これであなたも土佐弁マスター





いつもと変わらない、刀剣達が騒がしく賑わう珊瑚の本丸。
何処かで聞こえるそんな刀剣達の声を聞きながら、キョロキョロと辺りを見渡しながら廊下を歩いていた珊瑚は中庭にある綺麗な桜の木をその瞳に映すと、はぁ…と小さくため息をついてその足を止めてしまった。

今日は仕事の調子が良く、今日分の仕事を午前中に終わらせる事が出来たものあって、畑や馬小屋等に顔を出していたのはもう何十分も前の話。
今は本丸の皆の様子を見た後で、近侍であり恋仲でもある大倶利伽羅を探しているのだが、これが中々見つからない。
仕事が片付いた後、大倶利伽羅が「俺は休む」と言うので別行動を取っているわけなのだが…まさか数時間彼の顔を見ていないだけでこうも寂しくなるとは…と珊瑚は我ながら思ってしまう。




「鍛錬場にも居なかったし…何処かでゆっくりしてるのかな…」




彼のことだ、大声で「くーくん」と呼べば直ぐに駆けつけてくれるのは分かっているが、何だかそれはそれで悔しいし…何よりまず、1人が好きな彼に四六時中くっ付いているのも彼に悪い気がする。
まぁつまり、だからこそ偶然を装って「こんな所にいたんだー?」的な感じで鉢合わせ出来たらなと自分でも阿呆な事を願ってこうして密かに探していたりする…のだが、残念ながら見つからないものは見つからないので、これはもう大人しく彼から来てくれるのを待った方が良いのだろう。




「…にゃぁー…」


「……うん?にゃぁ?」




暇だし、それならこの桜が見える部屋で昼寝でもしてしまおうか。
そんな事を珊瑚が考えて目の前の部屋へと足を向けようとすれば、ふとその桜の方から小さな鳴き声が聞こえた珊瑚は気になってその木の真下まで移動すると、注意深く上を見上げる。

するとそこには何処からか迷い込んでしまったのか、まだそこまで大きくはない猫が木の上で降りられなくなり震えているのが目に入った珊瑚は慌てて両手を伸ばしたものの、残念ながら成人女性の平均よりも身長が低い彼女では到底届く高さではなかった。
というよりもこの高さは刀剣男士でも届かなそうで、どうしたものか…と珊瑚が上を見上げたまま考え込んでいれば、偶然近くを通り掛かった陸奥守がその肩をぽん!と叩く。




「珊瑚、どいたが?」


「!あ…むっちゃん!良かった…あのね、猫がこの上にいて…」


「うん?…あー…!いやぁけんど…これはちっくと高いにゃあ」


「にゃぁー…」


「お。返事しちょる。可愛ええのぉ!」


「あら。随分可愛いやり取りして…って、そうじゃなくて…!…でもむっちゃんでも無理か…どうしよ…蜻蛉切とかなら届……あ、でも槍組は遠征に行ってるんだった…」




珊瑚に説明を受けた陸奥守がその高さを確認すれば、どうにも陸奥守でも届く高さではないらしい。
一瞬、にゃぁにゃぁと可愛らしい陸奥守と猫のやり取りにほっこりとしてしまった珊瑚だったが、いやいやそうじゃないと直ぐに我に返って自分の真上にいる猫をどうしたものかと考えた。

しかし、比較的に身長の高い槍の刀剣男士達は運悪く遠征へと出ている最中なので頼ることも出来ず…それなら蔵から梯子を取ってくるしか…と回れ右をして歩き出そうとした珊瑚だったが、それは隣にいる陸奥守がとある言葉で引き止めた。




「珊瑚、ちっくとうだくぞ。ほい」


「へ?わぁ?!」




ちっくとうだくぞ。
これであなたも土佐弁マスターという本を読み込んだ珊瑚にはその言葉がつまり、「ちょっと抱っこするぞ」という意味なのだと直ぐに分かりはしたものの、まさかそのあと直ぐに自分の身体がひょい、っと持ち上げられるだなんて思いもしなかったのだろう。

