染みる気持ち



「さぁ始まるぜ!第32回!珊瑚本丸!おにぎりにぎにぎ決定せーーーん!!」




沢山の刀剣男士が集ってガヤガヤと賑わうとある日の大広間。
そんな空間を突如として静まり返させたのは、静まり返させたのは、景気よくスパァン!と開かれた襖と、それを開いた張本人である鶴丸国永の満面の笑みだった。

その言葉を聞いた誰もが「いや初めて聞いたけど第32回ってなに」と心の中で思ったのだが、それを誰かが言う前に鶴丸の肩に乗っていたこんのすけが先手を打った。




「ちなみに第32回は普通に嘘です」


「嘘なんかい」


「こういうことはまず、雰囲気作りからかと思いまして」


「雰囲気なんかい」


「はっはっは!まぁつまりだ。俺達も大好き人間も大好き、時代を問わずいつでも愛されるおにぎりの具で、何が一番美味しいかを競う大会ってことさ。どうだ?面白そうだろう?」




先手を打ったこんのすけの正直な答えに、思わず同田貫や太鼓鐘がつっこんでしまう中。
両手を腰にあてて楽しそうに笑った鶴丸が事の詳細を説明してくれれば、もうノリの良い何振りかは楽しそうだと乗り気満々になって立ち上がる。

しかし、こういう事に関してはいつもみんなの「父親」かのようになる長谷部に至ってはやはり今回もいつも通りのようで、こちらも立ち上がって腕組みをすると、苦言を申すように声を上げた。




「そのめちゃくちゃな大会の名のセンスからもう気になるが、そもそも何故そんな事になっているんだ!梅や鮭でいいだろう?!大体、俺達刀剣男士には責務というものがあり、日々遡行軍との戦いに備え、歴史を守る為、気を引き締めて各々更に力を…」


「更にちなみに主様からは許可をもらっていますし、優勝者には主様から「何でも一つ好きな物」を貰える権利が与えられます」


「退け陸奥守!!俺の前を走るな!先に畑で新鮮な野菜を取ってくるのはこの俺だ!」


「いーや譲らん!!珊瑚の初期刀はわしやろう?!つ、ま、り、わしが一番美味い野菜を使うて良い権利がある!」


「初期刀だからと言ってあるわけないだろうそんな権利!!」




声をかけた……のだが。
それはまたしてもこんのすけの言葉によって状況が瞬時に変わったのだろう。
持ち前の高い機動を活かして物凄い速さで畑へと走った長谷部だが、同じく同時に反応した陸奥守に抜かされそうになって訳の分からない言い合いをしながらいつもは「走るな」という廊下を物凄い速さで走っていった。

そんな長谷部と陸奥守の背中を見て、俺も俺もと乗り気だった数振り達も各々食材を撮りに散っていく。




「あはは!皆楽しそうだね。僕はどうしようかな…野菜も良いけど、魚や肉も捨て難いよね…」


「あ!俺決めた!確か棚にまだ色んな缶詰めが残ってたよな?!そこ見てくる!派手に決めてやるぜ!」


「俺は驚きに満ちた物がいいな!どれ。いっちょ探してくるか!伽羅坊はどうするんだ?」


「俺はやらん。馴れ合うつもりはないからな。あんたらで勝手にやっていろ」


「ん?そうか…まぁ伽羅坊は好きな物一つなんて言われても愛している主が隣りにいればそれで良いだろうしなぁ。よっ!近侍殿!」


「っ、馬鹿を言っていないで早く行け」




勝負に乗り気なものが各々の考えた場所に向かって行った中で、勝負に乗らずに審査役を勤めようとしている数振りが大広間に残って、時間的に昼食になりそうだなと楽しみに話をしている中で。

この本丸のご飯事情には一番貢献している伊達の面々は揃って知り尽くしている厨房へと足を運ぶと、それぞれ思うままに行動をし始める。

しかし、やはり想像通りいつでも「馴れ合うつもりはない」大倶利伽羅は参加はしないようで、鶴丸に茶化されて頬を少し染めながらも言葉を返してさっさとその場からから退散してしまうのだが、大倶利伽羅以外の伊達の面々はまぁこれもいつもの事だよなと特に気にすることもなくそれぞれおにぎりの具をどうしようかと試行錯誤し始めるのだった。














そして、時は昼食時の大広間。
「何でも好きな物を一つ」という賞品を目当てに作った刀達のおにぎりがそれぞれの形で沢山並んでいる大皿を前にした珊瑚は、凄い凄いと拍手をして皆に笑顔を向けていた。

