今日は何の日



「ふんふふんふーん」


「あ。主おはよう…って、どうしたの?今日はいつにも増して早起きだし機嫌が良いね?」


「鯰尾くんおはよう!えへへ、今日はね!特別な日なんだよね!」


「特別な日…?えっと…待ってね当てるから。この時期に特別なものと言えば…」




季節が変わりに変わり…早朝の吐く息をふわりとした白が象り、寒くなってきたなぁと肌で感じるようになったこの季節。
そんな、出来るだけ長く布団に入っていたくなるような気温の中で珍しく早起きで、いつにも増して機嫌が良い珊瑚と廊下で鉢合わせた鯰尾は、「当てるから待って」と口元に手を添えて思考を巡らせる。

しかし、残念ながら考えてみてもこれと言って何も思いつかず…鯰尾がぐぬぬ…と唸ってしまえば、ふいにそんな彼の頭を誰かが後ろからぽん、と優しく叩いた。




「やぁ。おはよう2人共。こんな所で立ち話だなんてどうしたの?」


「あ、みっちゃんおはよう!」


「おはようございます燭台切さん。実は主が「今日は特別な日」だーって言うんですけど、考えても俺には思いつかなくて…」


「……えっ、?!あ、あ、あぁそうなんだ?うーんなんだろう…僕も分からないな…」


「?みっちゃんどうしたの?なんか変だよ?というか別に隠すような日でもないし…あぁ鯰尾くん、今日はね、み…」


「?!あぁぁあ主!!!まだ朝ご飯食べてないでしょ?!鯰尾くんも!!今持ってきてあげるから食べちゃってよ!今日のお味噌汁は僕の自信作なんだ!良いお出汁のアサリ!アサリのお味噌汁だよ!!あっ!でも食べ過ぎないようにね!!!」




2人で立ち話をしているところに現れた燭台切は、珊瑚が「別に隠すような日でもないし」と鯰尾に伝えようとした時に何かに焦ったようにそれを遮ると、ぐいぐいと珊瑚と鯰尾の背中を押す。

そんな突然の燭台切の行動に素直に変だと思うものの…アサリのお味噌汁があると言われた珊瑚は首を傾げながら燭台切にお礼を言って広間へと足を進める。

その後数歩遅れて鯰尾が何やらニコニコとしながら隣を歩いてきたのだが、彼は「早く行こう」と無邪気に笑うと、珊瑚の手を握って早歩きで食事へと促すのだった。












「ねぇ次郎ちゃん、くーくん知らない?」


「え?知らないよー?そこら辺で鍛錬でもしてるんじゃない?」


「ねぇ同田貫くん、くーくん…というか伊達の皆を知らない?」


「知らねぇ」


「ねぇ五虎退くん、伊達の皆を知らない?」


「えっ!し、知らないです!ごめんなさい!!」


「ねぇむっちゃん、くーくん達知らない?」


「しししし知らんのお!!!!」


「……ねぇ長谷部、くーくん達が居ないんだけ、」


「知りませんね!!」


「…というか今日は特別な日だから好きなだけ食べてもい、」


「いけませんっ!!!!!!!」


「何で?!?!」




鯰尾と美味しい朝食を食べ終えた珊瑚は、いつもなら探さなくても毎朝自分から声をかけてくれる大倶利伽羅の姿がないことに気づき、恐らく居るであろう厨房に行く通り道ですれ違った刀剣達に問いかけていた。

しかしどういうわけか、全員が全員「知らない」の一点張りで…陸奥守に至ってはあからさまに声が大きくどもり気味。
長谷部に関しては「知らない」の後にいつものお願いごとをすれば、弾かれたように「いけません」と大声を張り上げ、こちらも何かおかしい様子。

鯰尾だって、あれだけ「今日は何の日」と気になっていたはずなのに、何故かそれを聞いてくることはなく…食べ終わったら直ぐにそそくさと2人分の食器を厨房にまで戻しに行ってしまう始末。




「…何か変…」




そう、やはり何かおかしい。
大倶利伽羅ならまだわかる。
そういう気分ではないとか、1人で考え事でもしたかったのだとか、落ち着く場所で鍛錬しているとかで誰も姿を見ていないと言ってもおかしくは無い。

しかし、いつもなら探さなくても見つかる…というよりも、どちらかと言えば自ら現れるような騒がしい伊達の刀…鶴丸や太鼓鐘が見つからないのは、如何にも。

燭台切なら廊下で鉢合わせたが、彼も何処か様子がおかしかったことを思い出した珊瑚は、この時点で皆から何かを隠されているんじゃないかと考えて厨房へと進める足を早めた…のだが。




