近侍ドレス



珊瑚を主とするこの本丸で第一部隊に所属している陸奥守が数日ぶりの非番を持て余し、何をしようかと考えていたそんな時。
トントン…と小さな手で自分の部屋の襖をノックする音が聞こえ、そこにいたこんのすけの案内で珊瑚の部屋へと足を踏み入れた陸奥守が見たものは…その部屋の主の普段とは違った姿だった。




「珊瑚、おまん…ど、どう…?どうしたんじゃ…その…?!」


「…えっと、審神者の友達から、「近侍ドレスをデザインしてみたのでどうぞ!」って今朝荷物が届いて…開けてみたらこれで…」


「近侍どれす…?って、なんや?わしが見ちょった感じ、まるで大倶利伽羅を思い出す装いじゃのぉ?」


「あ、なんかね…私も知らなかったんだけど…実はこれ…」




近侍ドレスとはどういうものなのか。
それを陸奥守が聞くと、珊瑚は自身が纏っているドレスのひらひらとしたフリルを指で摘んで見ると、照れ笑いしながら陸奥守に説明をしてくれた。

どうやら珊瑚の審神者友達が彼女の為にと作ってくれたこの「近侍ドレス」というものは、その名の通り近侍をイメージし、尚且つそれは珊瑚の大倶利伽羅だけを忠実に表現した、世界に一つだけしかない特別なものらしい。

元々普段から身なりを気にして「生まれたからにはお洒落を精一杯楽しむ!」といった風な友達の彼女らしく、かなり拘って作られているそのドレスは、普段あまりそういった物に縁がない陸奥守でも拍手をしてしまう程に見事なものだった。




「ほお…全体が大倶利伽羅の髪と全く同じ色やし、珊瑚の細い腰が映えるような形の織物やのぉ!その…りぼん、やったっけ?それも大倶利伽羅がよう巻いちゅー物と同じ色で、同じように垂れ下がっちゅーし、げにまっこと良う出来ちゅーなぁ…!えらい驚いた。よぉ似合っちゅーよ!」


「え?!ほ、本当?!ありがとう!いやその、あまりに素敵だったからってのもあるんだけど…着るなら今しかないかなって思って…!」


「あー。あーあー、そうや…!大倶利伽羅は朝から単騎出陣しちゅーんやったな!…ほにほに。ほんで今それを着ゆーわけか…」




おおお…と思わず小さく拍手をしながら。
目の前で嬉し恥ずかしそうにしている珊瑚からどうしてそんな装いをしているのかという理由を聞いて、上から下、下から上へと珊瑚を眺めると…ほにほにと満足気に頷いて思わず腕組みをしてこれでもかと嬉しそうに珊瑚とそのドレスを褒めてくれ、尚且つどうして今ここでそれを着ているのか…それを察してくれた陸奥守は更に深く何度も頷いてしまう。

つまりは珊瑚。
陸奥守が察してくれた通りに大倶利伽羅の目の前でこの姿を見せるのは恥ずかしい…ということなのだろう。
しかしそんな2人のことを良く知る内の1人である陸奥守からすればそれは…




「…確かにいかん。いかんな…おん。いかんぜよ」


「……えっ、だ、だめ?駄目かな?!やっぱり似合ってない…?!あぁあそうだよねむっちゃんは優しいから褒めてくれたけど、やっぱり私にこのドレスは着こなせないっていうか、大人っぽくて綺麗なドレスは私には不釣り合いってこ、」


「あぁあぁ!すまんすまん!そうやない!そうやのうて!似合うっちゅーのは本当なんやけんど!あー、なんてゆうたらええのか…つまり、わしが思うに…大倶利伽羅がそれを見よったらな…その…」


「…?むっちゃん…?………はっ、そ、そうか!!「俺を表現した物を着られて気持ち悪い」ってこと?!」


「そんなわけないろう?!はぁ!なーんで分からんのや!!こんのべこのかあ!!!」


「べこ…?!酷?!なんで怒るのっ?!」




それは。
目の前で「べこのかあ」つまり「馬鹿」と言われて酷いと頬を膨らませているこの珊瑚の姿を見た時の大倶利伽羅の反応が手に取るように分かるからであった。

珊瑚は自信がないようで、大倶利伽羅が居ないうちにドレスを堪能してしまおうと考えているようだが、陸奥守からしてみれば素直に見せてやればいいのにと思うのだが…あの口下手でシャイな大倶利伽羅のことだ。
下手をしたら口元を隠し、「出直す」とだけ言って部屋を出る可能性が大き…いや、恐らくそうなのだ。
つまりそうなれば珊瑚は大いに落ち込むということで…しかしそれでもぜっっっったいに大倶利伽羅が喜ぶのは目に見えているわけで。