そのおにぎりが全て一口サイズになっているのは、流石に女性である珊瑚には全部食べきるのは難しいだろうからと考えてくれた参加者達の優しさである。




「んぐ。これはツナマヨだね。……これはエビマヨ、……あ。これは唐揚げ……ふふ、このサツマイモはむっちゃんだね?…これはカレー味のおにぎりだ……ん?これは……おにぎりの中に……おにぎり…?」


「鶴丸国永…」


「おにぎりを食べたらおにぎりが出てくる!そのおにぎりを食べたらまたおにぎりが出てくる!どうだ?中々に面白いだろう?そして最後のおにぎりには日向の作った梅干しが白い飯の中に鶴らしくちょこんと小さく入っているからな!まぁ言っちまえば梅おにぎりだな!」


「なら初めから梅おにぎりで良かっただろう!全く、どうりでお前だけ作るのに時間がかかっていたわけか…」


「そんな長谷部は王道の鮭おにぎりだね?ふふ、これも美味しいよ!作ってくれてありがとう長谷部!」


「!!!あ、主…!!!!」




王道のものから変わり種、そしてそもそも白ではなくターメリックライスで作った派手なカレーおにぎり、それからマトリョーシカおにぎりなどなど。
本当に様々なものがあり、わいわいがやがやとみんなが楽しそうに美味しそうに、時にはなんだこれとお茶と一緒に流し込んだりと賑わう大広間。

そんな、いつもよりも何倍も賑やかな昼食を全員でしているのを楽しそうに眺めている珊瑚はもう何杯目か分からないお茶を飲みながら全員への感想を伝えると、頑張って作ってくれた皆はぱぁ…!と桜が舞う笑顔を向けてくれる。

そして、なら早いところ優勝者を決めて、改めてそのおにぎりを一口サイズではなく丸々一つ食べてもらおうじゃないかとの話に切り替わり、その途端に珊瑚は一瞬体を硬直させるのだが、それは誰が優勝かと盛り上がっている場では誰にも気づかれずに何とか事なきを得られた。




「俺のこの派手なキラキラのカレーおにぎりが一番だ!」


「いや!俺の鮭のが美味かった!」


「わしのサツマイモじゃ!甘さもあって中々に美味かったろう!」


「僕の自家製マヨネーズを使ったエビマヨだって美味しいよ!」


「いやいや優勝は俺のマトリョーシカおにぎりだろ!」


「「「「それはない!!」」」」





事なきを得られた、と珊瑚の状態を表現したのはどうしてか。
それは単に食べすぎてお腹がいっぱいという訳ではなく、実は数日前から抱えている問題が原因なのだが、それが何なのか知らない皆は、そんな珊瑚を他所に他の審査役の刀達に意見を求め、本格的に優勝したものを早く主に食べてもらおう!という話に落ち着いてしまった。

その様子を見て、何やら覚悟を決めた珊瑚が「よし、何でも来い」と拳を握ったのだが、その手はふと馴染みのある褐色の大きな手によって不器用ながらも優しく包まれる。




「…?くーくん…?」


「…俺ので終いにしろ」


「俺の?…あれ、くーくんもおにぎり作ってくれたの?参加してないって聞いてたけど…?」


「おお。伽羅坊も結局作ったのか!具は何だ?というか…終いにしろってどういうことだ?まさか「これ以上俺が作ったもの以外の飯を食うな、珊瑚は俺のものだ」ということか?」


「あはは!鶴さんったら、そんな茶化すと伽羅ちゃんに怒られ、」


「そうだ」





…………………





「「「「「……え?」」」」」





おかしい、おかしすぎる。なんだ今のは。
いつもなら「違う」と鶴丸に言うか、そもそもここで勝負なんてものは置いて追いかけっこが始まる筈なのだが。
なのに、なのにあろう事か大倶利伽羅は、あの大倶利伽羅は鶴丸の茶化しを怒らず…寧ろ頷いて肯定したのだ。

それを聞いたものは全員目が点になってしまい、言葉も失ってしまうのだが…ここでふと顔を赤くしながらも大倶利伽羅が何をしたいのか知りたかった珊瑚は、意を決してぱく!と大好きなくーくんが作ってくれた、海苔も巻かれていない真っ白なおにぎりを頬張る。

すると………





「……?…………」


「どうだ?」


「………う………うぅ…!」


「…あ、主…?」


「……くーくんが優勝…!」


「そうか」


「「「「「ええええええ?!」」」」」




大倶利伽羅が握ったおにぎりを口に入れてから暫くして、幸せそうにもぐもぐとした珊瑚は思わず「優勝」と口にして皆の前で大倶利伽羅…大好きなくーくんに抱き着いて顔を彼の胸板に埋めてしまう。

