あんみつ




「この本丸の食事は美味しいね。今度僕も料理を教わってみようかな」


「南海先生、頼むきそれだけはやめてくれんか。わしは飯で死にとうない」


「おや…それは心外だな…いいかい、この体を手に入れた今。僕達の力の源は主に込められた霊力と元の主の名声。そして食事だ。栄養の摂れる食事を疎かにしてはいけないんだよ。だからそこにふんだんにあれやこれやを混ぜて一つにすればそれはそれは完璧な物が出来上がると思うんだ。この体には疲労というものがあるからね、疲労を回復するにはビタミンという成分が必要なんだ。それから甘味だね。だからそうだな…例えば今さっき食後にあんみつを食べただろう?あれに豚肉や鶏肉を混ぜればそれだけで簡単に、効率的に疲れが吹き飛、」


「先生…今さっき食ったもんが出そうだからやめてくれ」


「嫌だ嫌だ嫌だ行きたくない行きたくない行きたくないぃい!!!」


「「「ん?」」」





燭台切光忠の作った朝食を食べ終え、自分達の部屋へ帰ろうと他愛ない話…………いや、全然そんな事はないが、兎に角そんな会話をしながら廊下を歩いていた土佐の三振りはその途中で聞こえてきた数人の騒がしい声に思わず顔を見合わせると失礼を承知でその中で一番古株の陸奥守が声が聞こえてくる部屋の襖を開けてみた。

するとそこには何故か困り果てた祢々切丸とその他数振りの刀達、そしてその中心に紬の姿があり、その表情はまるで捨てられた子犬のようだった。
部屋に肥前達が入ってきた事にすら気づかないくらい必死に祢々切丸にしがみついている紬の様子に驚いた肥前が声をかけようとするが、それはその隣にいた陸奥守の「あー…またか」という声で遮られてしまう。





「我儘を言うでないぞ主」


「そうだぜぇ主。祢々切丸が困ってんぞ」


「だっって!しょうがないじゃん日本号!!そういう時に限って祢々切丸が出陣の番なんだもん!それなら一緒に行ってくれないじゃん!何!それなら日本号が祢々切丸に変わって出陣してくれるの?!」


「明日非番の俺は酒をたらふく飲む予定だから却下だな!」


「薄情だよ!!!」


「うむ。害は我が斬ってくる。そちらの心配は要らない」


「今の私からしたら害があるのはそっちじゃないの明日なのっ!!!明日を斬って!!!」


「無理難題にも程があるだろ」




一体何がどうしたというのか?
隣にいる陸奥守が「またか」と言ったということは前にもこんなことがあったのだろうが、この本丸に顕現してからまだ日も浅い肥前と南海にはまるで状況が掴めない。
訳が気になって陸奥守に聞こうとした肥前と南海だったが、それよりも先に詳細を教えてくれたのは、祢々切丸に明日を斬れと無理難題なことを言い放った紬に音速で言葉通りのツッコミを入れてしまった豊前江だった。




「ほらよ、これ読んでみ?」


「?………全国…審神者会議…?」


「そ。年に数回ある行事でな。毎度俺らの主はこれを心底嫌がるって訳。………あんな風に」


「いや…尋常じゃねぇだろあの嫌がりよう…」


「何か理由があるようだね?」


「あー…はは、まぁ……見てりゃ分かんじゃね?そろそろボロが出る頃だろーし」


「そうやろうにゃぁ…わしもそろそろ頃合だと思うちょったき。まぁ黙って見ちょれば、豊前のゆう通りボロが出るやろう」


「「ボロ?」」




陸奥守が開けた襖の近くにいた豊前江から渡された書類を読んだ肥前と南海は、そこに書かれていた内容と紬の嫌がりようがどうにも噛み合わずに首を傾げてしまう。
確かにあのお堅い本部から召集がかかるというのは気分が乗らないことかもしれないが、それにしたって普通あそこまで大袈裟に嫌がるものなのだろうか。
嫌がるというよりも、寧ろもうあれは祢々切丸のガタイも相まって駄々を捏ねている子供のようにも見えてしまう。

陸奥守と豊前江は「見ていれば分かる」と言うのみで何故か紬のその嫌がっている理由を直接は教えてくれないので、肥前と南海はその言う通りに黙って見守ることしか出来なかった。




「我が共に行かなくても主ならば何の問題もない。安心しろ」


「無理無理無理!祢々切丸がいなきゃまた声を掛けられるかもしれない!」


「いや、あの時は…もでる…?とやらになって欲しいと頼まれただけだろう」


「いんや!都会は詐欺が多いんだって実家のばあちゃんが言ってた!!」


「「…………ん?」」


「なら日本号か豊前江と共に行けば良いのではないか?あの二振りは明日は何の当番でもないだろう」


「日本号はそっちの人と間違いられてぇ!高確率でお巡りさんに声をかけられっからめちゃくちゃ注目されちまうんだべ!!豊前江も高確率で都会の面食いなお姉さん達に囲まれるし、バイク見るとテンション上がって方言喋るからそれに釣られる!!てか実際釣られたことあるんだってぇ!!だからそんれも嫌だぁ!!祢々切丸はガタイも良いしでっけぇし黙って隣に居てくれるからだぁれも話しかけてこないんだべ!だからこの本丸で一番安全なのは祢々切丸なんだぁー!!」


