木漏れ日の中で





この前までは風もあまり吹かず、何かを羽織っていれば暑いとすら感じていた気候もいつの間にか朝晩はすっかり寒いと感じるようになった頃。
書類等のやる事を終えた珊瑚は蜜柑色のパーカーを羽織って外へと出る。

窓から見ていた通り、今日はこうして上を羽織っていれば太陽の日差しも暖かくて調度良いなとくらいの過ごしやすい日だなと実感してぐぐーっと天に向かって両腕を気持ちよさそうに伸ばす。例えその間に




「うわぁぁぁあー!!厨に大きな蜘蛛が……って、玩具?!もう!!鶴さぁぁーん!!!!」


「俺の部屋にブーブークッションを仕掛けた奴は誰だ鶴丸以外居ないな貴様ぁぁあぁぁー!!!昨夜から計算が合わずに寝ていない俺の尻から間抜けな音が鳴り響いたこの気持ちが貴様に分かるかぁあ?!」




……と、燭台切や長谷部の声が荒々しく響いたとしても気にせずだ。いや、計算が合わないことに関しては気にしなくてはいけないのだが。何となくその犯人は想像がつくので後で確認するとして。

そしてその後やっぱりすぐにドタバタと追いかけっこを始めたのだろう騒がしい音を聞いた珊瑚は「まったく……」と笑いながらため息をつきかけたのだが、ふと珍しくそこに大好きな存在が参加していないことに気がつくと、何処に行ったのだろうと気になって探してみようと足を動かしたのだった。











「んんー?屋根の上にも居ないし部屋にも居ない……鍛錬場にも居ないし、むっちゃんのところにも居なかったし……こうして畑にも蜜柑畑にも居ないんじゃ何処に行ったのか分かんないなぁ……」




探しに出掛けたはいいものの。
絶対に何処かしらには居るだろうと思っていた場所の何処にも大倶利伽羅の姿を見つけられなかった珊瑚は、沢山の蜜柑に囲まれながら不思議そうに首を傾げてしまう。

大抵いつも行動パターンが決まっている大倶利伽羅は、誰も姿を見ていない時は絶対という程にこの蜜柑畑に居るし、厨で大騒ぎしていた伊達の刀達だって「それなら蜜柑畑だろう」と口を揃えて言っていたくらいなのだ。なのにここにも居ないとなると後は万事屋にでも出掛けたくらいしか思いつかないのだが、そもそもそういう時は絶対に珊瑚に一声掛けてくれるし、何なら一緒に行くことの方が多い。つまり、何処にも居ない。




「よっぽど1人になりたい気分なのかな……それはそれで珍しくはないし……はぁ、今日はちょっと顔見て甘えたい気分だったんだけど、仕方ない。その内くーくんから顔を見せてくれるだろうし、私は戻って部屋の整理でもしようかな……って、あれ?」


「?おお。珊瑚やないか?どういた?そがぁに残念そうな顔しちょってからに」




これだけ探しても居ないし、やっぱりきっと彼は何処かで1人ゆっくりと過ごしているのだろう。
そう考えて部屋に戻ろうとした珊瑚が後ろを振り向けば、ガサガサとした足音と共にひょこ、っと蜜柑の木の葉の間から陸奥守が顔を出し、その両手には何故か幾つかの蜜柑が入った籠があった。




「むっちゃん?むっちゃんこそどうしたの?1人でここに居るなんて珍しいね?私はくーくんを探してただけなんだけど……何処にも居なくてさ」


「おおそうやったんか!わしはその大倶利伽羅に代わって、こうやって蜜柑を収穫しちゃろう思うてな!なんや気持ちえいよぉに見えよったからのぉ……ほれ。こっちやこっち!」


