パンケーキ




「はぁぁぁぁ…………最後まで生きた心地がしなかった…っ!やっっと解放された………パンケーキ美味しい…幸せ…泣きそう…」


「大袈裟な奴…結局ただ椅子に座ってお偉いさんの話を聞いてただけじゃねぇか……まぁ確かに美味いな。口の中で溶ける」


「だって見た?!周りの審神者さん達を?!あんな…あんなキラキラしてて、如何にもだったじゃん?もう…もう気が気じゃなかったよ…そのパンケーキいくらでも食べていいからね肥前くん…もう肥前くんいなかったら気が動転して方言口走ってたかもしれないし…お礼だよお礼…あわよくば今度また集まりあった時も一緒に来て…」


「はぁ……ったく…仕方ねぇなぁ…」


「やったー!ありがとう肥前くん!!」




貞子事件があった次の日。
現在紬と肥前は紬が嫌で嫌で本性をさらけ出してしまった原因である審神者会議を無事に終え、約束したパンケーキを食べているところだった。
ふわふわを通り越して、口の中に入れた瞬間にしゅわぁ…と溶けていく魔法のような食感にすっかり癒された紬は、大問題だった審神者会議が終わった事を噛み締めるかのようにじんわりと涙を滲ませる。

そんな目の前の紬を見て、確かにこのパンケーキとやらは美味いがそれにしたって大袈裟にも程があるだろうと肥前はここに来るまでの事を思い出すとついため息をついてしまった。
ため息をついてしまったのは、それ程までに紬の怯えようが凄まじかったからだった。




「大体なぁ…本丸を出る前はあんだけ「完璧」とか何とかほざいといて、街に着いた途端カチンコチンに固まりやがって…俺が手を引かねぇと歩けねぇとかどんだけだよ」


「…いや、化粧もバッチリだし身なりも整えたし、いけると思ったんだよ?でも都会の空気を吸ったら恐怖で体が凍りついたんだもん…」


「何がそんなに怖いんだよ…ただ人がわらわらいるだけじゃねぇか」


「その「人」が問題なんだよ肥前くん。だって見た?ねぇちゃんと見た?あの顔。ただ歩いてるだけなのに顔が怖いの。しかも皆歩くの早くない?あれ私の地元だと駆け足に近いからね?何?皆そんなに時間に余裕ないの?都会の人って一分一秒も余裕ないの?まるで戦争にでも行くみたいな顔だったでしょ?そんな人達の中に田舎丸出しで突っ込むとか自殺行為だよ自殺行為」


「あー…まぁ…言いたいことは分からなくもねぇけど…つまりお前からしたら育った環境と真逆な訳な。…でもよぉ、それにしたってそんだけ身なりに気を使ってんだから方言喋らなきゃ田舎もんだって分かんねぇだろ」


「あんなに緊張してんだもん、いつ何処で何を口走るか分からないじゃん私…だから本当に肥前くんが一緒で良かった…ちなみに会議の内容ほぼすっ飛んでった…」


「馬鹿かお前…まぁ俺が覚えてっからいいけど…」




肥前がため息をついてしまった理由。
それは今目の前でカランカランとアイスティーのグラスをストローでかき混ぜている紬が言った事だった。
本丸を出る前には「これで完璧!流行バッチリ!」とか何とか息巻いといて、いざ現代に来てみればこれだ。

肥前が手を引いてやらなければカチンコチンに固まって動けなかったし、本部に着いた時にだって見事に表情筋を無くしていた。
そして極めつけにはそれが終わってこうして喫茶店で会話をしている中で判明した「会議の内容を覚えていない」というのだからもうため息をつく以外に何があるのか。
まぁそんな中でも「頑張ったんだろうな」と思えたのは、隣に座っていた審神者に笑顔で挨拶をしていた事くらいか。