「「…………………」」





うわーんうわーんと未だに祢々切丸にしがみつく、あの女性は一体誰だろうか。
一応自分達の目に映っているのは、誰がどう見ても時代の最先端を常に走っているような見た目で、どんな時も化粧ばっちり。美容にもなるべく気を使い、爪まで繊細に整えたりしている自分達の主だ。
まだこの本丸に来て日も浅いが、その事はもう完全に刷り込まれている。

まぁ肥前は何度か疑問を持つような言葉を聞いたことがあるが、それにしたってあの話し方はあの見た目とはまるで正反対の印象を受けてしまう。
簡単に言えば、尻上がりなのだ。語尾が。
しかも所々に「です」ではなく「だべ」という、如何にも…こう…田舎特有の印象を受ける言葉の締め方で。

そんな紬の衝撃的な様子を目の当たりにし、思わず言葉を失ってきょとーーーんとしている肥前と南海に未だに気づかない紬を見兼ねた陸奥守と豊前がやっと声をかけた。





「おーい主ー…ここに土佐組がいるぞー」


「わしのもんがえらい驚いちゅーき、とっともんてきーやぁ」


「なんだべぇ!!今私は祢々切丸を説得するのに一生………懸…命…………………や…………っ、…て…………」


「やぁ。凄い訛りだね主。何処の出身なんだい?」


「…………直球過ぎだろ先生………」





豊前江と陸奥守の言葉で、今はそれどころじゃないのに!という顔をしながら祢々切丸にしがみついたままの状態で後ろを振り返った紬の目にやっとその姿が映る。
一方は未だに呆気に取られてしまっている脇差と、一方は状況を受け入れてにこにこと優しい笑顔をしながら容赦なく爆弾を投げつける打刀。

そんな爆弾を投げられて顔面蒼白になってしまった紬を心配して、思わず南海の腕を掴んでしまった肥前だったが、時すでに遅し。
投げられた爆弾は見事に紬に命中し、その後に数秒間を置くと、彼女は涙目になりながらカタカタとまるで壊れたカラクリ人形のような動作で口を動かした。





「…………………………………いつ、から……いた……?」


「あー………っと……「嫌だ行きたくない」辺りから、か?………お前、そんな気はしてたけどすげぇ訛っ、」


「あぁあぁあぁあ!!!なんでぇ?!!ねぇ何で教えてくれないの皆ぁあ!!!!必死に隠してたのにぃーっ!!!!」





嘘だ…嘘だと言ってくれ…
そんな紬の気持ちが痛い程伝わってしまって、この場に居合わせてしまったことに罪悪感を感じながらも肥前が紬の問いに控えめに答えれば、紬は恥ずかしさで真っ赤に染まる顔を隠す為に両手をバチィン!!!と思いっきり顔面に押し付け、断末魔のような悲鳴を上げた。

そのとてつもない音に思わずビクッ!と肩を跳ねさせてしまった肥前だが、皮肉な事にそんな中でも彼女の心の方が今は痛いのだろうな…と察しがついてしまい、その姿はいつの間にか罪悪感を通り越して「哀れだ…」と同情してしまう程だった。





「っ!!だぁーーーっはっはっは!!!とうとうバレちまったなぁ主!!ははは!っ、はははははははは!!!」


「…っ……良く、隠したと思うぞ……数日だが…っ、」


「だから毎度言ってんだろ?「どうせボロが出るんだから初めから隠すな」って」


「皆の意地悪ぅーーー!!!!ねぇお願いっ!!お願い肥前くん南海先生!!今の忘れて今すぐ!!今すぐ記憶を消してこの場で!!!ほら早く!!!!」


「んなこと言われても無理だろ…」


「ごめんね。無理かな」


「そげんこと言うたっちゃもう遅うなか?」


「がっはっは!!ほれ、しゃんしゃんしいや!そがに駄々を捏ねちょってももう仕方ないき」


「なぁんでそんなこと言うんだべぇ!こっちがどぉんだけ必死で隠してきたと思っ………わざと誘わないでよ!!!!」





目の前で爆笑している日本号と、可哀想に…という顔をしながらも肩は震えてしまっている祢々切丸。
そんな二振りを他所に、まだ諦めていなかった紬は半ばヤケかのように肥前と南海に向かって記憶を消してくれと無理矢理な事をいう始末。
しかしそれは無惨にも断られ、その後はトドメかのようにわざと方言を話して茶化す豊前江と元からそういう話し方の陸奥守の二振りに釣られ、紬は再度尻上がりの話し方をしてしまう。
そんなカオスな光景にとうとう肥前は吹き出してしまった。