「わしは…わしはどうしてやるのが正解なんじゃ…教えてくれ龍馬…!!」


「はい?」


「わしの可愛えい妹の…晴れ着姿のこの珊瑚が落ち込まんようにするにはどいたらえいがよ…!!あ、そうや!!ほんなら取り敢えず映写機で撮っちゃるき!ほい!こっち向きぃ珊瑚!!」


「それ本当にいつも常備してたの?!も、もぉー!恥ずかしいな…!さっきから何に悩んでるのか分からないけど!まぁいいやむっちゃんからは褒めてもらえた………し……?」




どうしたらいいんだと頭を抱え、前の主の名前をついつい呼んでしまっている陸奥守を見た珊瑚が首を傾げて声をかけるか悩んでいれば、陸奥守はハッ!と名案を思いついたのか、どこからとも無く映写機を取り出して珊瑚に向ける。

そんな陸奥守に多少ツッコミながらも、素直に照れた顔で映写機の方へと顔を向けたのだが。
ふと陸奥守が映写機越しに見ていた珊瑚の顔はみるみるうちに真っ赤に染まり、不思議に思った陸奥守は思わずそのまま…間違えて録画ボタンを押したままの状態で後ろを振り返った。




「……………………」


「……………………」


「……………………」


「……………っ、!!!すまん、出直、」


「待て待て待て待てぇ!!!まっっことおまんは予想通りな男やにゃあ?!!」


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいつい出来心だったんです決してくーくんの気分を害するつもりはなかったんです出直されるほど嫌だったんだよねごめんなさい今着替えます今すぐ着替えますごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!!!」


「ああぁぁあ予想通りの二連続で一周まわってわしは自分がなんや誇らしく感じちょるけんど!!!!待て待て待て待てぇ!!!!」


「「また後で、」」


「おんしゃあら待てゆーとるがよそこに座れぇ!!!」




陸奥守が映写機と共に振り返ったその先。
そこには…自分が悩んでいる間に本丸へと帰ってきていたらしい近侍様が部屋の主を飛び出た目で真っ直ぐに見つめ、耳を真っ赤に染め、口元を隠して棒立ちして…尚且つ「出直す」とやっぱり言い放った姿があった。

そんなほぼほぼ完璧に予想通りの大倶利伽羅に目を点にしてしまった陸奥守だったのだが、今度はその後ろから焦りながらかなり落ち込んだ様子の珊瑚からのごめんなさい連呼が始まったことで、陸奥守は待て待て待て待てと取り敢えず手を挙げてさようならしようとしている2人の肩に手を置き、半ば無理やりソファに隣同士で座らせる。




「っ、陸奥守…!!何を、!」


「そ、そうだよむっちゃん!!こんっ、こ!!い、いいい、今すぐ着替えないと私いろんな意味で爆発して死ぬ!!!」


「そがなことで死ぬわけないやろうがこんのべこのかあ共!!!大倶利伽羅!おまんはその口下手をまっことどうにかせい!素直に「嬉しい」ゆえ!!」


「っ、」


「珊瑚!おまんはもうちっくと…いや、世界に広がっちょる海ぐらいには大倶利伽羅に好かれちょる自信を持てえ!!「どう?」と聞けえ!!」


「うぐ、」


「わしはここから出ていくきな?!やけんどおまんらは出てきなさんなや?!きちんと話せ!誤解を解け!ほんならまたな!!」


「ええええむっちゃ、まっ!!!」




珊瑚が咄嗟のことに上手く体が反応出来ず、立ち上がれずに何とか手だけ伸ばしたその陸奥守がいた方向は、彼によってバタンッ!!!という音を立てて閉められた扉があるのみだった。

そのまま、しん…と静まり返ってしまった部屋の中。
大倶利伽羅に何を言えばいいのか分からず、逃げるようにただただ陸奥守からマシンガンのように浴びせられた言葉を思い出していた真っ赤な顔の珊瑚だったのだが、そんな珊瑚の顔の熱を一旦冷やしたのは、ぽん…と優しく頭に置かれた隣にいる大倶利伽羅の大きく優しい手だった。




