんのせいで格闘していた生地を無事にオーブンに入れて一段落ついたシアナがぼふん、とソファに腰掛けたのを確認し、目の前にあるテーブルに紅茶を置いたダイゴは隣に座って自分用の珈琲に舌鼓を打つ。

そんなダイゴにごめんねと謝るシアナだったが、気にしないでと優しく彼女の頭を撫でるダイゴはとても満足気だ。
どうやら彼にとって最愛のシアナの可愛い姿をこれでもかと隣で見られ、そして一緒にケーキを作れた事が余程嬉しかったのだろう。

そして、そんな満足気に自分の頭を優しく撫でてくれるダイゴの表情と行動に、またもやキュンと胸を締め付けられたシアナは急速に熱を帯びていく頬の感覚に慌ててお礼を言ってホッと一息をつく。




「……シアナ、ちょっとこっちを向いてごらん?」


「……な、なんで?」


「いいから、ほら。」


「は、恥ずかしいから嫌!」




ティーカップをテーブルに置き、自分と真逆の方向を向いてしまったシアナにこっちを向いてと言えば珍しく少し抵抗された事に驚きつつもダイゴはまた再度声を掛ける。
それでも拒否するシアナが正直可愛くて仕方がない。

その小さな顔を両手で左右から包み、こちらを向かせればきっと頬を桃色に染めて、大好きな空色の瞳で自分を一生懸命睨んでくるのだろう。
想像してみても全く怖くなく、寧ろかなり可愛いのだが。




「ふーん?そっか…こっちを向かなくていいんだ?折角顔にチョコがついてるのを教えてあげようかと…」


「え?!ど、何処?!」



ダイゴの言葉に、バッ!と慌てて瞬時に振り向いて何処についてるのだと聞いてくるシアナの行動に思わず口が弧を描いてしまったダイゴが内心チョロい、と思ってしまったのはここだけの秘密だ。
勿論、チョコがついているだなんてこともある訳なく、こちらに顔を向かせる為の嘘だった。



「もう少し右。」


「え、ここ?」


「あー…もっと下かなー…?」


「かな?…えっと…ここ?」


「まだまだ。もっと下。…うん、そこ。」


「へ?…んっ」




指示された場所まで辿り着き、その場所に思わず慌てて少し舌を出したシアナをダイゴは見逃さない。

指示したのは、唇。
そして慌てて舌で舐め取ろうとすることも勿論計算済み。
そんなダイゴの計画を全く予想出来なかったシアナは見事にその策にはまってチョコがついている筈もない唇を奪われる。




「…っ…ダイ、ゴ…!ちょ…」


「ん?何?…ここにもついてるよ。」


「ひゃ…っ!そんな、所…本当に、ついて…!」


「うん。嘘。」


「…っ」




キスされた事に驚いていたのも束の間。
気づけば座っていた筈のソファに寝転がる形になっており、自分に馬乗りになって唇や額、頬に首筋にと口付けを繰り返すダイゴに為す術もないシアナは幸福なのか羞恥心なのか。
寧ろどちらもな感情に流され、ただひたすらに自分へと落ちてくる大好きな彼のキスを受け止める。




2人きりのリビングで聞こえるのは、彼の幸せそうな吐息だけ。

視界に入るのは、大好きな彼の優しい瞳だけ。



あぁ。
先程オーブンに入れたばかりのケーキが焼けるのは、あとどれ位だろうか。

焼き上がりの合図まで続くのだろうこの幸せを噛み締めるかのように、いつの間にか繋がっていたお互いの指をしっかりと絡め直した2人は甘く甘く、何処までも溶けていく。

























「……なんて事があってね…」


「…あぁ、うん。砂吐きそう。」



後日、お裾分けにと親友が持ってきたチョコレートケーキを食べながら、目の前で語られるバレンタインでの甘すぎる思い出話にこれでもかと呆れたアスナが色々な意味で甘すぎると珈琲を一気飲みする。

そんなアスナを未だ話に夢中で「もう…ダイゴったら…!」などと幸せそうに頬を染めて思い出に浸っているシアナは知らない。





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