「「お隣失礼します」って標準語で言えてただろ」


「それ!それなんだよ肥前くん!めちゃくちゃ頑張ったの私!あの時!!だって見た?!そう!あの人だよ!!あの隣の席だった美人な年上のお姉さん!!多分近侍なんだろうけど、大倶利伽羅と話してるの聞いた?!標準語で訛りもなにも無かったでしょ?!絶対あの人都会育ちの人だよ…なんかキラキラしてたもん…!しかもあの大倶利伽羅凄い強そうだったし、きっと相当凄腕の審神者さんなんだよ!!」


「人間観察する暇はあったんだな」


「それをする事によって自我を保ってたからね!」


「呆れた……まぁでも確かにあの大倶利伽羅は強そうだったな。多分あのレベルの覇気は既に極てんだろうし」


「だよねぇ…しかもあの馴れ合いを嫌う大倶利伽羅に「くーくん」ってあだ名つけるとか凄すぎない?しかも見た?話してる時のあの大倶利伽羅の表情。あんな優しい表情する大倶利伽羅とか私初めて見たよ…やっぱり都会の人って凄いんだよ…」


「それはまぁ…うちの大倶利伽羅を見てる分、素直に認めるけどそこに都会は全くもって関係ねぇだろ」


「うーん…確かに………でも、ちょっと羨ましかったなぁ」




いつの間にお代わりを頼んでくれていたのかは知らないが、追加で再度焼きたてのパンケーキが運ばれてきたのに少し機嫌を良くしながらも、都会が怖い云々の話を紬としている中で肥前が気になったのは、会議で偶然隣の席になった審神者の近侍のことだった。

都会育ちがどうのこうのと目の前の紬は話しているが、やはり審神者からすると身も心も強い刀を望むのだろうか。
そしてそれは頼り甲斐のある奴で、実力もある奴で、自分に絶対の自信があって、距離感も近い方が審神者としても安心感もあるのだろうか。
「羨ましい」という言葉を聞いて、そんな事を考えてしまった肥前は思わずパンケーキを食べていた手を止めてしまう。





「……………羨ましい、ねぇ…」


「?ごめん、何か言った?」


「……何でもねぇ」




しゅわしゅわ、しゅわしゅわ。
口の中で感じるその食感と共に、脳内で考えていた事を溶かしてしまいたくなった肥前は「何でもない」とだけ紬に答えると止まってしまった手を再度動かしてひたすらにパンケーキを口に運んでいく。

そんな目の前の肥前の様子に、紬は何かを考えるような素振りを見せると残りのアイスティーを飲み干して笑顔で声を掛けた。




「んぐ、…よし!肥前くん!第二回戦と行こうじゃないか!」


「…は?」


「買い物!折角現代に来たんだし、タダで帰るのは勿体ないでしょ?皆にもお土産買っていきたいし!服だって見たいし、食べ歩きだってやっちゃおう!…駄目?」


「…いや、別に構わねぇけど…お前の事だからすぐに「帰る」って言うのかと…」




皿に乗った最後の一欠片を口に入れたのを見計らい、第二回戦だと息巻いて言い放った紬に驚いた肥前は呆気に取られながらもそれ自体は構わないと返事をする。

しかし良くもまぁあれだけ都会が怖いだのなんだの言っておいてそんな事が言えたな…と肥前が思っていれば、紬は眩しい笑顔のまま、急に肥前の頭をくしゃくしゃと掻き回す。
そんな紬の行動に「なんだよ!」と声を上げてしまった肥前だったが、まるでそんな事など気にしてもいないと言いたげな紬はいたずらっ子のような表情をすると、そそくさと鞄から財布を取り出して先に立ち上がり、そのまま肥前の手を取って立ち上がらせると、嬉しそうにこう言った。





「肥前くんと一緒なら、いつもより怖くないしね!」


「!………っ、そうかよ……もう勝手にしろ」


「ふふ、それならレッツゴー!」





自分と一緒なら、「いつも」より怖くない。
そう言った紬の言葉は、パンケーキを食べ終えた口の中に残っていた赤いソースの余韻のように、肥前にとっては甘酸っぱい感覚を与えたのだった。

それがどうしてか、自分でもまだ良く分からないまま。



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