ご褒美




「大倶利伽羅さーん!!」


「……」


「おーおーくーりーかーらーさぁーん!!!!」




まだ寝ている刀は寝ているだろう、日が昇ったか昇らないかの早朝の鍛錬場では、内番服のまま剣技の形を通しでやっている大倶利伽羅の姿があった。
彼からすれば目を覚ます目的も含めているのだが、こうして毎日彼がそれをやっている事を知っているのは数多くいる本丸の刀達の中でも数振りのみだ。

そして、そんな数少ない内の一振りである鯰尾は急いで起きてきたのだろう、寝癖を直さない状態のままで元気に明るく大倶利伽羅に何度も声をかける。




「…チッ、なんだ」


「おはようございます!手合わせお願いします!!」


「馴れ合うつもりは…」


「ありがとうございます!!」


「おい、人の話を…」


「大倶利伽羅さんはこうでもしないと相手してくれませんからね!それじゃぁ行きますよ!!」


「…はぁ………言っておくが、加減は一切しないぞ」


「寧ろそうこなくちゃ!」




大倶利伽羅とどうすれば会話が出来るのか、そして構ってもらえるのか。
もう何度も繰り返したお陰ですっかりそれを学んだらしい鯰尾に見事に根気負けして…というよりも半ば強制なのだが、その形で鯰尾との手合わせを了承した大倶利伽羅は、一度だけため息をついた後に目の前にやってきた鯰尾に対して真正面に立つ。

その瞬間、細い糸がピン…と強く伸ばされたように空気が張り詰めたように感じた鯰尾は思わずゾクリと身を震わせたが、それよりも尊敬している大倶利伽羅が手合わせしてくれるという喜びの方が大きかったのか、その後口元に弧を描いて勢いよく大倶利伽羅へと向かっていった。












「加減ってものがあるでしょ?!!」


「俺はしないと言ったしお前もそれを望んだだろうが」


「そうですけどー!あ〜…また今日も大倶利伽羅さんに一本も取れなかったなぁ…畜生〜!」


「早々取らせる気はない。満足したならもう行け」


「そういえば今日は主を起こしに行かないんですか?」


「…いつからあんたは俺の話を聞かなくなった」


「へへっ陸奥守さん戦法ですよ!」


「真似しなくていい事を真似するな」




それから数十分後。
鍛錬場の前では息を荒くして縁側にへたり込むように座っている鯰尾と、それとは真逆に呼吸を乱していない涼しい顔をした大倶利伽羅がそこから少し離れた場所に腕組みをして立っている光景があった。

あれから何本も何本も手合わせをしたのだが、結局鯰尾は大倶利伽羅に一本も取れないまま体力の限界が来てしまったらしく、悔しそうにしながらも、その表情はとても満足した様子で、未だに少し呼吸を乱しながらも大倶利伽羅と楽しそうに会話をしている。いや、会話をしているというよりも一方的な気がしないでもないのだが、その方法はどうやら陸奥守から学んだことらしい。

そんな鯰尾のちゃっかりした部分に突っ込むことすら疲れた大倶利伽羅は盛大はため息を吐いて仕方なさそうに言葉を続けた。





「…今日の珊瑚は俺が起きるより前に出払っている」


「え?!あの主が大倶利伽羅さんより早起き?!なんで?!」


「陸奥守と海に行くらしくてな。2人で新鮮な海鮮丼がどうとか言っていたが」


「えー!!何ですかそれ!ずるい!俺も行きたかった!!」


「俺に言われても困る。…陸奥守が誉を100回取った褒美らしいからな、行きたいならお前も同じ数を取ればいい」


「あー、最近の陸奥守さん絶好調だったからなー!そんなに誉取ってたのか…そっかぁ…俺も頑張っ……あれ?でもそれなら…」


「………何だ」




いつもならとっくに主であり、恋仲でもある珊瑚を起こしに行っている筈の大倶利伽羅が動かない事を不思議に思った鯰尾だったのだが、それはどうやら陸奥守と朝早くに出掛けているらしいからだった。
そしてその理由が陸奥守の誉100回の褒美らしいことを知った鯰尾は「なら俺も頑張ろう!」とやる気に満ちそうになるが、それを言い切る前に今度は別の疑問が彼の脳内にふわふわと浮かんでその言葉を止めてしまう。

そんな鯰尾に「今度は何だ」と言った様子の大倶利伽羅が怠そうに腕組みを解かないまま声を掛ければ、鯰尾はきょとんとした様子で首を傾げながら大倶利伽羅を指さす。




「大倶利伽羅さんは?」


「?…俺が何だ?」


「はい。だって、大倶利伽羅さんならとっくに誉100回なんて取ってる筈でしょう?もう主からご褒美もらってるんですか?」


「っ、!」


「というか…主が陸奥守さんと2人で出掛けてもそこは嫉妬とかしないんだ…?え、だって2人ですよ?いくら相手が陸奥守さんだからって…それでもほら、ふ、た、り、き、り。…なのに、嫌じゃないんですか?」


「………っ、興味無いな」




こちらを指さし、純粋な気持ちから2つの疑問を投げた鯰尾からその言葉をぶつけられた大倶利伽羅は、先程まで涼しい…いや、面倒そうに伏せていた目を思わず丸くしてしまうものの、すぐに表情を元に戻してただただ「興味無い」と答える。