「あー!!珊瑚!!わしと!わしと遊ばんか?!」


「うっわぁむっちゃん?!びっくりした!さっきまで部屋にいたよね?!追い掛けてきたの?!」


「なんや急に珊瑚と遊びたくなってなぁ!!ほれ、その、なんや、あー、射的!そう!射的でもして遊ばんか?!丁度ここに拳銃があるき!!」


「主に本物の拳銃を触らせる馬鹿があるかぁっ!!」


「ほげっ、」


「うわぁ長谷部?!いたの?!いつ?!長谷部もさっきまで部屋にいたよね?!……まさか2人共…つけてきてたとか?」


「「メッソウモナイ」」



渡り廊下を抜け、分かれ道を厨房へと続く方へと進んだ珊瑚の目の前に突然スライディング込みで勢いよく現れた陸奥守は身振り手振りで大袈裟に話をすると、あまりの勢いに後退りしそうな珊瑚の手に拳銃を乗せようとする。

しかしすると今度は珊瑚の後ろから長谷部がまたまたスライディングで現れ、怒鳴り声と共に陸奥守の頭に拳骨を落としたのだが、あまりにもわざとらしいそんな2人の態度にしびれを切らした珊瑚が「つけてきてたのか」と聞けば、2人は目を泳がせながら否定するのだが…やはり明らかに可笑しく、珊瑚は思わずジト目で2人を見つめてしまった。




「……」


「「………」」


「……はぁ、もう…一体何なの…今日は折角「蜜柑の日」だから長谷部にお許しもらって、くーくんも誘って皆で蜜柑食べ放題でもしようかと思ってたのに…」


「…ご、ご存知だったのですか…」


「…え?あぁうん…?ちょっと端末で調べ物してたら偶然知って…というか、長谷部も知ってたの?もしかしてむっちゃんも?」




ジト目に耐えられず、何とか視線を逸らそうとしていた2人を見るに見兼ねた珊瑚がため息混じりに言った「蜜柑の日」という言葉。
それを聞いた2人は拍子抜けとばかりにきょとん…と目をぱちくりとしてしまうと、今度はそれを見た珊瑚からの問いにどうしたもんかとお互い顔を見合わせてしまうと、陸奥守はぐぬぬ…と目を閉じて観念したかのように珊瑚の探し人の名前を厨房に向かって叫んでしまった。




「………ぐあぁあもうわしらには無理ちや!!大倶利伽羅ー!!まだかぁ?!」


「ここに居るが」


「どわぁぁぁあ?!?!なっ、なんっじゃぁおまん!!その神出鬼没どうにかならんのか?!」


「全くだ!!心臓に悪いっ!!!!」


「あんたらが隙だらけなだけだろう」




すると…呼ばれた筈の大倶利伽羅がすぐ近くに立っていたことに今まで気づかなかったらしい陸奥守と長谷部が暴れ回る心臓を己の手で抑えながら怒鳴れば、大倶利伽羅は口では言わずとも明らかに「うるさい…」と言った表情をしながら適当に応答をすると、目の前でやっぱり厨房に居た!と言わんばかりの顔で何処か不満げな珊瑚の目の前に移動し、何やら豪華な重箱を小っ恥ずかしそうに差し出した。




「?くーくん…これって何?豪華なお弁当…?」


「……開ければ分かる」


「ん。分かった…どれどれ……と、……………え」




大倶利伽羅に言われるがまま。
重箱を受け取ってその蓋を開けた珊瑚が見たものは、あまりにも彼女にとって幸せの詰め合わせだった。
それを確認した瞬間にバッ!と弾かれたように大倶利伽羅を見れば、そこにはバツが悪そうに視線を横に逸らし、癖のある猫っ毛でも隠しきれていない頬の赤みを見せている大倶利伽羅の姿があった。

そんな大倶利伽羅にくすりと笑い、また幸せそうに重箱の中身を再度確認した珊瑚の嬉しそうな顔を見た陸奥守と長谷部もその中身を一緒に確認する。




「おおお!こりゃめった!わしの想像以上じゃぁ!!まっことおまんはやるのぉ大倶利伽羅!よっ!伊達男!」


「っ…茶化すな」


「ほう…確かにこれは圧巻だ…!蜜柑のソースの掛かった牛肉…と、これは蜜柑の饅頭か?それにフルーツサラダに…」


「私の大好きな蜜柑の寒天もある!!これ…これ、くーくんが全部作ってくれたの?!」


「別に大したことじゃない」


「大したことだよ?!え、ええ…!くーくん凄いっ!!!本当に凄いっ!!!ありがとうくーくんっ!!」




重箱の中身の幸せの詰め合わせ…つまりは大好きな蜜柑のフルコースに目を輝かせ、その後それが大好きな大倶利伽羅…くーくんが作ってくれたのだと判明した珊瑚はキラキラした瞳の光を更に眩しくさせ、頬も桜色に色付けると、一旦重箱を陸奥守に預けて一目散に大倶利伽羅へと抱き着いた。

