甘口ケバブ




あれから。
祢々切丸の報告を聞かなければならないからと、その間に肥前達を色々案内してあげて欲しいと紬に頼まれた陸奥守の後ろを着いてきた肥前達は中々に珍しい本丸内を見て回っていた。

紬に会う前に少しだけ陸奥守からも聞いたが、どうやらこの本丸は昔からあった物を現代風に立て替えたもの。つまりリノベーション、というものらしい。
中庭には洒落たライトが設置されているし、そこら辺にある証明だってリモコン式のもの。本部で見たテレビというものだって大広間に普通にあったし、至る所で本部の人間に教わったことのある「ルンバ」という勝手に掃除をする機械がすいすいと廊下を滑っていた。

そんな様子を見ても肥前があまり驚かないのは、彼が現代にある政府本部直々の刀だった事が幸いだったのだろうが、それでもそんな肥前と同じ筈の南海は「分解していいかな?」といつの間にか両手に工具を持って陸奥守に必死に止められているのだからどうしようもない。




「ここの本丸は色々と当番制でな。畑仕事と馬の世話、それから飯を作るのもその内順番が回ってくるぞ。まぁ炊事は個人的に好きな奴がおるきあまり回って来んけどな。当番は大体同郷の刀剣で組むき、そこは心配要らん。…っと、ここは炊飯場や。噂をすれば料理好きが…」


「?…あ!君達が噂の文久土佐藩の刀だね?僕は燭台切光忠。よろしくね!何か食べたいものがあったら遠慮なくリクエストしてくれていいよ!」


「俺は太鼓鐘貞宗!みっちゃんと同じく伊達の刀だぜ!んで、こっちが鶴さんと伽羅!あーっと…鶴丸国永と大倶利伽羅!よろしくな!」


「大倶利伽羅だ。俺は別に馴れ合うつもりはないが、何か困ったことがあった時は物好きのこいつらに聞くといい」


「俺は貞坊からも紹介があった鶴丸国永だ。新しい仲間が増えて嬉しいぜ!…ところでお前さん、その髪の毛はどうなってるんだ?不思議だな…境い目の所を一本抜いていいか?」


「初対面でいきなり髪を抜こうとしてくる刀に会うとは思わなかったわ。俺もあんたが不思議だわ」


「肥前くん、挨拶代わりに十本くらいあげたらどうかな?」


「何で増えてんだよ!」





暴走しそうな南海を止めながらそんな本丸内を散策していれば、いつの間にか炊飯場に辿り着いた一行はその中で大きな鍋をかき混ぜていたり食材を切ったりしている伊達の刀達と対面した。
陸奥守の説明を聞く限り、どうやら炊事は主に彼らが率先してやっているようで、この当番が回ってくるのは彼等が出陣で本丸を留守にしている時だけのよう。

陸奥守の説明を聞きながらも食材の良い匂いが充満する空間で思わず腹が鳴りそうになってしまった肥前だったが、会って早々いきなり髪を抜こうとしてくる自由な鶴丸とそれを止めるどころか寧ろあげれば?と言い放つ南海に思わず盛大に突っ込んでしまった。
しかし、そんな鶴丸の後ろで野菜を切っていた大倶利伽羅が咄嗟に包丁を手放して自分の頭を抑えている光景が見えてしまった事は見なかった事にした方がいいのかもしれない。





「あっはは!賑やかになりそうだね!…それなら…はいこれ!光忠特性ケバブ!さっき余った食材で作った賄いだけど、味は保証するよ!少し行儀は悪いかもしれないけど、これを食べながらうちの本丸をもっと見てきたらいい。賑やかで楽しい所だから、君達も早く好きになってくれると僕は嬉しいな!今日の夕飯はビーフシチューだから楽しみにしててね!」


「おお!ありがとうなぁ燭台切!ほんなら、食べ歩きでもしながらもうちっくと見て回ってくるぜよ!」


「おう!いってらっしゃーい!」




初っ端から。
肥前は包み隠さず正直に先行きが不安だ…と思いながらも燭台切の好意に甘えて彼特製のケバブを受け取って一口齧ると、それが想像よりも遥かに美味かったことですっかり気を取り戻して再度陸奥守の後ろを着いていく。
何だかんだ少し先行きが不安だと思ってはいたが、今後も美味い飯が食えるなら多少は目を瞑ればいい、と思いながら。