「え?え?どういうこと?」


「えいからえいから!そーっとやぞ?そーっとあっちのでかい木の方へ歩いちょればえいき!行ってこい!」




大倶利伽羅を探しているという珊瑚に、そんな大倶利伽羅に代わって蜜柑を収穫していたらしい陸奥守は、その蜜柑を入れた籠を片手で肩に担いでもう片方の手で珊瑚の手を握って蜜柑畑から出る。
そして珊瑚の手を離して向こうにある大きな木を指さしてみせると、今度はその指を自身の唇に添えて「しーっ」と忠告をしてから再度蜜柑畑へと行ってしまった。

そんな陸奥守の後ろ姿を見ながらも、言われた通りにそこへとゆっくり近づいていった珊瑚が見たものは……




「……ふふ。なるほどこういうことね」




大きな木の下で、腕を組み。
幹に寄りかかりながら腰を下ろして瞼を伏せている大倶利伽羅の姿があったのだった。
余程疲れているのだろうか?珊瑚が近づいても起きる気配はなく、木の葉の隙間から漏れる暖かで眩しい木漏れ日が風に揺れる度に目元に移動しても彼はピクリとも動かない。

そんな大倶利伽羅をいまがチャンスとばかりに見つめ、穏やかに伏せられた睫毛の長さ……それからいつもは長い癖のある前髪のお陰であまり見れない彼の右側等など。
改めて色々と観察して、改めてその綺麗な容姿を再確認した珊瑚は頬を桜色に染めてつい恥ずかしさで視線を逸らしてしまう。




「……ん?料理本……?」




すると、視線を逸らした先には彼が読んでいたのだろう料理本があり……みっちゃんなら分かるけど、くーくんが料理本を読むなんてまたまた珍しい……と思った珊瑚は彼を起こさないようにそっとその本を手に取ると、ゆっくり彼の隣に腰を下ろして栞が挟んであったページを開く。

そこには「蜜柑特集」と書かれた見出しの下に、ドライフルーツやらジャムやらグミやら……蜜柑を使った甘味のレシピがこれでもかと載っており、すぐに彼がこれを用意してくれようとしていることを察した珊瑚は嬉しさとくすぐったさと、そして上から降り注いでくる暖かい木漏れ日の中。少しだけ冷たい風にも吹かれ、いつの間にか徐々に体の力が抜けるのを感じてゆっくりと隣で目を閉じたままの大倶利伽羅の肩に頭を預けてしまうのだった。












「……起きたか?」


「……あれ、やだつい寝ちゃった……!えっごめんねくーくん……!いつの間に上着……!寒かったでしょ?」


「いや、別に気にしなくていい。俺は東北の田舎刀だからな。これくらいなら寒くもない」


「あはは!また歌仙に何か言われた?」


「朝一番にな」


「ふふっ想像ついた!……ねぇくーくん、ところでこの本なんですが、もしかしてどれが作ろうとしてくれてた?ここでぐっすり昼寝してたってことは、どれにしようか悩んでて昨日寝れなかったとか?」


「……さてな」


「私、この中だったらグミがいいなぁ〜?手作りのグミって食べたことないし、グミ好きだし!でもくーくんが私のことを考えて作ってくれたり行動してくれること、私何でも嬉しいけどな〜?」


「……珊瑚。少し黙らないとそのまま塞ぐぞ」




キラキラと。
風が吹いて肌寒い中でも暖めてくれる木漏れ日が降り注ぐ木の下で。
いつの間にか膝にかけられていた大好きなくーくんの上着の温もりと、話している途中から照れてそっぽを向いていたくーくんの温まった赤い耳と。

ゆらゆらと。
風に揺れる葉と共に動く木漏れ日が示したそのページのとある項目に……眠ってしまう前にはなかった赤い印が付いているのに気づいた珊瑚がわざと口に出せば。

さわさわと揺れる前髪を少し乱暴に横に流して振り向きざまに言葉通り珊瑚を唇で黙らせた大倶利伽羅は……その後すぐ嬉しそうに首に回してきた彼女の温もりを暫くゆっくりと堪能するのだった。




(そういえば長谷部が「いくら計算しても金が足りない」って朝から家計簿と睨めっこしてたんだけど)


(?シリコンという素材の型なら何種類かまとめて買ったが)


(うーんそれだ)




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