そんな突然の珊瑚の行動でも難なく受け止めた大倶利伽羅は僅かに優しい笑みで珊瑚の頭を撫でようとしたのだが、ふとニヤニヤとした視線を目の前から感じ取って思わず顔を真っ赤にしてギロリと陸奥守達を睨みつけ、何かを言おうと口を開きかけたが、それはドドドドと慌ただしく後ろから駆けてきた連中に邪魔される。





「それだけじゃないよ!こっちは僕特製の蜜柑のコンポート、そして100%の蜜柑ジュース!」


「俺はこれだ!蜜柑を練り込んで作ったふぉーちゅんくっきー!!どんな驚きが入ってるかはお楽しみだぜ!」


「俺は俺は俺は!!この金箔をあしらった蜜柑のぱふぇ!!どうだ?!なぁなぁ主!!これ最高に映えてるだろ?!」


「俺は途中参加だったけど、大倶利伽羅さんに教わった蜜柑のジャム!鶴丸さんの作ったふぉーちゅんくっきーに付けて食べても美味しいと思うよ!」


「うわぁ凄い凄い凄いっ!!どれも物凄く美味しそうだしお洒落!!そっか…これを作ってたから本丸中の皆にお願いして私から隠れてたし、みっちゃんも「朝ご飯を食べ過ぎないように」って言ってたんだね?ふふ、皆ありがとう!!」


「「「「どういたしましてっ!!」」」」




燭台切に鶴丸、太鼓鐘に鯰尾と。
楽しそうに駆けてきた連中が僕は俺はこれこれ!と目の前にずらりと並べてきた更なる蜜柑のフルコースを見た珊瑚は大倶利伽羅の腕の中から離れ、今度はお礼を言いながら一人一人の頭を撫でると、太鼓鐘や鯰尾に至っては抱き締めて頬擦りをする。

そんな珊瑚の喜んだ様子が嬉しかったのだろう、満面の笑みで「どういたしまして」と答えた伊達組と鯰尾を見た陸奥守はうんうんと頷いて満足そうにし…大倶利伽羅も満更でもない様子で見守っていたのだが。
何故か長谷部だけは不屈そうな表情でビシ!と鯰尾を指さすと、少し大きめの声を張り上げる。




「おい!聞いていないぞ!今回は発案者の大倶利伽羅に免じて伊達の刀達だけで作るという話ではなかったか?!鯰尾が参加してよかったのなら俺だって何か作った!!」


「そんなこと言われたって!俺は途中から知ったし!可愛さは正義だから仕方なくないですか?!ねぇ?大倶利伽羅さん!燭台切さん!」


「可愛く「お ね が い」なんて言われたらね、そりゃぁね…僕も断れないし、まぁ断る理由もないし…それに鯰尾くんは貞ちゃんと仲良くしてくれてるから」


「別に増える分には構わんだろう」


「貴様らぁ!!!」




珊瑚に忠義心が強い長谷部は、どうやら鯰尾が抜け駆けしたことが気に入らなかったらしい。
その理由の答えを鯰尾本人と燭台切と大倶利伽羅から聞いた長谷部は軽く地団駄を踏み、そんな長谷部を陸奥守が宥めるという…いつの間にかこの本丸でよくある騒がしい光景になったのを数歩後ろから見ていた珊瑚は楽しそうに笑うと、同じくいつの間にかその隣に移動してきていた大倶利伽羅の裾をぎゅっと握って「こっちを向いて」と合図をする。




「…ねぇくーくん、」


「?なんだ」


「…ふふ、ありがと。…んっ、大好き!」


「!…っ、な…?!」




わいわいぎゃぁぎゃぁと騒ぎ、知らぬ内に誰の蜜柑料理が一番映えているかという見せ合い勝負を始め、皆が夢中になっている少しの隙に。

誰も突っ込まなかった、長谷部が言った「大倶利伽羅が発案者」という事実がとても嬉しかった珊瑚は一瞬の隙をついて背伸びをすると、大倶利伽羅の唇に向かってお礼のキスを贈った。

その一瞬の出来事に数秒間を置いて顔を赤らめた大倶利伽羅に照れ笑いをしながら…頭の隅で、発案者ということを本人に確認したら照れてそっぽをむいてしまうだろうなと考えた珊瑚はその手に取るように分かる大好きな彼に今度はくすりと笑う。

そして…静かに何度か咳払いをした大倶利伽羅と共に、暫く目の前でわいわいぎゃぁぎゃぁと騒ぎ続けている刀達が落ち着き、この本丸の皆で蜜柑パーティーを開催するのをわくわくとしながら待つのだった。



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