「ぶはっ、…べ、別にいいんじゃねぇの?黙ってりゃ、その都会に居たって何の違和感もねぇんだし…っ、」


「だからこんなに一生懸命やってるんだよ!!都会の人って笑うんだって!この話し方がバレるとほぼ皆笑うんだって!!カモにされるんだよ!!詐欺とか恐喝とか!!!」


「偏見にも程があんだろ…どんだけ都会が怖いんだよあんた…」


「土佐の刀なのに標準語話す肥前くんには分からないよこの怖さはぁっ!!気を抜くと咄嗟にこうやって地元の方言が出ちゃうんだもん!!!いくら見た目完璧にしたってこの方言が出ちゃったら途端に舐められて笑わ……………………」


「…?おい。いきなり黙ってなん、…だぁあ?!!!?!」




笑ってしまったのは正直申し訳ないとは思ったが、それでもその姿が少し可愛い等と思ってしまった肥前が口を開けば、紬は未だに涙目でペラペラと言い訳のような偏見のような説明を聞いてもいないのに話し出す。
その内容を聞いて段々と冷静になった肥前がこの本丸に来て数日しか経ってないのにすっかり染み付いてしまったツッコミを披露してしまうが、そんなこと等ヤケになっている紬にはどうでも良かったのだろう。

ペラペラと早口で説明をしている内に何故かその口を閉じ、まるで何かを考えるような素振りを見せると、不信に思った肥前が何かを言う前にまるで貞子のような勢いでばたばたばたと近づいてきたものだから肥前は大声を出してダァン!!と壁に背中を打ち付けてしまう。
しかしそう、背中を打ち付けてしまったということは、その後ろは壁。
つまり肥前には何処にも逃げ場はなく、貞子と化した紬にその細い腰を容赦なく抱き着かせてしまうのだった。





「な?!な、なんだよお前急に?!!?!」


「おや。大胆だね主」


「感想言ってる場合じゃねぇんだわ先生!!!」


「肥前くん……………」


「何だよ?!」


「明日私と一緒に会議行こう。そう、そうだよ…肥前くんなら大丈夫だわ…まだ顕現したばかりだから出陣の順も決めてないし………何より……」


「……な、何より…?!」




顕現した時は年頃の若い娘。
その夜には美意識の高い、何を考えているか良く分からない娘。
その後はやっぱり美意識の高い流行りに敏感な今時の女。

そして今は貞子。

そんな紬に抱き着かれたとしても、ときめきもクソもあったもんじゃないと正直に思いながら自分の腰に抱き着いている紬に大声を上げ、冷静に感想を述べる南海先生にツッコミを入れるという何とも忙しい羽目になった肥前は、急に紬に事の発端になった審神者会議への同行を求められる。
本当は今も尚笑い続けている日本号や豊前江、陸奥守。そしてこの状況を止めもしない祢々切丸にもツッコミを入れたい所なのだが、生憎そんな余裕など一欠片もない。

余裕があるとすれば、それは紬の「何より…」と言った後に溜められた言葉を聞き返す事だけだった。
そしてその答えは肥前にとってはとても下さらないものだった。






「標準語喋るじゃん…?…私釣られないじゃん…?!」


「いやそこかよっ!!!!!」


「お願い肥前くん!明日の審神者会議一緒に行って!!服は取り敢えずスーツね!!燭台切に借りよう!!まぁ多分寸法が合わないだろうから歌仙に裾詰めてもらおう!!!」


「知るかそんな事!!つかさり気なく体格のこと言うんじゃねぇよ!!!大体先生だって標準語じゃねぇか!!何で俺!!!」


「都会のお巡りさんに捜索願い出せって言うの?!」


「畜生否定出来ねぇ!!!!!」





理由が理由だけに、そしてさり気なく裾を詰める前提で話をされた肥前はすっかり貞子になった紬への恐怖など吹っ飛び、青筋を浮かべながら大声を上げてその願いを拒否するが、思わず言ってしまった南海先生の案に思いっきり正論をぶつけられて思わず何も返せずに怒鳴りながら肯定しまう。

そのすぐ近くで「酷いよ肥前くん」と聞こえた気がするが、台詞の割にすすり泣く声すら聞こえない楽しそうな南海先生の顔が見ていなくても手に取るように分かった肥前が更に青筋を増やせば、その間に紬はすくっと立ち上がり、まるで勝算があるとでも言うように先程の貞子とは思えないほどキラキラとした表情で肥前の両肩をぽん!と叩くと、はっきりとした口調でこう言った。


そしてその言葉は。
負けない、そんな面倒なこと絶対やらない。行かない。
そう思っていた肥前に…






「ふわっふわのパンケーキのお店を知っています」


「行きゃぁいいんだろうが畜生!!!!!」







秒で白旗を掲げさせたのだった。



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