マカロン




審神者会議が終わり、パンケーキを食べ。
好きなブランドの服を見たり買ったり、食べ歩きをしたり本丸の皆にお土産を買ったりと肥前を散々振り回……連れ歩いてご機嫌で帰ってきた紬はそのテンションで夜な夜な趣味のアクセサリー作りをしていたところだった。

気づけば外は明るくなっており、チュンチュンと雀が元気に鳴いている始末で、少し遠くで「はいさい、ゆたさる朝やんやー」「あいー」「あいよぉー」という琉球宝刀組の挨拶が聞こえてきた紬はその声でやっと我に返ってきたのだった。どうやら相当アクセサリー作りに夢中になっていたらしい。




「………我ながらシンプルで使い勝手の良いデザインだけど……いや…これって…」




そんな紬が自分の手元を見ると、当然だろうがそこには出来上がった手作りのアクセサリーが襖の隙間から漏れる朝日に照らされてキラリ…と光っている光景があった。
街で見た大きなピアスを見て、「ここまで大きいピアスもお洒落でいいなぁ」と思ったのが切っ掛けだったとは思うが、まさか…まさかそれでこんなピアスを作ってしまうとは。

こんなピアス。
そう紬が思ったのは、そのデザインが原因だった。
何故かと言えば、それは元々自分でアクセサリーを作るのが好きなこともあって、パーツは沢山持っている筈なのにも関わらず…出来上がったそのピアスは明らかに…




「…めっちゃ肥前くんみたいじゃん…」




そう、まるで肥前みたいだったのだ。
正確には作った紬にしか分からないようなものかもしれないが、大きな焦げ茶色の四角い枠と、大きな赤いひし形の枠にピアスの金具を付けたそれは、組み合わせれば彼の刀紋である組木紋に瓜二つ。
しかも焦げ茶と赤色だなんてどう考えても彼の髪を意識したような色。

他にも大きめのパーツは色々と持っていた筈なのに、何故に自分はこんなデザインの物をチョイスしたのだろうか。
タチが悪いのは、それが分からない程無意識で今目の前で光っているピアスを自分が作ったという事実。




「………………いや、うん。でもこれ我ながらシンプルで可愛いし…どんな服装にも合いそうだし………言わなきゃ…誰も分からないよね?…うん、うん。分かんない分かんない」




我ながら可愛くできたものだ…と思いながらも。
無意識だったにしても自分にとってはこれはとても気に入ったピアスであり、これをお蔵入りにするのはやはり惜しい。
着けたら誰かにバレるだろうか?とすこし考えてみるが、まぁ言わなければ分からないでしょうと自分に言い聞かせた紬はピアスホールが閉じない為に着けていた透明のピアスを外すと、代わりに出来上がった新しいピアスをその耳に着けて鏡を見た。




「…………やっぱり肥前くんじゃん…………っ、」




わざわざ言わなければ分からないだろう、でもそれでも。
作った自分には分かるそのデザインの意味を鏡で見て再確認してしまった紬はほんのりと頬を染めて項垂れてしまった。
可愛い、確かに可愛い。元々普段から着けようと思って作ったのもあり、かなり可愛い。我ながら。
しかしそれにしたって、何故自分は普段使いしようと作ったピアスに肥前の面影を?

自分でやった事なのにどうにも理解が出来ず、自分で自分にそんな事を問い掛けてみた紬だったが、それは数十分続けても一行に答えは見つからなかった。
ただ…ただ一つ、分かった事とすれば、それはこのピアスを着けた途端にぽかぽかと暖かくなった自分の心くらいだった。













「肥前はよぉ食うのお!そがに食うんになしてそがに細いんや?」


「知るかよ。俺だって知りてぇわ」


「ふふ。まぁでも、良く食べることは良いことだよ。今度僕の作ったものも食べてみてくれるかい?」


「悪いな先生、いくら俺でも食えないもんは無理だ」


「酷いよ肥前くん」




一方その頃。
紬が自分でやった事に自分で自問自答し、結局分からずに悶々としている中。
既に起きていた肥前達土佐組は伊達組が作った朝食を食べているところだった。
目の前では既に朝食を食べ終えた粟田口派の短刀達が「お菓子お菓子ー!」と昨日紬と肥前が買ってきたお土産の品をデザート代わりに食べており、「肥前さんありがとう」と笑顔で言われた肥前は朝食を食べながら片手だけで返事をする。

そんな肥前を見て、素直にその食べっぷりに笑顔になった陸奥守や南海が声をかけるが、肥前は適当に返事をするのみで何処か少し心ここに在らず、と言った様子を感じ取った陸奥守と南海はふとお互い目を合わせてみるが、どうもどちらもその原因は分からないようだった。





