斬新奇抜
無事に演練が終わり、本丸へと帰ってきた肥前達は「頑張ったご褒美」と言って紬が作ってくれた彼女の故郷でしかあまりお目にかかれないらしいモロの煮付けという、簡単に言えば鮫の煮付けをたらふく食べ、今は日本号率いる酒好きのメンバーが大広間でどんちゃん騒ぎをしている所だ。
そこには勿論肥前も駆り出されていたのだが、隙を見計らって陸奥守と南海に背中を押された肥前は1人で紬の部屋の前へと来ている。
紬のことだ、本来なら日本号達と共に騒いでいても可笑しくないのだが、なんでも「やる事がある」と言ってそれを断っていたのが少し気にかかった肥前は控えめに襖越しから声をかけた。
「……なぁ、今いいか?」
「ん?あぁ、どうぞ〜……って、あれ?なんでその服?」
「まぁ、色々と。…てか、何やってんだ?」
「こっちも色々とね〜…と言っても、ただ連絡を取り合ってただけなんだけど」
「…連絡?」
了承をもらい、静かに部屋に入って来た肥前の姿を見た紬は服装が内番用のパーカーではなく出陣時の服装だった事にきょとんとした様子をしながらも持っていた端末の電源を切り、テーブルの上へと置くと真ん中に座っていたソファの端に寄り、その隣に肥前を座らせる。
肥前がその服装なのは何やら事情があるようだが、それよりも今は肥前に聞かれたことに答えた方がいいだろうと判断した紬は誰と連絡をとっていたのかという肥前の問いに、ふふん!と得意気に腕組みをしてみせると、聞いて驚け!と言った様子で口を開いた。
「実はあの後にね、今日優勝してた本丸の審神者さんと連絡先を交換したの!いやぁ頑張ったよ私!」
「…あぁ…あの大倶利伽羅んとこの…でもなんで」
「肥前くんが喜ぶかなーと思って、そこの本丸と演練の約束をね!そしたら向こうも喜んで了承してくれてさ、その日取りをさっき決めてたとこだったんだ」
「……それは、すげぇ嬉しいけど…でも、お前…」
「ん?」
良かったね肥前くん。と言った様子で話す目の前の紬に、肥前は嬉しいとは言うものの、その表情は何処か疑問を持ってしまっているような表情だった。
正直嬉しいが、肥前からしてみれば、あれだけ自分を戦に出すことを拒んでいた紬が出陣を許してくれるようになったことと、何よりそれにプラスしてあの強い大倶利伽羅がいる本丸に連絡先を交換してまで演練の約束を取り付けてくれた事が不思議でならなかったのだ。
しかも以前から都会のお姉さんが怖いとか何とか言っていたはずなのに…きっとそれだってかなり勇気を振り絞ったんじゃないだろうか、と。
「俺が何かを斬ることを良く思ってなかっただろ?……っ…それに俺…今日負けちまったし…」
「え?ちゃんと初戦は勝ったじゃん。それにあれは今まで肥前くんを出陣させてあげなかった私も悪いし……まぁ確かにね、最初は少し心配だったよ。大丈夫かなーって。戦うことで悩んだり自分を追い込んだりしないかなって。それに正直、主の癖に刀としての肥前くんを見たのはあれが初めてだったから」
「それは…!」
「あはは、分かってる分かってる。そんな心配が必要なかったことは、今日の肥前くんを見てすぐに分かったよ。…凄いカッコよかった」
「!……なら、いいけどよ…」
「ご褒美のモロの煮付けは美味しかったですか?」
「…すげぇ美味かった」
「お!なら良かった!作った甲斐があった!」
自分の隣で、目の前で。
素直にカッコよかったと…「刀」としての自分を褒めてくれた紬の優しい笑顔を見た肥前は一度視線を伏せると、先程食べたモロの煮付けを思い出す。
正直、見た目は地味で…綺麗でも派手でもなかった。
箸で軽くつついただけで形が壊れてしまうような、脆いもの。
でも口の中に入れた瞬間にほろほろと柔らかく解れていった時は、あぁ、鮫って本当に食べれたのかとそこでやっとその正体を実感したのを覚えている。
あんなに人から恐れられて、触れるだけで傷つけて。
そんな鮫を紬はじっくり煮込んでほろほろに解してしまったんだなと、肥前は我ながら馬鹿なことを考えてしまったのだ。
そう、まるで…その鮫が自分のようだと感じて。
「……俺がこの格好で来たのは、あんたに頼みたいことがあったからだ」
「ん?頼み?」
「……その……俺は、やっぱり岡田以蔵の刀で…「人斬り」の刀だ。それは今までも、これからも変わることはねぇ。俺は沢山の人をこの身で斬ってきた、殺してきた。例えそれが本心から望んでなかったことだとしても、それでも俺は、岡田以蔵の刀の…肥前忠広だから」
「……うん」
「…でも…こうやってこの本丸に来て暫く経って…あの時にあんたのあの考えを聞いた時、初めは「斬新奇抜な良くわかんねぇ奴」だと思った。刀の俺に、刀としてじゃなくて人の身としての生き方を覚えて欲しいだなんて言われるとは思ってなかったし」
「あはは…そう言われると不思議ちゃんみたいだねぇ私。…でも、前にも言ったけど、それは今でも変わってないよ。勿論、今は刀としての肥前くんもちゃんと見てる」
「!……言ったな?」
「え?うん、言った…けど…?」
肥前から斬新奇抜だなんて言葉で自分を言い表せられた紬は軽く笑う。