そう…思いながら。







「お!?あん時の奴らじゃねぇか!あーそっか、今日だったか!はっはっは!こいつはいい!めでたいついでにもう一瓶開けちまうかあ!いやー昼からの酒は美味いねえ!」


「はぁ、日本号…まだ太陽の沈まぬ内にそんなに酒を飲むのは感心しませんよ」


「まぁ今日くらい大目に見てくれや小狐丸さんよ!つまみに焼いた油揚げもあるんだがなあ?」


「いただこうか」


「りいだあ!!カッコイイ!カッコイイです!!疾いですりいだあ!!凄い!馬よりも疾いなんて!」


「はっはー!馬の方が遅れてくる程の俺の疾さ!例え馬だって俺の前は走らせねぇ!もっと!もっとだ!俺に着いてこい!」


「がっ、頑張れ馬ーーっ!!!」


「カッカッカッ!!唸れ!!拙僧の筋肉っ!!」


「まだまだァ!!あの山まで耕してやんぜ!!!競走だ山伏っ!!」


「「うぉおおおおおおお!!!!!!!」」


「…?あー…新人さん?自分、明石国行いいます、よろしゅう頼んますー…そこに居るんは蛍丸と愛染国俊いいますねん。んじゃぁそういうことで寝ますわー」





少しでも。ほんの少しでも。
中々にいい本丸じゃねぇかとかそんな事を思った肥前はこの時、甘口だったケバブのような自分の甘い考えを後悔した。

共に戦った時に「見事だ」と思っていた筈の日本号が縁側で昼間から酒を飲む姿と、それを止めようとしたところで油揚げに釣られて一緒に飲み始める意思の弱い小狐丸。

馬当番そっちのけで広い庭で馬と目に見えぬ疾さの駆けっこをしていた、汗も煌めくとても良い笑顔の豊前江とそれを心から歓喜して応援している篭手切江。

手押し車を手押し車として使わず、何故か手押し車を肩に括りつけて担いだ状態で鍬を振りかざしながら遠すぎて小さく見える山まで畑にしてしまおう等とやり過ぎで馬鹿なことをやっている山伏と同田貫。

鍛錬場で…そう、「鍛錬場」で。
手合わせをしている蛍丸と愛染を見守っていはするのだろうが、さも布団の上かのように…自室かのように。横向きで寝っ転がって大欠伸をする明石国行。

その度に肥前は…



「意思弱ぇなあんた!」


「もう何やってっか見えねぇよ!!」


「どんだけ作物作らせるつもりだ手押し車は担ぐな押せぇ!!」


「鍛錬場で寝てる奴なんて初めて見たわっ!!」



と、ついつい盛大にツッコミを披露してしまったのだ。
そんな肥前を他所に、いつの間にかぱちぱちと拍手で「凄いね肥前くん」とその光景を楽しんでいた南海と、「楽しいのお」と笑顔で見守っていた陸奥守が燭台切お手製のケバブを食べきった時、とうとう肥前はぜぇ…ぜぇ…と肩で息をしながら限界を迎えた所だった。
そう、普通に、心底後悔したのだ。
政府とはまるで似ても似つかない真面目さなど「何処にもない」この本丸に自分が顕現してしまったことを。

確かに、確かにあの時の文久土佐藩で出会った祢々切丸と日本号は強かった。素直に見直したし心のどこかでこんな奴らと一緒に戦うなら、人斬りの刀の自分でも少しは悪くないかもしれないとも思った。
しかしそれがどうだ。蓋を開けてみれば自由そのもの。
おまけに身構えていた審神者は若い小娘で、爪は長いわ赤いわ着物は着崩して肩は出しているわタピオカミルクティーできゃっきゃと喜んで乾杯してくるわ…いや、確かにあのタピオカミルクティーとやらは美味かったが、明らかに難しいことなど微塵とも考えていなそうな審神者だった。

しかもよくよく考えてみればあの強い巨体の祢々切丸もそうだ。
つまりはあれが現代でタピオカミルクティーを買ってきたということだろう?あの、明らかに若い世代のものが好きそうなものを、本人が頼んでいないことから、「自ら」買ってきたということだろう?
どれだけある意味ファンシーな光景なんだろうかそれは。いや想像したくもないが。





「まぁそんなこんなで、ここがわしらの本丸や!楽しい所やき、直ぐに慣れる思うちゅー」


「うんうん、凄く楽しそうだね。ここなら思う存分色々なデータが取れる気がするよ。良かったね肥前くん、絶対に楽しいよこの本丸」


「真逆だろうが疲れる未来しか見えねぇわ!!!自分の今後の苦労がよぉーーく分かったわ!!!!」


「がっはっは!なら夕飯を食わんともう寝てしまうがか?ここの燭台切の飯はげに美味いぞ?」


「っ、食うよっ!!!!!」




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