ふいに大きな声を出して驚いてしまうが、自分を抱き上げてくれている陸奥守がしっかりと支えてくれているので怖いという感情はなく、寧ろそのお陰で弱々しく鳴いていた猫の鼻がちょん、と自分の鼻にくっついた。
そんな可愛らしい猫に優しく笑いながら手を伸ばして両手でしっかりと抱っこすれば、それを確認した陸奥守はその状態のまま真上の珊瑚に笑いかけた




「がっはっは!これで一件落着じゃのぉ!」


「あはは!そうだね!ありがとむっちゃん!…重くない?」


「いんや?寧ろ軽い!まぁ珊瑚は身体も小さいきね!おーよしよし、高い高い!」


「ち、小さくないし!あはは!もー!子供じゃないんだから!」


「はっはっは!けんど、鯰尾よりも小さいやろう?」


「ぐ…っ!!……ん?あれ?」


「?どいたが?」




猫を抱っこしている珊瑚を抱っこしている陸奥守。
意地悪を言いながらも眩しく笑う陸奥守の一言で「ぐっ」と言葉を詰まらせた図星の珊瑚が陸奥守からの視線から逃れるように屋根の上を見れば、そこに何やら焦げ茶色が見えた気がした珊瑚は思わず声を出してしまう。
そんな珊瑚を不思議に思った陸奥守は同じくその方向を向くが、生憎屋根の上までは見ることが出来ずに首を傾げてしまった。




「ねね、むっちゃん。今度は私をあの屋根の上に乗せて!」


「?ほいほい…よっこらせ、と。ほれ!」


「あ、り、が…と!よっと!」




屋根の上に何かあるのか?
それが気になっていた陸奥守だが、珊瑚に屋根の上に乗せてくれと頼まれると快く引き受けて珊瑚を更に持ち上げて屋根の縁にその手を掴ませる。
そしてそのままぶら下がっている珊瑚の足の下に両手を乗せて持ち上げてやれば、珊瑚はお礼を言って難なく屋根の上に上がれた。

そんな珊瑚の後を追うように陸奥守も自力で屋根の上に手を掛けてひょこ、っと顔を覗かせれば、そこには反対側の屋根の上に見慣れた焦げ茶の髪が風に靡いているのが目に入り、ほにほに。と直ぐに珊瑚が屋根の上に行きたがったわけだと納得してしまった。

すると、どうやら昼寝をしていたらしいその人物は珊瑚と陸奥守が立てた物音で起きたのだろう。
むくりと起き上がり、怠そうにゆっくりと後ろを振り返った。



そこには…




「あ、やっぱりくーくんだ」


「大倶利伽羅やの」


「にゃぁ」


「………………………」



自分と同じ屋根の上にいる危なっかしい珊瑚と、その隣で屋根の縁に手をかけたまま顔だけ覗かせている陸奥守。
そして何故かそんな陸奥守の頭の上に乗っている猫。

そんな光景を見て一瞬思考が停止した大倶利伽羅だったが、直ぐに状況に気づいて慌てて珊瑚の元に駆け寄ると、その体を軽々と持ち上げて自分の隣へと移動させた。




「何をしている!危ないだろう?!」


「わぁ!くーくんにもうだいてもらった!」


「馬鹿な事を言っている場合か…!…はぁ…」


「よっと!…がっはっは!ほにほに。大倶利伽羅はこがな所におったんやなぁ!…ほんで?こがな所で何をしゆーが?」


「…別に…あんたらには関係ないだろう」




大倶利伽羅に抱っこしてもらえた事が素直に嬉しかったのだろう珊瑚が笑顔になっているのを見て、自分まで嬉しくなってしまった陸奥守は、頭の上の猫が無事に屋根の上に登ったことを確認すると、自分も軽い身のこなしで上へと上がる。