「…肥前くん、昨日はどうだった?」


「…ん、何がだよ」


「主との「でーと」のことじゃ」


「…でーと?」


「ふむ。聞いた事があるよ。簡単に言うと「逢い引き」のことだね」


「ぶほっ、!!ごっほ、ごほ!!!ん、んぐっ!!」




そんな肥前の気を引く為に、半ば冗談で紬との事を茶化した陸奥守と南海は、その直後肥前が食べていた目玉焼きを噎せて詰まらせ、慌てて味噌汁で流し込んでいる様子を見ると「ほほーーう」とお上品に口元を手で隠してにやりと笑う。

そんな陸奥守と南海に向け、無事に詰まった目玉焼きが食道の奥を通っていった肥前はギロリと物凄い眼力で睨みつけるが、そんなもの痛くも痒くもないといった二振りはそれはもう楽しそうだった。




「ほれほれ肥前、食後に甘いもんは食わんでえいの?買ってきたんやろ?2人で」


「「審神者会議」の帰りにな!!!!」


「まかろん、と言ったかな?可愛い見た目の菓子だよね。お茶にも合いそうだと鶯丸も喜んでいたよ。肥前くん、随分と気が利くものを選んだね、2人で」


「俺は選んでねぇよ選んだのはあいつだっつの!!!」


「わぁ!可愛いマカロン!ふふ、ピンク色で恋の色〜!ありがとう肥前!」




やけに「2人」を強調しながら茶化してくる陸奥守と南海を未だに睨みつけながら、ご丁寧にきちんと否定した肥前は、それでもにやにやとしている二振りを見て、これ以上一緒にいたらろくな事にならないと判断したのだろう。
残っていた最後のひと口を食べ終えて水を飲み干すと、すくっと立ち上がってお盆を持って炊飯場へと歩きだす。

そんな肥前の後ろ姿を見た陸奥守と南海がやり過ぎたか、と思ったのも束の間。
先に朝食を食べ終わって戻って来たらしい乱藤四郎がルンルンで言い放ったその言葉が部屋中に響き渡り、まだその場にいた肥前はその瞬間に机の足に自分の足をガン!!!!と引っ掛けてしまう。




「「ぶほっ!!!」」


「…………」


「だ、大丈夫かい…っ、肥前くん…!くく、」


「よ、よぉ転ばんかったな、えら…ふ、偉いぞ肥前……!くっ、」


「……てめぇらぁ……!!!」


「え?何?どうしたの肥前?」


「何でもねぇよ!好きなだけ食えや!!!」




あからさまな肥前の反応をその目で確認し、揃って吹き出してしまった陸奥守と南海はカタカタと震える肩を隠すことも無く、それでもいけないいけないと必死に笑いを堪えながら肥前に声を掛ける。
しかしそれが余計肥前の癪に障ったのだろう、青筋をこれでもかと浮かべて振り返った肥前の顔がとてつもない程恐ろしい。

恐ろしいのだが、それでも癖のある髪から覗く耳が真っ赤なのはどう説明するのだろうか、とその事に二振りが触れようとした矢先に事情を知らない乱藤四郎が声を掛けたので、怒鳴って返事をしてしまった肥前は今度こそその場を離れようと陸奥守達から再度背を向けようとしたその時だった。





「?あれ、おはよう肥前くん。どうしたの?顔真っ赤だね?」


「……………………は、?」


「熱は無いけど………え?自分でも気づいてない?もしかしてやっぱり風邪?でも刀剣男士って風邪引くのかな…南海先生、どう思……ん?何で笑ってんの?」


「ごめんね主…何でもないし、肥前くんも元気だから…っ!大丈夫だよ…!」


「そう?それなら良いんだけ、」





もうこんな場所嫌だ、早く離れよう。
そう思った肥前が先程から行こうとしていた方向に再度向いた目の前にいたのは、朝食のお盆を持った紬だった。
突如目の前に現れた、そんな「こうなった原因」とも言える張本人のきょとん…とした顔を見た肥前が思わず固まってしまえば、それを心配した紬は器用にお盆を片手で持ち直すと、空いた方の手で肥前の額に手を置いて見せる。

その手がひやりと冷たくて、その感触で我を取り戻した肥前は、未だに笑っている南海と話をしている紬の手から逃れると、すっかり顔を真っ赤にしながら再度怒鳴り出した。





「そうだよ何でもねぇよ早く飯食えお前!!!つか隈出来てんじゃねぇか!寝たのか?!寝ろよ!!!!」


「え?!あ、あはは、ごめんごめん!大丈夫だよ〜ちょっと趣味に没頭しちゃって…心配してくれてありがとうね!」


「してねぇよ!!!!」





顔が近かったからかもしれないが、いつも通りばっちり化粧をしている紬の目元に薄らと隠しきれていなかった隈を心配しながら。
そのお陰で、肥前が耳に着いている新しいピアスのことに気づかなかったことは、紬にとっては幸いだったのかもしれない。


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