しかし、そんな大倶利伽羅の眉が動いていたのを見逃さなかった鯰尾はいそいそと座っていた体を立ち上がらせて大倶利伽羅の前へと移動し、にやにやとした表情で大倶利伽羅の眉間をつんつんとつついて見せた。




「っ、何だ!」


「いやぁー…眉が動いてるなって思ってー?」


「…動いていない」


「残念!俺もう極ですから!隠蔽も偵察もお手の物ですから!見逃しませんから!」


「っ……もう俺に構、」


「いますー!で?で?どうなんですか?やっぱり本音は嫉妬してます?」


「………はぁ…………別に、していない。俺はあいつらが2人でどこに行こうが抱き合っていようが構わないからな」


「それは何で?」


「あいつらはほぼ兄妹だろうが。そういう感情が一切ないのはお前も知っているだろう」


「……ちぇ」


「何故そこで悔しがる」




大倶利伽羅の目の前に立ち、話している間の彼の表情をじーーーー…と見詰めながら聞いていた鯰尾は、それが本当に本心からの言葉なのだと分かると、唇を尖らせて「ちぇ」と悔しがる。

そんな鯰尾による鯰尾ワールドにすっかり毒されて思わず素直に突っ込んでしまった大倶利伽羅は自分が鯰尾のペースに引き込まれてしまっていることに自ら気づいて、もういい加減にこいつから離れようと黙って自室へと歩き出してしまったのだが、なんとそれは思いがけない人物達の登場によってピタリと止まってしまった。




「あれ?くーくんと鯰尾くんだ!おはよー!」


「おー?朝から手合わせでもしちょったんか?ええのぉ!感心感心!大倶利伽羅、おまんえいお父さんしとるのぉ」


「誰が父親だ」


「わーいお父さん!!…というか、え、あれ?!主と陸奥守さん?!海に行ったんじゃ…?」


「あはは、途中で財布を忘れたのに気づいて慌てて戻ってきたとこで…!これからまた行ってくるとこ!」


「…何をやっているんだ…」


「あはは!そうだったんだ?もう、うっかり屋さんだなぁ〜…あ!俺もすぐ誉100取るんで!その時はご褒美よろしくね主!」


「勿論!私に出来ることなら好きにお願いしてくれていいからね!でも無茶は駄目だよ?」


「はーい!」




大倶利伽羅の足を止めたのはなんと朝早くに海へと出掛けていった筈の珊瑚と陸奥守の2人だった。
どうやら肝心の財布を忘れて来てしまったようで、それを取りに一旦戻ってきたらしい。
そんなそそっかしい2人に呆れつつも、すっかり足を止めて珊瑚や陸奥守と会話をしている大倶利伽羅の満更でもないその表情を同じく会話をしながらきちんと見ていた鯰尾は密かに微笑む。




「……ご褒美、俺分かっちゃったかも」


「?…おい、何か言ったか」


「いいえ!何もー!…あ!俺の誉のご褒美!お父さんとの1ヶ月間手合わせにして欲しいかも!」


「だから誰が父親だ。勘弁しろ。俺に構うな」


「何?!ずるいぞ鯰尾!!ならわしも今度はそれにするき、珊瑚!えいな?!」


「俺に構うなと言っ」


「え?全然いいよ〜!というか、それはわざわざご褒美にしなくてもいいんじゃない?くーくんだって本音は手合わせ相手がいた方が助かると思ってるだろうし、何より強いし優しいし!」


「おい」


「ね?くーくん!」


「っ………はぁ………………」




鯰尾が言ったその言葉を聞き取れたものはその場に誰一人として居なかった。…けど、鯰尾にとってはそれでいい。

ほら、だって。
俺に構うなとか勘弁しろだとか何とか言っていながらも、嫌そうな顔をしていながらも。
心は全然嫌そうにしていない、この本丸皆の自慢の近侍である不器用な彼が。




「本当、大倶利伽羅さんってカッコイイですよね?」


「…何だ急に」


「へへっ!気にしなくていいですよ〜。俺が分かってるからそれでいいんです!」


「?意味が分からないが……はぁ、もういい。…おい、早くしないと帰りが遅くなるぞ」


「あぁ!?そうだった!海!海鮮丼!!むっちゃん行くよ!!」


「お?!おおおそうやった!!海鮮丼!!わしの雲丹!鮪!!イクラ!!!行くぞ珊瑚!!超特急じゃー!!」


「うわぁ?!あははは!むっちゃん力持ち!!あ!くーくん!鯰尾くん!いってきまーす!!!」




会話の中で…主と陸奥守が視線を合わせた途端にバレないように優しく微笑んでしまうのを、知っているし。

慌てた様子で、ひょいと主を担いで走っていった陸奥守を呆れた様子で見つつも、見えなくなった途端に優しく目を伏せてしまうのも知っている。

そんな彼…自分の憧れである、大倶利伽羅が望む褒美だなんて、もう答えを聞かなくても分かってしまうのだから。




(大好きな主が楽しそうに笑っているのが一番のご褒美ですよね?大倶利伽羅さん!)


(っ……)


(それによくよく考えたら…大倶利伽羅さんが大好きな主の事だし、誉取る度に頬にキスとかしてそうだし…全く〜本当に仲良しですねぇ?)


(っ、お前はもう部屋に戻れ、今すぐにだ)


(えー!!!ついでに一緒に朝ご飯食べません?!)


(食べない)


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