タピオカミルクティー





腕を斬る。
こちらに向けてくる、強く握った刃ごと。



「天誅じゃ…」



脚を斬る。
必死に走る、その足を止めるために。



「天誅じゃ…っ、」



胴を斬る。
見たこともない、知らない誰かを。



「天誅じゃ………!」



首を斬る。
泣き叫ぶ音を鳴らす、その喉ごと。



「天誅…じゃ…っ、!」



あんたが、それを望むなら。
あんたが、そう願うなら。
あんたが、それで意味を与えられるなら。

俺をその震えた手で強く握って、振るう度に、それが叶うなら。

それで良かった。
あんたが少しでもそれで救われるなら、俺はそれで…それだけで良かったんだ。

例えその度に、俺の鋭い刃に涙を落としても。
例えその度に、自分に言い聞かせるように首を降っても。
例えその度に、嫌だと全身をガクガクと震わせても。

俺を使うことで、俺が誰かを斬ることで。
俺が斬れば斬るほど、それであんたの「産まれた意味になる」のなら。
俺は…それで良かったんだ。




人斬り以蔵




それが俺の…「肥前忠広」を愛刀にしていた、俺の元の主だった。









「すまんな。到着するのが遅れてしまった…我は祢々切丸。害は、この我が斬ろう」


「…あ?…あぁ、陸奥守と同じ本丸の奴らか。来るのが遅せぇんだよ。何してやがったのかは知らねぇが、怖気付いて来るのが遅れたってんなら今すぐ引き返せ。俺は「腕に自信がある奴」を呼んだんだ」


「肥前くん、まぁまぁそう言わずに。来てくれた事に感謝をしよう」


「…まぁ、先生がそう言うなら…」


「無論、それを知った上で我は我の主の命でここに馳せ参じた。…なに、遅れたのは途中で折れかけていた別本丸のものに手を貸しておってな」




文久土佐藩。
それが、今こうして俺がこんな回想をしていた原因だった。
歴史改変をされてしまったあの時代は、正直言ってかなり骨の折れる戦いだった。
生きている者も、その力も。
全てが本来のものではなく、改変された…存在する事が許されない世界。

ただの人間なのにも変わらず、審神者から力を宿された刀剣男士とほぼ互角の力を持ち、その思想は深く深くドス黒いもので染まって、加勢に来た刀剣男士達はほぼ全振り重症を負って撤退していった始末。
そんな中で、最後に加勢に来たのが唯一撤退せずに残っていた陸奥守と同じ本丸の刀剣達だった。
理由を聞けば、折れる寸前だった刀剣男士達を助けていたらしいが、正直に言って、この時の俺は咎めた先生の言葉に軽く頷きながらも期待なんか一切していなかった。




「おお!祢々切丸!来てくれたがか!いやぁえらい助かるぜよ!おまんが来てくれたならわしも心強い!」


「うむ。遅れてすまなかった。無事で何よりだ。……肥前と…南海と言ったか。来るのが遅れて申し訳なかったが、こうして来たからにはこの我も全力で戦おう……む。共に来た日本号も到着したようだしな」


「おっとぉ…!いやぁ悪かったな!遅れちまった!…さぁて…それならいっちょ親玉さんにご挨拶といこうぜ」




祢々切丸と話していれば、その後に続いて合流してきたのはどうやら同じ本丸の刀らしい日本号だった。
そんな日本号がぐるぐると肩を回して腰に付けている酒を一気に全て飲み干すと、それが合図だったかのように馬鹿みたいに大きな大太刀を構えて見せた祢々切丸は、物凄い剣幕で声を上げた。




「陸奥守!日本号!そして肥前と南海!己の獣を解き放て!……出陣するぞ!」


「「おうっ!」」


「おや。随分頼もしいね」


「…口だけじゃなきゃいいけどな。つか、何で急に来た奴がいきなり仕切ってんだよ」




初めは…初めは本当に期待なんかしていなかった。
有難いとは思いつつも、この時には既に敵の強さを身をもって知っていた俺は、どうせこいつらも重症を負う可能性が高いと考えていたから。