しかしその後にその笑顔は優しいものに変わり、目の前の肥前に向かって今の気持ちを改めて伝えれば、肥前はそれを聞いた途端にまるで弾かれるようにその瞳を見つめると、急に姿勢を正し、一つ大きく息を吐くと、真剣な表情で再度紬の顔を真っ直ぐに見つめ、研ぎ澄まされたような凛とした声でこう言った。
「…俺は…肥前忠広は。岡田以蔵の刀であり、「人斬り」の刀。それはこれからも俺なりに考えていくし、大事にもしていく。そのお陰で俺は人の身を受けて今あんたの目の前にいるから。…でも俺は…欲張りかもしんねぇけど…岡田以蔵の刀でありつつも、ちゃんと…あんたの…紬の「刀」にも、人の身として…「男」にもなりたい」
「!…肥前くん…」
「だから、この格好で会いに来た。これは、俺が刀である証明であって、そのお陰で大切なあんたに会える切っ掛けになった…ようなもん…だから…」
「…ねぇ肥前くん…それって、つまり…」
つまり、それって。
真剣に、真っ直ぐに。姿勢を正したまま一度も自分から目を逸らすことのないその赤い瞳に引き寄せられてしまった紬は、肥前の言葉の続きが早く聞きたくて聞きたくて、無意識で身体を前のめりにさせて彼の方へと動いてしまう。
すると肥前はそれを待っていたかのようにその身体を自分の方に更に引き寄せると、目の前まで来た紬の額に自身の額をこつん、と合わせ…控えめに、静かに紬が待っていた言葉を口にする。
「「人斬りの刀」の俺が、あんたに対して…「男」として愛おしいと思う気持ちを抱いちまったのは…っ、悪いことか…?」
「……ふふ、ううん。全然?寧ろとっても斬新奇抜でいいんじゃないでしょうか?」
「…っ…根に持ってんじゃねぇよ」
「このまま二度目の口吸いしてくれたら根に持つの止める」
「…はぁ、それも根に持ってんのな」
額を優しく合わせたまま。
お互いの熱が額越しに伝わるのを感じながら。
部屋を淡く照らす小さなライトで作り出された影は…ゆっくりとお互いを求めるかのように重なり合う。
これから何があって、どんな事があって。
どれだけの時間が過ぎたとしても。
それでお互いの見た目がその度にゆっくりとすれ違ってしまっても。
それでもこの気持ちだけは何も変わらずにずっとあり続けるのだと、どちらともなく絡めた指にそっと力を込めて。
「ジジ…、キン侍、希望シャ。肥前忠広ヲ発見しましタ。試験をハジメマス」
「意味分かんねぇどーなってんだこれ!!!?おい先生!!先生は何処にいんだぁ!!!!何とかしろこれ!!!!」
「あっはっはっはっは!何これウケる!!!忠広頑張って〜!!」
「あぁ?!受ける?!何を?!」
「あぁごめん!ウケるって要は「面白い」って意味〜!」
「あぁそういうこ…………って!!何処も面白くねぇよ!!!つか紬!お前もっと飯食え!!軽すぎるっ!!」
「え?!やだ…!忠広カッコイイ…!でも今の体重って理想のモデル体重だからこれキープするのはやめらんないごめん!」
「だぁぁあもうお前何言ってっかさっぱり分かんねぇ!!後で覚えるから教えろ!!!」
「きゃー!惚れ直した〜!!」
「惚れ直してる暇ねぇだろうがぁ!!!!」
自分にしては、あのそこそこ良い雰囲気で終わらせられた日はいつだったか。
数日前の事を思い出し、必死に紬を横抱きにしたまま本丸中を何故か全力疾走している肥前は大爆笑している紬に鋭いツッコミを披露しながらすぐ後ろにいる巨大な機械を目に映す。
その姿は機械の筈なのに南海にそっくりで、「キン侍試験」と何度も繰り返し言いながら追い掛けてくるのだから肥前としては最大の危機だった。
どうしてこうなった、まず何でこんな物が作れるんだ、あの人は本当に自分と同じ「刀」なのだろうか。
そんな疑問が浮かぶが、何よりも今後悔しているのは明石の次になる近侍が誰になるかという問題を「僕に任せて」といった南海に本当に任せてしまった自分と紬が悪かったこと。
「というか近侍志望の刀剣で脱落してないのって忠広だけなんじゃない?!凄いね忠広!……あれ?それならもう追いかけっこする必要なくない?」
「それがとっくに分かってっから怒鳴ってんだろうがよ!!!!お前良く見ろよ!!思いっきりあの変なでけぇ手に豊前も小狐丸も日本号も陸奥守も目ぇ回して捕まってんじゃねぇか!!!」
「…あ!本当だ!!あっはっはっはっは!みんなー!大丈夫〜?」
「だから笑ってる場合じゃねぇっつってんだ!!!つかこういう時の祢々切丸はどこいった?!」
「この間そこの山で綺麗な花を見つけたから取りに行くって言ってたよ〜」
「乙女かあいつはぁ!!!!」
ここは、刀に宿った付喪神である刀剣男士と、それを従える審神者がいる何処かの本丸。
たくさんの本丸が存在するこの世界で、目に見えてほぼ全てが斬新奇抜なこの本丸は、今日も楽しく騒がしい。
そしてそれは、その主である紬が天寿を全うするまで何も変わることなく続くのだろう。
何も変わることなく、ずっと。
それは…ずっと、ずっとこれからもずっと。
「人斬りの刀」であるこの肥前忠広が、「紬の刀」であり、1人の「男」でもあるのだから。
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