「…珊瑚…すまん、その……報告書を持ってきただけだったからな。…突然のことについていけなかった…」


「…え、あ、いや!私もくーくんが帰ってくるまでには着替えようと思ってたの!こ、困らせちゃうかもしれないと思って…!」


「……確かに困りはしたが…」


「っ、だ、だよね?!ご、ごめんやっぱり着替えるから一旦部屋から出…」


「いや、あんたが…その…全身俺に染まっている…ような…俺の物だと思うような…そんな風に見えて、…なんだ…その…上手く言葉が出なかったからな……すまなかった。…よく、似合っている」


「………へ、」


「……今はあまりこっちを見るな…っ!」




一旦熱が冷めたはずの珊瑚のその顔は、今はそっぽを向いてしまっている大倶利伽羅から言われた言葉を理解した途端に、先程とは比べられない程の熱を帯びる。
そしてそれは伝染したかのように目の前の大倶利伽羅の癖のある髪からちらりと見える耳も真っ赤に染まっており、その事に気づいた珊瑚は嬉しそうに思わずくすりと笑ってしまった。

そんな珊瑚の漏れてしまった笑みに恥ずかしくなったのか、ごほんとわざとらしく咳払いをした大倶利伽羅は少し間を置くと…ゆっくりと珊瑚の方へと向き直して優しく両肩に手を添える。




「……よく似合っているが、それを着るのは俺の前だけにしてくれ」


「…ふふ、うん。分かった。褒めてくれてありがとう!」


「別に褒めたつもりはない。上手く伝えられたかは分からないが…思ったことをそのまま口に出しただけだからな。……珊瑚、」


「……ん」




褒めるというよりも思ったことをそのまま伝えただけで、上手く言葉に出来たのかも分からない。
そう言った大倶利伽羅の金の瞳と表情が穏やかなことで、低く大好きな優しい声で名前を呼ばれた珊瑚はゆっくりと目を閉じる。

先程はバクバクと痛い程に暴れていた心臓が、今は同じ程に暴れていても…それは痛みではなく、どちらかと言えば心地良さのような安心感を抱いて。

ゆっくり、ゆっくりと近づいてくる大好きな感覚に心が踊りそうな感覚さえ覚えながら…お互いの息が伝わる距離まで迫ったその時。




「こいつは驚きだぜ!!いやぁでかしたぞ陸奥守!!その写真、複製して俺にもくれないか?!」


「うわぁぁあ伽羅ちゃん凄い驚いた顔してるけど顔が真っ赤…!!こんな伽羅ちゃん滅多に見れないよ!!陸奥守くん!僕にも複製した写真をくれないかな?!」


「あっはっはっは!!これ額縁に入れて派手に飾らないか?!」


「大倶利伽羅さんに折られそうだけど俺も写真欲しい!!陸奥守さん!俺にも俺にも!!」


「それなら主のご家族にも送らせてもらおう!きっとお喜びになる!!!」




下から聞こえてきたいつもの刀達。
そんな刀達のはしゃぎにはしゃぐ声が聞こえ…珊瑚の唇のもう目の前に迫っていた大倶利伽羅の唇からは盛大に長いため息が吐かれ、優しく置いていた両肩の手は心做しか怒りで震えているような感じさえした珊瑚は、彼のように何も言えずにただただ呆れの表情をしてしまう。

あぁ…これはキスはお預けで追いかけっこが始まるやつだな…と少しだけ残念に思ったそんな珊瑚が「いってらっしゃい」と彼を送り出そうと口を開こうとしたのだが、それは軽いリップ音と共にぴたりと閉じられてしまった。




「…あとでな」


「………ひゃい、」




お預けではなかったその唇の感覚を、思わず指でなぞってしまった珊瑚は…すぐさま駆けていった大倶利伽羅のひらひらとした布と同じように窓から入ってきた風で揺れる自身が纏ったドレスのフリルを眺め、ほんのりと頬を染めて微笑むと…




「「「「「「ぎゃぁぁぁぁあ!!!!」」」」」」




といういつもの刀達の断末魔と、ドンガラガッシャーン!!と響く騒音を耳にして盛大に笑ってしまうのだった。


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