そんな陸奥守からどうしてこんな所にいたんだと聞かれた大倶利伽羅は一瞬言葉を詰まらせるが、あんたらには関係ないだろうとそっぽを向いてしまった。
すると、大倶利伽羅のその態度に少しだけ不安になった珊瑚が「邪魔だった?」と聞けば、大倶利伽羅は直ぐに首を横に振ってみせたので、どうやら嫌だった訳ではないらしい。




「にゃ、にゃぁ…にゃー」


「ん?猫ちゃん、何してるの?」


「!おい、それは…!」


「「うん?」」




嫌ではないらしいが、どうにも何処か複雑そうな顔をしている大倶利伽羅の様子が気になった珊瑚と陸奥守が顔を見合わせて首を傾げてしまった時。
いつの間にか先程まで大倶利伽羅が寝転がっていた場所にいた猫が何やらちょいちょいとその小さな手を動かしている事に気づいた珊瑚と陸奥守がその近くまでいけば、慌てた大倶利伽羅が手を伸ばしてそれを止めようとする。

しかし残念ながらそれは間に合わなかったようで、猫が遊んでいたものの正体を知った珊瑚と陸奥守は後ろにいる大倶利伽羅へと振り向くと、眩しくて目を細めてしまうくらいにキラキラと目を輝かせて大倶利伽羅を見る。




「くーくんいつの間に…!!ねぇ覚えた?何処まで覚えた?…あっ、そういえばさっき「うだく」の意味分かってたもんね?!はぁーそっか…そっかそっか?ふーーーん?」


「大倶利伽羅…おまん…!!わしの為か?!わしの為やな?!そうか!そうかそうかぁ!いやぁえらい嬉しいのぉ!」


「っ……黙れ…っ!」




そう。珊瑚と陸奥守がこんなにも目をキラキラとさせた理由。
それはそこに置いてあったのが「これであなたも土佐弁マスター」という本だったからだ。
それがどんな物なのか分かっている珊瑚は、隠れたところでこうして彼なりに陸奥守に歩み寄ろうとしていたんだなと理解して心底嬉しそうにしており、また陸奥守も自分の言葉を理解しようと勉強してくれていたんだと知ってこちらも心底嬉しそうにしている。

そんな2人のキラキラした視線に耐えられず、否定も出来ず。
「黙れ」としか返せなかった大倶利伽羅は眉をピクピクとさせながら咳払いをすると、未だにその本で遊んでいる猫を抱き抱えてその場に腰を降ろした。





「大倶利伽羅大倶利伽羅!わしはこじゃんと嬉しいぜよ!おまんはげに優しい男やにゃぁ!がっはっは!えらいえらい!おーよしよし!」


「っ、黙れ!頭を撫でるな!」


「あはは!何だか兄弟みたいだね!」


「ん?おお!そうやな?!珊瑚はわしの妹みたいなもんやし、ほんなら恋仲の大倶利伽羅だってわしの弟じゃのぉ!」


「っ…それはそうだが…俺は弟じゃない、勝手な事を言うな…!」


「「大好きだよ兄さん」って言ってるよ!良かったねむっちゃん!」


「?!?!わしも大好きやぞ大倶利伽羅ーっ!!!」


「言っていないっ!!離れろっ!!」





自分の目の前で、陸奥守から熱い抱擁を受けながら頭もわしゃわしゃと撫で回されてもがいている大倶利伽羅を見ながら。
いつの間にか擦り寄ってきた、この事実を知る切っ掛けを作ってくれた可愛らしい猫をうだいた珊瑚は笑みを堪えきれずに幸せそうに笑って、その猫にお礼の意味でキスを送る。

キラキラとした、幸せな毎日。幸せな時間。
巡り巡って、こんな時が、関係が。
ずっとずっと回っていればいいのにと密かに心の中で呟いた珊瑚のその願いが、本当に叶うことになるとは。


この時の3人はまだ知らないのだった。




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