そう、だからまさか、無傷ではなかったにしろ、本当にこの首が痛くなるほどに馬鹿でかい刀剣男士が言った通りに…




「害は我が斬ると言っただろう」


「……いや、確かに言ってたが…マジかよ…」




この面倒な…何度も負の連鎖を起こしていた歴史を、斬ってみせるとは思っていなかったんだ。






そんな俺は今。
あの後…無事に解散し、政府への連絡をする為に一度本部へ戻った俺は、任務そっちのけであの改変された歴史に残って好き勝手に行動して迷子になっていた先生を迎えに言った後に、政府から正式に「今回一番功績のあった本丸への顕現」を任命されてここにいる。

ここと言うのは察しの通り、あの祢々切丸達がいる本丸だった。
真新しい門の前で待っていれば、隣にいる先生が「これはどういう仕組みなのだろう」とぶつぶつ言いながら一度押して反応があったインターフォンとやらを連打しようとしたのでその腕を掴んで止める。
そんな事をしていれば、自動で左右に開いた門から顔を出したのはうるさいくらい眩しい笑顔で飛びついてきた内番姿の陸奥守だった。




「おおー!肥前!南海先生っ!!げに来てくれたんちやな!!?主から事前に話は聞いちょったんやけんど、まっこと嬉しいぜよ!!さぁさぁ!入った入った!主が広間で待っちょる!!」


「お前本当にうるせぇな…」


「がっはっは!当たり前やろう?こうしてこの本丸でまた三振り揃ったんじゃ!これからの毎日が楽しそうで今からわくわくするのお!!」


「ふふ。そうだね、僕も楽しみだよ。ところでさっきの門はどういう仕組みなのかな?それにこの本丸は新築なのかい?それにしては年季の入った家具もあるね。…あ、でもこれは見た事のないものだ。おや、こっちも。うーん…これは毎日が楽しくなりそうだ」


「この本丸は元々あった古いもんをりのべーしょん…やったかの。それをやったとかなんとか。まぁ簡単にゆうと、歴史を残しつつ、今の技術を使うて流行りの作りに変えちょるらしい!後でこじゃんと色々案内するき、南海先生、今はちっくと我慢しとーせー」




相変わらず騒がしい陸奥守の後ろを着いていきながら、途中で何度も違う方向へとキラキラした表情で足を向ける先生を引っ張って進んでいく中。
俺は今後の事を想像して心からため息をついてしまった。

今後の想像というのは、別にこの陸奥守と先生が騒がしいからではない。
正直それはもうどうしようもない事だと思うし、諦めてもいる。この二振りの元の主の事を考えれば嫌でもこんな関係になる事など安易に想像が出来ていたからだ。
だから寧ろこれは想像の範囲内。

それなのにため息をついてしまったのは、あの時の祢々切丸が原因だった。
だってそうだろう、あんな…馬鹿みたいにデカくて、見た目通りに筋力で全てを解決させそうな…いや、実際目の前でしてみせたのだが、そんな強い刀剣男士がいるこの本丸の主がどういう人物なのか、ということだ。

どう考えても、何度想像してみても、祢々切丸や日本号の印象が強すぎて図体のデカい筋肉質な人物か、堅物か…つまり兎に角、自分の苦手そうな人物像しか想像がつかなかったんだ。




そう、だから、だからまさか…





「主!連れて来たぜよ!こっちが南海先生で、こっちが肥前じゃ!わしからもよろしく頼む!」


「……お。ありがとう陸奥守!うんうん、君達が噂の……こほん。初めまして。私はこの本丸で審神者をやっている紬。どうぞよろしくね!」


「おや。貴女が…これは随分と可愛らしい主だね」





こんな、成人してそんなに経っていなさそうな…爪も服も独特な若い女で…





「…失礼する。主、代わりに本部へ行った帰りに土産を持ってきた。」


「あ!おかえり祢々切ま……………えっ、」


「たぴ…何とかというものらしい。前に主がまた飲みたいと言っていただろう?帰りの道中で見掛けたのでな。肥前達も来ると聞いていたから、人数分買ってきたぞ」


「………き、」


「「…き?」」


「きゃぁーっ!!タピオカミルクティー!!これ久しぶりに飲みたかったんだーっ!!ありがとう祢々切丸!!誉あげちゃう!!あっ!ほらほら肥前くんだっけ?それと〜…そう!南海先生!2人も飲んで飲んで!乾杯しよう乾杯!!かんぱーい!これからよろしくぅ〜!!いえーーーいっ!!」





あからさまに馬鹿そうな女だとは思っていなかった。





(どう?どう肥前くん!美味しいでしょ?!)


(…美味ぇ)



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