蜜柑の気持ち


時は12月。
すっかり寒くなったこの時期に、ほぼ保護者…いや、保護刀に近い長谷部の許しを得て炬燵を出すことに成功していた珊瑚は早速それを有効活用していた。
ぬくぬくと何処までも暖かいその温もりに頬はゆるゆると緩みつつも、自分のいる反対側で姿勢正しく座っているのだろう大倶利伽羅へと珊瑚は声を掛ける。




「んー…あったかぁーーい…やっぱり冬は炬燵に蜜柑だよねぇ…」


「……」


「…くーくーん、聞いてますかー?」


「聞いてはいる。…そのままだと寝落ちて風邪を引くだろう、せめて体は起こせ」


「うーん…こうなっちゃったらもう抜け出せない…でも大丈夫、多分寝ないから…」


「多分では駄目だろう…」



多分寝ない。
そう言った、自分の向かい側にいる顔の見えない珊瑚に大倶利伽羅は思わずツッコミを入れてため息を吐いてしまう。
向かい側にいるのに何故顔が見えないのかといえば、それは珊瑚がすっぽりと体を炬燵に入れて、横になってしまっているからだった。

話し方からしてもう既にいつ眠ってしまっても可笑しくはなさそうなその様子に、見えないながらも事の結末が安易に予想出来た大倶利伽羅だったが、まぁそれなら風邪を引かないうちに起こせばいいかと特にそれ以上はうるさく言わず、先程からずっと作業をしていた第二部隊からの報告書の確認を再度開始する。




「くーくん、あとどれくらいでそれ終わるー?」


「俺がやっているのはあんたが既に確認した後の物だからな。そう時間は掛からない」


「なら私が寝ちゃうのとそれ、どっちが先かなー?」


「知るか。寝たくないならそこにある蜜柑でも食べていればいいだろう」


「ん。自分の分の蜜柑はもう食べちゃった…」


「そこに俺のが残っている」


「えっ、やった!くーくん優しい!…よいしょ、ありがと!」




報告書に目を通した状態のまま、自分の分の蜜柑は既に食べてしまったという珊瑚に「それなら俺の分を食べればいい」と言った大倶利伽羅は、その瞬間に今までのぐーたらが嘘かのようにむくりと起き上がって炬燵の上にあった数個の蜜柑を取った珊瑚の気配を感じて思わず呆れたような表情をしてしまった。
全くどれだけ蜜柑が好きなのだと思うが、それはもう今となっては今更な気もするので突っ込む気力は無い。




「…、………?」




大倶利伽羅がそんな事を考えながら報告書に目を通していれば、一部に誤字がある事に気づいて目の前に置いてあった筆を取ろうと手を伸ばした。
しかし何故かその手は空を切り、その事に不思議に思った大倶利伽羅が報告書から一旦目を離して目の前を見れば、そこにはあった筈の筆が何処にも無い。
無いと言えば、数個あった自分の分の蜜柑が無くなっているのだが、これは先程珊瑚が取っていったことを知っているので何の問題も無かった。

その後、気付かぬ内に畳の上に落としてしまったのだろうかと思って視線を下に送った大倶利伽羅だったが、その視線はぽてん、という音がしたと共に目の前を向いてしまう。




「くーくーん、がーんばってぇー好きよ〜」


「…………………」


「早く終わらせてー早く構ってー…」


「………………何だそれは」


「蜜柑の私!」


「………そうか」


「…………え、それだけ?!これ可愛くない?」


「蜜柑で遊ぶんじゃない。筆を返せ」





大倶利伽羅がふと見た視線の先。
そこには何やら顔が書かれた蜜柑がちょこんと置かれており、また向こう側で寝転がったままなのだろう…顔の見えない珊瑚によって声が当てられている光景があった。

そんな光景を見た大倶利伽羅は一度言葉を失うが、暫くすると我に返ったようにその「言葉」には何も返さず、ただ筆を返すように珊瑚に言う。
すると、珊瑚は少し残念そうにするものの、寝転がったまま「はーいどーぞー」と懲りずにあたかも自分の分身らしい顔の書かれた蜜柑が筆を返すようなノリで返してきた。




「……………珊瑚」


「ん?何?終わった?構ってくれる?」


「終わった。…茶を用意してくるから少し待っていろ」


「私も一緒に行く?」


「いや、別にいい」




蜜柑珊瑚から筆を受け取ったらしい大倶利伽羅が暫く黙っている間、うとうととした様子で眠気と戦っていた珊瑚だったが、あーもう本当に眠くなってしまった…とそのエメラルドグリーンの瞳が閉じかけてしまったその時だった。
大倶利伽羅から名前を呼ばれたことで、終わったのかと察してその瞳を開いて聞けば、今度は「茶を入れてくる」と彼は部屋を出ていってしまう。

そんな彼の対応に、素っ気ないなと思ってしまう珊瑚だったが…正直それはそれで助かったような気分にもなってしまった。
恥ずかしくて、普段中々「好き」だと言えないこともあって、つい蜜柑に悪戯をして控えめに想いを伝えてみたのだが…まぁ伝えられただけでも良しとしよう、と珊瑚は諦めたように笑うと大倶利伽羅が帰ってくるまでに寝落ちてしまわない為にゆっくりと体を起こした。

すると…




「………………………あれ……?…え、可愛い…」




珊瑚がゆっくりと体を起こして見た目の前の光景。
そこには大倶利伽羅が確認をしてくれた報告書だけではなく、その上にまるで文鎮かのように置いてある蜜柑があった。

それを見た珊瑚は思わずそれを手に取って「可愛い」と声を出してしまう。
何故置いてあった蜜柑に対してそんな事を言ってしまったのかと言うと、それはその蜜柑に先程自分が書いたような顔が書いてあったからだった。
しかも器用な事に、それが大倶利伽羅を表しているのが一目で分かるようなもの。
そんな…ちょっとジト目のようになっている蜜柑を見て、素っ気ないどころか可愛い所もあると照れて笑ってしまった珊瑚だったのだが、ふと彼が先程筆を返せと言ったことから誤字でもあったのかと思い出して報告書に目をやる。

すると、そこには何故か報告書の上に更に何かの紙があったことに気づいて思わずそれを珊瑚が取れば、そこに書いてある文字を見た珊瑚は顔を真っ赤にして変な声を上げてしまうのだった。





「…………………んん………っ!」




何で、何でこんなにも彼はずるいのか。
すっぽりと炬燵に入っている下半身の暖かさよりも遥かに熱くなった頬をそのままに。
手に持っている紙に書かれた文字を何度も読み返してしまう珊瑚はお茶を入れに居なくなってしまった大倶利伽羅に早く帰って来て欲しいと思いつつも、やっぱりまだちょっと帰って来ないで…と1人であたふたとしてしまったのだった。



「俺も好きだ」と書いてある、その紙を優しく、噛み締めるように大切に持ちながら。



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