そんな様子を見て、なんでなんでと慌てた面々が大倶利伽羅の握ったおにぎりを頬張るのだが、出てきた言葉は…




「いやこれ塩むすび!塩むすびこれ!」




そう。つまり大倶利伽羅は具なんてものは入れず、まさかのシンプルな塩むすびを握ってきたのだ。
そもそも「馴れ合うつもりはない」と言って参加を断った筈なのに。そしておにぎりの具で何が一番美味しいかという勝負なのにも関わらず。塩むすびを。

いや美味しいけど!握りすぎずで口の中でほろほろ崩れる絶妙の加減だしシンプルで米の甘みが凄い伝わりやすい美味しい塩むすびだけど!めちゃくちゃ美味しいけど!

そんな皆の声が聞こえながら、結局「それなら俺も食べたい」と沢山あった大倶利伽羅の塩むすびがいつの間にか完売している中。
いやいやいやと陸奥守が大倶利伽羅に抱き着いている珊瑚のところに駆け寄って声をかけた。





「珊瑚!おまん!何でじゃ!わしは優勝して海鮮丼をまた食べに行きたい思うちゅー………ん?」


「…陸奥守、水を頼む」


「………!…がっはっは!なーるほどなぁ…こりゃめった!ほにほに。確かにこれは優勝は大倶利伽羅やの。分かった、ちっくと待っとーせ!」


「何故だ陸奥守!俺は納得出来ん!!」


「ほれほれ長谷部、いいからわしと一緒に水を持ってくるぜよ〜ちっくとばかし温いやつをじゃ!」


「?どういう…!お、おい!背中を押すな!」





初めは何でだと珊瑚に詰め寄ろうとした陸奥守だったのだが、「水を頼む」と言いながら大倶利伽羅がちらりと見せてきた「あるもの」を目にした陸奥守は納得したように眉を八の字にして笑うと、拗ねている長谷部の背中を無理やりに押して冷たすぎない水を取りに厨房へと歩いていく。

すると、何かがあるのだと察してくれた伊達の皆もいつの間にか勝負など忘れてわいわいと沢山のおにぎりで賑わっている皆の中から抜け出して近くへと来てくれ、状況を確認してくれた。




「…なんだ、それならそうと言ってくれれば良かったのに…痛かったよね?ごめんね主…」


「あちゃー…これでカレーおにぎりはまずかったな…ごめんなぁ主…」


「こいつは驚きを通り越してただただ痛そうだな…」


「…だって、皆が作ってくれたやつ、全部食べたかったんだもん…凄く美味しかったし……というか隠してたつもりだったんだけど…くーくんにはバレてたんだね…」


「ここ数日、蜜柑を一日に2つしか食べていなかったからな」


「いやそこは食べるんかい」




どうしたどうしたと未だに大倶利伽羅に抱き着いたままの珊瑚の顔を覗き込み、控えめに口を開けたその中と、大倶利伽羅がちらりと見せた「薬」を確認した伊達の三振りは「そういうことか」と事の真相を知って、どうりで大倶利伽羅がらしくない態度を取ったのかが分かったようだった。

どういうことかと言うと、つまりは珊瑚。
口の中に2つも口内炎が出来ていたのだ。
その状態であれだけおにぎりに合わせた濃い味付けの具を、一口サイズだとしても何個も食べたのだから、それはさぞかし痛かっただろうし、珊瑚の性格上それを頑張って隠していたのも納得がいく。
それでも絶対に染みるだろう蜜柑は2つも食べていたのはいかがなものかと思うが。

まぁ何にせよ、珊瑚がそれを必死に隠しているのを分かっていた上で、大倶利伽羅は鶴丸の茶化しに無理に乗って皆にバレないようにおにぎり大会を終わらせてくれたというわけで…それは陸奥守も笑って優勝を大倶利伽羅にするわけだ、とお互いの顔を見合わせ、頬を軽く染めてそっぽを向いている大倶利伽羅の髪をわしゃわしゃと撫で回してしまったのだった。




(っ、やめろ!俺に構うな…!)


(流石近侍殿だなぁ〜よしよしいい子いい子だ。優勝賞品は何をお願いするんだ?んー?)


(別に俺は…!)


(うわぁんくーくんだいすき口内炎治ったら蜜柑の寒天作ってぇえ…)


(あはは!こりゃ好きな物一つは蜜柑の寒天を食べた主の笑顔に決定だな!)


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